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妹のアドバイス


 仁乃からの大胆な行動の翌日の朝、加江須は結局一睡も出来ぬまま朝を迎えてしまった。

 気にしてはいけない、気にしてはいけないと考えつつもやはりそう簡単に記憶の片隅に仕舞い込む事は出来ない。それだけインパクトの大きく忘れようとすればするほどあの一場面が鮮明の脳内で流れてしまうのだ。

 目の下に薄いクマを作りながら朝食をとっていて両親からは心配そうな眼差しを向けられた。


 「じゃあ行ってきます……」


 朝食を食べるとまだ時間的にはのんびりできる猶予があるにもかかわらずすぐに家を出てしまった。

 いつもの通学路を歩きながら加江須は周囲をチラチラと気にしながら歩き続ける。


 「この時間帯なら仁乃とは遭遇しないよな?」


 最近では通学途中で彼女と一緒になりそのまま二人で談笑しながら学園へ向かう事が日課となりつつある。しかし昨日の出来事を考えると普段通りに何食わぬ顔をして並んで歩く事を躊躇ってしまう。だからこそ、この日は彼女と遭遇しないように早出したのだ。まるで彼女を避けているようで気は進まないが……。

 だが気まずさ故に相手も同じことを考えて行動に移す事も世の中にはある。


 「「あ……」」


 丁字路を曲がろうと視線を前方に向けた時であった。反対方向の進路から同じように角を曲がろうとしていた仁乃と偶然にも遭遇したのだ。

 相手の姿を視認した二人は同時に小さく声を漏らす。そのまま一定の距離を開けたまま佇む二人だが同時に角を曲がる。


 「「………」」


 二人はそのまま並んで歩く事になるが会話はない。

 しばらく無言の時間が経過するが先に口火を仁乃が切って来た。


 「おはよ…」


 「ああおはよ…」


 とは言え出て来た言葉は短い挨拶のみ。互いの朝の挨拶が終了するとまたしても静寂が訪れる。周囲の車の走る音や他の通学中の同級生の喧騒がやけに大きく聴こえる。

 もう間もなく学園に到着しようとした時、またしても仁乃の方から声を掛けられる。


 「今日の昼休みさ、あんたまた学食?」


 「え、ああ。てゆーかいつもそうだろ」


 いきなり何の脈絡もない話題に怪訝な表情になる加江須。だが昨日の話を蒸し返されるよりはマシだと思い相槌を打つ。だが次の彼女のセリフに完全に意表を突かれてしまう。


 「その…よかったらお弁当作って来たんだけど…昼休みに屋上に来てくれない?」


 「ふーんそうか……え…え、え?」


 あっさりと返した加江須であったがすぐに彼女の発言の真意に気付いてどぎまぎしてしまう。つまり自分のために手作り弁当を作って来たから食べてくれないかと彼女は言っているのだ。

 仁乃の横顔を見てみると彼女の頬はかーっと赤くなり熱を帯びている。そんな横顔を見てしまえば連動して加江須の頬も一気に熱くなるのを感じた。


 「ほら、あんた前にメロンパン奢ってくれたでしょ? そ、そのお返しをそろそろしようかなぁ~なんて……」


 「たかだかパン1つで弁当作って来てくれたのか? ありがたいけどわざわざそこまでしてくれなくても……」


 「そ、それじゃお昼にまた!」


 予想外過ぎる誘いに言葉を詰まらせていると仁乃は言いたいことだけ言って先に学園へと小走りで向かって行った。

 走り去って行く彼女の後姿に加江須はぼんやりと夢心地気分に陥る。


 「仁乃がわざわざ俺のために弁当を…」


 メロンパンのお返しなんて言っているがあの態度から明らかに適当な理由付けだと分かる。

 正直な想いを述べるならかなり嬉しい。何しろ親しい女性から手作り弁当なんて男としては大袈裟でも夢の様な展開だ。


 加江須を置き去りにして全力ダッシュをしながら仁乃は自分の心臓の鼓動音が尋常じゃないくらいに激しさを増している事を自覚していた。だがそれも無理からぬことだろう。あんな風に手作り弁当を作って来たなんて言えばどれだけ鈍い男でもその真意に気付いているだろう。

 

 「ど、どうしよう。さすがに一気に距離縮めすぎてない?」


 昨日の頬へのキスの翌日に手作り弁当を作って来た。少しグイグイと迫り過ぎている気もする。彼女本人としても流石に段階を飛び越し過ぎている自覚は重々あった。

 自分でそこまでの自覚があるにもかかわらず彼女がここまで積極的に動いている理由は妹の後押しがあったからだ。


 顔を赤面させながら彼女は昨日の日乃との会話を思い返していた。


 『じゃあお姉はその久利加江須って人が好きなんだ。へえ~ついにお姉にも春が来ましたかぁ?』


 『それは飛躍し過ぎよ。確かに彼のことは好きだけどまだ告白すらしてないんだし…』


 自分の盛大な独り言を聞かれてしまった仁乃は結局のところ大人しく妹に全てを打ち明けたのだ。

 赤の他人ならばともかく血の繋がった妹相手と言うこともあり全て吐き出したのだ。それにどうせ全て聞かれてしまっているのだから今更隠しても仕方がないと言う諦めもあった。

  

 『はあ…正直明日からどんな顔してあいつに会えばいいのかすら分からないのよね』


 『ああ~…確か勢い余って頬にキスしたんでしょ。まあ相手からすればびっくら仰天でしょうねぇ』


 うう…妹に言われると益々合わせる顔がない。どうして私はあんな勢いに任せて破廉恥な事を……!


 もしも時間を巻き戻せるならあの別れ際の瞬間にまで時を巻き戻したい。

 今後の加江須との付き合い方に頭を悩ませる姉の姿を見て日乃はやれやれと溜息を吐いた。


 お姉ったら意外と時々突発的な行動に走る事があるんだよねぇ。しゃーない、少し後押しして上げますか。


 口ではからかっているいるが妹としては姉の恋路を応援してあげたいと言う思いはある。なんだかんだ言ってこれまで色々と姉には助けてもらっている。

 

 『ねえお姉、本気でその久利って人が好きなんだよね? まあじゃなきゃ頬にキスなんてしないだろうけど』


 『……うん完全に好きになっちゃってる』


 気が付けばずっと彼のことを頭の片隅で考えていた。

 一緒に話していて楽しかった記憶、自分の為に体を張って戦ってくれた勇ましさ、そして泣きながら自分を案じてくれた優しさ、その全てが愛おしくて仕方がない。この想いは決して一時の物ではなく永遠である事を仁乃の心は理解していた。

 この胸を締め付ける感情が恋である事を初めて知った。この想いを実らせたい。彼を他の女性に盗られたくない。そんな思いと共に仁乃は自然と自分の胸に手を当てる。

 

 本気で恋をしている姉の顔を見て日乃は小さな笑みを浮かべて一度息を吐く。


 『しょーがない。今のお姉見ていたら失敗する可能性も高しこの日乃ちゃんがアドバイスを与えて進ぜよう』


 わざと大仰な物言いで日乃は姉に加江須との距離を縮める為のアドバイスをいくつか与えてくれた。そしてその中の1つには手作り弁当を作ってあげると言う案があったのだ。


 『手作り弁当?』


 『その通り。ほらメジャーな格言があるでしょ。男をつかむなら胃袋からつかめってさ。やっぱり男性は家庭的な女性を求める傾向があるからねぇ』


 手作り弁当と言うのは少し恥ずかしいが妹の言っている事は的外れではないと思った。何も出来ないだらしのない女よりも料理のできる女の方が印象が良く見えるだろう。


 そ、それに私の作ったお弁当であいつが喜んでくれたらそれはそれで嬉しいな……。


 こうして妹のアドバイスの元、今日はわざわざ早起きして加江須のために手作り弁当を持参したのだ。彼女がいつもよりも早く登校した理由もこの早起きが理由であった。

 学園の校門を通り抜けると一度背後を振り返る仁乃。言いたいことだけ言って走って来たので加江須はまだ大分離れた位置にいるのだろう。


 とにかくお昼の予定は取り付けた。それに予想通り加江須は学食で済ませる気だったみたいだしお弁当も無駄にならなかったしここまでは予定通り。

 

 今のところは妹のアドバイス通りに事が進んでいる事に胸を一旦なでおろし自分の下駄箱を開ける仁乃。

 だがここで仁乃は自身の下駄箱の中に上履き、その上に1枚の紙が添えられている事に気付く。


 「何よコレ? まさかラブレターじゃないでしょうね」


 抜群のスタイルと整った容姿を持つがゆえに彼女はラブレターを貰った経験もある。特に入学初日は1日で3人もの男子から気安く声を掛けられたものだ。だが今の自分にはもう心に決めた人が居る。申し訳ないが手紙の送り主には後で頭でも下げて置こう、そう思い上履きと一緒に紙を取り出すがその紙の内容を見て思わず息が詰まる。


 「な…何よこれ……」


 てっきりラブレターの類だと思って適当に目を通そうとしていた彼女の顔が引き攣る。何故ならその紙に書かれていた内容は予想にもしないものだったからだ。


 『お前を決して許さない。人の物を奪う卑しい泥棒猫』


 まるで血液を連想させるかのような真っ赤な文字で殴り書きされているその内容に今まで浮かれていた彼女の気分はすっかり抜け落ちてしまっていた。



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