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彼を突き放した切っ掛けは……


 ゲダツとの戦いが終わった後にシャワーや食事を取った後、加江須はまるで泥のように眠った。

 やはり初めての実戦と言う事もあって肉体的にも精神的にもかなり疲弊していたらしい。目覚ましをセットし忘れていて朝起きた時には一瞬焦ったくらいだ。とは言え昨日みたく遅刻ギリギリの時刻ではなく普段通りの時間に起床したので今朝は余裕を持って家を出れた。


 朝食を済ませて玄関を出ると気持ちの良い快晴、睡眠もたっぷりとれて気分も爽快だ。


 「ん~…かなり寝たなぁ。やっぱり昨日の戦いがだいぶこたえていたんだろうな」


 こうして平和な通学路を歩いていると自分が昨日の学校帰りに命懸けの戦闘を行っていたとは思えなかった。

 だが彼の朝の爽やかな気分は一気に不快感で染められる事となる。


 「……はぁ」


 加江須が溜息を吐く理由は進行方向で佇んでいる一人の少女が立ちはだかっていたからだ。

 まるで自分を通せんぼでもするかのように歩道のど真ん中に腕を組んで仁王立ちしている黄泉が進行を明らかに邪魔しているのだ。


 ここで変に声を掛ければより面倒になりそうな事は目に見えたので無視を決め込んで黄泉の隣を通り過ぎて行こうとする。


 「なに露骨な事してるのよ!」


 朝一から不機嫌極まりない怒号を吐き出しながら横を通り過ぎようとする加江須の目の前に移動して再度進路を塞ぐ黄泉。

 

 「昨日の電話では色々言いたい放題だったじゃない。まずはその事を謝りなさ……な、待ちなさい!」


 相変わらず傲慢な言い分、朝一から謝罪を求めて来る元幼馴染に付き合いきれず無視したままその場を後にしようとする。だが黄泉はこのまま行かせてなるものかと加江須の腕を掴んで物理的に彼の動きを止めてやった。


 「だから待ちなさいよ! 何でそんなに怒っている訳? 少しキツイ態度取られる事なんてよくある事でしょ?」


 話すら聞いてもらえず黄泉は必死の形相で彼と会話を試みようと粘る。だが加江須は冷めた目を黄泉に向けると強引に自分の腕を掴んでいる彼女を振り払った。そして自由になると再び背を向けて一言たりとも何も言わず無言のまま学園を目指して歩き出す。


 「何でよ……何でなのよ!!」


 まるっきり自分を見てくれようとしない加江須の態度に遂に我慢の限界点を突破した黄泉は甲高い声を出しながら加江須の腕を再度掴んで引き留める。


 「どうしてどうしてどうして!! いつもの久利は何を言われても優しくしてくれたじゃない! そんなに私が昨日の電話でガミガミ言った事が気に喰わなかった? だったらちゃんと謝る。だからいつもみたいに私を見てよ! 私に話し掛けて来てよ! 私の名前を呼んでよ!」


 もう天邪鬼な偽りの自分を演じる余裕すらない彼女は自分の本心を徐々に曝け出して行く。だが今更彼女の本心を聞いても加江須の心は揺れ動かなかった。ただ喧しい女にしつこく付きまとわられる、その程度の認識しかこの元幼馴染には抱けなかった。

 自分の腕を後ろから何度もグイグイと引っ張り自分を見てくれと訴える彼女を無視して加江須はそのまま歩き出す。


 「……ごめんなさい」


 今まで余裕を失っている必死な声色だった黄泉が一気にしおらしくなった。今まで聴いた事が無いほどに消え入りそうな頼りない声を聴いてほんの一瞬だけ加江須の足が止まる。だがすぐに自分の腕を掴む彼女を引きはがすとそのまま彼は学校へと振り向く事なく進み続けるのだった。


 「あはは……ここまで久利の事を怒らせていたなんて……」


 自分の懸命な引き留めを露とも思わない態度に彼女はへなへなとその場で崩れ落ちる。

 今頃になって黄泉は自分の普段の行いを心底後悔していた。今更こんな風に後悔などしても後の祭り、もしもああしていたら、もしもこうしていたら、そんな事を何度も頭の中で考えたところで仮定の話など何の意味もない。今この現状だけが全てなのだ。彼に見放されたこの現状だけが現実なのだ。


 「ああ、どうしてこんなことに……」


 いや、どうしてなんて確かめる必要は無い。あの日を切っ掛けに自分は彼に対して散々な態度を貫き続けた。その彼に対しての理不尽の積み重ねが今の自業自得と言えるこの状態を構築してしまったのだ。


 「もしもあの日…私があんな馬鹿な事をしなければ……!!」




 ◆◆◆




 愛野黄泉は今と同じように幼い頃から周囲からとても人気のあった可憐な少女であった。

 男子からはよく話し掛けられチヤホヤされ、女子からも信頼熱く頼りにされ大層な人気者だった。


 そんな人気者の彼女は幼馴染である久利加江須の事がこの頃から大好きだった。

 

 幼い頃から自分が困っている時は彼が何度も助けてくれた。その都度に胸がポカポカと温かくなり彼の様な優しい幼馴染が居て幸せだと感じていた。


 そんなある日、小学校の開けた場所で集まって駄弁っていると彼女は同級生からこんな質問を投げかけられた。


 『黄泉ちゃんってよく久利君と一緒に居るよね? もしかして彼の事が好きなの?』


 その質問をされた時には黄泉は思わず顔が真っ赤になり黙り込んでしまった。だがこんな質問をされると言う事は周知には自分が彼を想っている事がバレているのだと思った。それなら変に隠す事なくもう全部話してしまえ、そう開き直って正直に言おうとした。


 『いやいやあり得ないって。黄泉と久利君じゃ釣り合わないでしょ』


 だが他の友人が軽いノリで口にしたそのセリフに黄泉の口は開かれる直前に止められてしまう。


 『久利君って確かにいい人だけど正直そこまで魅力的かなぁ? めちゃくちゃ平凡ってイメージしかないんだけど』


 友人の1人がケラケラと笑いながら自分の大好きな幼馴染を貶す事に思わず言い返してやろうとする黄泉であったが、そんな彼女のセリフを遮るかのように最初に黄泉に質問して来た友人まで同調してこんな事を口にしたのだ。


 『やっぱりそうだよね。黄泉みたいな皆の憧れの娘があんなフツーの男の子なんて相手にする訳ないよね』


 二人の友人がそう言うと他にも集まっていた友人達まで次々とこの場に居ない加江須の事を小馬鹿にし始める。

 ガツンと彼に対する悪口を止めるように言おうとしていた黄泉は何も言えなくなる。この多勢に無勢の状況下でもし自分だけ否定的な事を口にすれば友人達にどう言われるか分からず怖かったのだ。


 だから彼女は周りの空気を読む為にひとつの嘘をついた。


 『そ、そうなんだよね。カエちゃ…加江須とは付き合い長いけど最近ではうっとおしくてさぁ』


 この時の黄泉は自分がなんて酷い事を口にしてしまったのかと自己嫌悪に陥った。だがあくまでこの場だけの嘘、決して本心ではなくあくまで話を合わせるだけ。

 だが悪い事とは重なる時はとことん重なる。偶然にも自分たちのすぐ近くを加江須が歩いていたのだ。

 彼はプリントの束を運んでおり教師から仕事でも頼まれていたのだろう。しかも運の悪いことに彼は自分達の存在に気付くと笑顔で自分に声を掛けて来たのだ。


 『おーい黄泉、今日の放課後暇なら久々に遊びに行かないかー?』


 加江須はいつもの様に黄泉に話し掛ける。普段であれば彼女も笑顔で受け答えするところだがタイミングが悪すぎた。


 『うわっ、滅茶苦茶気安く話し掛けて来たんだけど』


 『黄泉も大変だよねぇ。あんなのに付きまとわられて』


 友人達はこちらへと手を振っている加江須を見て鬱陶しそうな表情をしている。そんな友人達を見て黄泉はどうすべきか判断を悩む。ここでいつも通りに彼に接すれば友人達から何を言われるか分からない。かと言って大好きな彼を無下に扱う事が正しいとは思えない。


 どうしよう、どうしよう……お願いカエちゃん今はこっちに来ないで。


 しかし彼女の懇願は虚しくプリントを運びながら加江須は黄泉の方へと近付いて来る。

 周りの友人達はついに舌打ちまでする娘もおりこのままでは不味いと思い彼女は咄嗟にこちらへと近付く加江須に対してこう口走ってしまった。


 『い、いつもいつも気安いのよアンタ、こっちにくんな!!』


 そう言うと黄泉はその場から猛ダッシュをして逃げて行く。

 まさかいきなり怒鳴られるとは思いもせずにその場で足を止めて呆然としてしまう加江須。


 『あ、黄泉待ってよ!』


 友人達は走り去って行く黄泉を追い掛けて行く。

 その場に取り残された加江須はただ一人状況が未だに呑み込めず呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。


 一方で加江須の視界から離れた黄泉は自分の行動を激しく後悔していた。もしこの場に彼女だけしか居なければ今すぐに引き返して謝罪をしに向かっていただろう。だが追いかけて来た友人達に囲まれていてそれも叶わない。それどころか友人達の心配するかの様な発言でますます追い込まれてしまう。


 『ほんとう最悪じゃんアイツ。幼馴染って言っても普通は距離感考えるよね』


 『黄泉も黄泉でもうガツンと言っちゃえば? いつまでも昔のノリで引っ付きまわられるなんてウザいでしょ?』


 そんなことはない。私は一度たりともカエちゃんを疎ましくなんて考えた事はない。大好きな人と一緒に居る時間がどれだけ幸福かお前達に分かるもんか。本当ならお前たちの様に人の中身も見ずに陰で悪口を呟く馬鹿共よりもカエちゃんは何十も何百倍も大切な人なんだ。


 心の中でそう否定してやる黄泉であったが大勢の友人に囲まれて逃げ場のない彼女の口から出て来た言葉はコレであった。


 『本当にもういい加減にしてほしいよ。あはは…何であんな奴が幼馴染なのかな…』


 この日を境に黄泉の加江須に対しての接し方は急変した。

 最初は少しぎこちなく彼を否定していた彼女もいつしか罪悪感など感じなくなった。そして遂には名前で呼ぶこともなくなってしまった。

 だがいつも笑って許してくれる彼を見て自分が嫌われるかもなんて危機感は微塵も浮かばなかった。


 最後は笑って全てを許してくれる。そんな楽観的な考えを本気で思っていた彼女は数年後に完全に見放される事を想像すらしていなかった。



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