少年の砕かれた想い
この作品は以前投稿していた『失恋した直後に死んだら俺にハーレムができました。恋人達は俺が守る!!』のリメイク作品です。どうか応援よろしくお願いします。
「お前がずっと好きだったんだ! だから…だから俺とどうか付き合ってください!!」
それはありふれた教室内でのひとりの少年による一世一代の心からの愛の告白だった。
人気のなくなったとある高校の教室、そこでひとりの少年はずっと胸にしまい込んでいた思いの丈を目の前の少女へと全力でぶつけていた。
頭を下げながら告白をしている少年の名前は久利加江須。彼は小学生時代からずっと一緒に過ごし続けて来た幼馴染、愛野黄泉へと高校入学から決心を固め近々告白しようとずっと考えており、そしてついに今日彼は長年胸に仕舞い続けていた彼女に対する想いをぶつけたのだった。
「……黄泉、お前の返事を聞かせて欲しい……」
未だに頭を下げた状態で彼は目の前で両手を胸に当てて握りしめている黄泉の返事を求める。
しばしの緊張した静寂が流れ、そしてようやく彼女は一呼吸すると彼に一世一代のプロポーズに対しての返答を返した。
「ねえ久利…それってお遊びじゃなくて本気で告白しているのよね」
「ああ…本気も本気、ずっとお前が好きだった」
黄泉の言葉に加江須は情けない事に顔を上げる事が出来ずにいた。
すると……次に彼女の口から出て来たのは溜め息だった。そう……呆れの色が強い失望したかのような溜め息……。
「あのさぁ…もしかして人気の無いこのシュチュエーションならワンチャンあると思った? わざわざ私のクラスまで来ていきなり大事な話があると言われて何かと思えば……」
「え……」
返って来たその言葉に今まで緊張で上げる事に出来なかった頭をようやく持ち上げる事ができた加江須。そして垂れ下げていた頭を持ち上げるとそこには不機嫌そうな表情を惜しみなく顔面に曝け出していた幼馴染が居た。彼女は不機嫌そうに美しい金色の長髪をかき上げてやれやれと言った感じだ。
どう考えてもその顔や仕草は自分の好意を受け入れる人間の表情ではない。むしろその逆、拒絶の一択しか考えられないだろう。
ああ…そうか…俺は見事に玉砕してしまったんだな……。
加江須は心の中で力の無い笑みを浮かべていた。
確かに自分と彼女は幼馴染ではある。だが長い年月を過ごして来たからと言って必ず成就するとは限らない。どれだけ長い時間の付き合いがあると言っても片方の気持ちが一方通行では何の意味もない。
でも…しょうがないよな。うん、これが彼女の答えなら潔く諦めよう。
残念ながら自分の想いは通じなかった。だがこればかりはしょうがないと素直に諦めようと考えていた。だがここで黄泉は失恋をしてショックを受けている彼に対して信じられない発言をする。
「人気のない教室に呼んで愛の告白ってマジ? かなり気持ちが悪くて不快にすらなるんだけど。アンタのことだからどこぞの三流小説でも読んで知識を付けて来た? ほんとう――死ぬほどキモイから」
「え…あ…え…?」
加江須の心臓は信じられない程の速度で鼓動を奏でる。
「はあ…こんなヤツが私の幼馴染だと思うと悲しくすらなってくる。どうしてアンタみたいなヤツがこの愛野黄泉の幼馴染なのかしら?」
深々と本気で残念そうなしかめ顔をしながら目の前で長い溜息を吐く黄泉。ただでさえ摩耗している彼の心は更に削って行かれる。
そして遂に彼女は加江須の心を完全に破壊するトドメの一撃を口にしてしまった。
「どうやら自分の価値に気付いていないようだから教えてあげるわ。私とアンタは確かに幼馴染だけどその事実すら私にとっては吐き気がするほど残念な事実なのよ。だってそうよね、私は学園でも成績優秀、容姿端麗と言われている優秀な生徒。私のクラスメイトも担任の教師も私の事をそう見てくれているわ。で、それに引き換えアンタはどう? 平々凡々のただの一般生徒、取り立てて誇れる部分もない。そんなアンタが私に告白? よくもまあそこまで身の程知らずの愚者にまで落ちぶれたもんね。あーあ、もっと頭が良くてイケメンな男の子が私の幼馴染だったらよかったのに。幼馴染ガチャ外れだわ」
「………」
「なに、その今にも泣きそうな顔? はあ……ウザ……もう一度ガチャ引き回したいわ」
もう彼の心は限界など通り越していた。
自分の心からの好意を踏みにじられただけでない。あろうことか彼女は自分が幼馴染であった事実すら貶して来たのだ。
この瞬間に加江須の頭の中では今まで黄泉と共に過ごして来た記憶が駆け巡っていた。
小学生時代は本当に互いに仲が良く、黄泉も今のような苗字でなく名前、それもカエちゃんと言う仇名で呼んでくれていた。だが成長するにつれ自分が好きだった幼馴染は既に死んでいたようだ。見た目が美しくなるにつれその心はドンドンと濁り、遂には彼女は自分の事すら見えなくなってしまうほどに歪みに歪んでいたようだ。
「……時間を取らせて悪かったな。じゃあ……」
もうこれ以上この場に留まりたくなかった。そう思い彼女を置いて教室から出て行こうとする加江須であるが更に信じられない発言を黄泉はしてきたのだ。
「はあ? 恋人を置いてどこ行くわけ? マジで常識ないのね」
……………はあ?
何を言っているのか理解不能だ。目の前のコイツは自分の事をフッたはずだろう? なのにどうしてコイツは自分を恋人とほざいているのだ?
「何でお前が恋人って事になるんだよ? 今しがた俺の事をボロクソに言っていておいて」
「そりゃ私もアンタの告白なんてウザいけどさぁ、でも丁度良いとも思ったのよ。アンタみたいに私に告白してくる男子も結構いるし男避けぐらいにはアンタは使えそうだと思ったのよ。だから恋人になってはあげる」
この瞬間に加江須の瞳には彼女が人間ではなく怪物に映り込んだ。
人の心をまるで理解しない身勝手極まりない人面獣心、人でなしの怪物。
「ほら、アンタの望み通りカップルになれたんだから泣いて喜びなさいよ」
もうここまでが彼の限界であった。これ以上は彼女の暴言を聞いていれば生きている気力すら砕かれてしまうと思い気が付けば加江須は教室から飛び出て行った。
「ちょ、ちょっとどこ行く気よ!?」
無言のまま出て行った教室からは黄泉の焦った様な声が何やら聞こえてくるが加江須の足はまったく止まらない。
放課後の学園ではあるが部活動などで校内には生徒は当然まだそれなりに残っており、廊下では涙を滲ませながら一目散に走る加江須と何人かの生徒はすれ違い、そして奇異な目で見られた。だがそんな周囲の視線などまるで気にもならない。
ここまで…ここまで酷い現実が存在するか!?
彼は心中で吐血をするほどの思いで叫びながら走る、走る、走る! 校内上履きを履いたまま全速力で学園の校門付近まで一気に走り続けた。
俺の存在をあそこまで否定するなんておかしいだろ!! これじゃ俺がこれまでお前と過ごした時間が全て無駄だったみたいじゃないか!!!
彼女は自分の想いをもっとも最悪の形で受け入れたのだ。あろうことか男避けと言う自分の身の上だけを考えて自分と恋仲になると言いやがったのだ。まるで自分の気持ちなど見ていない、もちろん愛なども存在しない。ただ都合の良い道具として使ってやると宣ったのだ。
かつて仲良く一緒に遊んだ事実も、自分の家に泊まりに来た事実も、一緒に海に行った事も、幼いながら二人で冒険心を持って遠い町まで遊びに行った事も…全部……全部否定して踏みにじり、挙句には自分を遂には体の良い道具として認識し出したのだ。
「うぐっ…どうして……」
加江須の口からは途切れ途切れで嗚咽が漏れ出る。
周りの風景など見る余裕などない彼はそのまま校門を走り抜けていき、そして道路へと全速力で飛び出したのだ。
そして次の瞬間に加江須の体には凄まじい衝撃が走り浮遊感に襲われた。
「え……なに…ごぶっ……」
自身の身に何が起きたか分からず唐突に空中に放り出され、そして遅れて全身に経験した事のない激しい痛みが発生した。まるで鋭利な刃物で全身を同時に削って行く感覚? それとも重量のある鈍器で全身を殴られる感覚? どの例えが正しいかは定かではないが、少なくとも今まで生きていた人生で経験もした事が無い痛みであることだけは確かであった。
空中に数秒間浮いていた彼の肉体は重力に従い落下。そしてアスファルトだがコンクリートだかどちらか判らない硬い地面へと容赦なく叩きつけられた。
「グギャ!?」
自分の口から不気味な言語が飛び出て来る。しかも言葉だけでなく臓器まで口から飛び出るかと思うほどの衝撃が走る。地面に激突した際には自分の身体から何か硬い物が複数へし折れる嫌な音が響いてきた。それだけではなく口からは鉄臭い赤い液体がごぼごぼと零れてサビ臭い臭いが鼻に突く。
「な…に…が…」
未だに自体の身に起きた惨状を理解できていない加江須はなんとか体を起こそうと踏ん張るがピクリとも動いてはくれない。何とか視線だけは移動させる事ができるので周囲の状況を確認する。
目線を右にゆっくりと動かすと自分の腕が見えた。しかしその腕は奇妙な方向へとねじ曲がっているのだ。そこからさらに視界に入って来る自分の肉体の至る所が赤いシミで染まっている。そして今度は左に視線を向けると同じく点々と赤色に塗れた自分の体、そして少し後方には白い車が白煙を出して停車しているのが見えた。
ああ成程なぁ…そう言う事かぁ……ゲボッ。
吐血と共に咳を吐き出しながら加江須はようやく自分の現状が把握できた。
離れた場所で停止しているフロントガラスが割れ、ボンネットのへこんだ車。その車内には呆然とハンドルを握ったまま放心している中年の男性。そして極めつけは血みどろになり道路に横たわる惨めな自分。
自分はあの車にはねられてしまったという事か……。
交通事故にあい瀕死の状態にもかかわらず彼は不思議と冷静に今の状況を判断していた。いや、冷静というのは少し語弊があるのかもしれない。正しく言うのであればもう深く物事を考える余力が無いと言う方が正しいだろう。
先程まで感じていた全身の痛みが今はもう消えており、そして全身の熱がどんどんと失われて寒くなってきている。恐らく、いやもう間違いなく自分には逃れようのない死が迫ってきているのだろう。
死ぬってこんな感じなのかぁ……もう痛みも無いし苦しくもない……でも寒い……。それにしてもここまで間抜けな死に様もないような。ははは……俺、一体何の為に生きていたのかな?
死の間際に漠然とそんな事を考えていると校門の方から大勢の人間の悲鳴が聴こえてきた。どうやら聴覚の方はまだ完全には機能停止はしていないようだ。
声の方に視線を動かすと大勢の生徒が集まっており自分を指さして騒ぎ立てている。皆が一様に死に体の自分を見て顔を青ざめている。しかしすぐにその喧しい野次馬の悲鳴も小さくなっていく。恐らく聴覚も遂に死んでしまったのだろう。いよいよ……お迎えが近いみたいだ……。
こんな死に様だなんて……父さん……母さん……ごめん。
交通事故で身勝手にもうすぐ死んでいく加江須は無意識のうちに『ごめんなさい』と両親に繰り返し謝っていた。どこか抜けてはいるが優しい家族の事だ、自分の死を知ればきっと悲しみに暮れる事だろう。取り残された両親の未来を考えると彼の瞳にはうっすらと無念の涙が浮かんでいた。
親よりも先に子の自分が逝く。自分はなんて親不孝なのだろう……。
いよいよ死の数秒前なのだろう。ついに眼も霞んできた。周囲の景色もかすれ、もう……ほとんど何も見えない。
だがもう冷たくなっている自分の手を誰かが握ってくれた。
「だ…れ……?」
もう目もほとんど見えないが自分の手を掴んでいる人物が誰なのか最後に瞳に収めようとする加江須。きっと自分を心配して懸命に自分にしっかりしろと呼び掛けているのだろう。せめて最後にその人にお礼を言ってから死んでいこう。
「あ…り…がと……う……」
自分を懸命に励ましてくれているであろう人物に最後の力を振り絞って礼を述べる加江須であったが、薄れた瞳で自分の手を握っている人物を見て彼の呼吸は思わず止まってしまった。
「しっかりして加江須!!」
自分の手を握り懸命に名を呼んでいた人物はあろうことかなんと――最低な幼馴染の愛野黄泉だったのだから。