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もうお前との関係は終わりだ


 自宅へと戻ってから加江須は自室で今日一日の戦いがずっと頭から離れてくれなかった。

 戦っている最中はアドレナリンが大量に分泌していたせいで目の前の相手に意識を集中していたが終わってからしばし時間が経ってからは急に蓋をしていた恐怖が遅れてぶり返してきたのだ。

 

 「くそ…震えが止まらねぇ……」


 家に帰ってからは両親からは不安げな顔で何があったのか訊かれたくらいだ。それほどまでに自分は酷い顔をしていたのだろう。

 家族には必死に何も無かったと誤魔化しておいたが自分の部屋に入って独りになった途端に加江須は思わず口元を押さえてしゃがみ込んでいた。

 

 「うぐ…終わった後に今更何をビクビクしてんだよ……おえっ……」


 あの怪物との命懸けの戦闘を振り返ると頭がクラクラとする。だが元々は普通の学生をしていた少年が命がけの戦いを経験すれば恐れで精神がすり減ってしまう事も無理も無いだろう。

 しばらく蹲り続けた加江須であったがようやく落ち着きを取り戻し始めた。

 

 「ふう…ふう……よし、落ち着いて来た」


 それからベッドの上で仰向けになり精神を完全に落ち着ける事ができると胸の動悸が納まり吐き気も消えてくれた。


 「この程度の事でいちいち精神を参っていてどうする。しっかりしろよ久利加江須。お前だって男の子だろうが」


 自分を奮い立たせるように独り言を少し大きな声で口にした後、さっぱりしようとシャワーでも浴びようかと思い自室を出ようとする加江須。


 だが加江須が部屋を出ようとした次の瞬間に自身のスマホが喧しく鳴り響いた。


 「誰だよこのタイミングで…げ…」


 めんどくさそうにスマホの画面に映り込んでいた名前を見て加江須の表情が引き攣った。

  

 着信相手はあの忌々しい幼馴染である愛野黄泉であったからだ。


 「くそ…着信拒否にするのすっかり忘れてた」


 いやそもそもここ数年は向こうから連絡してくる事すら無かったのだ。まさかあちらから自分に電話を掛けて来る事すら考えていなかった。

 このまま無視しようかと思ったが一向にスマホは鳴りやまない。


 「出ればいいんだろ出れば…」


 苦虫を噛み潰したような顔をしながら加江須は嫌々ながらスマホを取った。そして通話ボタンを押した次の瞬間には鼓膜を破るのではないかと言う程のヒステリックな黄泉の声が聴こえて来た。


 『どうしてもっと早く出ないのよこのボンクラ!!』


 「ッ…!?」


 開口一番の大声に顔をしかめて思わずスマホを耳から遠ざける。

 スマホと耳との間隔が大分開いているにもかかわらず加江須の耳にはバッチリと彼女の怒号が拾えていた。


 『この私がわざわざ手間を裂いてまでアンタみたいなヤツに電話して上げているのよ! 待たせてんじゃない!』


 「そんな大声出さなくても聴こえているよ。それで俺に何か用か?」


 僅か通話時間10秒程度でもう通話を切ってしまおうかと本気で思ってしまった。だがそこをぐっと堪えて要件を尋ねる。

 

 『なに不貞腐れている声出してんのよ? アンタはいつも通りへコへコ下手に出てればいいのよ』


 「……要件を言えよ」


 『だからその不愉快な態度を止めろって……はぁ、まあいいわ。それよりも今日のあの態度は何? 私に対してあんな不遜な態度を取るなんてどう言うつもり? それに今朝もアンタ私の知らない女子と何を話していた訳?』


 まるで自分が目上の敬われるような態度に思わず内心で苦笑してしまう。

 ここまで自分を見下している相手を事故死するまでは心の底から好いていたなんて思うとどれだけ過去の彼女の幻想に囚われていたのだろう。だが今の彼女と話していると過去の自分が心底愚かだったと気付かされる。


 もう愛情など一片たりとも微塵も、全く、一ミリたりとも感じられなかった。


 『ちょっと人の話を聞いてるの? アンタは私の言葉にきちんと耳を傾けてなきゃ……』


 「……うるせぇ」


 『はあ!? アンタ今なんて……』


 「うるせぇんだよボケ!! いつもいつも俺の事を下に下に見やがって!! 何様のつもりなんだよお前は!!」


 放課後では周りにも人の目があったので堪えていた加江須であったが周りに誰も居ない今は思う存分自分の感情を吐き出した。これまでの積もりに積もった怒りを叩きつけてやった。


 「いつもいつもいつも!! お前は俺を何だと思っているんだよ!! 俺はお前に顎で使われるお人形さんじゃないんだよ!!」


 『ちょ、ちょっといきなり何キレてんのよ。訳わかんない…』


 怒髪天を貫くほどの加江須の怒号に電話越しの黄泉の声が震え始める。まさかこんな強気に反抗してくるとは思いもしていなかったのかもしれない。そう考えるとますます腹が立った。自分はとことんコイツに下の生き物だと見下され続けていたかと思うと怒りで沸騰しそうだった。

 もうここまで来た以上は中途半端に終わらせない。これを最後に自分のこれまで溜まった鬱憤を全て返還してやる。


 「何がわけわかんないだ! てめぇはこれまでどれだけ俺を虐げて来たんだ? なあ、何年俺を傷つけて来たんだ?」


 『ちょ、ちょっと待ってよ。そこまで怒らなくても…』


 声のトーンから完全に萎縮してしまっている事は加江須にも分かっていた。普段とは違い弱々しくなっている彼女の声は初めて聴いた。だがその程度の弱さを見せた程度で今の加江須の中に蓄積された怒りは収まらなかった。


 「もうお前にはうんざりしてんだよ! ただ朝の挨拶をしただけで汚物扱い! ただ声を掛けただけで害虫扱い! それでも過去の優しかったお前がいつかは戻ってくれるとばかり思っていた。でもお前は日に日に醜悪さが増して行った。そしてお前は俺の……」


 感情が暴走しかけてつい自分が彼女に告白した事を口にしてしまいそうになるがすんでのところで口を閉める。今のコイツに自分のあの告白の事を話しても分かるわけもない。だが例えあの事実が彼女の記憶になかったとしても今のやり取りだけで十分だ。やはりコイツはもう修正しようがないほどに歪みに歪んでいる事が確認できた。


 「もうお前には辟易している。これでもう終わりにしようぜ」


 『それってどう言う意味よ…』


 「もう金輪際俺に話し掛けるな。例え視界に入ったとしても俺は無視させてもらう。二度と俺の名前を呼ぶな。二度と俺の傍に近寄って来るな。もちろん電話も二度と掛けて来るな。まあどちらにせよ着信拒否するから同じことだが」


 『ちょ、ちょっと待ってよ! さっきから何を言って……』


 もうこれ以上はこの電話越しの不快な声を耳に入れたくない加江須は彼女が最後まで何か言い切る前に通話を切った。そして速攻で彼女からの番号を着信拒否に設定してやった。


 「さーてシャワーでも浴びるか」


 まるで憑き物が落ちたかのような爽やかな顔色となった加江須は心の中の重しが取れたかのような爽快感とともに部屋を出るのであった。




 ◆◆◆




 「何で……何でこんな事になっているの?」

 

 黄泉は呆然としながら通話の切れたスマホを眺めていた。


 彼女は今日の放課後での加江須の普段とは違う態度を問い詰めようと電話を掛けた。それから今朝の通学路での女子生徒についても話を訊こうと考えていた。久しぶりに自分から彼に電話を掛ける事に少しドキドキもしたがそれ以上に彼の態度に腹が立っていたので怒りを滲ませながら電話を掛けた。

 電話越しに聴こえて来た加江須の声は自分と同じように不機嫌そうだったのでますます腹が立った。だからいつも通りの態度で説教をしてやろうとしていた。


 だがそこから自分が聴いた事のない彼の怒声に思わず息を呑んでしまった。


 自分の中の怒りなどもはや頭の中になかった。次々と彼の口から出て来るこれまで蓄積していた怒りの言葉に震える事しか出来なかった。それと同時に今更ながらに彼女は気付いた。自分は大切な幼馴染をここまで追い込み苦しめていたと言う事実に。


 そしてその挙句に最後はこう告げられてしまった。


 『もう金輪際俺に話し掛けるな。例え視界に入ったとしても俺は無視させてもらう。二度と俺の名前を呼ぶな。二度と俺の傍に近寄って来るな。もちろん電話も二度と掛けて来るな。まあどちらにせよ着信拒否するから同じことだが』


 今まで真っ白になりかけていた黄泉の意識は一気に再覚醒した。


 え、何? もう二度と話し掛けないでほしい? うそ、うそうそうそ!! やだやだやだ!!!


 まさかの完全なる決別の宣言に思わず黄泉は泣きそうになりながら必死に話し合おうとした。だが自分の話を途中で切ってそのまま通話は終了してしまう。

 それから何度も連絡を掛け直すが加江須が一向に応じてくれる事は無かった。宣言通り意図的に自分を完全に無視している事を理解すると一気に力が抜けて行った。


 「うそ…こんなのうそよ……」


 気が付けば黄泉の瞳からはポトポトと大粒の涙が床下に零れ落ちていた。

 今までどんな酷い態度を取っても彼は許してくれた。だから今日だってひとしきり怒った後はいつもみたいに優しく許してくれると思っていた。だが自分は許される事なくそれどころかもう話し掛ける事すら許してはくれなかった。


 「だ、大丈夫。今はまだアイツも怒りが冷めてないだけ。明日にでもなれば少しは冷静になっていつも通り優しくしてくれるはずよ。だって私たちはずっと一緒に居た幼馴染なんだもん」


 ふらふらとしながらゆっくりと立ち上がって都合の良い解釈をする黄泉。

 だがもし許してもらえなかったら? その考えが黄泉の胸中からはまるで取れてはくれなかった。


 その日は結局彼女は一睡も出来ぬまま一夜を明かす事となったのだった。



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