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死んだ彼は女神によって呼び寄せられる


 死の間際に映り込んだ幼馴染の泣き顔は彼にとって最悪の一言であった。


 なんで……なんであれだけ人をなじったお前がそんな顔をして俺を見るんだ? お前は俺と出会ったことすら汚点だと思っていたんだろう。それどころか俺を都合の良い男避けの道具として利用しようとすらしていただろうが。ほら、お前にとって大外れの幼馴染の俺が今から死ぬんだからもっと嬉しそうな顔をしろよ。くそ……お前にそんな心配そうな顔をされても嬉しくもなければ感謝も感じないんだよボケが。くそ……クソ……クソッ!! 何で一番最期にお前の顔を見て死んでいかなきゃならねぇんだよ!! こんなもん俺からすれば拷問と変わらねぇぞ!! ああウザい、やめろやめろヤメロォォォォォォォォ!!! お前が…よりにもよってお前なんかが俺を悲しそうな目でみるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!


 「………ハッ!?」


 闇の中に沈んでいく意識の中で最後に最低な幼馴染に恨み言を心の内で叫んでいた加江須だが次の瞬間に意識が再覚醒する。今までは出血が多すぎて朦朧としていた意識が今はちゃんと覚醒している。


 「何が起きたんだ?」


 自分はついさっきまで道路で血みどろになって倒れていた筈だ。

 だが今の彼の身なりはとても綺麗だ。小さな血の染みすらなければそもそも五体が損傷した形跡もない。


 「俺…車にはねられたよな? いや…てゆーか……」


 自分の肉体がピンピンしている事も不可解だが、それ以上に不可解なのは自分が今居る場所が余りにも現実離れした空間だったことであった。


 彼は全てが白一色で染め上げられた異質な空間に座り込んでいたのだ。


 「何だこれ? 夢でも見てんのか……」


 左右上下を見渡しても全てが白、白、白一色で埋め尽くされ、しかも左右の空間には果てがなく宙を見ても天井などは見えない。どれほどの広さがあるのか分からないが終わりの見えない広々とした空間、しかも先の見えない広大な空間であるにもかかわらず周囲には何も存在しない謎の空間。広々としているが息が詰まりそうな窮屈な場所であった。

 幼馴染にボロクソにされたショックで現実逃避でもしているのだろうか?


 「やべぇ…理解が追いつかねぇぞ。もしかしてここ天国とかか? だとしたらまだ納得できてしまうが……しかし意外と殺風景な場所なんだな天国って……」


 「いえここは〝蘇生の間〟と言って天国ではありませんよ」


 「うおおおおおおお!?」


 誰に言うでもなく完全な独り言を呟いた加江須であったが突如背後から謎の女性が疑問に答えてくれた。

 驚きの余り喉の奥から絶叫を上げながら間抜けに前のめりに地面にダイブしてしまう。そのせいで鼻を強く打ってしまい蹲って悶える加江須。


 「だ、大丈夫ですか?」


 「いつつ、なんとか…」


 心配そうな声色で気遣いの言葉を掛けてくれる女性に問題ないと言いながら振り返る。

 振り向けば目の前にはさらさらとした落ち着きのある空の様に蒼い長髪、その美しい髪を引き立てるかのような雲の様にシンプルで白いワンピースのような服を身に纏っており、頭には青を強調した花びらのカチューシャを着けていた。年齢は見た感じでは自分よりも少し年上と言った風体。恐らくだが二十歳ぐらいだと推測される。そして美しい顔立ちは街中で見かければ異性ならば誰もが一度は振り返るだろう。

 だが街中で見かけるならばともかく、この奇妙な空間においては得体のしれない彼女は美しさ以上に恐怖感を臭わせた。


 「あの……え~と……」


 「あ、すいません。自己紹介がまだでしたね。私の名前はイザナミ、あなた達人間からしたら所謂神様に当たる者です。まあ女神様とでも思ってください」


 「か…神様?」


 礼儀正しく頭を下げながら自己紹介を始めるイザナミと名乗る女性。しかし今の自己紹介の中には聞き流す事のできない言葉が含まれていた。イザナミと言う名前はまだいい、しかし自らを神様を名乗られても『ああそうですか』なんて言えない。


 「えーっと…もしかして電波さんってヤツですか?」


 「違います! いきなりこんな殺風景な場所に連れてこられて混乱してるのは分かりますがその言い方はあんまりです!」


 加江須の言葉にイザナミは目をバツにしながら両手を握ってブンブンと上下に振るう。だがこのような子供じみた仕草を見てしまうと尚更彼女が神様だと言われても素直に信用できない。

 どこかまだ疑いの眼を向けられている事に納得いかないのかイザナミはむーっと頬を膨らませながらこの奇妙な空間に目を向けるように促し始める。


 「確かに神様なんて信じられないかもしれません。でも辺りを見てください。このような空間が現実世界に存在すると思いますか?」


 「う…それは言われると……」


 どこか電波な気配を感じる彼女はさておきこの空間が異質であると言う事は実際にこの目で見ているので疑いようがない。いや、そもそも自分は交通事故で死んだはずだ。それなのにこうして普通にものを考えて体を動かしている事自体が異常なのだ。現実ではあり得ない現象、そしてあり得ない空間、そう考えるとまさか目の前の女性は本当に……。


 「もしかして本物の神様ですか?」


 「だからそう言っているじゃないですかもー!」


 未だに猜疑心が抜け切っていないイザナミに対して半目になりつつも改めて確認を取ると彼女はうがーっと噛み付くのだった。




 ◆◆◆




 「つまり俺は事故死した……だが死後にこの空間にあなたが呼び寄せたって事か?」


 「はい。今のあなたは魂だけの存在、現実世界ではもうお亡くなりになっています」


 どうやら自分は決して白昼夢を見ていた訳ではなくキッチリと死んでいたようだ。そして死後は肉体から魂が抜け出て所謂あの世に向かうらしい。

 

 「てことはやっぱりここはあの世か? 黄泉の世界って何にもないんだな」

 

 「いえ、先程も申しましたが此処は〝蘇生の間〟と言い厳密には黄泉の国ではありません」


 余り賢くないせいか加江須には何だかイマイチ理解が出来なかった。現世で死んで今の自分は魂だけの存在ならば辿り着いたこの場所だってあの世ではないのか? そんな事を考えて頭を捻っていると詳しい説明がイザナミからなされる。


 「通常であれば現世で命を落とした者は〝審判の間〟と呼ばれる空間に飛ばされます。その空間は黄泉の国の内部に展開されています。〝審判の間〟その場所に行きついた者は生前の行いを振り返り罪深き咎人は悪行の報いとして地獄へ、そして善行を積んだ者は天国へと向かいます」


 どうやら現実世界では胡散臭い天国と地獄とやらは本当に存在するらしい。まあとは言えこの審議は死んでからではないと判別できないのでツッコまないでおこう。


 「その〝審議の間〟って場所については分かった。で、今俺の居るこの〝蘇生の間〟って何なんだ? もしかしてその名の通り生き返らせてくれるのか?」


 「はい、その通りです」


 完全に冗談半分で口にした事であったがあっさりと頷いたイザナミに思わず呆気に取られてしまう。だがその直後に不可思議に思ってしまう。どうして自分だけ特別扱いするのだろうか?


 「ついさっき通常ならって言っていたよな? この〝蘇生の間〟に呼ばれた人間はどんな事情で此処に呼ばれるんだ?」


 「当然の疑問ですね。久利加江須さん、あなたをこの黄泉の国の外側にある空間〝蘇生の間〟に呼んだのはあなたを生き返らせる為。しかしタダで生き返らせる訳ではありません」


 今まで柔らかな表情をしていたイザナミだがここで目つきが鋭さを増した。


 「あなたには蘇生戦士となって生き返ってもらい地上で陰に潜む怪物ゲダツの討伐を任せたいのです」


 頭を深々と下げながらイザナミがそう頼み込んでくる。だがいきなりそんな頼みをされてもどう反応を返せば良いのか分からない。そもそも蘇生戦士、そしてゲダツなんてワード聞いた事も無い。

 

 「その…蘇生戦士やらゲダツやら言われても意味が分からないんだが……そりゃ漫画とかならありふれた展開だけど説明なしじゃな……」


 「あ、す、すいません。勿論今から説明をしますので…」


 イザナミの口から放たれた言葉は地上世界の信じられない影の部分であった。


 信じられない話だが自分が少し前まで活動をしていた地上にはゲダツと言う名の異形が生息しており地上に住む人間は人知れず喰い殺されているらしい。

 

 「話の途中で悪いんだけど本当かそれ? 俺がまだ生きていた頃にそんな怪物の目撃情報なんて耳にした事もないぞ?」


 自分の元居た世界は魔法やモンスターがありふれるようなファンタジーな世界観ではなかった。実際に世界各地でそんなゲダツとか言う異形の存在をほのめかされた事もなければ噂で耳にしたことも無い。せいぜい宇宙人や心霊についての特集番組がテレビで放映されるくらいだ。しかもその類の映像を見ても本気で信じている者はいないだろう。せいぜい常識を頭の外に落としたオカルトマニアくらいしか信じてはいないだろう。


 「そりゃライオンとかの脱走事件ならニュースにはなったけど……さすがにそんな普通の猛獣とは違うんだろ?」


 「世界に認知されていない事は無理もないです。何故ならゲダツは普通の人間には目視も感知も出来ない異形。奴等は人の持つ悪意、敵意、憎しみ、悲しみ、嫉妬、その他様々な負の感情から生まれ出づる異形なる物の怪。神力を持たざる人間ではその異形に襲われるまで認識すらできません」


 説明の途中でまたしても新たなワードが出て来た。神力とは一体なんぞや?

 頭の上にクエッチョンマークを浮かべているとそちらについての説明も追加される。


 「神力とは私たち神々が持つ力の事です。人知を超えた戦闘力を発揮でき、ゲダツのような異形な存在も目視できる力のことです。そしてあなたが生き返る際には私の神力を分け与えた状態で生き返えらさせます。故に生き返ればゲダツを視認することや感知することがあなたにはできるはずです」


 「えーっと…つまりあんたの神力? とやらでパワーアップして生き返るって事か」


 「その通りです。そうして神力を操り戦う者――それが蘇生戦士です」


 「……いやでもさ…何で俺なんだよ?」


 あまり自慢にはならないがこう言った頼みは自分よりももっと正義感の強い人間の方が適任な気がする。生前では多少運動神経が高かっただけの自分なんかがこんな神の使いの様な存在にふさわしいとは思えない。

 だがここでイザナミは首を横に振った。


 「久利加江須さんを選んだ理由はあなたの霊力が人一倍大きいからです。私たち神々の神力を受け継げる人材は多くの霊力を内包している方でないと不可能なんです」


 どうやら霊力とは全ての人間の肉体の内側に眠る力であるらしい。だがソレ単体では特殊な力を大して発揮はできず日常でも機能はしない。だが人の持つ霊力には大小の違いがあり霊力が低すぎる人間は神々の神力を引き継ぐことが出来ない。何故なら霊力が低すぎる相手に神力を送ればその魂は譲歩された力に耐え切れず神力が毒のように魂を浄化し消滅させてしまうかららしい。だが一定のラインの大きさを超えた霊力を持つものは注がれる神力に耐えられ、そして自身の霊力と混じりあい結合する。そして人の身でありながら疑似的な神力を扱うことが出来るようになるそうだ。


 「なるほど、つまり誰彼呼び寄せても神力に適合できなきゃ魂が消滅して無駄に犠牲者が出るって訳か」


 「はい、ですからこの空間に呼び寄せる方は加江須さんの様に一際大きな神力を持つ者だけなのです」


 何だか自分が選ばれた存在のように扱われて少し有頂天になりかける。だが慌てて首を横に振って次の質問をぶつける。


 「神力や蘇生戦士の方の説明は大体把握した。じゃあ次はゲダツとやらについてもう少し詳しく教えてくれよ。あんたの話ではゲダツは神力を持たない人間じゃ認識できないんだろ? でももし頻繁にそのゲダツに人が襲われてるなら謎の失踪事件って事でニュースとかで頻繁に見かけると思うんだが?」


 いくらゲダツそのものの存在が認識できずとも被害者は普通の人間なのだ。異形に食い殺されたとなれば行方不明者だって多発する。そうなればやはり騒ぎになると思うのだが……。

 だが加江須の疑問に対してイザナミは首を横に振って否定する。


 「ゲダツは人の生命や魂――そして存在を食らう異形です。この異形に襲われた者は自らの足跡を断たれ世界から完全に〝消失〟します」



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