蘇生戦士の圧倒的な力
犠正に脅されるような形で後をついて来るように指示をされてしばし歩き続けていた加江須。二人が歩き始めてから随分と移動し続け、いつしか周囲には人の気配は完全に無くなっていた。しかも加江須の視線の先には廃工場が見えて来た。そのまま二人は工場の敷地内へと足を踏み入れると前を歩いていた犠正の歩みがようやく止まった。
「また随分と廃れた場所まで連れて来たな…」
廃工場の佇んでいる敷地内へと踏み込むと今まで黙って後を付いてきていた加江須が口を開く。わざわざこんな場所まで歩かせた事に対して不満を含ませながら前方で立ち止まっている犠正に語り掛ける。
その言葉に対して彼が返して来たのは嘲笑の含まれている嘲りの顔面であった。
「よくもまぁのこのこと大人しく着いて来たな。道中に一度もどこに向かうかも訊きださないなんて間抜けすぎるだろ」
犠正がそうやって自分をおちょくるかのような発言をした直後であった。
敷地から少し離れた廃工場の中からぞろぞろと大勢の男達が現れたのだ。
「よーう犠正、ソイツがお前の言っていたお友達かぁ?」
長い間放置され続けていた廃墟から出て来た人数は全部で10人であり、その中で先頭を歩いている金髪丸刈りのいかにもガラの悪そうな男が犠正に声を掛けていた。
自分に声を掛けて来た人物に対して犠正は醜悪な笑みと共に加江須を指差しながらバカみたいな大声を出す。
「ああコイツだよ兄貴。俺をコケにしやがったクソだ」
どうやらあの頭の悪そうな金髪坊主はコイツの兄貴らしい。見た感じで典型的なはみ出し者と言った風体をしている。ついでに言うのであれば他の取り巻き共も如何にも人間のクズのような雰囲気を醸し出している。
人気の無い場所まで連れまわされていたからもしやと思ったが……予想以上に人数が多いな。
恐らく犠正からすれば自分は愛野との1件で脅されて無理やり同行させられ、何も知らずに間抜けにこの場所まで誘い出されてしまい狩り殺される運命の哀れな羊……とでも考えているのだろう。だが加江須はこの展開は想定済みであった。こんな誰も寄り付かないような場所まで連れまわしている段階で自分を人目の付かない場所でいたぶろうと考えている事などお見通しだ。あえて予想とズレが生じた部分と言えば予想以上に人数が多かったぐらいだろう。
だが待ち構えていた人数が想定以上である事など関係ない。一般人が何人集まろうが今の加江須には何の障害にもなり得ない。
いつの間にか加江須の背後に数人の男が回り込んでおり完全に退路を断たれた状態であった。
「おいいい加減に俺をここに呼んだ理由を教えてくれよ犠正。こんな寂しい場所に呼んで何か相談でもあるのか?」
「おいおい随分と肝っ玉のデカい奴だな。この状況、今から何が起きるのか大体想像つくだろうが」
加江須の質問に対して口を開いたのは犠正ではなく彼の兄貴であった。
金髪坊主はニヤニヤと笑みを浮かべながら拳を握るとコキコキと小気味よい音を奏でる。そして周辺を囲んでいる取り巻き共もニヤニヤとこれから起こるであろう凄惨な場面を想像し愉快そうに笑う。
いかにもチンピラ風を吹かせている連中に内心で呆れながらも金髪坊主が加江須へと話し掛けて来た。
「お前、聞いた話じゃウチの弟の犠正にクラスメイトが全員見ている中で赤っ恥をかかせてくれたそうじゃないか? いやー、電話でコイツから相談を受けた時は弟が受けた仕打ちを耳にして俺まで胸が痛んだぜ」
そう言いながらわざとらしく自身の胸を押さえて弟の痛みを理解しているような振舞い方を見せつけて来る。それに習うかのように犠正は悲痛そうな表情を作りながらふざけた事を宣い始める。
「本当に傷ついたぜ。いくらバスケ部の俺に勝てそうにないからと言ってラフプレーの数々。足は踏まれる、死角からの肘内、こっちは正々堂々と試合をしているのに勝てないからと随分と俺に陰湿な事をし続けたようなぁ」
「おいおいコイツが『金狼』のリーダーである俺の弟と知っていてそんな陰湿な真似を働いたんじゃねぇだろうな?」
案の定と言うか犠正のヤツはあのミニゲームで自分が乱暴なプレーを働き自分を傷つけたなどとうそぶいている。
しかし……何やらあの坊主……自慢げに不良グループ名を語っているが聞いたこともない。そもそも今時こんな一昔前のヤンキーみたいな連中に憧れを持つ高校生なんて居ないだろう。社会不適合者に落ちぶれた連中とは関わりが無い方が今の時代では当たり前だ。自慢げに金狼だなんて言われてもピンと来ない。古臭い暴走族かと思わずツッコミそうになる。
それにしてもゴールドウルフって……もしかしてアイツの金ぴか坊主頭の事を言ってんじゃないだろうな……。
そう考えると少し面白くて口元が少々にやけてしまう。
「てめぇ…何がおかしいんだよ?」
どうやらほくそ笑んでしまった事を気付かれてリーダーの男がドスを利かせた声で睨んで来た。
別段失笑を隠す気も無かったので特に返事も返さずすまし顔をしていると取り巻きの1人がガラガラ声でがなり立てて来た。
「おいコラァッ! なにニマニマしてんだカス野郎が!!」
1人が喚くと連鎖して他の連中も言いたい放題言い始めて来た。
「おいおい、ウチのリーダーの弟さんに酷い事をして更にリーダーまで愚弄すんのかよ?」
「こーゆーヤツにはお仕置きが必要だよなぁ?」
下卑た笑みを浮かべながら加江須の周りを囲んでいる男達は拳を固く握りながらジワジワと距離を詰めて来る。
今にも一斉に襲い掛かって来そうな雰囲気だがこの集団のリーダーである犠正の兄貴が待ったを掛けた。
「まー落ち着けよお前等。ウチの弟の為に怒ってくれるのはありがたいがコイツが誠意を見せてくれるなら多少は穏便に済ませてやろうじゃないかよ」
リーダーのその言葉に加江須は内心で呆れ果てていた。
ようするにコイツ等は自分から金をせびろうと考えて集まっている。そしてここで拒否すれば袋叩きにしてしまおうと。更に考えを巡らせるのならば仮に今この場で有り金を全て出しても自分は間違いなくコイツ等に痛い目に遭わされるだろう。これだけの人数を満足させられるほどの金額を即決で出せる訳もない。それぐらいはこのお頭の弱そうな連中でも分かるはずだ。恐らくは今回を機にこれから先も延々と犠正を通して自分から金の無心をしてくる腹積もりだろう。
よく周囲の取り巻きに目を光らせてみるとスマホを取り出している連中が数人居る。
「俺をボコした後に裸にひん剥いて映像や写真でも撮影して今後のダシにする気か?」
加江須がそう確信を持って犠正に一応確認してみると彼は一瞬驚いた顔をしたがすぐに余裕を取り戻して嫌な笑みを向けて来る。
「察しが良くて助かるぜ。ネットの海の中に恥を晒されたくねぇなら大人しく兄貴達に財布を出せよ。まあ兄貴達の満足いく金額が入ってなけりゃ腹いせに何されるか分からないけどなぁ?」
犠正がそう言うと周囲のクズ共はゲラゲラと下品な笑い声を奏でる。とても不快で鼓膜が腐りそうだ。
つまりこの場で自分がどんな態度を取ろうがコイツ等の為そうとする事は何も変動しない。有り金を奪いそして人としての尊厳も奪う。更に自分の醜態を映像や写真に納めて今後もハイエナの様に自分から金を絞ろうとする。
それにしても犠正と言い周囲の連中と言いかなり手慣れた感がある。この分だと同じ手口で自分以外にも何人もカモにして金銭を要求し続けているのだろう。
だがここまで清々しいクズっぷりを見せつけられて逆に安心した。
「これなら思う存分暴れても気が咎めないで済みそうだ。痛めつけても良心が痛みそうにないクズばかりだ」
加江須がそう言いながら手を何度か開いたり閉じたりして準備を整える。自分の周りを取り囲んでいるゴミ掃除の為の準備を……。
「おいおい今何か面白い冗談が聴こえて来た気がするけど俺の気のせいか?」
リーダーである犠正の兄貴が周辺の下に付いている連中に自分の聞き間違いか尋ねると他の連中が怒りの滲んでいる声色で気のせいではないと口々に言う。
「俺も聞きましたぜ。かなり生意気なセリフを言ってやがりましたぜ」
「この状況でよくこんな威勢のいいセリフが吐けるなテメェ。これはかなり教育してやらねぇとなぁ?」
加江須の挑発じみたセリフに彼の周囲を取り囲んでいた部下共がじわじわと距離を縮めて来た。その様子を犠正とその兄貴は薄ら笑みを浮かべながら見守る。特に犠正は自分に恥をかかせ続けていた加江須が泣きじゃくり自分に謝罪をする事を期待してワクワクとしている。
そして部下の1人が加江須の目の前まで距離を詰めるとそのまま無造作に彼の胸倉へと手を伸ばす。
「おい、気安く触るなよ」
だが男の手が加江須の衣服を掴むよりも早く既に加江須は拳を相手の腹部に叩きこんでいた。
相手が容赦の必要性ゼロである為に微量の神力を拳に籠めてボディブローを打ち込んでやると相手の男は奇妙な呻き声と共に吐瀉物を撒き散らしてその場で膝を崩して倒れ込む。
仲間の1人がやられた事を引き金に周りを取り囲んでいた沸点の低い連中達が一斉に襲い掛かかったが、ハッキリ言ってまるで勝負にならなかった。
「うがっ!?」
「おぐはぁ!?」
「ごぶっ!? オエエエエ……」
蘇生戦士である加江須の肉体は神力無しでも常人を遥かに上回っている。しかも今回は犠正や周りの連中に怒りを感じている加江須は微量とは言え神力で身体能力を強化しているのだ。たかだか不良連中程度の動きなどスローモーションにすら見えていた。
襲い掛かる男達の拳や蹴りを軽々と躱し最初に沈めた男の様に腹部に重たいボディブローや顔面の強烈な拳を叩きこみ1撃で戦闘不能に追いやってやる。
気が付けばものの数分で部下共は地面に転がり完全に気を失っていた。
「な…う、嘘だろ?」
まさかあれだけの大人数をあっさりと片付けてしまった事に犠正の顔には完全に余裕がなくなっていた。一緒に様子を見ていたリーダーである彼の兄貴も呆然としていた。
「さて、取り巻きはこれで掃除完了だ。あとはお前等2人だな」
パンパンと服を払いながら二人へと近付いて行く加江須。
犠正は思わず後ずさるがリーダーである彼の兄は面子があるので引き下がれない。
「調子に乗んじゃねぇぞテメェ!!」
素手では勝ち目が皆無であると理解してリーダーはポケットからナイフを取り出す。
相手が刃物を取り出すと加江須の目付きも変わる。素手で殴ってくる程度ならまだ少し痛い目に遭わせる程度で良かった。だが刃物まで出してくるなら話は別だ。
一瞬でリーダーである男の目の前に移動した加江須はナイフを握っている男の腕を掴むとそのまま容赦なく腕を逆向きにへし折ってやった。
利き腕をへし折られ絶叫を上げる男の顔面を容赦のないフルスイングでぶん殴ってやり、そのままリーダーは弟の真横まで吹っ飛んでいった。
「ひっ…!」
自分のすぐ近くまで殴り飛ばされた兄の姿は片腕は奇妙な方向を向いており、顔面の方は更に悲惨であった。鼻は曲がり前歯はへし折れて血みどろだ。
「さて、これで1対1だな犠正。覚悟は当然出来ているんだろうな…?」
「ま、待ってくれ。ここはひとつ落ち着いて話し合いを…!」
頼りにしていた連中が一瞬で壊滅させられ窮地に立たされた犠正は都合の良い提案をしてくる。
つくづく腹立たしい男だと思った加江須であるが彼に対して手を出すのを思いとどまる。一応は同じクラスの同級生だ。下手にヤツの兄貴の様な大けがを負わせると学校問題になりかねない。
だから加江須は少し脅して二度とこんな馬鹿な真似は働かない様に釘を刺そうと考えていた。
だが加江須が口を開こうとした次の瞬間――自分の背後から強力な禍々しい気配が背中を突き刺して来た。