最終話 幸せな結末
数日後――
花の咲き乱れる王宮の中庭で、シャノンはアークボルトと共に、ゆっくりと思うままに時間を過ごしていた。
静かな池のほとりで、シャノンの淹れた茶を口にしながらアークボルトは呟く。
「ケンガルは爵位はく奪の上、北方にて無期限の強制労働となった。いわば終身刑と言っていい。
氷結汚泥地獄と名高いあの地の労働は、潔癖症のあやつには死ぬより辛い罰と言えよう」
「……」
「つまりブルツウォルム家は事実上、お家断絶だ。ブルツウォルム卿たっての願いで取り潰しだけは免れたが、あの家はもう長くないだろうな」
「心が痛みます。お義父様もお義母様も……悪い人ではなかったのに」
「確かにブルツウォルム卿は陛下との縁も深く、人望厚いかただった。
しかし、ただ一人の世継ぎをあぁも傲岸不遜、傍若無人に育てた
――その罪は重い」
アークボルトの言葉に、シャノンはうつむく。
その声はともすれば草のざわめきにさえ消されそうなほど、小さい。
「それでも私は……今でも思います。本当にこれで良かったのかと。
マリーも……あの騒動で、お家に引きこもってしまったそうですし。お家自体も莫大な借金を抱えて……」
「親友の婚約者を嗤いながら寝取るような女だ。相応しい罰だろう」
「そ、それは確かに、そうですが。
それでもマリーは、私には、唯一の友達でした、から」
シャノンの声は小さい上に早口になり、若干どもってさえいる。
それでも必死で自分の言葉を紡ごうとする彼女の声に、アークボルトはそっと耳を傾けた。
「今でも、あの舞踏会の夜を思い出すと、震えが……きます。
自分の道具の力を信じ、起こったことを、全て、堂々と話せばよいと……
アークボルト様はそう仰ってくださいましたが、わ、私のような人間には難しい、です」
あの夜を思い出し、シャノンは真っ赤になって顔を覆ってしまった。
肩は小刻みに震え、額からは冷や汗が噴き出している。
「分かっているさ。
だから、夜を徹して君は原稿を作り、何度も暗唱さえしていた。ケンガルの暴虐全てを暴く為に、自分の言葉を必死で紡いで。
だからあれだけの人々の前でも、君は冷静に語ることが出来たんだ。
ケンガルの反応さえ正確に予測していたのは驚いたよ」
「な、情けない、です……
あらかじめ、あ、与えられた言葉でなければ、まともに声が出せず話も出来ないなんて……
アークボルト様と一緒に作ったあの原稿、そのまま読んでいるだけでも、私、卒倒しそうでした。ケンガル様のあの声だけでも魔物より怖かったですし、それに……
もし、けけケンガル様から、想定外の答えを、返されたらと思うと……」
あわあわしながら頭を振るシャノン。その姿はあの夜、堂々とケンガルと対峙した冷徹な彼女とはまるで別人だ。
それでもアークボルトはふっと微笑みながら、その肩を抱く。
「だが、君は負けなかった。
あらかじめ準備しておいたものだろうと、あの言葉は全て事実であり、君自身の言葉に間違いない。それに原稿を諳んじていたとはいえ、あの時の君の声は驚くほどはっきりしていたぞ。
胸を張っていい。それに」
騎士は不器用ながらも、彼なりに優しくシャノンを引き寄せながら、尋ねた。
「最後の君の言葉は、原稿にはなかった。
あれは、君がその場で紡いだ言葉だったのか?」
「最後、の……? と、言いますと?」
「君が大声を出す3つの時、だ。
どうしようもなく許せない人間を相手にした時――」
彼がそう口にした途端、シャノンは大慌てで両腕をわたわた振ってアークボルトを止めようとする。
「い、いや、嫌です嫌です、人の言葉の復唱はやめてください!
あ、あれ、今でもはははは恥ずかしいんですから!!」
「恥じることなど何もないだろう。
あれこそが本来の君の感情、その発露だ。私はそう思った」
少し乱れたシャノンの前髪に、アークボルトはそっと触れた。
素朴な硝子石があしらわれた耳飾りに唇を寄せ、彼は囁く。
「願わくば――
どうしようもなく愛したい人間を相手にした時にも、同じように声を出してほしい。
今の、私のように」
「……!」
近づく二人の距離。互いの心音が聞こえそうなほどに。
「なんなら、今の言葉を復唱してくれてもいいぞ?」
「も、もう……
アークボルト様も、最近、随分と器用になられましたね」
「な、何を言う。私とて……そう簡単には変われない。
時々どもってしまうのは、君と同じだ」
ゴホンと改まって咳をしながら、アークボルトはシャノンの肩に改めて手を回した。
互いの体温にほのかに顔を赤らめながら、二人は微笑み合う。
「さて。そろそろ夕飯の時間だ――
今日もシャノンが作ってくれるそうだが、無理はしなくていいんだぞ?」
「いいんです。今朝改良したばかりの『神秘の香蜜』を、早速試してみたいですし!」
「おぉ、それは楽しみだ。あれを使ったシチューは最高だからな……
いや、使わずとも、シャノンの料理はいつだって最高だが」
心から楽しそうに笑うアークボルト。
そんな彼を見つめながら、シャノンもはちきれんばかりの笑顔になる。
「はい……ありがとうございます!!」
その嬉しそうな声は、静かな庭に一段と朗らかに、美しく響き渡った。
Fin
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