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好きな子に「毎朝俺の為に味噌汁を作ってくれ!」と頼んだら、断られた。なんでも彼女は朝パン派らしい

作者: 墨江夢

 水と油が相容れないように、人間同士でもどうしても馬が合わない相手というのが存在する。

 主義や持論の違いであったり、価値観の差であったり。人間の思考や性格が十人十色であるならば、それもまた、仕方のないことなのだろう。

 だけどさ、だけどさ――


「英語の勉強では、単語を覚えることが一番大事なんですぅ! 知らない単語が出てきたら、それだけで文章全体の意味がわからなくなるだろう? だから長文を読む前に、まずは単語をマスターすべきなんだよ!」

「はあ? 英語の勉強として最適なのは、どう考えても長文読解でしょうが! 長文を読んで、わからない単語を都度調べる! そうすることで、読解力も単語力も身に付くから一石二鳥なのよ! そんなこともわかんないなんて……バカじゃないの!?」


 ――お互いに譲れない部分って、確かに存在するよね? 

 俺・切沢偀介(きりさわえいすけ)は、世界で一番馬の合わない女の子・守野春乃(もりのはるの)と絶賛言い争いをしていた。


 俺と守野の出会いは、それはもう、運命的なものだった。

 さながらひと昔前のラブコメのように、走って登校していた途中、街角で頭と頭をぶつけたわけじゃないけれど、俺たちは互いの意見をぶつけ合ったのだ。


 二年生に進級し、新しいクラスになった日のことを俺は鮮明に覚えている。

 始業式なので当然授業がなく、その日は学級委員を決めて解散という流れだった。

 良かった、今日は昼前に下校出来そうだ。明日から早くも授業が始まるし、今日の午後は思う存分遊ぶとしよう。

 クラスメイトの誰もがそう思っている中――論争は勃発した。


「学級委員は、やりたい奴がやれば良いんじゃないか? てなわけで、立候補制ってことで」

「学級委員は、選ばれた人間がやるべきよね。というわけで、推薦式ってことで」


 俺と守野が、ほとんど同時に全く正反対の意見を出す。

 俺たちは「あん?」と互いにメンチを切った。


「なぁ、あんた」

「あんたじゃないし。守野春乃って名前があるし」

「そうか。俺は切沢偀介だ。……それじゃあ、守野。あんたは本当に学級委員は推薦によって選ばれるべきだと思っているのか?」

「当然よ。学級委員っていうのは、皆に信頼されている人間がやるべきなの。やりたいからって務まる役職じゃないわ」

「本当にそうか? 責任の重い役職だからこそ、自分から立候補するくらいやる気のある奴に任せるべきじゃないのか?」


「あん?」。俺たちは再びメンチを切り合う。

 立候補制と推薦式。俺たちの主張は平行線だった。


「やる気のある人間がやるべきだと言っていたけど、果たして学級委員はやる気だけで務められるものかしら? 中途半端に仕事をして貰っても、迷惑を被るのは私たちなのよ?」

「じゃあ推薦で押し付けられた奴に一任すれば、何の問題なく学級活動が出来るって言うのか? 押し付けられた役割だし、テキトーに済ませようって、俺なら思うけど?」


『皆は、どっちが正しいと思う!?』。こういう時だけ無駄に声を揃えて、俺たちはクラスメイトに聞く。

 この時のクラスメイトの気持ちは、口に出さずともわかった。

「どっちが正しくても良いから、早く終わらせてくれ」だ。


 俺と守野は、きっと水と油なのだ。ハブとマングースなのだ。

 理屈とかではなく、本質的に相性が合わない。だから顔を合わせて会話を交わすだけで、こうも不毛な論争に突入する。


 学級委員については、結局どうなったのかって? 

 残念なことに立候補者がおらず、俺の意見は不採用となった。

 じゃあ守野の主張通り相応しい人間を皆で推薦したのかというと、それも少し違う。

 クラスの中で「そんなにヒートアップしてるなら、もうお前らが学級委員やれよ」という空気になったので、守野が学級委員長、俺が副委員長となることで落ち着いた。





 副委員長という立場について、わかったことがある。学級委員の仕事は、案外面倒くさい。

 教師からは事あるごとに雑用を押し付けられるし、月に一回学級委員同士の集会に顔を出さなきゃならないし。

 内申点でプラスになるとは言うが、そんなの概算したら切り捨てられてしまうくらい微々たるものだ。仕事量を鑑みたら、割に合わない。

 副委員長になって、およそ半年。自分でもよく半年続けてこれたなと思うと同時に、来年は絶対に引き受けるものかと心に強く誓っていた。


 10月に入ると、俺たちの高校では一気に文化祭ムードになる。

 修学旅行や体育祭と並んで高校時代の一大イベントと言えるのが、この文化祭。年に一度の祭典を、皆が首を長くして待っていた。


 ……訂正。楽しみにしているのは皆ではなく、ほとんど皆だ。少なくとも、俺は違う。

 俺は準備の段階で、早くも文化祭に嫌気が差していた。


「なあ、守野」

「ん?」

「文化祭って、楽しいイベントじゃなかったか? まだ始まってすらいないのに、既に胃が痛いんだけど」

「99パーセントの生徒が楽しむ為には、1パーセントの生徒が泣きを見なくちゃいけないの。そして私たちは、その泣きを見る1パーセント」


 守野は黒板を眺めながら、そんなことを言う。

 帰りのホームルーム以降板書は消されておらず、黒板にはクラスの出し物の案が書き殴られていた。


「メイド喫茶にお化け屋敷に舞台劇……よくもまぁ、これだけの案が出てくるわね」

「何も出ないよりはマシだけどな。それでもある程度遠慮して欲しかった。何だよ、マグロの解体ショーって? そんな凄技誰が出来るっていうんだよ?」


 はじめのいくつかはともかく、ホームルームの後半に出された案は半ばおふざけのようなもので、ろくなものがなかった。


 文化祭における学級委員の役割は、言うまでもなくクラスをまとめることだ。

 手始めとして、クラス内の意見をまとめて出し物を決めるのだが……これが想像以上に面倒くさい。


 やれメイド喫茶がやりたいだの、お化け屋敷がやりたいだの、クラスの奴らはこちらの苦労など知らずに勝手なことばかり言う。

 多数決で決まったとしても、その後の予算案を誰が考えると思ってるんだこん畜生め。


「いっそのこと、フリーマーケットで良いんじゃね? 皆が要らない物持ち寄るわけだから原資はかからないし、エコにもなるし。学校側もダメとは言わないだろ?」

「学校側の支持は得られても、クラスの人たちが黙っていないでしょうね。彼らを説き伏せるのに費やす膨大な労力を考えたら、フリーマーケットにするメリットなんて皆無だわ」

「だよなぁ。どいつもこいつも文化祭=楽しむものだと思ってるからな。俺やあんたみたいに、大変なものって考えてないからな」

「あなたの一緒にしないてくれるかしら。私も少なからず、文化祭を楽しみにしているわよ」


 1パーセントにあたる苦労人だというのに、守野はそんなことを言う。つくづく俺とは意見の合わない女だ。


「物好きだな。俺には到底文化祭を楽しめないよ」

「それは楽しめないんじゃなくて、楽しむ努力をしていないだけよ。何か一つでも魅力的なものを見つけられれば、考えもガラッと変わるわ」

「そう言われてもなぁ……去年の文化祭でも、良い思い出はなかったし」


 だからといって、嫌な思い出があったわけじゃない。可もなく不可もなく、つまりは何もエピソードと呼べるようなものがなく、気付いたら文化祭が終わっていた。


「文化祭中に楽しみを見出せないのなら、後夜祭ではどう?」

「後夜祭で記憶に残っているものといえば……売れ残ってカピカピになったチョコバナナだな」

「どうしてあなたの記憶には、そんなどうでもいいエピソードしか残っていないのよ……」


 呆れながら、守野は言った。


「私から言い出した手前、あなたが何の楽しみも持たずに文化祭に臨むのは、いただけないわね。……後夜祭のキャンプファイヤーになら、付き合ってあげるけど? どうせ踊る相手もいないんでしょ?」


 ほんの少しだが頬を紅潮させ、唇を尖らせながら、守野は言う。

 そのセリフは、俺に楽しみを抱かせなければならないという責務からきたものなのか、何の楽しみもない俺を憐れんでのものなのか。或いは――それ以外に、他意でもあるというのだろうか?


(あああああ、もうっ! 本当に可愛いな、こいつ!)


 水が油に焦がれて何が悪い。マングースと仲良くしたいハブだっているかもしれないだろ。

 俺は自分と馬が合わない守野春乃という女の子に、心底惚れていた。





 翌日。朝のホームルームでは、昨日に引き続き文化祭の出し物についての話し合いが行われていた。


「昨日は沢山の意見を出してくれて、ありがとう。でもこうも意見が多いと、まとまるものもまとまらなくなってしまうわ。そこで、予算とか諸々を考慮して、私と切沢くんで案を3つに絞ってみたの」


 守野の言葉に合わせて、俺は厳選された3つの案を黒板に書いていく。

 最終候補に残ったのは、メイド喫茶とお化け屋敷と、あと学級委員推薦枠からフリーマーケットだった。


「クラスの出し物は、この中から決めようと思うわ。あまり時間もかけられないし、多数決でパッパと決めてしまおうと思うけど……反対の人はいる?」


 特に反対意見も出なかったので、守野は早速多数決を取る。

 挙手制で行われた多数決の結果は……メイド喫茶・18票、お化け屋敷18票、フリーマーケット0票となった。


「見事に票が割れたわね」

「だな。いっそのこと、間を取ってフリマで良いんじゃね?」

「その選択肢は絶対ないから。ったく、どれだけ楽をしたいのよ」


 ただでさえ学級委員という面倒な大任を押し付けられたんだ。少しでも楽をしようと考えるのは、当然のことだろう。


 多数決で決まらないのなら、話し合いしかない。

 メイド喫茶とお化け屋敷、それぞれの良し悪しを語り、議論し合った上で、改めて決を取ることになった。


 メイド喫茶を推す生徒(主に男子)の主張を要約すると、「メイド服姿の女子を拝みたいから」だった。お化け屋敷を推す生徒(主に女子)の主張を要約すると、「メイド服なんて着たくないから」だった。

 

 普通の喫茶店なら女子たちも了承するのだが、男子たちからしたら大事なのは「喫茶」ではなく「メイド」の方だ。

 つまり議論は平行線。どれだけ時間を費やそうとも、彼らの意見が変わるとは思えない。


「どちらも譲る気がないのなら、折衷案を模索するしかないんだけど……」

「メイド喫茶とお化け屋敷じゃ、落とし所なんて見つからないだろ? お化け喫茶にでもするつもりか?」


 その場合男子は雪女や魔女といったコスプレを要求し、女子は間違いなく却下する。

 つまり両者の意見を取り入れるなんてことは、不可能だということだ。メイド喫茶とお化け屋敷では、根本的な部分で相容れない。

 さながら、俺と守野みたいに。


「だからって、いつまでもこの状態ってわけにもいかないでしょ? 明後日までには出し物を決めて、生徒会に申請しないといけないのよ?」

「そうなんだよなぁ。……仕方ない。ここは強行突破だ」


 頭を悩ませている守野とは異なり、俺は一つの解決策を思い付いていた。

 しかしその解決策は、決して褒められるようなやり方はではない。「皆が楽しめる、より良い文化祭」を追求する守野では、到底考え付かないやり方だ。

 

「はい、注目ー!」


 黒板を軽く叩きながら、俺はクラスメイトたちの視線を集める。


「このまま話し合いを続けても埒があかないので、もう一度多数決を取りまーす。今度は、俺たち学級委員も含めて」


 先程の多数決では、公平性を保つべく俺たち学級委員は参加していなかった。

 では今回、俺と守野が多数決に参加することで一体どんな結果をもたらすのか? それは……


「えー、多数決の結果……メイド喫茶18票、お化け屋敷20票。よって我がクラスの出し物は、お化け屋敷に決まりました」


 守野が告げる、驚きの投票結果。

 何を隠そう、俺が男子を裏切って、お化け屋敷に票を入れたのだ。

 

 当然男子たちからは、裏切り者たる俺に対する非難が殺到する。俺は両耳に手を当てて、聞こえないフリをした。

 全員が楽しめる文化祭なんて、どう頑張っても無理なのだ。そうなると、不満の捌け口が、つまり悪役が必要不可欠で。

 だったらその役目、俺が請け負えば良いじゃないか。必要悪になるのも、学級委員の務めである。


「あーあー、何も聞こえないー」と、依然無視を続ける俺を見て、守野はポツリと呟いた。


「切沢くんには、そういう解決の仕方があるのよね」

「悪かったな。こういうやり方しか出来なくて」

「別に悪いとは言っていないわよ。私には真似出来ないって言ってるだけ」


 いや、それも十分悪いと言っているだろうに。


 何はともあれ、我がクラスの文化祭の出し物はお化け屋敷に決まった。

 俺のお陰で。俺のお陰で(大事だから2回言った)。





 あれだけ文句を言っていた男子たちも、文化祭の準備が始まると態度が一変し、お化け屋敷制作に精を出していた。


 クラス皆が一丸になってくれているお陰で、準備は予定通り進んでいるんだけど……君たち、予算というものを考えようね? 上から吊るすだけのこんにゃくに、そこまでこだわる必要ないよね?

 

 守野が「皆、予算を超えないように気を付けてね」と注意喚起するも、数人からの「はーい」という空返事しか返ってこない。

 

 仕切りは守野に一任するつもりだったけど、このままだと費用がどんどんかさむばかりだな。そうなった場合迷惑を被るのは、他ならぬ俺だ。

 これ以上の無駄遣いを避けるべく、俺は重たい腰を上げると、守野に助け舟を出した。


「あんたたち、経費はなるべく節約しろよ。予算を超えると、俺が生徒会から怒られるんだ。しかも超過した金額は自己負担になるし。俺は1円たりとも出さねーからな」


 身勝手な俺の物言いに、クラスメイトたちは「副委員長、自己中〜」などと返してくる。

 真面目に言うより、こうやって冗談混じりで注意喚起した方が、不思議と人の心に届くのだ。


 俺を見ながら、またも守野は呟く。


「やっぱりあなたは、私とは違うわね」

「へいへい。俺は守野とは違って、不真面目な生徒ですよ」

「確かにそうね。でも……私より上手くやっている」


 俺を褒める守野の表情は、どこか寂しそうに見えた。


「……何かあったのか?」

「別に何もないわ。何も、していないわ。私は切沢くんみたいに、自分を犠牲にしてまで物事を解決しようとは思わない」

「犠牲って、そんな大層なことはしてねーよ。そりゃあ、多少なりとは反感を買っているだろうけど」

「そう割り切って考えられるのが、切沢くんの凄いところよ。私とは、まるで正反対」


 守野の発言は、どうやら俺を侮蔑するものじゃないみたいだ。かといって、俺と褒めるのともちょっと違う。

 まるで自分を卑下しているような、そんな印象を受けた。


 守野は続ける。


「私は私が嫌いなの。偉そうなことばかり言うくせに、自分一人じゃ何も出来ない。文化祭のことだって、そう。切沢くんがいなかったら、きっととっくに音を上げてたわ」

「まぁ、確かに。あんたって、口先だけって時がたまにあるよな。デカいこと言うくせに自分じゃ対応出来ないから、結果いつも俺が尻拭いする羽目になる」

「そうね。そんな自分が、私は大嫌いだわ」

「あんたとはとことん意見が合わないな。俺はそんなあんたのことが――大好きなんだ」


 気づくと俺は、勢いでそんなことを口走っていた。


 守野といると、自分と違う意見にいつも驚かされる。彼女は自分にない気付きを与えてくれるっていうか、選択肢を増やしてくれるっていうか。

 大袈裟に言えば、彼女は俺に新しい世界を見せてくれるのだ。


 自分とは、根本が違う。まるで意見が合わない。でも、そこが良い。

 彼女と一生手を繋いでいることは出来ないだろう。だけど一生顔を合わせて言い争いをすることなら、出来る自信がある。

 そんな言い争いが、思いの外心地良くて。


「だからさ、その……毎朝俺の為に味噌汁を作ってくれ」


 告白を飛び越えてプロポーズとも取れる俺の発言に、守野はキョトンとする。でもそれは、ほんの一瞬のことで。


「嫌よ。私朝はパン派なの。パンに味噌汁なんて、合わないじゃない。だから――コーンスープで良かったら、作ってあげないこともないけど?」


 本当に、俺と彼女は相性が悪いな。

 俺はご飯派なんだ。毎日朝食がパンなんて、どうにも我慢ならない。

 でも、まぁ。


 少しくらいなら、妥協してあげるとするか。取り敢えず、明日の朝食はパンにするとしよう。

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