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犠正一郎の報復計画


 悲しみに暮れている幼馴染を放置して無事に学園を目指して歩いていた加江須は校門付近で見覚えのあるツインテールが揺れているのを見つける。


 「おーい伊藤おはようさん」


 黄泉の時は一言すら言葉を発する事も無かった彼は背を向けているツインテール少女に元気な挨拶を掛けてやる。

 背後から呼びかけられて振り返って相手が加江須である事を確認すると彼女は鞄をガサガサ探りながら挨拶を返してくれる。


 「おはよう久利、はい昨日のハンカチ返すわ。ありがとね」


 挨拶を返しながら彼女は昨日彼から借りたハンカチを手渡して来た。受け渡されたハンカチは新品同様に綺麗に洗濯をされている。

 今まで自分の厚意を無下にして来たあの幼馴染と比べて目の前の少女がまるで天使の様に思えてしまう。


 「なにボケーっとしてんのよ。朝だから頭回ってないの?」

 

 いや少し訂正をする必要がある。さすがに天使は言い過ぎた様だ。


 「朝からキツイやつだな。昨日あんなに腹をぐーぐー鳴らしていたお茶目さを見せてくれてもいいだろうに」


 「な、五月蠅い五月蠅いバカアホ間抜け!」


 昨日の屋上での自分の赤っ恥を口に出されてウガーッと加江須の頬を指で突っついて来る。


 先程まで幼馴染によって不快にされた気分はいつの間にかすっかりと消えていた。




 ◆◆◆




 仁乃を少しからかってからクラスに入って挨拶をすると最初に返されてきたのは舌打ちだった。その出所を見てみると犠正が席に座りながらこちらを睨み続けていた。


 おいおいまだ俺を目の敵にしてんのかよ。いくら何でもしつこ過ぎるぜ……。


 さすがに日を跨げば少しくらいは怒りが静まってくれると思っていたがまさかここまで粘着して敵意をぶつけられるとは思いもしなかった。

 朝一から憂鬱な気分を感じつつ席に着くと近くの席の男子が小声で話し掛けて来た。


 「昨日のバスケのミニゲームでお前が圧勝しただろ? その話題がまだ今朝も流れていてそれでアイツ不機嫌になってんだよ」


 正直勘弁してほしい。つまり昨日のミニゲームの話題が出る度に同じクラスの人間に敵意をぶつけられ続けるなんて気分が悪くて仕方がない。いっその事ガツンと言ってやろうかと考えたが話し掛けて来たクラスメイトが止めに入る。


 「やめとけって。アイツがプライド高いことはしってんだろ。下手に刺激して、ましてやお前本人が出張ると更に妬まれるぜ」


 そう言われてしまうと下手に自分から何も言えない。

 それからも朝のホームルームが始まるまでの間、始終殺意すら感じる熱視線を浴び続ける事となった。


 それからも昼休みに入るまで加江須は犠正からの敵意を突きつけられ続けた。休み時間は当たり前、授業中すらも視線を感じ続けさすがに腹が立って来た。

 思い切って昼休みに入ると加江須の方から犠正へと接触を計った。

 

 「なあいい加減にしてくれないか? 正直こうまでしつこく見られ続けるのは我慢ならないんだが」


 「ああん、てめぇに何で偉そうに指図されなきゃならねぇんだよ」


 お前がクラスに来てから始終俺を睨み続けているからだろうがボケ、と言い返してやりたいところだがここで喧嘩腰で対応してしまえば更にコイツに油を注ぐ羽目になる。何とか表情筋を無難な物に固定して怒りの形相を曝け出さない様に堪える。

 加江須が必死に怒りを堪えている為に言い返してこない事に犠正は調子づいたのか更に罵声を浴びせて来た。


 「お前みてーな偶然の勝利でイキがってるヤツにとやかく言われたくないんだよ。気安く俺と対等な目線で話しかけてんじゃねぇ。帰宅部の凡人がよ」


 明らかに人を見下す姿勢、元から傲慢な性格だが相手が憎らしいと思っている自分のためかいつもの3倍は不遜な態度を貫いて来る。周辺で様子を窺っているクラスメイト達は犠正に対して内心で溜息を付いていた。


 「まだ機嫌直らねぇのかよアイツ」


 「アイツのせいでクラスの雰囲気悪くなっているんだけど…」


 昨日の小さな事をいつまでも引きずる大人げない犠正の態度はクラス中から疎ましく思われていた。特に彼の周囲の席の生徒達にとっては大迷惑だ。彼の怒りとは関係の無い自分たちの傍で常にイライラしている人間が居れば空気も悪くなる。だから早くこの二人には和解、もしくは犠正の怒りを鎮めてほしいと思っていた。

 だが今の犠正の傲慢不遜な態度はあの忌々しい幼馴染を強く連想させた。彼女の人を人と見ない嘲りの表情を鮮明に思い出すと加江須の中で何かが切れた。


 「へえ、じゃあその凡人にいい様にしてやられたお前は何なんだろうな?」


 「……ああ?」


 まさかの加江須の口から出て来た反撃の言葉に犠正の額には大量の血管がビキビキに浮き出た。

 周りでそれとなく様子を窺っていたクラスメイト達は驚きの余りこぞって表情が引き攣る。ここでそんな発言を返してしまえば間違いなく事態は悪化するのは誰の目を見ても明らかだ。

 

 当然の如く犠正の怒りは一瞬でピークに突入、勢いよく席を立つと彼は目の前の加江須の胸元を掴もうとする。


 「よっと」


 「うおっ!?」


 だが蘇生戦士となった彼の目には彼の激情に任せた動きもスローに見える。特に慌てる事もなく一歩身を引くと犠正の伸ばした手は空振り、しかも怒りのあまり勢いよく席を立ってしまった彼はそのまま前方に倒れてしまう。

 前倒れとなった彼はギリギリで手を突き出して顔面から教室の汚れた床に激突するのは防げた。だがまるで四つん這いの様な体制をクラスの中で披露してしまい周囲で様子を窺っていたクラスメイト達はクスクスと笑う。


 「やだ、空振りして倒れてるわよ」


 「ぷっ…ダッセ……」


 昼休みに入ったばかりでクラス内にはまだかなりの人数が残っておりそれだけ大勢の人間に恥を見られてしまう。怒りと羞恥心でカーッと顔が真っ赤に染まり犠正はバッと顔を上げる。


 「てめぇ…よくもやりやがったな…」


 「お前がいつまでもネチネチと絡んで来るからだ。少しは頭を冷やしたらどうだ?」


 「ざっけんじゃねぇぞコラァ!!」


 とうとう最後の一線を越えてしまった犠正は拳を握ると今度は殴りかかって来た。周囲の生徒達は巻き込まれない様に慌てて教室の四隅に避難する。

 だが加江須からすれば相変わらず犠正の動きは鈍重であり、彼は素早く後ろへと回り込むと犠正の腕を掴みそのまま近くの机に押し付けて動きを止める。


 「ぐあっ、てめぇ何しやがる!」


 「お前が殴りかかって来たからだろうが。これは正当防衛だ」


 その気になればカウンターでぶん殴って気絶させても良かったがさすがにクラス内でそれはやり過ぎだと判断して拘束ていどにおさめる。だが意識があるせいで机に押し付けられながらも口は動くのでぎゃんぎゃんと犠正は喚き散らす。


 「はなせやコラァ! こんな真似してテメェ絶対にぶち殺してやるからな!!」


 「全部お前が原因でこんな状況になってんだろうが。それよりいいのか、これ以上騒げばお前が不利になるぞ」


 激昂している犠正とは対照的に加江須は始終落ち着き払っている。今だって犠正の暴走を止めながらも周囲の状況を冷静に観察していた。


 クラス内は二人の口論が予想以上に大事に発展し喧嘩が始まると思い職員室に行くべきか話し合っていたのだ。クラス内の皆は事の顛末を観察していた。つまりここで教師を呼ばれてしまえば加江須にも多少の叱責はあるだろうがそれ以上の痛手を負うのは犠正の方だろう。加江須に突っかかっていた理由や先に手を出した事からどちらに非が大きいのかは明白だ。

 犠正としても怒りに塗れているとは言え教師を呼ばれれば自分が不利だと判断する冷静さはまだ残っているらしく、加江須に拘束されて藻掻いていた彼の動きは大人しくなった。


 「……離せよ」


 今までとは打って変わり控えめな声で解放を促す彼を警戒しつつも手を離す加江須。

 拘束を解かれた彼はギリッとこちらを血走った目で一瞬だけ睨むとそのまま早歩きでクラスを出て行った。


 完全に加江須にやられた犠正の負け犬姿に本人が居なくなった直後、クラス内の全員が吹き出してしまった。


 「ぷははははは! 見た今のアイツ。日頃から偉そうにしていたくせにダッサ!」


 「へ、いい気味だぜ。アイツと部活同じだけどいつも俺の事を下に見ていたからざまーねーぜ」


 本人が居なくなったクラス内は先程の犠正の醜態姿を嬉々として口にしていた。

 

 アイツ、嫌われているとは思っていたけどここまでとは。同じバスケ部の人間にまで笑われてんじゃねぇか…。


 それからしばしの間クラス内は犠正の間抜けな姿を思い返して盛り上がっていたのだった。


 そしてクラスを出た後の犠正はと言うと加江須に対しての殺意が強すぎて歯ぎしりをし続けて歩いていた。

 

 くそくそくそ、あのクソ野郎が!! この俺様にああまで恥をかかせやがって!! 許さねぇ…絶対に許さねぇぞ……!!


 犠正は食堂や購買などには向かわず人気の無い場所へと向かうとスマホを取り出した。


 この俺にここまで恥をかかせたんだ。それ相応の報いを受けてもらうぜ久利……!


 「もしもし……ああ悪いな兄貴。少し兄貴達に相談したい事があってな。実は一人シメてほしいヤツがいてな……」


 彼は今まで怒りに満ちていた鬼の様な表情をしていたが電話をするにつれてどんどん醜悪な笑みを浮かべ始めていた。そして更には物騒な単語まで口にし始める。


 「あの野郎は帰宅部だから放課後に攫ってよ、ああ分かってる。ちゃんと金は払ってやるからよ」


 何やら物騒な注文をスマホ越しの人物に頼み終わると犠正はペロリと下唇を舐めて今もクラスに居る加江須に向かって言ってやった。


 「俺を怒らせた報いだ。せいぜい兄貴に教育をされるんだな」



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