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思わぬ来訪者


 先に屋上に到着していた加江須はムズムズとしたむず痒さを感じながら仁乃の到着を今か今かと待っていた。

 本来であれば今頃は食堂に居るはずの彼だがこの日は違う。仁乃がわざわざ自分の為に手作り弁当を作ってこの屋上にやって来るのだ。

 

 「うう~…緊張して来た。俺も結構気が小さいんだな…」


 仁乃と同じように加江須もまた昼休みが近づくにつれて緊張のゲージが高まっていた。

 仲の良い女友達が自分の為に朝早く起きて弁当を拵えてくれた。その事実を胸の中で反復すると心臓の高鳴りが抑えられない。


 やべぇ…もう少しで仁乃が来るよな? き、緊張で体が震えて来た。


 今こうして彼女が訪れるのを緊張と喜びの二つの感情で支配されて固まってしまう加江須。しかしこうして考えてみると自分も大概小心者なんだと情けなくなる。普通に考えればただ待っているだけの自分より弁当を届けに来てくれる仁乃の方が緊張している筈なのに受け取る側の自分がこうもガチガチに張り詰めていたら仁乃も不安に思うかもしれない。それどころかもしも迷惑だったなんて誤解をさせたりしたら大変だ。

 それにしても今の自分は果たしてどんな顔をしているのだろうか? 何せクラスメイトからも今日は様子がおかしいと数度指摘されたくらいだ。


 「落ち着け久利加江須。リラックスリラックス深呼吸深呼吸……」


 一度深呼吸をして気分を整えようと試みる加江須であったが深呼吸直後に屋上の扉が開く。

 音の出所に視線を傾けるとそこには予想通りの人物が立っていた。その人物は頬を薄く朱に染めながら手の中にはちょこんと可愛らしい風呂敷で包まれている弁当箱が2つ握られていた。


 「お待たせ。少し来るの遅れたわね…ごめん…」

 

 「いや気にしなくてもいいぞ。その…それが作ってくれた弁当か?」


 わざわざ手に持っている所を見れば分かりきって入るがあえて尋ねてみる。

 加江須の問に対して小さく頷いてからゆっくりと傍まで寄ってくる仁乃。そして彼女は手に持っている弁当箱の1つをそっと手渡す。


 「これ…その…わざわざ作って来たんだから残したりしたら許さないわよ」


 そう言いながら押し付けるように加江須の手に渡された風呂敷包み。

 自分の為に作ってくれたお弁当、そんな代物を直に手渡されると落ち着かせていた加江須の心臓が再びバクバクと激しく脈動した。

 

 「ありがとうございます。食べても良いですか?」


 「何で敬語なのよ? どーぞ…」


 仁乃が少し呆れつつも同じく自分用に用意した弁当箱を風呂敷から取り出して加江須の隣にちょこんと座った。

 渡す側である仁乃も当然緊張しているが加江須も加江須でこうして隣に座られるとプレッシャーに似たものを感じる。


 これからこの娘の作ったお弁当を隣で食べる。これって食べる側もなんか恥ずかしくなってくるな。


 そんなことを頭の片隅で考えつつも加江須は風呂敷を解いて弁当箱の蓋を開けた。そしてその中身を見た瞬間に思わず『おおっ』と感嘆の声が反射的に漏れ出た。

 弁当箱は2段セットの物であり下の段は王道に白米が敷き詰められている。そして上の段のおかずはだし巻き卵、唐揚げ、ウインナー、ミートボール、プチトマト、ミニコロッケの6つがバランス良く配置されており中身の内容から既に満足できた。

 

 「その、初めてで手間取っていくつか冷凍食品を入れたのもあるけど……」


 「全然気にしないって。すげー美味そうだぞ」


 少し申し訳なさそうにしている彼女に対して率直な感想を述べると嬉しそうに笑ってくれた。


 「その、卵焼きと唐揚げの2つは自作だからできれば感想くれない?」


 冷凍物があるとは言ったが全てではない。実は仁乃も自宅ではそれなりに料理をする機会があった。特に妹のテスト前の夜食などよく自主的に作ってあげていたものだ。

 そして彼女に催促されるまま卵焼きを口にしてみる。とても柔らかく淡泊だがほのかな甘みがある。もしかしたら砂糖でも入れているのか? まあ調味料などはさておき……。

 

 「ウマ…この卵焼き好きだわ」


 「ほ、本当? 甘めに味付けして見たけど良かった」


 加江須の口から美味いと言う評価を貰って嬉しそうに笑う仁乃。

 そんな無邪気な笑みを一瞬見せた後にすぐにハッとなって必死に取り繕い始める。


 「ま、まあこれで不味いなんて言おうものならはっ倒していたわよ」


 照れ隠しのつもりでいつも通りの乱暴な言葉が出て来ているがその横顔からは喜びの笑みが隠しきれてない。

 そして褒められた事で調子づいたか、それとも場の勢いに委ねようとしたのか彼女は自分の箸で唐揚げを掴むとそのまま加江須の口元へと持っていく。


 「じゃあ今度はこっち食べて見なさいよ」


 そう言いながら何と彼女は食べさせてあげようとして来たのだ。

 さすがにこれには加江須も羞恥心を感じずにはいられず思わず一人で食べれるから、なんて無粋なことを口走りそうになってしまう。

 しかし羞恥心を堪えて必死に食べさせてくれようとしてくれる仁乃を見ていると拒否する事なんてできる訳もない。


 「ほらいつまで口閉じてんのよ? はやくあーんしなさい」


 「あ、あーん…」


 言われるがままに親鳥からエサを貰う雛の様に口を開けて唐揚げを食べさせてもらった。

 正直言って唐揚げの味なんてよく分からなかった。決して味が薄いとかではなく味覚よりも食べさせてもらっている緊張度合いの方が遥かの凌駕していた。

 そんな彼の事情など知らず彼女は味の感想を求める。


 「どう? 卵焼き同様にこっちも手作りなんだけど…」


 「……最高です」


 肉の味よりもより刺激的なあーんによるスパイスで思わずそんな感想が零れ出てしまう。

 仁乃としてはてっきり料理の評価をされているのだと思い顔が綻ぶ。こうして美味しいと言われると早起きした甲斐があったと言える。そして褒められた事で喜びの余り彼女は更に積極的に振舞って来た。


 「じゃ、じゃあ次はあんたが食べさせてくれない?」


 まさかのお願いに口の中の唐揚げがのどに詰まりそうになる。

 何だか仁乃のアプローチが急速に過激性を増している気がする。もしかして愛理あたりにでもけしかけられたのだろうか?


 正確に言うのであれば愛理が仁乃の恋心を知ったのは今日初めてであり、彼女をここまで意欲的にさせているのは彼女の妹なのだが。


 まあそれはさておき今は目の前で食べさせてもらうのを待っているこちらに意識を傾けるべきだろう。何しろ自分の弁当箱を前に出しながら目をつぶって口を開けつつ今か今かと自分にあーんをしてもらうのを待っているのだから。


 な、何かマジでグイグイと来るな仁乃のヤツ…。


 しかしここまでされて何もしないのは男が廃る気がする。


 「じゃあえっと…そのまま口開けて置いてくれ」


 「うん…」


 目を閉じたままいつもとは違い素直に頷く仁乃。そんなギャップが益々もって加江須の心を搔き乱してくる。とにかく邪なことを考えず彼女の弁当箱から取った卵焼きを食べさせてあげようと口元まで運んであげる。

 柔らかそうな彼女の唇に卵焼きが触れ、そのまま口の中に納まった。


 「ど、どうだ? まあお前が作った物だから俺が聞くのも変なんだが…」


 「……美味しいわね。あんたが食べさせてくれたから」


 ヤバイ……俺もう恥ずかしさの余りぶっ倒れそうだ。


 いくら何でも今日の仁乃は男心をくすぐり過ぎている。下手をしたらもう流されるままに彼女とズルズルと関係を進展させてしまうかもしれない……。

 とは言えここまで来て加江須は仁乃と恋人と言う関係を築くイメージ図が思うように浮かばない。その理由はやはり過去に自分に愛情を無残に踏みつけにされたからだろうと自分自身の中でも理解していた。


 くそ…仁乃とアイツは別人だ。ダブらせるなよ俺…。


 あの息を吐くように自分を傷つけ続けた女と目の前の少女は別人だと言い聞かせていると無意識に表情に出ていたのだろう。仁乃が怪訝な顔つきで質問をして来た。


 「どうかした? 何か難しい顔してるけど…?」


 「あ、いや何でもない」


 適当にはぐらかしてから再び食事を再開する二人。

 さすがにお互い最初の1回以降は自分で弁当を食べる二人。屋上には他に誰も居らず心地よい時間が過ぎて行く。

 そして弁当を食べ終わって空の容器を風呂敷に包みながら仁乃がこんな提案をして来た。

 

 「その…もし良かったらこれからも作って来てあげようか?」


 「そ、それは嬉しいけど手間暇かかるだろうし無理すんなよ?」


 「別に手間だなんて思わないわよ。その…あんたの為だと思うなら…」


 や、やばい。俺とてもじゃないが仁乃の顔を直視できない。


 ここまで言われて喜ばない男は皆無だろう。鏡を見たわけではないが今の自分は間違いなく締まりのない顔をしている可能性が高い。

 仁乃も仁乃で顔を背けている。やはり自分でもかなり大胆な発言をしている自覚があるのだろう。


 しばし静寂が続き互いに顔を背け続ける。だがそんな空気を切り裂いたのは加江須でも仁乃でもなかった。


 「たくっ、何発情してんだよバカップルが」


 「「!?」」


 いきなり割って入って来た声の方向を見てみるといつの間にか屋上には二人の顔見知りの女性が立っていた。だがその人物はこの学園の生徒ではない。ただ二人とは因縁のある相手でもあった。


 「最近の同年代の男女ってのはこんな安っぽい漫画みたいな恋愛すんだな」


 屋上のフェンスに背を預けながら立っていたのは呆れ顔でこちらを見ている黒瀬氷蓮であった。


 

 

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