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幼馴染によるトラウマ


 河川敷での戦闘が終わり加江須と仁乃は互いに帰路へと着いていた。

 川で濡れていた仁乃の制服も乾いて目立つような外傷もない。これならば家に戻っても家族に妙に勘繰られる事もないだろう。


 「すっかり遅くなっちゃったわね…」


 「ああ…」


 先程から二人はこんな風にどこかよそよそしい会話を繰り広げながら口数少なく歩き続けていた。

 あまりにも色々な事がありすぎてパトロール開始時の時のように談笑する雰囲気でもなく自然と口数も少なかった。

 そんなよそよそしい空気を醸し出しつつ並んで歩いていた二人だがついに別れの時間が来る。


 「じゃあ私の家はこっちの方だから…ここで…」


 「ああ、それじゃあまた明日な…」


 途中までは同じ行き先だったがここから先はそれぞれの自宅は別方向なので必然的に別れる事になる二人。

 背を向けて去ろうとする仁乃の後姿を眺めながら加江須は思う。


 それにしても今日一日は本当に色々な出来事があった。

 ゲダツとの戦いで死の瀬戸際まで互いに追い詰められ謎の力を覚醒した。そしてその後は蘇生活動の為に異性との口づけ、振り返って見ると中々に濃密な時間だったとも言える。


 くそ…今更思い返してんじゃねぇよ俺。あれはあくまで救助活動の一環としてカウントされんだろ。


 あのカマキリ擬きとの激闘もかなり刺激的だったがそれ以上にやはり仁乃との接吻の方がインパクトは大きい。互いに落ち着いてから二人で帰路へ付いているとやはりその事が脳内で鮮明に思い返してしまう。それに心なしか仁乃の様子も何かがおかしい気がする。具体的な変化は見抜けないがどこかぎこちない気がするのだ。それにチラチラと自分の事を横目で盗み見しているのだ。

 

 やっぱり仁乃としても思う部分はあるんだろうな。気にしてないなんて口では言っているけど俺みたいな男に口づけされたんだしなぁ……。


 もしかして内心ではショックでも受けているのかもしれないと思うとどこかズキリと加江須の胸が何故だか痛んだ。

 だがそんな彼の中の不安をまるで消すかのように別れ際に仁乃はこんな事を言ってくれた。


 「あのさ…改めて今日は本当にありがとうね加江須。その…あんたは私の命の恩人だし、こ、これくらいはお礼して上げる」


 「え、それってどう言う……!?」


 いきなり仁乃が礼をするなどと言って怪訝そうな顔をする加江須であったが次の瞬間に言葉が詰まってしまった。

 気が付いた時には仁乃の唇が自分の頬にむにっと押し当てられていたのだ。柔らかく弾力のあるその感触、さらに彼女の髪のいい香りは加江須の思考力を奪いその場で人形の様に彼の体を硬直させてしまう。


 「こ、これはあくまでお礼だから深い意味は無いから! そ、それじゃまた明日!」


 数秒間の唇と頬の肉体の接触が終わると仁乃は頬をうっすらと頬を紅に染めながら小走りで走り去って行く。

 その場にポツンと取り残された加江須は自分の身に起きた出来事を思うように咀嚼できずにその場で佇む事しか出来なかった。


 「マジで……?」




 ◆◆◆




 仁乃は加江須に背を向けた次の瞬間には全速力で自宅へと駆けていた。

 自宅へと辿り着くと帰りの挨拶もせずにそのまま自室へと飛び込む。途中に階段ですれ違った妹の声も無視して部屋の飛び込むと流れるようにベッドに顔面からダイブ、そのまま石像の様に数秒間の硬直の後に腹の底から叫んで悶えた。


 「うわあああああああ何をやってんのよ私はあああああああああああ!?」


 顔を枕に突っ伏した状態で四肢をバタバタと暴れさせながら悶え苦しむ女子高校生。今更喚いたところで時間は決して巻き戻らない。自分が同年代の男子相手のほっぺにチューした事実は消える事は無い。騒ぐだけ後の祭りだ。


 「どうして? 私はどうしてあんな事をしてしまったの? バカなの私は!?」


 ハッキリ言って仁乃は自分が何故あんな行動に走ったのか自分のことながら理解できていなかった。完全に無意識だったのだ。確かに彼には命を救ってもらったので感謝はしているしその事を口にもした。だが気が付けばまるで吸い付くかのように彼の頬に唇タッチをしていた。


 「お礼を言う所までは間違いなく自分の意思だったけどキスは完全に気が付いていたらしていた。これってもしかして……」


 以前何かの本で読んだことがある。人間の行動は実は9割近くが無意識で行われているらしい。例えばドアを開けたり本のページをめくったりなどいちいち頭でこうしよう、ああしようなどと考えていない。そしてあの時の頬へのキスも完全にキスしようと考えていたつもりはない。


 それはつまり……自分は久利加江須と言う人物に対して友人や仲間と言う枠組みを飛び超えて愛情を抱き始めていた? だからこそ自分はあんな行動を取っていた? むしろ取りたいと思って実行した?


 「うにゃあああああああ!? ムリムリムリ明日からどんな顔をしてあいつの前に立てばいいの!?」


 深く考え直せば考え直すほどに頭の中が沸騰しそうだった。もう顔から給湯器にように湯気が出そうだ。

 確かに窮地を救ってくれた事は嬉しかったがそんなアッサリと恋に落ちる程に自分はちょろい女だったとでも言うのか? だが他の男ならともかく加江須に対してそんな感情を抱く事は不思議と嫌ではない。それどころか心地よくすら……。

 それから何度も何度も自分の大胆なあの行動を振り返ってみたが辿り着く結論は1つだった。


 「私やっぱり加江須に恋しちゃってるのよね……じゃないとあんなこと自分からしないって……」


 落ち着いたところで声に出してみると何だか胸がスッとする。確かに今回の河川敷での1件もこの感情の後押しした部分もあるのだろう。しかしこの日まで蘇生戦士として彼との交流が始まって一緒に居た時間は楽しかった。きっと今日までの積み重ねで日に日に彼を少しずつ、それでも着実に意識していたのだろう。


 「……あいつってどういうタイプの女の子が好きなんだろ?」


 彼の初恋相手である愛野黄泉を思い返してみる。中身は問題だらけの彼女だが外見はかなり整っている。別に自画自賛するつもりはないが自分も負けず劣らず中々に可愛い部類だと思う。ここだけの話何度か男子に告白された実績もある。

 

 「それに…スタイルだって悪くないと思うし……」


 寝っ転がりながら自身の胸に手を置いてみる。

 時々異性からどこか卑猥な眼でみられる事がうっとおしかったが男子の目を引く事は嫌と言う程実感している。となればもしかして加江須にだって……。


 「何考えてんのよ私ったら。はあ…でもあいつもでかい方が好きなら有利なのかしら?」


 「うーん、一概にはそうとも言えないんじゃない? ほら今のご時世貧乳派も台頭して来ているし大きければ必ず良いとは限らないよ。まあ大きい方が好きって男の比率は多いだろうけど」


 「もしそうだとしたらあいつのタイプとは真逆って事になるわね……え?」


 独り言を呟いていたつもりだったが相槌が返されている事に気付く。

 声の方に視線を傾けてみるとそこにはニマニマと嫌らしい笑みを浮かべながら自分を見つめる妹の姿が在った。


 「何やら面白い独り言を言ってんじゃんお姉」

 

 「ああああんたいつから!?」


 「ん~…『あいつってどういうタイプの女の子が好きなんだろ?』の辺りからかな」


 「じゃあ最初っから盗み聞きしてんじゃないのよ!?」


 まさか最初から全てを聞かれていたと知らず恥ずかしさから枕を持ち上げて顔を隠す仁乃。

 そんな乙女全開の反応をまざまざ見せつける姉の醜態に日乃は玩具でも見つけたかのような満面の笑みを浮かべてグイグイと遠慮なしに来る。


 「やっぱり気になる人が居たんじゃん! ねえねえどんな人? 恋バナしようよお姉!」


 「うぐぅ…いっそ殺せぇ……」




 ◆◆◆




 妹に全て知られて仁乃が悶えている同時刻、同じ様に自室で加江須は悶々としていた。

 あの別れ際にされた行為は何度振り返っても事故などではなく彼女の意思で行われた行為だとしか思えない。

 正直に言えば加江須だって男だ。仲が良く可愛い女子からあんな事をされれば素直に嬉しすぎる。


 だが喜びの中に彼の中にはかつての凄惨なトラウマがフラッシュバックしてもいた。


 それは自分の初恋相手である愛野黄泉に無残に想いを踏みにじられたあの日のこと。しかもそれが原因で自分は事故死までしているのだから精神的なショックも大きいなんてものではない。黄泉と仁乃は別人だと理解しつつもまた裏切られるのでは、などと言う思考が抜けてくれない。


 「はあ…やっぱり過去のトラウマは中々抜けないか……」


 加江須は去り際にされた彼女の行動について自分から追求する事はやめておくべきだと判断した。

 もしかしたら彼女が言っていた通りただの礼と言う意味でされただけかもしれない。変に期待してしまえばまた深く傷つくかもしれない。もしもあんな心を抉られる様な事をもう一度されてしまえば自分はもう二度と立ち直れないかもしれない。


 大きくなった想いが爆発して加江須へと無意識にキスと言う形で好意を示した仁乃。だが彼は過去の出来事を恐れて彼女とは違い距離を縮める事を躊躇ってしまっていた。


 「もう裏切られるのは嫌なんだ。そんな苦痛を味わうくらいなら今の距離感のままで十分だ」


 そう言いながら加江須は思考を一度停止させる為に布団にもぐり込んだ。

 幼馴染によって植え付けられたトラウマは彼女との縁を切っても未だ克服できず。こうして複雑な思いに苛まれながら彼は夜を過ごしたのだった。



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