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意識し始める仁乃


 「たくっ…何なのよアイツは!」


 イライラとしながら仁乃はフォークでケーキの上に鎮座している苺をぶっさして口に運ぶ。

 あの氷蓮とやらが消えた後に二人は再び元のケーキ店へと戻って来ていた。店の中に戻ると店員がまた何か揉め事を起こさないかと心配そうな眼差しを向けていたのが凄く印象に残っている。

 せっかく購入したケーキも店員の視線のせいで店内では食べづらく店の外に用意されている簡易的なテラス席で向かい合って座って食べている。


 「あぐっ! あむっ! ああもうムシャクシャする!」


 「おいおい少しは落ち着けよ。折角甘いもん食べているのに鬼みたいな顔してるぞお前…」


 お目当てのケーキを食べれて本来なら幸福なはずの仁乃だが先程の氷蓮の態度がどうにも癪に障るのかケーキの味を楽しみつつも腹の中は怒りで燃え盛っていた。

 

 「何が縄張りよアイツ! お金目当てで戦うなんてサイテーじゃん!」


 「でも…実際のところは多分ああいう理由で戦うヤツは他にも居るんだろうな…」


 蘇生前に聞かされたイザナミの話ではモチベーションを上げる為に現金制度を導入したとも言っていた。命懸けで化け物と戦うからにはそれ相応の見返りを求める人間の心理も理解できる。いやむしろ見返りを求める人間の割合の方が現実的には圧倒的に多いのかもしれない。

 加江須がどこか遠い目をしながら溜息を吐き出しながら人間の欲深さに嘆いていると仁乃が口元を拭いながら呟いた。


 「確かに対価を求める心も理解は出来るわよ。でも…私はやっぱりああ言う見返りを第一に求めて戦うヤツは好きになれないわね」


 「なあ…仁乃はどうしてゲダツと戦っているんだ?」


 「あによ急に? 蘇生戦士なんだからゲダツと戦うのは当然でしょ?」


 今更何を当たり前の質問をしているのかと思い首を傾げる仁乃。

 だが加江須が聞きたいのはそう言う事ではないのだ。蘇生戦士としてゲダツと戦う宿命を背負っているのは加江須も理解できる。だが仁乃はパトロールを率先してまで行いゲダツの討伐に赴いている。しかもさきほどの氷蓮の様に金銭が目的でもなく町の人間を想い動いている。世間では周りはそんな人間を偽善者だと罵るだろう。だがここしばらく一緒に過ごして分かったがこの仁乃と言う少女は根がとても良い子だと分かった。まあ少し天邪鬼な部分もあるが……。少なくとも町の人間を守りたいと言う心が本物であることは加江須にも理解できていた。


 「今時中々居ないもんだぜ? お前みたいに人の為に動くヤツって」


 機嫌の悪い彼女にそんな称賛を送ると恥ずかしそうに照れる仁乃。


 「な、何よいきなり。褒めたって何も出ないわよ」


 「おっ、やっと機嫌よくなってきたな。折角高いケーキ食べてんだからそうやって嬉しそうに笑っていた方が可愛いぞ」


 あまりにも自然と送られるその言葉に仁乃は頬をさらに赤くしながらそっぽを向く。


 「あ、あんたって時々そう言うセリフ真顔で言うわよね…」


 「はは、なんだかお前相手だとするりと素直になれるんだよ。良くも悪くもお前はストレートにハッキリとモノを言うからそれに釣られて俺も思った事が口に出るのかな」


 「たくっ…その素直さをあの例の幼馴染にぶつけていれば何か変わったのかもしれないのに……あ……」


 可愛いと言われて仁乃は少し動揺をしていたのだろう。そのせいでついうっかりと彼にとっては不用意に触れてはいけない話題を口に出してしまう。途中で自分が失言を漏らした事に気付いた彼女であるがもう遅い。地雷を踏みぬいた後に気が付いても直後には大爆発だ。その後に後悔しても完全に後の祭りなのだ。


 「はは……まあお前の言う通りだよな。俺がもっと早くからアイツに不満をきちんとぶつけていればなぁ……」


 「ご、ごめん。嫌な事思い返させて…」

 

 「いや別にいいよ。仁乃は何も悪くないんだし…」


 どこか遠い眼をしながら寂しそうに笑う加江須に仁乃はしまったと言う顔をする。

 

 彼の幼馴染である愛野黄泉、彼女に長い期間ずっと加江須が蔑まれていたと言う事実について仁乃は彼から既にもう聞かされている。以前放課後に学園の玄関付近で黄泉が仁乃に突っかかって来た事があり、その翌日に学園の昼休みに彼女との関係について色々と教えてもらったのだ。

 加江須の口から語られた幼馴染である愛野黄泉との関係はハッキリと言って胸糞の悪い話であった。

 

 幼い頃はとても仲が良かったにもかかわらずある日を境にまるで彼の事を邪魔者として扱い始めた幼馴染の黄泉。そして最終的にはまるで目の前の彼のことを汚物の様に見下す様になり顔を合わせる度に苦しめられたらしい。

 ずっと仲が良かった彼女が何を切っ掛けに豹変したのかは加江須にも結局最後まで分からなかったらしい。それでもいつかは過去の幼い頃の様に笑い合える関係に戻れると加江須は信じ続けていた。だがそんな彼の想いは結局届かず、ついには袂を分かってしまったらしい。


 全てを話し終えた後の彼のあの表情は今でも忘れられない。ギリギリの最後まで昔の様に幼馴染とまた笑い合えると信じていたがその願いが無残に散った事を自分に語った時の喪失感に満ちている表情は見ていられなかった。

 だから加江須の前では極力過去をぶり返す話題は避けようと決めていた仁乃だったのだが……。


 「はあ……」


 深く溜め息を吐きながら一気にテンションが下降した加江須を見ながら仁乃は内心で激しく後悔していた。


 き、気まずすぎるわ。う~…私の大バカ、あれだけ幼馴染の話題は出さない様にと心掛けていたのに……。


 何とか沈んで行っている加江須の気分を引き上げようと頭を悩ませる仁乃。少し強引になっても何か別の話題を振ろうと周囲に目線を泳がせていると自分の食べ掛けのケーキが目に入った。


 「あ、そうだわ。あんたのそのチョコケーキ一口ちょうだいよ。私も自分の頼んだケーキを一口上げるから」

 

 そう少し早口で捲くし立てるように自分の食べかけのケーキをフォークで刺すと加江須の口元まで運んでいく。


 「ほら遠慮せず食べなさい。嫌な事はこの甘いクリームと一緒に溶かしなさい」


 「むぐっ!」


 気落ちしていた加江須を慰めるかのように自分のケーキを食べさせてあげる仁乃。

 半ば強引に口の中に押し込まれたケーキを咀嚼しながら加江須が少し恥ずかしそうにしながら彼女に文句を言う。


 「いきなり何すんだよ。びっくりしただろ…」


 「いつまでもウジウジしてるからよ。ほら、甘い物食べて気分も優れたでしょ?」


 そう言いながら彼女は加江須の沈んでいたテンションが元に戻っている事に心中でホッとする。少し恥ずかしかったが羞恥心を堪えてあーんをしてあげた甲斐があると言う物だ。

 加江須の落ち込んでいた空気が払拭された事で仁乃は再び自分の残っている分のケーキを頬張ろうとする。だが彼女のフォークよりも先に加江須のフォークが仁乃の口元まで運ばれる。

 

 「え、な、何?」

  

 「何って…お互いのケーキ一口分交換だろ? 俺の分のケーキも一口やるよ」


 加江須の差し出して来たフォークの先端には彼のチョコレートケーキが一口サイズで刺さっている。

 

 確かにお互いに一口ずつ交換とは言ったがあれは落ち込んでいた加江須の気を逸らそうと思って突発的にした提案だ。正直に言ってそれなりに仲の良い異性にあーんをされるのは自分がするよりも恥ずかしい。

 とは言え自分が食べさせておいて相手の善意を拒否するのは失礼だろう。


 「あ、あーん…」


 口元に差し出された彼の分のケーキを一口貰う仁乃。

 今更ながら間接キスをしていると言う事に気が付きケーキの味が思うように分からなかった。


 「お、おいしいわねコレ」


 取りあえず当たり障りのない感想を言っておいた。

 口内のチョコを溶かしながら仁乃は内心で自分の行動を振り返っていた。


 それにしても食べさせ合いっこをするとは…何だか思った以上にこいつと私の距離って近いのかな……。


 いくら慰めようと思っても自分の取った行動は異性相手には中々出来るもんじゃない。それをすんなり実行できたと言う事は無意識に目の前の少年を意識し始めているのだろうか?


 な、何を勘違いしてんのよ私は! 加江須はあくまで同じ蘇生戦士として距離が近いだけ! そう、きっとそうなんだから!!


 そう自分に言い聞かせながら残ったケーキを口に運ぶ仁乃であったが一度意識すると中々その考えは払拭できず、結局残った分のケーキを味わう余裕などもうなかったのだった。


 「あれ、お前何だか顔が赤いぞ?」


 「な、何でもないわよ! ジロジロ見るなこのスケベ!」


 「いや何で急にキレてんの!?」


 あまりにも理不尽に噛み付かれて驚く加江須であったが、その顔は何だかとても楽しそうだった。



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