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後に伝説となる英雄たち  作者: 航柊
第3章 魔導士編
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第八十五幕 熱誠

更新遅れてすみません。




未だ左手の中に残る魔力の残滓。


その感触に何度も酔いしれる。

決して表には出さない、言葉にしたことは一度も無い。


『妾だけの至福の時間。この余韻が何度でも妾を魔導の深淵へと誘ってくれる。』


____________


「だが今回はそんな余裕も無いようじゃな。」


10階層へと続く階段。

一歩、また一歩と登る度に、少しずつ鮮明になっていく魔力、そして殺気をリオナたちは感じていた。


だがそれでも、彼女らの足が止まることだけは無い。


何故か。


彼女たちはここまで迷宮を上り詰めたから。



...それは最悪な日々だった。


楽園とは名ばかりの迷宮を駆け回る毎日。

タイミング悪く繰り返されるまるで嫌がらせのような魔法生物との戦闘。昨日まで通用していた魔法が翌日には効かなくなっている謎の理不尽。降って湧いた非日常。


夜は静かに寝れたのがせめてもの救いだろうか。


けれど


それは最高の日々だった。


魔法生物に追われ、迷宮を駆け回り初めて尽きた魔力。押し寄せる疲労に漏れ出たのは笑いだった。そして泥のように眠る睡眠の気持ち良さ、そして朝の目覚めの良さを思い出した。

信じ、信じられて共に魔法生物を完璧に押し返した時の感触を、景色を、快感を忘れることは無いだろう。



最悪で、最高の日々を過ごした彼女らは変わった。成長したと言うのが正しいだろう。


環境がヒトを育て、経験がヒトを強くする。


15歳の少年少女にとって極限とも言える環境に身を置き、そこで得た膨大な戦闘経験は彼女たちを強くした。自分たちの手で成し遂げた偉業は正しく昇華され彼女らの血肉となる。

無謀を要求された迷宮進行(ダンジョンアタック)はこうして身を結んだのだ。



"地下楽園(アンダーリゾート)を上り詰めることは決して容易な事ではない。それは実際に血も汗も流した彼女たちがよく理解している。

だからこそ確かな自信に繋がった。

だからこそその勇み足は止まらない。



感じる魔力、殺気だけで分かる。10階層に待ち受ける者は強大なのだろう。

けれどどんな相手だろうと戦える。心構えは出来ていた。


____________


そうして辿り着いた10階層の入口を守る最後の門。だが感慨に浸る間もなくそれは白銀によって砕き開かれる。


だがリオナたちが10階層の景色を視ることはなかった。


前触れも無く、気が付けば彼女たちは地に伏していたのだから。


____________


パンッッッっと手を叩く音が響く。


その音にビクッと身体が跳ねるとまるで一気に全身に血が巡ったように意識が再起動を果たす。


そんな五人の前に、大袈裟に言うならば夢にまで見た"地下楽園"最終階層の景色が顔を見せていた。

それはただ広い空間が壁に覆われただけの一室。


壁に埋め込まれた魔水晶の輝き、その光がヒヒイロカネとオリハルゴンを混ぜ合わせて編み込まれた究極魔鋼"星鉄(アース)"であることを証明していた。

然るべき者が目にすればひっくり返るような光景が五人の前に広がっていた。


だが彼女たちはそんなものは目に入らない。自分たちの身に何が起きたのか、それを理解しようと必死だったからだ。



「さ、軽〜く一回殺してみたけど良いんじゃない?対応としてはまずまずってとこね。


できるできないは別として理解しようとするのは大切よ。理解出来ないものはそもそも防げないからね。」


何かをした張本人、アナスタシアはさらっととんでもない事実を放り投げながら言葉を綴る。


「また一歩、死線を踏み越えた。そうか...妾たちは死んで、生き返ったのじゃな。」


五人の中で唯一状況を理解し得たリオナが呟く。そしてリオナの言葉でようやく四人の時が動き出す。


「震えが止まらない.....自分が自分で無くなる感覚が今も心にこびりついて消えない。」


「ああ...生まれて初めて感じる根源的な恐怖。

だがそれと同時に生まれ変わった気さえしてくる。」


「世界が良く見える...広くハッキリと。」


「...まさかこれが狙いですか?」


四人はそれぞれ感じた思いを吐露する。

その言葉を満足そうに頷きながらひとしきり聴き終えたアナスタシアは最後のルルの質問に答える。


「ん〜半分正解かな。もう半分は君たちの耐性を見極めるため。」


それだけ告げ、アナスタシアが指を鳴らすと星鉄で覆われた壁にここ3週間のリオナたちの様子が映し出される。


「あなた達が"地下楽園"に足を踏み入れてから今日まで、全部(すべて)観てきたわ。戦いも、会話も、歩き方に至るまで全部ね。」


目まぐるしく壁に映る景色が変わっていく。

それはまるで走馬灯のように、迷宮を駆け抜けた輝かしい苦難の日々が映っては消えていく。


「正直驚いたわ。途中からは私が直接罠を張ったり魔法生物を送り込んだりしたのよ?それも難なく退けちゃってさ。」


危うく全滅しかけた罠と魔法生物の場面が映りそれを観ながらけらけらと笑うアナスタシアに思わず五人は殺意を募らせジト目を向ける。


だがそんな視線を受けても何食わぬ様子でアナスタシアは微笑む。

そして慈愛に満ちた笑顔でリオナたちが目を丸くする言葉を放った。


「けどそうね...ありがとう。この迷宮を創った者として礼を言わせて頂戴。」


神域二人を抑え込む魔導士が自分たちに礼を言う。その予想外の言葉に、リオナを除いた四人は思わず涙ぐみながら笑顔を浮かべる。

リオナだけは神妙な顔付きでその言葉を受け止めていた。



「あなた達の為に私はこの"地下楽園"を創った。そう思える程にあなた達の"冒険"は私の心を打った。あなた達が成した偉業は賞賛に値するわ。」


そこでアナスタシアは再び指を鳴らし元の姿へと空間を戻す。


そして纏う雰囲気を変え、絶対的な魔力を迸らせる"戦姫"としての沙汰を言い渡す。


「だからこそ、あなた達自身に選ばせてあげる。後ろの扉から地上、天国へと上がるか。

それともここに私と残り、地獄を見るか。


どっちを選んでも後悔は多分することになると思うわ。だから真っ直ぐ信じた道を選びなさい。己の心のままに。」



『そんなもの...答えは一つしかない。...だがそれは妾の我儘じゃ。全てを手に入れて妾は先に進む。それは己だけでは無い、友、仲間の事も想うてこそじゃ。ならばこやつらのことを思うのならば...。』


以前までのリオナならば即答するような問に今のリオナは僅かながらに揺れていた。


「魔法も、親友も、仲間も、恋も。

全てを手にして魔法の頂へと至る。」


全てを切り捨ててきた過去と決別し新たに誓った言葉。そうすると誓った、そうしたいと願ってしまった。だからこそ生まれる矛盾と葛藤。


『案外独りというのは気楽だったのじゃな...だが今はこの悩みすらも心地好い。なればこそ、ここは皆のために...。』


だが一人悩むリオナを余所に、声は響く。


「そんなの決まってるよな皆。」


「「もちろん!」」「悩むまでもない。」


まずはカインが、それに続いてルルとヨナの声が重なり、最後はブルーノが頷きながら応える。


「せーので言うぞ? せーの!」



「「「「地獄!!!!」」」」


四人の言葉も、思いも一言一句重なる。

笑える話だ。その実迷っていたのは、揺れていたのはたった一人だったのだから。


「俺たちも持てる力を出し切った自負はある。けどまあ...リオナに頼りっきりだったのは明らかだ。」


「認めたくはないけど足手まとい。もうあんな思いは嫌。」


「強くなりたい。否、強くならなければならない。」


「リオナ様は当然残りますもんね!なら私たちが残らない訳にはいかないですよ!」


各々が想いを口にし、最後にくるりと振り返り無邪気にルルは笑う。


何気無い言葉。別に予想出来ていた言葉。


そしてリオナも「当然じゃ。────そう答えるつもりだった。だがその思考と反して溢れ出たのは言葉ではなく...一筋の涙。


リオナがヒトの前で流すのはたったの二度目。それはかつて親友(とも)の前で零した後悔と安堵の涙とは似て非なるもの。

それは未だ白銀の心を覆う最後の薄氷。それを優しく溶かし絆す、清く温かな涙。


鋼鉄の氷姫が流す熱誠の涙。


「ふふっ。もしかしなくても私たちのこと想ってあれこれ考えてたでしょ? ん〜分かってないな〜リオナは。」


数少ないリオナにフランクに接するヨナはそう笑いかけ、その次に本音を零す。


「リオナが思うより私たちは弱くて強い。

だから"言って"。強くなって欲しい、強くなれって。今の私たちなら受け止められるから。」


そんなヨナの言葉にリオナはストンっとまるで重りが取れたような感覚に陥る。今まで身体を縛っていた何かが外れたように、心が澄み渡っていく。


「そうか...。妾が欲しかったものはこんなにも簡単なものだったのじゃな...。」


『あの時諦めず言葉にしていれば.....。もっと語らえば、己の意を伝えることが出来ていたら...もう少し早く妾は変われていたのかもしれぬな。』


そんなヨナとリオナのやり取りを聴いてブルーノ、そしてカインも懺悔を溢れさせる。


「.....俺たちは謝らなきゃいけない。

リオナ、君を天才と呼んで拒絶してしまったことを。

紛いなりにも君と過ごして分かった。分からされたよ。君がただただ魔法に真摯で、誰よりも努力を重ねているだけだって。」


「積み重ねたものを"天才"その一言で片付ける。それはそいつの努力を否定し、踏みにじる事と同じ...そりゃ怒るよな。失望もするよなぁ...。」


語られたのは偽らざる本音。後になって気が付く過去の過ち。


「それを言うなら妾も同じじゃ。勝手に絶望し、勝手にお前たちを切り捨てた。

滑稽じゃな...ヒトというものは。互いに命を預け合う、そこまでせねば理解し合えないとは。」


「とても簡単なことでも見落としてしまう。案外そんなものですよ?ヒトなんて。けどそんなのもうどうだっていいじゃないですか!やっと皆が同じ方向を向いて歩いて行ける。ルルはそれが嬉しいです!」


流れ始めていたシリアスな雰囲気は無邪気な少女の言葉でどこかへ吹き飛んでしまう。

リオナは共に過ごすうちに感じていたがルルのひたむきさと明るさはテレジアの持つそれとはまた異なる温かさを持っていた。


「そうじゃな...ルルの言う通りじゃ。

過去(うしろ)を見ても何もならぬ。未来(まえ)へと進もう。"共に往くぞ"。」


ルルの温かさに触れ、リオナは言葉を綴る。

皆の前ではおよそ見せたことのなかった、とびっきりの笑顔を見せながら。


その笑顔はそれはそれは凄まじい破壊力を秘めていた。老若男女問わず、撃ち抜かれてしまうほどの。


揃って胸を抑える四人に「?」を浮かべるリオナ。それは何とも微笑ましい光景だった。


一連の流れを見守っていたアナスタシアはようやくそこで沈黙を破る。


「覚悟は決まったようね。」


彼女が再び指を鳴らすと恐らく地上へと続いていたであろう扉が木っ端微塵に破壊される。


「あと1ヶ月とちょっと。最初に定められた期限までに君たちを強くしてあげる。それぞれ"個"の力をね。」


気が付けばアナスタシアはその手に杖を握っていた。そして流れるように詠唱を紡ぐ。


"其は世界を形造る六の鍵 世界を彩る六の色

我が祈り 願いに応えよ 虚影の神よ"


虚構世界(ハロウワールド)


新たに生み出されたのは5つの扉、それぞれがリオナたちの前に顕現する。


「"無事に"出てこれれば強くなれるわ。」


アナスタシアは確かな圧をもってリオナたちに語りかける。


だが彼女たちはもう揺らがない。

覚悟なら最初からあった。

なかったのは力、そしてそれはこれから拾いにいくのだから。


「妾は歩みを止めぬぞ。」


やる気に満ちる四人に向け、無慈悲にリオナは告げる。


「追い付く...は正味無理として、せめて後ろを歩けるぐらいにはなってみせるわ。」


ヨナがそう返すと他の三人も頷く。


そうして示し合わせた訳でもなく五人は同時に扉の向こうへと足を踏み入れる。

心ひとつに、強くなると誓って。



そんな原石たちを見送り一人残ったアナスタシアは偽らざる本音を語り始める。誰に聞かせる訳でもない、ただの独白を。


「本当に...本当にもうあの頃のリオナはいないのね。独りよがりで周りも、自分すらも傷付けていた頃の。


貴女には言わなかったけど私は生まれた時から貴女の才能を信じてた。

けど道を外れ、澱んだ貴女に私は興味を失ってしまった...けど今日、もう一度貴女に惚れ込む。


今なら言えるわ。貴女なら世界最高の魔導士になれる。道を違わず、折れない限り。そして共に並び立ってくれる最高のパートナーを見付けれれば...ね。シル姉にとってのエドガレス、私にとってのイルのような。

まあそれが今のあの子には1番難しいかもしれないけど...ふふっ。」


それだけ告げ、再び杖を鳴らすとアナスタシアもまた五人の分身を作り出し扉の奥へと去っていく。

原石を磨いた先にどんな輝きを見せてくれるのか。それは誰も分からない。分からないからこそアナスタシアは微笑むのだ。



ダンメモ更新終わってしまうの悲しすぎて涙。

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