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第6話 約束

 

 《しかし戦いが激しくなるにつれ、お怪我をされたかたもどんどん増えていきました。

 私も夜を徹し、爆弾や武装と同時に治療用の薬も作りました。

 お役に立てたかどうか分かりませんが……》


 シャノンの言葉を、アークボルトが素早く補足する。


「いや、勿論あの薬の数々は大いに役に立ってくれた。

 シャノン嬢の薬は怪我を治癒するだけでなく、不思議と力が湧いてきたものだ。

 しかも、うまい料理もたくさん作ってくれたな。野菜をふんだんに使ったスープは怪我の回復を早め、その上細かく溶かしているから野菜が苦手な部下にも好評だった。

 中でも、小麦と蜂蜜を使った素朴なクッキーが特に美味かったな。あれでどれだけ士気が上がったことか」


「や、野菜スープにクッキーだと……聞いただけで寒気がする」

 

 執拗に文句をこぼすケンガル。だがそれを無視してシャノンの声は続く。


 《あの小麦も蜂蜜も、この土地ではよく採れる品質最高の素材です。領地を回っていた時にお世話になった農家の皆様にお願いしたところ、予想以上の量を提供していただけました。

 錬金術でクッキーとして仕上げると、とても満足感がある上に元気になれますし、健康にも良いのですよ。副作用は殆どないですし》


 優しいシャノンの声をどこか楽しげに聴きながら、アークボルトはさらに語る。


「この通りシャノン嬢は我が軍に参加して以降、来る日も来る日も錬金術で奮戦し、我らを助けてくれた。集められる素材には限りがあったが、彼女は節約しながら効率的に薬や爆弾を作り出してくれたものだよ。

 最前線に作られた錬金術用の小屋に引きこもり、これほどまでに働き続けるとは……

 倒れはしないかと常に心配だった」


 《いいえ、アークボルト様。

 あの程度、お屋敷にいた時と比べたらどうということはありませんでした。

 むしろ、禁じられていた錬金術をこうまで自由に使わせていただき、不謹慎ではありますが楽しささえ感じていたくらいです。

 私の爆弾で騎士様たちの危機が救われ、私の薬で傷ついた人々を癒してさし上げられる。

 それだけで私は……生涯でもなかったほど報われた気持ちでした》


「そのおかげで、我が騎士団は救われた。

 彼女のはたらきで、壊滅寸前だった騎士団は奇跡の大逆転を果たし、あれだけの魔物の撃退に成功したのだ。

 もし彼女がいなかったらと考えると――

 このブルツウォルム領は勿論、国中が魔物に踏みにじられていた可能性さえある」


「そ……そうだったのね……シャノン」


 マリーゴールドがふらふらと立ち上がる。

 血まみれのその顔には、どういうわけか引きつった笑みが浮かんでいた。

 美しかった彼女のあまりの変貌に、貴族たちは思わず二歩も三歩も引きさがってしまった。


「料理が出来なかったのは、ケンガルの好みに合わなかっただけ。

 家事も仕事も出来なかったのは、ケンガルがろくでもない無茶を押し付けただけ。

 着飾ってもいなかったのは、ケンガルにドレスもアクセサリーも取り上げられたから。

 陰気くさくて表情が怖かったのも、ケンガルから毎日あんな風に扱われていたなら当たり前だわ。

 都合よく仮病を使っていたのは、本当に病気になっていたから。

 魔女の術だと思っていたのは、そこそこ普及しているはずの錬金術。

 国境付近の小屋に夜な夜な男を連れ込んで乱痴気騒ぎというのは……

 騎士団を支えて術を駆使しながら、懸命に魔物の軍団と戦っていた。そういうことだったのね。

 あは、あは、アハハハハハハハ!!」


 気が狂ったようにケタケタ笑い出すマリーゴールド。

 完全に狼狽したケンガルが、背後にいた部下たちに怒鳴った。


「ば、馬鹿な! 

 おい、お前たちは確かにシャノンが男どもと小屋にいたのを見たと言っただろう!?」


 部下たちは怒声に身を縮めながら、恐る恐る答える。


「ま、魔物が怖かったので……軍勢が退いている時にだけこっそり見に行ったんです……」

「だったら、魔物が来ていると何故言わなかった!?」

「確かに言いましたが……ケンガル様、ろくに聞かずにシャノン様が男を小屋に連れ込んだという点ばかりに気を取られておいでで。

 私らがしつこく言っても、魔物など領民どもに任せておけばいいとか仰っていたじゃないですか」

「ぐ、ぐぅ……っ!!」


 今度こそ完全に二の句が継げなくなるケンガル。

 さらにアークボルトの言葉は続いた。


「このシャノン嬢の獅子奮迅の働きは、国王陛下のお耳にも入っている。

 彼女の技術と真心に陛下は感嘆し、国王直属の錬金術師としてこのたび、王宮に招かれることになったぞ」

「な、な、何だって!?

 こ、ここここ国王陛下、にッ!!?」

「最早彼女は、一地方の貧乏伯爵の娘ではない。国の政にも関わる、優秀な錬金術師となったのだ。

 これから彼女の腕前により錬金術もさらに普及し、国も変わっていくだろう。

 ケンガル殿。そなたが国を変えるより遥かに早くな」



 茫然自失のケンガルの前で、映像は一旦途切れた。

 キョロキョロと不安げに暗闇を見回し、シャノンの姿を探すケンガル。

 その口から出たものは、先ほどとは掌を返したような猫なで声。



「な、なぁシャノン……これまでのことは一旦、水に流そう。

 勿論婚約破棄も撤回する。君みたいな地味な娘が王宮に行ったって、馬鹿にされるだけだ。

 だったら今までどおり、この屋敷で過ごそうよ。

 ね? いい子だから」



 あまりのケンガルの変わり身に、アークボルトもつい周囲に響くほどの舌打ちをしていた。

 さらに驚愕したのはマリーゴールドだ。濡れた内股もそのままにケンガルに掴みかかる。

 優美に整えられていたはずの髪は酷くかきむしられ、宝石で縁どられた金の髪飾りは無惨に床で砕けていた。


「な、何言ってるの貴方!?

 貴方さっき、婚約破棄宣言したばかりじゃない! 舌の根も乾かないうちによりを戻すって、私のことはどうするつもりなのよ! もう両親も貴方との結婚を信じて、都で賭け事に大金を……」

「うるさい!」

「ヒィッ!?」


 あろうことかケンガルは、再び容赦なくマリーゴールドの頭を蹴り飛ばす。

 彼女のみならず、周囲の令嬢たち全員の悲鳴が交錯した。


「君の化粧は前から嫌だったんだ。いつも甘い香りをぷんぷんさせて息が詰まるし、フリルだらけのドレスも無駄ばかりで気に入らない!

 そもそも、この僕と男爵令嬢の君じゃ元から釣り合わなかったんだよ」

「は、はぁっ!? あんた、身分の差なんか関係ないって……」

「才能を開花させ立派に成長したシャノンこそ、僕に相応しい人だ。

 なぁシャノン、もうわがままを言わないでおくれ。何なら僕が君と一緒に王宮へ行ってもいい。少しぐらいなら錬金術だって使わせてあげるよ、それならいいだろう?」


 朗々と響く声でマリーゴールドの言葉を押しつぶしながら、姿の見えないシャノンに呼びかけるケンガル。シャノンを利用して王宮でのし上がろうというその魂胆は、誰の眼にも明らかだった。

 周囲の貴族たちは全員、呆れと嘲笑でそんな彼を眺めている。

 これまでケンガルが築き上げてきた虚像は完全に崩れ落ち、そのかわりに現れたのは、何とも哀れで醜悪な道化。

 そんな彼の前に立ちふさがったのは勿論、アークボルトだった。



「待たれよ、ケンガル殿。

 婚約破棄は成立した。そして、シャノン嬢は既に私と約束をかわしている――

 そなたとの離縁が成立した暁には、私と生涯を共にすると」

「な、何だと!?」



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