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少年に対して変わりはじめる少女の恋心


 全身を縛られ空中に投げ出された仁乃は一瞬の浮遊感の後に水中へとどんどん沈んで行った。

 体中を包み込むひんやりとした水の冷たさ、そしてそんな水中で身動きを封じられ沈んでいく事しか出来ない圧倒的な恐怖。


 う、うそ…でしょ…。く、苦しい……!?


 ゲダツの吐き出した硬度の高い糸のせいで簀巻き同然、まともに身動きも取れずに無様に川底で身体を左右に揺らす事しか出来ない。

 焦りと恐怖の感情から思わず水中内である事すらも忘れてしまい大きく口を開いて無駄に酸素を消費してしまう。だが焦燥感に襲われていた彼女にとっては後の祭り。


 もしかして…私死ぬの…? こ、こんなところで……こんな形で?


 蘇生戦士は常に命を危険に晒す事を仁乃は頭の中では理解していたつもりだった。だが加江須と共闘するまでは独りで戦い続け生き延びて来た彼女からすればその危機感はどこか漠然としていた。今日だって死ぬことは無いだろうと慢心してしまっていた。だからこそあっさりと敵に捕獲されてしまったと言える。

 だが2度目の死の縁に立たされている仁乃の中に一度経験した死の恐怖が鮮明になって蘇る。


 く…苦しいよ。いや、お願い助けて加江須!!


 気が付けば内心で必死に加江須へと助けを求めていた。その懇願を最後に仁乃の意識は一気に薄暗い闇へと落ちていく。

 意識がうすぼんやりとしていきいよいよ死を覚悟した仁乃。だが彼女の意識が完全に闇に呑まれる前に川底で沈んでいた体が突然持ち上がった。


 薄れぼやける視界を横に向けてみると水中から自分の事を何やら白い尻尾のようなものでくるんで引き上げている加江須の姿が映り込んだ。


 「しっかりしてくれ仁乃!」


 何を言っているのか分からなかったが必死の形相で自分に叫んでいる加江須の姿を見て自分を救出してくれた事を仁乃は理解した。だが安堵した直後に微かに維持していた意識は完全に途切れ仁乃の視界は黒一色に染まった。


 川の中から仁乃を引き上げた加江須は懸命に彼女の名前を何度も呼びかける。だが一向に瞼を上げようとせずぐったりとし続ける仁乃。


 「くそっ、水を飲み過ぎたのか?」


 溺れた人間の人命救助のやり方は漠然としか頭の中になかったがとにかく水を吐かせる事が最優先だ。心臓マッサージを繰り返しながら人工呼吸を施し始めた。

 異性の胸に触れる事や口づけをする事に僅かに躊躇いを持ってしまうがそれ以上に彼女の人命を優先して必死に蘇生処置を施し続ける。


 「ふーっ…ふーっ…戻って来てくれ仁乃!」


 心臓マッサージを十数度繰り返しながら何度も口を合わせて呼吸を送り続ける加江須。すると今までマネキンの様に反応の無かった仁乃の体はビクッと大きく痙攣をし、そして直後に激しく咳をしながら大量の水を吐き出した。

 

 「げほッ、ゴホッ……か、加江須…?」


 呼吸が整い瞼を持ち上げて加江須の瞳を見つめる仁乃。

 未だに意識が呆けているのかその声はか細く弱々しい。それでも彼女が戻って来た事を確認できると思わず加江須は彼女の体を強く抱きしめていた。


 「よかった…この…心配ばかり掛けるなよ……!」


 安堵の余り加江須の瞳からは涙が零れ仁乃の頬に落ちた。 

 まるでぼろぼろと子供の様に赤裸々に涙を流すその姿はまるで幼子のようであった。だがそんな幼稚な自分よりも今は目の前で助かってくれた命のありがたみの方が遥かに大きかった。

 

 「加江須苦しいってば……」


 思いっきり抱擁されて少し苦しそうに声を出す仁乃。

 ハッキリと仁乃の口から生存を知らせる声を聴けて加江須の瞳から零れ落ちる涙の量は増大する。

 自分の事を抱きしめながら『よかったよかった』と繰り返す加江須を見て思わず苦笑してしまう。だがそれ以上に自分を必死になって助けてくれた彼を見て胸がじんわりと温かくなった。そしてもう自分は大丈夫なのだとしっかりと理解できると彼女まで感極まって涙を流していた。


 「うう…怖かったよ加江須~……」


 あと一歩で二度目の死を迎えていた事を考えると怖くて怖くて仕方がなく縋るように加江須を強く抱きしめ返す。

 しばしの間二人のすすり泣く声が河川敷を静かに包み込んでいた。




 ◆◆◆




 「それでさっきのあんたのあの姿は何なのよ?」


 「いやー…正直俺も自分に何が起きたのか分からないんだよな…」


 ようやく落ち着きを取り戻した仁乃がまず最初に質問をしたのはやはり加江須のあの姿についてであった。

 互いに抱きしめ合い続けていた時は安堵や恐怖からの感情から口にしなかったが変色していた頭髪、何よりあの狐を連想させる耳や尻尾についてあれは何だったのか触れる。今はもう変身も解けていつもの加江須の姿に戻っているが。

 とは言え質問をされた加江須としてもどう答えればいいか返答に詰まる。間違いなく自分の特殊能力が何かしら発動したのは間違いないだろう。だがあの時の自分は意識して変身したわけではない。勿論今元の状態に戻っているのも意図的ではなく勝手に変身が解除されたのだ。


 「俺の特殊能力を考えると妖狐の力がより一層引き出されたと思うんだがそれ以上は……」


 「蘇生前に神様から聞かされた話だと与えられた特殊能力や体内の神力は特訓で伸びるらしいわ。でも窮地に陥ると稀に能力が一気に覚醒する事があると教えられていたけど……」


 恐らくだがあの時の自分の状態は火事場の馬鹿力のようなものだろう。試しにもう一度変身して見ようと思っても特別肉体に変化は見て取れない。


 「それにあんたの体中の傷も完治しているしそれも妖狐の力ってわけ?」


 「ん~…多分…妖狐って妖怪の類ともよばれるし傷位なら治せても不思議じゃないのか?」


 「何で逆に質問してんのよ自分の能力でしょうが。たくっ…てきとうなんだから……」


 自分の能力であるにもかかわらずどこか他人事的な言葉に呆れる仁乃。

 まあそちらの方の話はここで一度区切ってもいいだろう。本人ですら理解が追いついていない事なのだから今掘り返してもこれ以上は何も分からないだろう。

 

 それに今の仁乃にはどうしても確かめておきたい事もあったのだ。


 「あ、あのさ、ちょっと確かめておきたい事があるんだけど……」


 今まで普通に話しかけていた彼女の声色が何だかしおらしくなって首を傾げる加江須。よく見てみると彼女の頬は少しピンクに染まりチラチラと自分を恥ずかしそうに見つめる。


 「わ、私を川の中から引き上げた時さ……そ、そのもしかして人工呼吸的な事した?」


 そう言いながら彼女は自分の唇を指でなぞって恥ずかしそうに振舞う。意識が混濁している中で朧気に自身の唇に柔らかな感触が押し付けられている事を思い出しながら仁乃は一応の事実確認を取って来た。

 上目遣いで羞恥心を顔に晒している仁乃の姿に思わず加江須の顔が一気に真っ赤に染まる。


 「いや、あの……す、すんません」


 状況が状況なので本来であれば加江須が謝る必要は無いのだろう。だがそれでも許可なく唇を奪った事は事実は事実。そう考えると自身がとても罪深く思えて来るので思わず頭を下げていた。

 てっきり不埒者とでも叱られるとばかり思っていた加江須であったが彼女は特に怒り出す事もなく小さな声で『ふ~ん…そう…』とだけ呟いた。


 「あの怒らないのか?」


 「私を助けてくれたんでしょ? それで理不尽に怒ったりしないわよ」


 何気にファーストキスだったんだけど…まあ…不思議と嫌じゃないのよね。

 

 言葉の通り仁乃は加江須に対して別段怒りはない。だが仕方がないとは言え隣の少年とキスをした事を全く意識しないと言うのは無理なもので無意識に自らの唇をなぞっていた。

 全身が水に塗れて頬を染める美少女の姿に加江須が変に緊張してしまい何とか話題を変えようとする。


 「あのさ、その服びしょ濡れで寒くないか? ほら狐火で乾かしてやるよ」


 そう言いながら加江須は手の平から狐火を出して仁乃の体を乾かしてあげようとする。

 仁乃としてもこのままびしょ濡れの状態で家に戻るわけにもいかず炎の熱で乾かしてもらおうと思い近づいて行く。

 だが何故か仁乃が身を近寄せると同時に加江須の顔が更に真っ赤に染まった。


 「何を赤くなっているのよ?」


 「いやだってお前服が……」


 加江須の視線を辿ってみると彼の目線は自分の体をまじまじと見ている。もしかして水中に沈んだ時に体のどこかを怪我でもしたのかと思ったがすぐに彼の言わんとしている事が理解できた。


 仁乃の全身は水に塗れておりそのせいで制服は肌に密着、しかも下着がうっすらと見えてしまっているのだ。


 「こ、このド変態! どこを見てるのよ!!」


 身に付けている下着の色まで鮮明に知られた事を悟り仁乃は思わず加江須の両頬を掴むと勢いよく左右に引っ張り出す。


 「いぢぢぢぢぢ! 事故事故事故事故なんです!!」


 「マジマジと見て起きながらそんな言い訳通用するか!!」


 必死に言い訳をしようとする加江須の言葉に耳を貸さずまるで餅のように彼の頬を引っ張る仁乃。

 つい今しがたまで死の狭間を彷徨い掛けていたにもかかわらずいつの間にか彼女は普段の調子へと戻っていたのだった。


 そしてこの1件が切っ掛けで仁乃の加江須に対して向ける目線が変わり始めるのであった。

 今までは同じ蘇生戦士として、友人としてしか見ていなかったがこの日を境に彼女は友情を超えたもう一歩先に感情を彼に抱き始めるのだった。


 「も、もう勘弁してくれって~!」


 「うるさいうるさいうるさい!! このスケベ魔人がぁ!!」


 未だに頬つねりから解放する様子の無い仁乃であったが言葉とは裏腹に彼女の口元には小さく笑みが浮かんでいたのだった。



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