第八十九話 決着
リアルが忙しく、大変お待たせしてしまい申し訳ございません。
あれから一週間。
私は「痛み」に身体を浸し、戦い続けている。
それこそ毎日毎日ぶっ倒れるまで。
死ぬ程嫌だしイライラする.....けどその甲斐もあってあの日掴んだ感覚が己の中に溶けて行くのを感じていた。
そう、ちゃんと強くなっている。
停滞に嘆く日々は終わりを告げ、昨日より今日、今日より明日と。私は確実に歩を進めていた。
なのに...!そのはずなのに.....!!
「勝てないっっっ!!!」
テレジアはご丁寧に設けられた10階層手前のテントにて飛び起き、叫ぶ。
今日もまた、迷宮に陽は昇る。
だが陽は珍しく陰り、生憎の曇り模様のようだった。
「ユウリちゃんたちは【ダチュラ】でなんか3日ぐらいスヤスヤだし.....早く覚ましてあげたいけどこのままじゃあのヒトには絶対に勝てない。勝てる気がしない...。」
戦えば戦う程...強くなればなるほど、道が見えない。逆に選択肢が狭まっていく。
『自惚れじゃないけど私って天才だから?やれるかどうかは置いといてどんなに相手が強くても勝ちへの道は視えてたんだけどなぁ。』
凄い魔導士とは結構戦ってきた。
ヨルハちゃんとリオナちゃんは勿論、ティナちゃんやメルちゃんもよく遊んでくれる。
それこそこっそりシリウス様やアイリス様に挑んでボッコボコにされたりもした。
けどその誰とも違う。強さの質が。
「どうしたものかなぁ〜〜〜〜...よしっ!こういう時は...」
珍しく坐禅を組み思案に耽る。
こういう時、思い詰めた時。
私はいつも、兄ならどうするか。どう戦うのかを考える。
そう、考え、思考する。
私という天才に与えられた総てをもって解を導き出す、出してみせる。
『曰く私とハイドラさんは正反対の戦い方。
その場で最善策を選び続ける私とは違って最終的な最善に辿り着く為ならばイバラの道ですら進む。それはまるでお兄ちゃんと同じ。例え...それが痛みを伴っても。』
天に愛された少女はその無限の想像力を遺憾無く発揮しあらゆる状況をシュミレートしていく。
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「あはっ...! 愛してるよ、お兄ちゃん。」
瞑想の果てに、私は一つの答えを得た。
そうして陽は陰りを忘れ、その瞳に再び輝きは灯る。
「さ、答え合わせの時間だね。」
悠然と歩を進め、今日もまた毒蛇にその身を晒す。
「随分と希望に満ちた瞳をしていますねぇ。ヒヒッ...その希望、絶望に染めて差し上げましょう。」
「あはっ!今日はいつものテレジアちゃんじゃないよ〜? 存分に味わってみて?」
たった一週間、されど一週間。
そして今日も濃密で熾烈、刹那を生きる戦いは幕をあげる。
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一目視た時から分かってはいた...。
けれど、ヒトを値踏みするようなその視線。神経を逆撫でするようなその声。
「痛み」を与えるその魔法。全部が私とは相性最悪で、大嫌いだった。
そのせいでずっと心のどこかで否定し続けていた。
それももうやめ。
『認めなきゃ。このヒトは強くて、凄い。偉大な魔導士。』
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「そうよ。魔法戦闘、その"経験"においてハイドラの右に出るヒトはいない。私に仕える前から、そして仕えた後も彼女は戦いに身を置き続けたのだもの。
数多の戦場を駆け、今なおヒトの世に在り続ける英雄。それがハイドラ・ペイン。
その技術を、魔法を、全部を識りなさい。それが選ばれたアナタの義務。」
水晶に映る光景を見詰めながらアナスタシアは告げる。
だがその光景を見ていたのは彼女一人では無かった。
「あやつはその全てを経て強くなるのじゃろう。だがそれは妾とて同じこと。」
その声の主は絶雹を纏い、絶対の意志を携えて告げる。
「それに今はただ、強くなるこの時間が愛しい。今日も存分に魔法で語り合うとしよう、叔母上よ。」
白雪は陽に照らされ白銀に輝く。
陽が更にその輝きを増せば。白銀は決して溶けることなく更に光を重ねていく。
強大過ぎる力はヒトを孤独にする。それは歴史が証明していた。
私やアイリスだってそう。今はこうして立場に着いているけれど、この力を疎まれなかった訳じゃない。孤独を知らない訳じゃない。
けれど彼女たちは違う、決して独りじゃない。独りになんてなれやしない。互いにどれだけ差を付けてもすぐに並んでくる憎たらしい程厄介で、愛しくかけがえのない友が、仲間がいるのだから。
「眩しいわね...。そう感じるのは私が歳をとったからかしら。」
「ふっ、何を言う叔母上。叔母上たちには妾たちの超えるべき壁、踏み台になってもらわねば困るというもの。まだまだ退くには尚早じゃぞ?」
感慨に耽けるアナスタシアに向けて微笑みを浮かべながら煽るのはリオナ。
「あら、言ってくれるじゃないクソガキ。薄々感じてたけどやっぱアナタ、シルフィとエドに似て生意気だわ。」
だが告げる言葉とは裏腹にアナスタシアの顔には笑みが浮かぶ。
「はっ!本性が出ておるぞ叔母上。まあそっちの方が妾は好みじゃがな。」
そう言い放ちリオナはその手に氷刃を作り出し、駆け出す。
リオナのその自信が決して虚勢などではない。アナスタシアはそれを理解している。
床に転がり、踏み付けられる【写身】こそその証。
『もう【写身】じゃ相手にならないわね。』
己の生き写しである【写身】と戦い続ける事で、リオナもまた己の真髄を掴み始めていた。
迫り来るリオナの氷刃を受け止めながらアナスタシアは思考に耽ける。
まるで呼応するように、全てを飛び越える理不尽に対して一歩一歩、階段を踏み締めるが如く。それでも確実にその背に迫っていく。
進む道は違えど見据える頂きは同じ。
至る過程は違えど辿り着く時は同じ。
そう、二人ならば成し遂げられる。
二人だからこそ、彼女らは決して折れない。
競い合い、高め合うライバルとして。
互いの存在が互いの支えになる友として。
それ故に、ヒトを殺す孤独が訪れることは無い。
「ま、とは言ってもまだまだ譲る気は無いけど...来なさい、撫でてあげる。」
白銀は今、世界最"功"にヒトの輝きを示すべくその氷翼を広げる。
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一方周りの評価とは打って代わり...
自らの思考、そして得た結論。その答え合わせの最中に、テレジアは激しい自己嫌悪に陥っていた。
似ている...どうしようもないくらいに。
あ〜やだやだ。私っていっつもそう。見たいものだけ見て見たくないものからすぐ目を逸らす。だから今になってやっと気が付くんだよね。
似ている...どうしようもないくらいに、お兄ちゃんとハイドラさんの戦い方は。
嫌というくらいイメージが重なる。
目的の為に全てを削ぎ落としたような、合理性を極めた戦い方。
けれど同時に、テレジアが抱えていた疑問が一つ氷解する。
本能のままに振るう刃がなぜハイドラの動きを捉え、その攻めを防ぐことが出来ていたのか。それは偏に兄との戦いの記憶を無意識の内に引き出していたからに他ならない。
...恥ずかしながら私は気が付いて無かったけど本能は本当に最適解を選んでいたみたい。
今日までは気づかなかった。
けど気づいてしまえば...気が付けたのならもう既にテレジアから自己嫌悪なんてものは消え去っていた。
代わりにテレジアの心に溢れた感情の名。
それは後悔や自己嫌悪などでは無い。
それは溢れんばかりの愛しさ。
ただそれだけが募っていく。
『また、お兄ちゃんが守ってくれた...。
ありがとう、大好き。愛してるよ、お兄ちゃん。』
愛と憎は表裏一体。積もり積もった憎の丈だけ、愛は深まる。
そしてこの魔に魅入らられし王にはそれだけでいい。
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とある伝説の一章にはこうも綴られている。
"原初を語る七柱の始徒は告げる。
「祖なる魔法とは愛という名の奇跡」だと。"
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王子様のキスも、その想いが成就することも、何か特別なことが必要な訳じゃない。
兄を想う。ただそれだけで彼女は魔の高みへと登り、そして深みへと沈んでいく。
そうして陽は一つの覚悟を決める。
『扉、開けちゃおっか。』
テレジアは瞑想にて獲た答えを思い出す。
その答えがあると信ずるこの一週間、数度だけ辿り着いた景色の事を。
ドス黒い憎悪と灼熱の痛み。
二つが振り切った先で見つけた真っ白な世界、その中心に座する鍵のかかった扉。
それはテレジアが生まれて初めて開けるのを、踏み込むのを躊躇した扉。
『ずっと分からなかった。その扉が何なのか、その先に何があるのか。
けどもう大丈夫...分からなかっただけで、私はそれを知っていたから。』
その扉の名前も、その扉の開け方も、私は良く知っていた。ずっと開けるのを見ていたから。
"隣"で。
そう、それは生まれて初めて辿り着いた...
その名は己の限界。
「けどまあ...まずはそこまで辿り着かないとなんだけどねっ!」
思い出せ。その「痛み」を。その「憎しみ」を。全ては私の中にある。
新たな傷はもう要らない。
「できるできないじゃない。やるか、やらないかだもんねお兄ちゃん!
.....まあ今回ばかりは私も"やれる"かどうか分からないんだけどっ!」
想い募らせ、思考を巡らせ、一週間受け入れ続けた毒蛇の牙を払い除ける。
そうして一歩一歩、自らを信じ、踏み込んでいく。
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躊躇い、試行錯誤、まるで迷子のよう。
けれど
「一段とマナの輝きは強く、魂は更に煌めくのだから理不尽というもの。」
相対するハイドラはそんなテレジアの変化を感じ取っていた。
今日、ハイドラは一度たりとてテレジアに刃を届かせていない。
即ちそれはテレジアが一週間鍵とし続けた毒を受け入れていないということ。
にもかかわらず、テレジアは辿り着き、その手に収めようとしている。
テレジアが望む答え。己の真髄を掴み、魔法力を十全に統制した先に至る領域。
【己源】を。
「早過ぎる、有り得ない。.....なんて言葉はもう捨てるとしましょう。アイリス様が仰っていた意味がようやく私にも理解出来ました。」
凝り固まった常識が崩れ落ちていく。
その感覚は堪らなく苦しく、堪らなく楽しい。
これこそいつかデルフィ辺りが告げた俗に言う「痛気持ちいい」というやつなのだろうとハイドラは笑いながら新たな感覚に浸っていた。
「嗚呼...これは堪らない。」
非常に気分が良くなった。
だからほんの少し...魔が差した。
割り振られた配役を忘れ、つい...手が出た。
お預けされ続けた至高の獲物を前に、毒蛇の牙は制御を失ったのだ。
必死に抑えていた狂気が理性を上回ってしまった。
端的言ってしまえば試したくなった、なってしまった。
それは毒蛇が示す、絶死の凶刃。
募り拗らせた愛の刃。
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「バカっ!!!」
ほんの数瞬前、アイリス・ディア・ペルシウスだけがその一撃を察することが出来た。
だが魔導王をして、その一撃を【不殺郷】を御しながら防ぐことは叶わない。
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だからこそ、陽は陰る...はずだった。
だが次の瞬間...キィィィィンとけたたましい音が響く。
何かがぶつかり合うような、甲高い音が。
「.....は?」
だがそれは...聞こえるはずの無い、聞こえてはいけない音だった。
だからその言葉をハイドラは意図せず己の口から零していた。
それ程までに、己がしてしまった事実に気が付かない程に、ハイドラの胸中は驚愕に支配されていた。
どれだけテレジアが凄かろうと...
今回ばかりは有り得るはずが無かったから。
今回だけは、有り得てはいけなかったから。
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『あ、私死んだ。』
なんでか分からないけど分かった。
瞬きの一瞬に、私の命が潰えるのだと。
己が輝きを示すはずが一転、絶望なる死地に立っていた。
だからだろうか...その瞬間、私は私を本当の意味で識った。
身体が、細胞が、私を形作るマナが。
"生きたい"と願った。見据える先を同じくしたのだ。
可能性は加速する。不意の不幸が、予期せぬ最幸へと転ずる。
一歩一歩、高みへと登っていたその足は滑り、奈落へと落ちていく。
だがその落ちた先こそ、魔導の深淵。
それは神の悪戯か、或いは必然か。
思い立つ日に人神なし。
ご都合主義、偶然、必然、なんとでも呼ぶがいい。
何を言われようとも、揺るがぬ事実は一つ。
...彼女は魔導の神に愛されている。
己が命が果てようとしている。その危機に瀕した時、その魂は叫んだ。
「進まなければ死ぬ。そして立ち止まるくらいなら潔く死ね。」
『けど...別に死んでもいい。』
そう魂とは別に、理性が語りかけてくる。そしてそれは正しい。死んでも死なないしここで死んでも私は必ず頂きに登り詰める。
それだけ私は私を信じている。
『けど違うじゃんね。そんなの面白くない。それは私が歩む道じゃない。
だって私は愚図なのに無茶しかしない、血にまみれるって分かってるのにイバラの道が大好きな兄の妹なんだから!!!』
そう、彼女は初めから狂っている。なればこそ、彼女の取る選択肢など一つしか有りはしない。
"陽光の前に壁は非ず"
鍵を裂き、扉を壊し、その先に広がる全てを飲み込まんとする烈光の中にその身を擲つ。
瞬間、彼女の視界は弾ける。彼女が愛し愛されるマナの輝きと共に。
「ここ。」
スローモーションのように凝縮された世界の中で、テレジアはほぼ無意識のうちにその一撃を捉えることに成功した。
ただ捉えたとは名ばかりのそれは、別に視えた訳では無かった。
言うなれば勘、第六感、はたまた直感だろうか。
けど敢えて言おう、捉えたと。
少なくともそう私は確信した。私は私に命を賭けた。
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そうして今に戻り、時は動き出す。
その凶刃はまるで硝子細工を砕くが如く、テレジアがその手に握っていた二対の光剣を見るも無惨な光片に変える。
二人の間に美しく舞い散る光片、それは御伽噺の一説をなぞったような幻想的な景色。
だがそれらが照らす二人の表情は...酷く対照的であった。
剣は砕かれ、正に今際の際であったこを証明するように多量の汗をかき、息を切らすテレジア。だがその有り様とは正反対にその顔には恍惚の笑みを浮かべていた。
一方故意では無いにせよその一撃をもって力を示したはずのハイドラ、だがその冷静沈着の仮面は剥がれ落ち、驚愕がその顔を染め上げていた。
「この子は本当に...。偶然かもしれない。けれどそれでも私の本気を防げる者がこのヒトの世に何人いると思ってるのかしら。」
そんな呟きを零しながらハイドラはテレジアを見つめる。
誰かが言った。
「天才とはきっかけを取りこぼさないヒトのことを言うのだと。」
『怪物は遂に己を識った。他ならぬ私の手で。...これはアイリス様とアーニャ様から折檻でしょうね。』
だがそんなことはもうどうでもよかった。
今はただ、この未知を、神秘を、世界が齎した本当の奇跡を堪能したい。
ペテンも、道化ももう要らない。自ら仮面を剥いでしまったから。
『総てをもって絶望を、そして超克を。』
先達として、同じ魔導の頂きを望む者として。毒蛇は再び笑ってみせた。
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陽光ですら霞むほどの、見渡す限りの烈光。目を閉じても、開けていても関係ない。純白が世界を支配していた。
何も視えない、何も聞こえない、何も感じない。光に呑まれ、光に侵される。
扉の先はそんな酷く、醜い世界だった。
けど分かることが一つだけあった。
この世界は、私だ。
世界から視た、私。
私という才能の本質。
......って私でさえ思ったよね!!!
けど違う。違ったの。
総てを呑み込む光の中で、其れはあった。
細く、儚く、霞んで消えてしまいそうな黒い糸。けれど総てを呑み込む烈光の中にあって決して侵される事のない確固たる黒。
世界と私を繋ぐ、兄の黒。
それを視てしまえば、知ってしまえば、理解ってしまえば...もう其れこそが私の【己源】なのだと、信じて疑わない。
たとえ烈光こそが私だと、世界が告げようとも関係なかった。
瞬きの一瞬に、黒を抱き、王は三度産声を上げたのだから。
世界が暗転し、反転し、意識が還る。
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「はははっ...そっか、私生きてるんだ。やったんだ、やったんだね、お兄ちゃん。」
夢と現の狭間でテレジアは状況を理解する。
「視えたの。マナの予兆、歪みみたいなのが。だから防げた。そして掴んだよ、この掌の中に...己の真髄をさ!あはっ!やっぱ私ってば天才っ...!
天上天下唯我独尊だっけ? 今ならその意味、分かっちゃうかも。」
くるりと世界を見渡し、全てを言葉にしながら、テレジアは嗤う。
「いや、独りじゃないや。私だけの世界にお兄ちゃんは居るんだもん。私たちは双りで、独り。
天上天下唯我双尊だね!
そう、今なら何でも出来る。やれる気がするよ、お兄ちゃん。もっと自由に、思うがままに!」
その手に漆黒を抱き、想いを零しながらテレジアはあろう事か虚空へと足を踏み出す。そして次の瞬間に、彼女は宙を踏み締める。
まるで与えられた生を、育んだ愛を、全てを謳歌するかの如く、テレジアは空を闊歩する。
「あはっ!やっぱり出来た。けどん〜なんて言えばいんだろ。これ魔法...なのかな?上手く言語化出来ないや。力場ってやつ?まぁ後でお兄ちゃんに聞けばいっか!」
未踏を成した彼女は無邪気に未知を堪能する。だがその疑問の答えは存外近くにあった。否、その答えを識る者は目の前で相対していた。
「そう、もう一度この魔法を見れるとは...。確固たる意思をもって周囲のマナの流れを統制し、律する。根源に触れうる魔法。
だがそれも生まれ持った眼、そして辿り着いた境地を考えればこれも必然という訳ですか...。」
それは遥か記憶の彼方、今なお鮮明に残り続ける魔法。再び見えた奇跡に対し、感謝と慈愛に満ちた眼差しと共にハイドラは記憶を辿る。
それはとある英雄が紡いだ独創軌。そのはずだった。
そう、今日この日、この瞬間までは。
閉じられていた本は開かれ、筆は動き出し、物語は再び紡がれていく。
主人公を英雄から、次代の英雄へと代えて。
「あはっ!なになに?何か知ってる感じじゃん!教えてくれてもいいと思いま〜す!」
珍しく饒舌に語るハイドラの様子に、テレジアは空を優雅に舞いながらその瞳を輝かせる。
「ヒヒッ、その無垢故に...という訳ですか、大いに結構。いいでしょう、褒美に教えてあげますよ。
その魔法の名は【魔導律】。正しく英雄の魔法。」
それを告げるハイドラの表情はついぞテレジアに見せてこなかった柔らかく優しさに溢れたものだった。
テレジアは己の観察眼に確固たる自信を持っている。
だからこそ彼女はハイドラの本質が視てきたそれと信じて疑っていなかった。
だからこそ...
「へぇ...そんな表情も出来たんだ。ほんとに意外。」
答えを告げるハイドラの様子にテレジアは確かな驚きを見せる。それはテレジアの知るハイドラからあまりにもかけ離れていたから。
「おやおや、優しい私は不服ですかな?ヒヒッ...ただただ嬉しいのですよ。魔法に殉ずる者として、今日この瞬間に立ち会えたことが。」
分かりやすく狼狽を見せるテレジアに対し嘲笑ではなく微笑みを向けるハイドラ。
そうして毒蛇はその身に纏う雰囲気を様変わりさせる。戦場に死を振りまき続けた毒蛇から、戦姫に拾われヒトと成り、その倍を救いあげた聖蛇へと。
「アナタは成った、それどころか伝承の再現すら果たした。なればこそ、最早 仮面は不要。ペテンももうおしまい。私は私自身の意思で、アナタと向き合いましょう。」
テレジアの眼はその変化を見逃さない。目の前で起こる更なる魔導の神秘を余すことなく捉えてみせる。
ハイドラが纏う紫黒が光粒へと塗り変わっていく、その様を。
そのあまりに劇的な変化はテレジアを見蕩れさせる。夢中にさせる。その輝きに、更に惹かれていく。
「今のアナタにならば、一人の魔導士として名乗らねばならないでしょう。
誇り高き【十二宮】が筆頭。
第一星 "聖蛇" ハイドラ・ペイン。
魔導の子、テレジア。私はアナタに授け、願う。
総てをもって絶望を、そして超克を。」
白の装衣にその身を包み、その手に紫黒の刃。そして纏うマナは対となる光と闇。
それは正に闇を極めし彼女が辿り着いた境地を体現するかの如く。
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「ねえ、視てるかしら■■。アナタが遺した物語がこうして紡がれていく。あの時眉唾だと笑った私たちをアナタが今笑っているのでしょうね」
アイリスもまた、記憶を辿る。
その右眼から零れ落ちる雫に込められた想いは哀愁か歓喜か。
「まさかここに導くのがハイドラになるとは思わなかったけれど...これも巡り合わせなのかしら。相性は案外ぶつかってみないと分からないものねぇ。」
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黒白を纏うハイドラ。
その姿は端的に言ってかっこよかった。
私が望む魔法の頂き、その理想と言っても過言じゃないくらいに。
そしてもう一つ、ある事実に気が付いた。否、ようやく気が付くことが出来た。
気が付いた上で、私は生唾をひとつ飲み込む。
それは何と言えばいいのだろう。魔力や魔法力、纏うマナとは似ているけど...少し違う気がする。
あえて言葉にするなら、お兄ちゃんがいつか言ってたオーラと呼ぶのが正しいかもしれない。
そしてそんな私の視線を受けて、まるで雄弁と言わんばかりに、ハイドラさんが気が付き、言葉を綴り始めた。
「ようやく【魔導値】を捉えてみせましたか。待ちくたびれましたよ。」
【魔導値】
それは正に魔導士の総合力そのもの。ある一定以上の領域に達した者のみがその眼に映す事が可能となる指標。
そう、捉えた。ついに見えた。けどだからこそ生唾を飲み込んだ私は、額に汗雫を流しながらその思いを吐露する。
「.....私が初めてアナタを視た時、なんとも思わなかった。けど今なら...視えてしまえばはっきり分かる。アナタが化物たってことに。凄いね、隠してなんていなかった。ただ私たちがそれを識る段階にいなかっただけ。昨日までの私が馬鹿みたい。」
そう、ハイドラ・ペインはその力を初めから隠してなどいない。寧ろ誰よりも雄弁に己の実力を周囲に示していた。だが多くの者はその力を知覚し得ない。
ではそこに意味はあるのか。否、答えはある。
テレジアが気が付いたのは正にそこであった。
視えないのならば、それは敵ではない。
視えて初めて、ハイドラが目を掛けるに値する。
視えてなお、臆することの無い意志を見せた者。そこで初めて善悪の判定が行われるのだ。
強者ならばハイドラに気が付かないなど有り得ない。そしてハイドラがその視線に気が付かないなど有り得ない。
だからこそ成り立つアトランティアの絶対防御。最高の餌にして最強の囮、最硬の盾にして最強の矛。それこそが十二宮が一番星の責務。
「あはっ...私たちなんて最初から土俵にすら立ててなかったってわけだね。
.....けど今は違う。アナタの力も、強さも、余すことなく全部視える。」
勝てると思っていた。文字通り何でも出来る気がしたし実際に新しい魔法も使えた。
けどだからこそ、辿り着いたことでよりはっきりと見せつけられたこの彼我の差。
朝起きた時も、私は勝てないと思っていた。
あれから私は強くなった。最強になったと思う。
それでも...私は勝てないと思う。
胸に去来する絶望の二文字。
けどその絶望が、私の眼には不思議と希望に見えた気がした。
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テレジアにとって、それは初めて抱く憧憬。その名が憧れであると彼女はまだ知らなかった。
けれどシンの言葉を借りるならば...
「憧れは止められない。」
言葉を知らなくとも、感情は、衝動は止まらない。
「アナタには勝てない...けど...けどだからこそ!それでも!!!今のありったけをアナタにぶつけてみたいっ!」
希望を言葉へと変え、想いを叫ぶ。
そう、彼女らは魔導士なのだ。それも互いに頂きを望む者同士。
ならばもう、後は魔法で語るしかあるまい。
「ヒヒッ...よく吠えてみせた。その覚悟に応えて差し上げましょう。一撃をもって...アナタに施しを。」
それ以上の言葉は必要無く、両者は共に距離をとった。
それは嵐の前の静けさ...そう表現するのに相応しいかもしれない。
だがそれはあくまで表面上の話であると付け加えて置かねばなるまい。この場にマナを捉える眼を持つ第三者が居たのならば、その者はここが既に嵐の中心であることを理解するだろう。
そしてそれは徐々にこちらの世界を侵し始める。凝縮され、高められたマナの奔流が世界を彩り始めたのだ。
その奔流が流れ着く先、テレジアを中心にして。
対するハイドラは一切のマナや魔力の余波を出さない。一寸の無駄無く、魔力を練り上げていく。これもまた、遥か高み。
来たるべき決着に向けて、英雄の一撃を示さんがために。
そして始まりは意図せず突然に。
互いに見合ったまま、一歩も動くことなく詠唱の祝詞は紡がれる。
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軌跡を騙り、奇跡を語ろう。積み重ねなんて私は知らない。私は今を生きてるから。
数多の奇跡が私を形作ってるって言うなら...私はそれを踏み付けていこう。
何故かそんな悪い子みたいな考えが急に浮かんできた。なんだってこんな時に。
だが抱く想いとは裏腹に、紡がれるのは...
"遥かなる階梯 悠久の輝き 統べるこの身は魔導の賢者 伴う誇りは魔導の矜恃"
【ソルシエル・オブリージュ】
誇りも矜恃も無い。ただ自分の為に、今を生きる為に。
されどその魔法は主の意を受け最高の効果を発揮する。マナたちは王に従い、魔力は装填されていく。
"還らずの都 罪過の使徒
天に至り 地を統べる
ヒトよ 畏れよ
異形冠せしこの身こそ
汝らが産み落とした原罪の証
十字架を抱き 我は全てを裁く者
死の淵に立ち 其を授ける者"
ヒトの歴史の中で数多の魔法が産まれた。
あらゆる奇跡を現出し、名を授けてきた。
それ程までに、奇跡は世に溢れていたという訳だ。
だがその中でも特別な【奇跡】はやはり存在する。其れにはヒトがかつて畏敬し、祈りと共に紡がれた伝説が名として与えられていた。
そしてその【奇跡】たちは例外なく超越の位を与えられる。其は天上、或いは獄下の奇跡。
"哭き 断罪と共に拝すがよい"
【ディア・アズライル】
裁定者を冠する魔法。
荒ぶ無の剣光。
其れは正しく、彼女が超越へと至った証に他ならない。
____________
目の前に立つ彼女は、うら若きヒトの身でありながら英雄に手を掛けた神童。
私の刃を跳ね除けて、覚醒へと至った至高の珠玉。
彼女が超越へと登ったのならば、神の域を示さねばならない。全てをぶつけてくるのならば、応えねばならない。
"植わる漆黒 宵の闇
生命を散らし その血を啜る
絶望に根を張り 慟哭を芯に
悲嘆を葉に 苦悶で花弁を染め
咲くは死 舞うは黒"
先を示す為に、絶対を訃げる。
【不殺郷】すら揺るがす、絶死の魔法。
"響け 生誕の弔詞 祝福の葬送歌"
【黒死蓮】
____________
静かな、そして穏やかな決着。
超越の輝きを宿したはずの剣光は無惨に溶け堕ち、魔導の姫は血溜まりに臥せる。その血を吸い上げ、咲いた黒き蓮華のみが彼女を見守っていた。
迷宮の果てはその口を開き、朝の陽射しを招き入れる。
そんな温光に照らされる彼女の表情は、凄惨たる状況とは反対に...酷く満ち足りたものであったという。
____________
そんな迷宮の果てが開いた数刻後...
新たに地の底に足を踏み入れる愚者の影。その数は四つ。
「さて、サクッと攻略しにいくか。」
「準備運動はやり過ぎなくらいしたからね。最初から全力でいけるよ。」
「よし!先陣はこの俺が切るとしよう!着いてくるがよい!」
「いいわねレギ。貴方が統率者よ。どんなに演奏者が優れてても指揮がダメなら名曲も駄作に成り下がる。だからしっかりしなさいよっ!」
激戦を終えて来たのだろう。
その装衣、身体には幾重にも重なった傷が浮かぶ。なれど...その有り様とは裏腹にその気力、その姿、その立ち振る舞いに些かの衰えも無し。
今が絶好調と言わんばかりに、彼らは駆け出す。まるで新しい玩具を与えられた子供のように、その顔を綻ばせながら。
これを書き上げたのでダンまち19巻が読めます。
ちなみに杖と剣のウィストリアも激アツでしたね!




