嫉妬心を募らせる幼馴染
加江須と仁乃が二人で休日を遊んでから後日の事、心なしか二人の距離感は以前よりも微かにではあるが近づいているように思えた。勿論いきなり二人が交際関係になったとか、互いに異性として意識し始めたとかそこまで露骨な変化が発生したわけではない。だが学園の休み時間など二人で過ごす事も多くなっていたのも事実だ。それに今では蘇生戦士として二人で放課後には町の中を見回りゲダツの脅威が無いかを探索している。
昼休みの学食で加江須はここ最近では仁乃と、そして彼女とよく一緒に居る紬愛理の3人で昼食をとっている。
加江須と仁乃の二人が食事をしながら他愛もない話をしていると愛理がニヤニヤと笑いながら茶々を入れて来た。
「それにしても最近仲が良くなったんじゃないのお二人さん~? いやーもしかして私はお邪魔だったかな? なーんて言ってみて!」
「な、何よまたあんたはそんなことを言ってさ。加江須と私はあくまでただの友人関係よ」
愛理からのちょっかいに対して少しどもりながら受け答えをする仁乃。
決して二人の関係が露骨な変化をした訳ではないがこの二人と一緒に居る機会が多い愛理はその微妙な変化を見過ごさなかった。
特に仁乃とは同じクラスと言う事もあり付き合いも長いので彼女が加江須へと向ける笑顔が少し柔らかくなっているその些細な変化に気付いていた。今だって仁乃はどこか凄くリラックスした表情を加江須へと向けているのだ。少なくとも同じクラスの男子に対して仁乃はここまで心を開いたような笑みは向けない。
「ただの友人ねぇ? 私には一歩関係が前進しているように見えますなぁ? 加江須君としてはどう? 仁乃の事を意識しちゃってるのかなぁ?」
「え、いや仁乃の言う通りあくまで友達だって。勘繰り過ぎだって」
「え~でもそう言う割には加江須君ったら顔赤くなってるよ~」
愛理が指摘した通り加江須の頬はうっすらと赤く染まっている。
冷やかしの対象が仁乃から自分に移ったので適当にはぐらかそうとする加江須だが思わず仁乃の方をチラリと見てしまう。
横目でこっそりと見つめる仁乃の頬は紅を差しておりそんな彼女を見ると思わずドキリと鼓動が高まってしまう。
な、なんでそんな顔をするんだよ。変に意識してしまうじゃないかよ……。
加江須としてはまるで気にも留めないようなすまし顔でもしてくれた方が助かる。だがあんな風に頬を赤らめて目が合うと逸らされる、そんな甘酸っぱい対応されてしまうと意識しない方が無理だ。
とは言えここで自分までオタオタするとまた愛理にからかわれる事は明白だろう。
「と、とにかく愛理は少し勘繰りすぎだって。俺と仁乃はあくまで良き友人に過ぎな……痛っ!?」
愛理からの質問に対して何とか流す事が成功したかと思った直後にテーブルの下からガンッと軽く仁乃に爪先で小突かれた。
「な、何すんだよ仁乃?」
「べつに…アンタの足元にゴキブリが居たから追っ払ってあげただけよ」
「嘘つけ!!」
そう言いながらそっぽを向く仁乃であったが加江須としてはどう考えても今の自分の『あくまで良き友人』と言う発言に不満を持って行われた行動にしか思えない。こんな事をされてしまえば加江須としても変に勘繰ってしまうのだ。
そして一方で仁乃も自分の行いに対して疑念を抱いていた。
ど、どうして私はこんなイライラしてんのよ? 別に加江須が私を友人としか見ていないことなんておかしくもなんともないでしょ? 現に私とコイツはこ、恋人とかそう言う間柄でもないんだし……。
しかしいざただの友人と言う認識しかされていない事を口に出されると意味もなく腹が立ってしまった。
そんな加江須と仁乃のどこか甘酸っぱい雰囲気を観察しながら愛理は内心でニヤニヤと笑っていた。
いやー…この二人どう考えてもただの友人と言う関係じゃないでしょ。私の見立てでは無意識に両者相手の存在を意識し出しているって事かにゃ?
身近にいる二人の反応を観察しながら含み笑いを浮かべる愛理であったがここで彼女はある視線に気が付いた。
3人が座って居るテーブルは円状となっており愛理の方向からは学食の入り口が見える。そしてその入り口付近の物陰に何やら金色の鮮やかな長髪の少女が自分たちの方をまるで呪い殺さんばかりに睨みを利かせているのだ。
美しい顔の造形であるがゆえにその怒りの表情も人一倍に鬼面と言わせてしまう程に恐ろしい。
え…何あの娘? 何だかすっごいこっちを睨みつけているんだけど……。
「ね、ねえ二人とも。あそこでウチら見てるあの娘って二人の知り合い?」
愛理からの突然の質問に少し気まずそうにしていた二人の表情が変化する。
今までお茶らけた雰囲気を醸し出していた愛理が急にしおらしくなったのでどうしたのかと思いつつ振り返ってしまう。
「うげっ…また…」
愛理の言う人物に視線を向けた瞬間に加江須は苦虫を噛み潰したかのような顔つきへとなった。
こちらを覗き見していた人物は愛野黄泉。加江須の元初恋の相手であり幼馴染だった少女だ。
ここ最近では完全に縁を切ったので向こうの方から話し掛けて来る事はなくなった。だが今の様に時折陰から自分をまるで監視するかのように見ている事が何度かあった。
いい加減にしてほしいぜ。いつまで俺を苦しめれば気が済むんだよあのヤロウは……。
確かにうっとおしく絡まれる事は無くなったがこれはこれで精神面的に参る。まるで悪質なストーカーにつけ狙われている気分だ。折角の楽しい仁乃や愛理との食事も不味くなる。
心の中で深々と溜息を吐いていると愛理が質問を投げかけて来る。
「もしかしてだけど…あの娘ってさ、加江須君の知り合いなのかな?」
あからさま過ぎる嫌悪感を剥きだした加江須のその変化に加江須の知り合いかと思って質問を続ける愛理だがその問いに対して彼はぶっきらぼうに否定して来た。
「べつに…あんなヤツなんて赤の他人に過ぎないさ…」
今までの和やかな雰囲気を壊すかのような露骨な態度の変化に愛理がしまったと言う顔をする。
愛理としては加江須とあのこちらを凝視している少女の関係がどのような関係なのかは定かではない。だがこの彼の表情から察するに良好な関係では無い事は明白である。
チラリと視線の焦点を加江須から仁乃の方に向けると彼女は何とも言えない顔をしていた。この表情を察するにあの金髪の少女と彼の関係について多少は何か知っているのかもしれない。
「悪い、俺もう行くわ…」
自分の分の昼食を全て食べ終わった加江須はその一言と共に席を立つと食器を返却してそのまま食堂を後にした。食堂を出る際にはあの睨みを利かせる少女を避けるかのように遠回りして反対方向の出入り口から出て行くあたりかなり険悪な関係だと言う事が予想できた。
「ねえ…加江須君とさっきの娘ってどう言う関係なの?」
加江須が食堂を出た後に再び視線を少女の方へと向け直すがその時にはすでに彼女は姿を消していた。
仁乃と二人だけ取り残された事で堪え切れない好奇心に抗えず愛理は彼女にあの二人の関係について詮索を始めてしまう。
質問をされた仁乃は口にして良いのかどうかしばし悩む素振りを見せたがやがて自分の知っている限りの事を話し始めてくれた。
だが事情を話す前に仁乃は前置きを入れて来た。
「あんたには話してあげるけど今から話す事は絶対に他言無用よ。大体予想はついているだろうけどあまり気分の良い話でもないからさ」
そんな注意を一つ入れてから彼女は加江須とあの少女、愛野黄泉との関係について語り始めたのだった。
そんな話を二人の少女が食堂でしているその頃、加江須が食堂を出てから同時に姿を消した黄泉は近くの階段に座り込んでいた。
ガリガリと親指の爪を噛みながら彼女は先程に自分の見た食堂での加江須の笑顔を思い返していた。
「どうして…どうしてあんな女共なんかにあんな笑顔を向けていたのカエちゃん? 私にはもう微笑んでくれないくせに。あんな付き合いだって短そうな奴等に……!!」
加江須と一緒に談笑しながら食事をしていた仁乃と愛理の二人の楽し気な雰囲気を思い返すと腸が煮えくり返りそうな気分だ。眩暈すら感じて来る。彼との付き合いがずっとずっと長い筈の自分はもう名前すら呼んでもらえなくなったにもかかわらず自分以外の女性が彼と親し気にしている事が許せなかった。
狂う程に愛おしく思っている彼から見向きもされない事は確かに悲しい。だがそれ以上にあの二人の女子生徒に対する怒りが今回は上回った。
「私のカエちゃんを誑かしやがって…! 特にあの伊藤仁乃って女…ここ最近カエちゃんと一緒に居る場面を見かけるけど……」
自分が今まで居たはずのポジションを奪い取ったあの伊藤と言う女が憎くて憎くて仕方がない。
ガリガリガリガリ……ぶぢっ……。
治りかけていた親指の爪がまたしても割れて血が滲み始める。
まるで仁乃が無理矢理に黄泉から加江須を略奪でもしたかのような言い草ではあるが完全な逆恨み。加江須に拒絶された理由は全てが彼女の完全なる自業自得。ハッキリ言って同情の余地すらない。だが嫉妬に狂った女は自らの過ちを認めない、それどころか頭の中から抜け落ちていた。
「やっぱりあの伊藤って女は目障りだわ。どうにかして…カエちゃんの元から消し去らないと……!」
そう言いながら仁乃は割れた爪を噛み続けて醜悪な笑みを浮かび上がらせる。
口の周りに付着した血液と相まって彼女の笑みはまるで悪魔を連想させるかのように怖気を感じさせるほどに不気味だった。




