愛野黄泉の暴走
「たくっ、何が休日デートよアイツは! なんか時々お調子に乗る傾向があるわよね」
別れ際に加江須から言われた発言に未だ頬を朱に染めつつ結構デカい声で独りそう呟く仁乃。ちなみに彼女はもう自宅を目視できる距離に居るとはいえ未だ道端なので偶然すれ違った買い物帰りの主婦がすれ違いざまに彼女を見てクスクスと笑う。
すれ違いざまに笑われて慌てて口を閉じるがもう遅い。羞恥心で顔を赤く染めながら彼女は呟く。
「ぐ……これも加江須のせいだからね。絶対にアイツに値の張るケーキを買わせてやるんだから」
そう言いながら彼女はようやく自宅へと帰還。
玄関を開けて家の中に入ると何やらハンバーグのいい匂いが鼻孔をくすぐる。今まさに母親が夕食を作っているのだろう。
台所で料理をしている母に帰りを告げると2階にある自分の部屋へと赴きドアを開ける。すると部屋の中には自身の妹である中学二年生の日乃がポテチを齧りながら寝そべって漫画を読んでいた。
「あ、お姉おかえり~」
一瞬だけちらっと視線を仁乃の方へと向けるがすぐに開かれた漫画の中へとその視線は釘付けとなる。
自分の部屋の中でとことんだらけ切っている妹の怠惰な姿に仁乃は鞄を定位置に置きながら注意をしてやった。
「あんた人の部屋で何やってんのよ。あーあーお菓子の食べかすが…! それにあんたもう少しで晩ご飯なのよ」
「あーごめん。前に買って来たお姉の漫画が急に読みたくなってさ。そんで部屋に戻るのも面倒でここで読んでいたわけ」
そう言いながら日乃は申し訳ないと言った感じを一切態度には出さずにポテチを齧り続ける。
注意を喚起しても未だ部屋を食べカスで汚そうとする不届きな妹から菓子袋を奪い取ると部屋から追い出す。
「はいはいさっさと出て行った! 漫画なら貸してあげるから続きは自分の部屋で!」
「ちょ、おーすーなー」
姉である仁乃と同じ髪色のツインテールを揺らしながら部屋から追い出されそうになる日乃。
完全に人の部屋でだらけていた自分が悪いのだが無理矢理叩き出されそうになり思わず揶揄的な発言をしてしまう。
「何をイライラしてんのよ。そんなんだから男運に恵まれないんだよ。そんな高校生に似付かわしくないおっぱい装備している癖に」
「か、関係ないでしょ! 大体男運が無いなんて決めつけないでよ。こう見えて仲の良い男子ぐらい私にもいるんだから」
そこまで口にして仁乃はしまったと内心で後悔する。
決して売り言葉に買い言葉と言う訳ではないがつい口から出て来てしまったその言葉に思わず口を押さえてしまうがもう遅い。
「えーなになに? 今のって何か意味深な発言じゃん」
やはりと言うか案の定喰いついてきた妹。
彼女としても特に深い考えなしの発言だったのでこのような返しをされて少し驚いていた。
その後も色々と質問してくる妹を何とか部屋から追い出すと彼女は疲れた様にベッドの上に背中から倒れ込んだ。
「あーもー…今日は本当に疲れたわ」
ようやく独りとなった空間でぼやき始める仁乃。
それにしてもまさか自分以外にも蘇生戦士が居てしかもそれが自分と同じ学園の人間だったとは驚くほかない。
「でも顔見知りが同じ境遇だったと言うのは少し有難いわね。見知らぬ他人よりも接しやすいわ」
別れ際の加江須のからかって来た発言で改めて少し恥ずかしそうに唸るが、しかし同時にどこか安心感を抱いていた。
今までは自分ただ独りでゲダツとの戦いをこなしており、時には心細くなった事もある。他にも戦いに巻き込まれた自分の現状を誰かに知ってもらいたいという想いもあった。非日常の中での戦いの苦痛を分かち合いたいと言う欲求があった。しかしこんな荒唐無稽な話など普通の人に話せる訳もなければそもそも誰も信じてはくれず与太話と切り捨てられるだろう。もっとも身近な家族にすらゲダツやその他の事を話せずにモヤモヤが日に日に仁乃の胸中にたまり続けていたのだ。
「でも…もう独りぼっちじゃないのよね。これからは…加江須も一緒になって戦ってくれる」
まだ知り合って間もない関係ではあるが久利加江須と言う人間は決して悪い人間ではないだろう。話してみれば自分と気だってそこそこ合う。それに誰かに恨みを買う様な人種とも思えな……。
そこまで思考がいくとひとつだけ引っかかる部分があった。それは今日の放課後の帰りに加江須へと絡んで来たあの女子生徒だ。
いや、でもあれはどちらかと言えば加江須よりも私に突っかかって来たような気がしたけど……。
自分をまるで目の敵のように扱って来た黄泉の事をしばし考えていた仁乃であったが答えが出るわけでもないので彼女については一旦保留とした。どちらにせよ明日も学校があるのだからその時に訊けばいいことだ。
「明日加江須から色々と訊けばいいわね。これからはあいつとは長い付き合いになりそうだし…」
自分で口にしておいてなんだが長い付き合い、何やら意味深な発言を無意識にしている気がして自分が加江須を意識しているのではないかと考え始める。
「べ、べつにあいつはただの友人よ。そうただの…」
実際に仁乃は加江須に対して恋愛感情は抱いていない。しかし数少ない同じ蘇生戦士と言う事を考えるとただの友人とも言えなかった。
彼に対して今自分がどうな想いを抱いているのか纏まらずもやもやしていると……。
「お姉入るよー?」
部屋のドアをノックしながらほぼ同時に部屋へと再度やって来た日乃。
「あんた…ノックしたら返事を待ちなさいよ。間髪入れずに開けたらノックの意味がないじゃない」
「あによ。もうすぐ晩ご飯だからわざわざ呼びに来たんでしょ。それよりもさ……」
言葉を途中で切ってじーっとしばし仁乃を見つめる日乃。
無言で見つめられて首を傾げていると妹は予想外の質問をぶつけて来た。
「もしかしてだけどお姉さ、マジで恋人とかできた?」
「ぶっ! な、何でそうなるのよ!?」
ここに来てまたしても先程の話をぶり返して来たので思わず吹き出してしまう。
だが妹の目は結構真剣であった。最初の時はお茶らけた様子だったが今は真偽を確かめようと言う意味合いの籠っている眼をしている。
「だってお姉なんか様子おかしいじゃん。さっきの意味深な発言も気になるし……実際の部分はどうなの?」
「だ、だから思い過ごしだって言ってんじゃん! もー終わり! この話題はしゅーりょー!!」
◆◆◆
仁乃と無事に別れて帰路へとついていた加江須。
彼も特にその後は何事もなく自宅まで辿り着いた。だが彼は自身の帰るべき家が眼前にあるにもかかわらず自宅前で渋面を浮かべて仁王立ちしていた。
何故なら自分の自宅の前に忌まわしき幼馴染が立ちはだかって行く手を塞いでいたからだ。
「もういい加減にしてくれよ。いつまで俺に付き纏えば満足するんだ?」
これ以上は関わりたくないと言う言葉を含めて目の前から立ち去るように促すが黄泉は俯いたままどこうとはしない。
強引に押しのけようかと考えていると黄泉がボソリと小さくこう言った。
「私を裏切るつもりなのカエちゃん」
その声はまるで生気を感じられないほどの陰鬱な声色で加江須は思わず踏み出そうとしていた足を止めてしまう。
ゲダツの様な怪物の恐怖を乗り越えたのだ。別に目の前の幼馴染に恐怖を抱いた訳ではないがどこか不気味さが駆け巡ったのだ。
「私を捨ててあんなぽっと出て来た女の方へと走るんだね」
「はあ…お前は何を言っているんだ?」
「あなたはずっと私の幼馴染として私と共に過ごして来た。そんな私を捨ててあの女を選ぶんだ? あんな女と愛をはぐくむんだ? 私の方があなたをずっとずっと、もっともっと、誰よりも愛しているのに……」
もう目の前の狂人が何をほざいているのか微塵も理解できなかった。
今の言い方では自分が仁乃と恋仲のような関係になっているように聴こえるがそれは完全な勘違い。それに今の今まで自分を虫のように扱い続けて来て自分を愛している?
やはりコイツとの関係は切って正解だった。
「そこを通してもらうぞ愛野さんよ」
これ以上この女と会話をするだけ徒労に終わると思い彼女を押しのけて玄関前まで辿り着いた。てっきり邪魔して来るとばかり思っていたので思いのほかあっさり引き下がった事に少し意外に思いつつも家の中へと消えて行く加江須。
その場に取り残された黄泉は自分の横を通り過ぎて行った加江須に振り向きはしない。
「あなたは私のモノ。カエちゃんはきっとあの女に誑かされているんだよね?」
このセリフと共に黄泉の脳裏に浮かぶのは仁乃の姿であった。
彼女の頭の中では加江須と仁乃の二人が互いに微笑んでいるイメージが浮かび上がって来た。
ガリガリガリガリガリガリ………。
気が付けば黄泉は親指の爪を噛んでいた。
頭の中で加江須とともに笑い合っているあの泥棒猫を思い返すと怒りで視界が真っ赤に染まる。自身の爪が嚙み過ぎたせいで割れて血が滲んでも気が付かない。
「お前のせいでカエちゃんは私の元を離れてしまったんだ。許さない…必ずお前からカエちゃんを取り戻してやる……」
そう言いながら彼女は血まみれの親指を口から放すと不気味な笑みを家内に居る加江須へと送る。そして薄気味悪く微笑んだ。
「待っていてねカエちゃん。必ずあなたを取り戻して見せるからね♪」
この日より愛野黄泉の暴走が始まり始める。
そしてここから加江須と仁乃の二人はこの嫉妬に狂った鬼に狙われる事となる。




