幼馴染は自らの過ちに気付かない
「さて…じゃあそろそろ行きましょうかね…」
放課後となり学生たちは各々の向かうべき場所を目指して行動を開始し始める。
部活動へと所属している者達はそれぞれの部室へ、そして帰宅部の者達は学園外へと出てある者は自宅、そしてある者は娯楽目的の施設へと赴く。
そして蘇生戦士として町の中のパトロールの為にクラスを出て玄関を目指して仁乃が歩んでいると前方にとある人物がまるで防壁の様に立ちはだかった。
進路方向にまるで壁のように仁王立ちをして立ちはだかっている人物を見て内心でげんなりとする仁乃。
ちょ、ちょっと何で彼女が通せんぼしてんのよ? これってもしかして待ち伏せでもしてたの?
仁乃の進行方向に立ちはだかっていた人物は昼時に食堂で自分たちを睨みつけていた黄泉であった。
彼女は怒りを包み隠す事も一切せず敵意むき出しの様な顔をして無言の圧力を放ち廊下のど真ん中を陣取っている。
「え、えーっと……通してもらうわね…」
完全に自分の歩みを邪魔する事が目的である事は目に見えているがそれでもやんわりと言葉を掛けて彼女の横を通り過ぎようとする。だが穏便にやり過ごそうとした彼女の心などお構いなしに黄泉は腕を横に広げて歩みを妨げて来る。
「ちょっと待ちなさいよ。あんたに話があるのよ」
「えーっと…私はこの後に用事があるんだけど…」
「いいから黙って付いてきなさいよ!」
加江須から目の前の少女のヤバさは聞いていたので出来れば関わり合いたくない仁乃は何とかこの場から逃れようとする。だがそうは問屋が卸さないと言わんばかりに黄泉は横を素通りしようとする仁乃の腕を掴んで語気を荒げて呼び止めてくる。
学園の往来と言う事で大声を出せば必然的に周辺の生徒の目にもつき複数人の視線に二人が晒される。
「ぐっ…とにかく付いてきなさい!」
「ちょ、ちょっとそんな強引な…!」
思わず感情的になってしまい声を張ってしまった事に我に返った黄泉は仁乃の腕を掴むと強引に連行し始める。
あまりにも強引な同行を強制してくる黄泉の身勝手さに内心でむかっ腹が立つがここで彼女の手を振りほどいてしまうと更に面倒な事態に発展する事が簡単に予想できてしまう。
納得いかないが渋々と黄泉に言われるがまま彼女に腕を引かれて連行されてしまう仁乃。
ああもう…加江須に遅れてしまうってメール送っておかないと…。
黄泉に引かれている方とは反対方向の手で器用にスマホを操作して加江須へとメールを送信する。放課後の町内のパトロールを行う際には必ず校門前で一度集合してから外に繰り出しているので今も彼が先に自分の事を待ってくれている筈だ。流石に何の音沙汰も無しに待ち惚け状態を維持させるのは申し訳ない。
器用に片手でスマホを弄っていると腕を引いている黄泉が彼女の行動に気付いた。
「誰にメールしてるのよ…?」
そう言いながら彼女は立ち止まると自分のスマホに手を伸ばしてくる。
自分のメール相手が加江須である事が知られると更に事態がこじれそうだと思い何でもないと言ってスマホを仕舞い込む。それにしても許可も無く人のスマホに手を伸ばそうとするのは如何なものか? 完全にプライバシーの侵害行為に当たると思うのだが……。
そして強引に腕を引かれ続けて二人がやって来たのは人気の無い屋上であった。やはり周りに人の目があると不味い類の話なのだろう。
「ここなら周りを気にせず話ができそうね」
そう言うと黄泉の眼光の鋭さがより一層に磨きがかかった。まるでナイフの様な切れ味を連想させる眼光に射抜かれて恐怖こそ感じないが少し戸惑いの色が表情に浮かぶ仁乃。
そんな彼女の内情などお構いなしに黄泉は自分の訊きたい事を一方的に質問し始めて来た。
「ねえアンタは一体全体カエちゃんの何なのよ? 最近カエちゃんにベタベタと纏わりついて……」
加江須から完全に見放されてから黄泉は悲しみ以上に怒りの感情が日に日に募っていた。しかもその激情の矛先は加江須でなく、彼と最近行動を共にする機会が増えて言っている仁乃に対してであった。
彼女からすれば仁乃の存在は加江須と自分の恋路の邪魔をする疫病神以外の何物でもなかった。幼馴染の自分を差し置いてポッと出て来たお邪魔虫。
これまでは直接文句をぶつける事を堪えて来た黄泉であったがとうとうこの日に限界点を超えてしまいついに屋上まで強引に連行してしまった。
完全に敵でも見るかのような視線を注がれつつも何とかこの場を穏便に対処しようとする仁乃。
「え~っと愛野さん? まず断っておくけど私とあいつとはあくまで気の置ける友人関係であって……『だったらもっと距離を置きなさいよ!!』…うえっ!?」
極力逆鱗に触れぬように言葉を吟味したつもりであったがまだ言い終わる前に黄泉から怒号がぶつけれた。
自分から加江須の隣を奪い取ったと言う認識が植え付けられている仁乃の言葉は全てが今の黄泉にとっては虫唾が走って仕方が無かった。
「ちょ、落ち着いてってば! 私の話をまずは聞いて…!」
「アンタの言葉なんてどうでも良いのよ! 私はただカエちゃんから距離を置いて欲しい! その要求さえ呑んでくれればそれで良いの! いきなりポッと現れてベタベタベタベタと目障りなのよ!!」
………さすがにカチンと来るんだけど……何でここまで強引に連行された挙句にこんな脅しの様な事をされなきゃならないのよ。これって一歩間違えたら脅迫とも取れるんじゃないの?
心境内で不満を吐露しながら仁乃は目の前の身勝手な少女に思わず直接口に出して反論しようとする。だがここで噛み付いては更に事態が拗れる。
何とか穏便に穏便にと相手の言葉を聞き流してこの場を離れる隙を窺っていたのだが……。
「カエちゃんは私の物なの! お願いだから人の物を横からかっさらう様な真似はやめてちょうだい!!」
「……ねえ、やめてよ」
しばし止めどなく黄泉の口から叩きつけられる理不尽な言葉を受け流し続けていた仁乃であったが、先程から彼女が度々に口にする『物』と言うワードに我慢の限界が訪れた。
「さっきから聞いていれば加江須のことを物だって言い続けているけどさ……あなたはあいつをどうしたいの? あいつは別にあんたの人形じゃないのよ?」
熱くなっている黄泉とは対照的にどこか氷の様なひんやりとした冷たさを纏った言葉を投げ掛ける仁乃。その冷淡な口調に一瞬だけ言葉を詰まらせる黄泉であったがすぐに再燃して身勝手なセリフを吐き出した。
「私とカエちゃんは小さい頃からずっとずっと一緒に居た幼馴染なのよ! 彼の事をアンタはおろかこの学園の誰よりも私は熟知している。そんな私が彼を自分の物と言って何が悪いの!?」
必死の形相で訴えかけて来る黄泉を見て仁乃は思わず哀れんでしまった。
この期に及んでも彼女は加江須の事を物だと、『所有物』だと平然と口にしている。幼馴染でありながら対等に見ていない。自分よりも無意識に彼の存在を下に見ている。例え本人の前で口にせずとも彼の居ないこういう場所で口にしている時点で彼女は何も反省していない。自らの過ちに気付いてすらいない。
何故自分が長い付き添いである幼馴染に捨てられたのかこの期に及んでもその理由を真剣に見つめ直してすらいない。
それに個人的にもムカつくのよ。加江須が自分の物物物ってさ、あいつをそんな風に見られるのは気分が良くないのよ。私もあいつもそしてアンタも人として一切の差なんてない。何でそんな事がここまで来て理解できないの?
確かに黄泉の言う通り自分はまだ加江須と深い付き合いとも言えない。だがそれでもそれなりの時間を共に過ごした友人と言える人物を物扱いされて良い気分な訳がない。
「あんた今のままじゃ加江須に絶対振り向いてもらえないわよ。いい加減に加江須に向ける想いが屈折している事に気付いたら?」
「は? いきなり何を言ってるのよ? それよりももうカエちゃんに二度と…なっ、待ちなさい!」
反省の色が見られない黄泉に対して思わず冷淡な口調でそう告げる。そのまま言いたい事だけを言うと彼女は未だ騒ぎ続ける黄泉を置いて屋上をそのまま出て行く。背後から自分を呼び止めようと喧しく黄泉が喚き散らしていたが無視してやった。
屋上にポツンと一人取り残された黄泉は悔し気に下唇を噛みながら拳を握って震える。
「ふざけんな…私の想いが屈折している? 私がどれだけカエちゃんを想っているか…愛しているか知りもしないで決めつけんな…」
爪を噛みながら黄泉は自分に憐れみの視線を向けていた仁乃の表情を思い返す。
腹が立つ。まるで自分が学習能力の無い無知な人間の様な決めつけているあの視線、人から掛け替えのない物を奪い去っておきながら何様のつもりだ。
「許せない…許せない許せない許せない……!」
口でこれだけ言ってもまるで引く気の無いあの女に醜い嫉妬心を募らせる黄泉。
「もういいわ。口でこれだけ言ってもまるで理解してくれないと言うならもう十分よ」
爪を噛みながら黄泉は醜悪な笑みを浮かべる。
今回屋上まで呼んだのは黄泉にとっては最後の口頭警告で済ませるチャンスであった。だがあの泥棒猫はそんな自分の最期の慈悲すらも踏みつけにしたのだ。口でどれだけ忠告を入れても理解できないと言うのであればもう十分だ、ここから先は実力行使をさせてもらまでだ。
「精々覚悟しておくことね伊藤仁乃。私の大切な物に汚らしい手垢をベタベタと付着させた罪を償ってもらうわ」




