ゲダツに殺された者の末路は……
「どうしてお前がこんな所に居るんだよ仁乃!?」
颯爽として現れ窮地を救ってくれた人物はあまりにも予想外の人物であった。
それは知り合ってから間もない友人である伊藤仁乃であったのだ。完全に予期せぬ人物の来訪に思わず大声で疑問を口にした加江須のこの行動はある意味当たり前の行動だろう。
そしてもう1つ彼が驚いた理由、それは彼女が自分の窮地を救ってくれた、つまりゲダツに攻撃を当てたという事だ。ゲダツは普通の人間には視認すら出来ない。そんな異形に攻撃を直撃させれたと言う事はつまり……。
「見えているのか仁乃? じゃあつまりお前……まさか蘇生戦士なのか……?」
「そんな質問は後よ後! 今は目の前のゲダツの方に意識をしっかりと向けなさい。言っておくけどまだ倒せていないわよ!!」
加江須の問いに対して仁乃はそれよりもゲダツに集中するように叱責をぶつけてくる。
彼女からのその言葉で意識をゲダツの方へと向けるとそこにはゆっくりと起き上がるゲダツ。その様子からは今の攻撃でさしてダメージがあるようには見えなかった。
少し戦って理解したがあのゲダツは明らかに以前自分が倒したゲダツよりもレベルが上と言えるだろう。なにより黒い炎を扱って来ていると言う事は自分と同じ能力持ち、つまりはあの個体は恐らく中級タイプなのだろう。
相手の個体について推測をしていると隣に仁乃が降り立ってきた。
「ゲダツと戦っているという事はあんたも蘇生戦士だった訳ね。だったら協力しなさい。2人がかりでアイツを駆逐するわよ」
そう言うと仁乃の右手の平から大量の細長い物質、目を凝らして見ると大量の糸が出て来たのだ。
「それがお前の能力か?」
「ええ、『糸を操る特殊能力』それが私の手にした能力よ」
そう言い終わると仁乃の手の平から出て来た糸の束は収束していき大量の糸はガッチリと固まり1本の槍を形成した。
糸で作り上げられた槍をその場でグルグルと高速で回して構えを取る仁乃。
「来るわよ。気を引き締め直しなさい」
仁乃がそう言った直後にゲダツからの攻撃が再開され始める。
突然の不意打ちでとさかに来たのだろう。ゲダツは今まで戦っていた加江須ではなく今度は仁乃の方へとまるで猪のような猪突猛進してくる。
標的が自分になった事に対して仁乃は焦らず、むしろ予想していたと言わんばかりに冷静に対処をしていく。
「一斉に穿ちなさいスレッドランス!!」
仁乃は槍を持っている方とは反対の左腕を頭上へと掲げると大量の糸が空へと散りばめられていく。その四方へと散りばめられた糸達はそれぞれ空中で収束し合い、そして糸の槍が大量に展開される。その槍の軍勢は一気にゲダツへと射出される。
まるで弾丸の様な速度の槍の雨に対してゲダツは黒炎を吐き出して槍の脅威を排除しようとする。
だが仁乃の放った槍は炎を切り裂きそのままゲダツの肉へと次々と突き刺さっていった。
「グギャアアアアア!?」
数本の槍が肉に突き刺さり絶叫を上げるゲダツ。僅かではあるが出血もしている。
「悪いわね。私の糸はかなり特殊なのよ。耐熱性だってそんじょそこらの市販の糸とは訳が違うわ」
してやったりと言った顔で不敵に笑う仁乃だが彼女は攻撃の手を緩めはしない。
確かに槍はゲダツの肉に突き刺さったが槍の先端はそこまで深く食い込んでおらず浅手なのだ。射出した糸の槍の持ち手部からは1本の糸が仁乃の手の平と連結しているので突き刺した感覚も伝わってくる。
仁乃がゲダツに果敢に立ち向かう姿を見て自身の頬を叩いて自らを震わせる加江須。
自分と同い年の女の子が隣で懸命に戦っているんだぞ。それなのに何をボ―っとしてんだ久利加江須! クラスメイトの死でメンタルやられてゲロ吐いて戦線離脱なんてふざけんなよ!!
友人の逞しい姿に鼓舞された加江須は右拳に狐火を纏わせる。そして両脚に最大限まで神力を高めると渾身の力で地面を蹴ってロケットの様な速度でゲダツへと突っ込んで行く。
「喰らえぇぇぇぇぇぇ!!!」
自分の中の未だに根付いている戦いの恐怖を乗り越えた加江須の拳は今までの中で一番重く、神力を1点に高めた拳はゲダツの体毛を押しのけ深々と腹部へと突き刺さった。そのまま捻じ込んだ拳から狐火を最大限まで放出してゲダツの全身を妖狐の炎で炙る。
持てる力の全てを籠めた拳による1撃は中級タイプのゲダツとは言えかなり効いたようで口から大量に吐血する。その上に狐火を着火させ全身を炙られ苦しそうに呻くゲダツ。
「グ、ギャアッ!?」
だがこれでもまだ完全に仕留めきれないようでゲダツは苦しみながらも脚を振り上げ加江須の体へと叩きつける。
脚の先端から生えている鋭利そうな爪が微かに加江須の頬を掠めるがギリギリで直撃を回避する。だが渾身の1撃を打ち込んだ事でかなり神力と体力を消耗したせいか膝の力が一瞬だけ抜け落ちる。
へたり込みそうになる加江須の至近距離で大口を開けて黒炎を吐き出そうとするゲダツ。
し、しまった! この体制じゃ避けきれな……!?
膝から力が抜けて体制が崩れてしまう加江須、この至近距離で黒炎を放たれれば最悪死に至る。だがそこまで悲惨な数秒後の未来が見えていても避けきれない。思わず目をつぶってしまう加江須であるがゲダツの口から獄炎が放たれる事は無かった。
「ツメが甘いわね加江須」
彼の耳に聴こえて来たのは静かでありつつも力強い少女の声だった。その直後にゲダツの頭部には真横から糸の槍が完全に貫通した。
「遠距離から投擲するよりもこうして直接突き刺した方が威力が段違いなのよ。私の……私たちの勝利よ……」
もう既に絶命しているであるゲダツへと向けて仁乃は少し呼吸を荒立てながらも勝利宣言を口にするのだった。
◆◆◆
仁乃の最後に一突きによって頭部を貫かれたゲダツはそのまま光の粒となって消えて行った。そして脅威が取り除かれれば次に頭の中に浮かぶのは目の前に居る人物に対しての疑問であった。
「えーっと……戦いも終わった事だしそろそろ質問いいか?」
少し遠慮がちに加江須の方から口を開き始めがそこで仁乃が待ったを掛けた。
「お互いに訊きたいことは色々とあるでしょうけどまずはこの場の処理から取り掛かった方が良さそうね。さすがに焼死体や血痕を残しておくのは不味いわ」
仁乃に指摘されて加江須も今更ながらにハッとなった。
戦いに必死で意識を割くゆとりがなかったがこの戦いに巻き込まれて2人もの人間が死んでいる。しかもこの場には今も気を失っている人間も大勢いる。
「気を失っている連中はこのまま放置しても時間が経てば起きるでしょう。でも血痕の処理と……あそこで炭化している死体はどうにかした方がいいわね」
「あ、ああ。でも喰い殺されたヤツはそこで気絶している金髪の弟らしいんだよ。弟が居なくなったとなれば騒ぎになるんじゃ……」
「それはないわよ」
家族が居なくなった事で騒ぎになるのではないかと懸念する加江須の不安を一蹴する仁乃。
「あんたも蘇生戦士になる前に一通りの話は聞かされているんでしょ? ゲダツによって命を絶たれた者はその存在を世界の歴史から抹消される。つまり、兄弟ですらゲダツに殺されてしまえば自分に弟が居た事すら記憶から消されてしまう。騒ぎになんてならないわよ。初めから居ないものとして処理されるんだから」
淡々とそう告げた仁乃の言葉に背筋に冷たい物が走った加江須。
確かにイザナミからそのような話は聞いていた。だがその事実をいざ目の当たりにしてしまうと思うところもある。
「ほらボケッとしてないでまずはあそこで炭になっている遺体を埋めるわよ。他の連中が気絶している間に済ませちゃうわよ」
複雑な思いが拭いきれないままに無言で頷く加江須。
もう死の瞬間の表情すら判別できない黒コゲの死体を処理していると乗り越えたはずの恐怖が胸の奥底からせり上がって来る気配が加江須にまたしても芽生えつつあった。