第七十幕 スタートライン
金色の雷、栄光の光、深叡の影、高貴の黒
至高の炎、天統の風、絶対の闇、七精の虹
場所は違えど立ち上る天の柱は互いを理解し共鳴する。
其れはアルフェニス・ジェラキールの結界をもってしても余波を抑えることは叶わない。
それは学院中へと伝わりこの戦いを目にすることが叶わなかった者達の元へも"何か"が起こっていることだけは伝わっていく。
だが騒がしさに満ちる学院とはうってかわり.....
戦場は沈黙が支配していた。
戦いを見守る者、そしてその当事者達はただ静寂に身を委ねていた。そうすることしか出来なかった。
立ち上がる魔力光と反してその生誕は酷く静かだったから。
その歩みは穏やかでその有り様は波一つ立たない湖面の如く。
だがそれでも、相対する者達は呼吸することすら叶わなかった。
息の仕方を忘れたように、時間が静止したように、その姿をただ拝むのみ。意識が薄れようとも、視界がブレようとも身体は生命の維持を始めない。
「「「「「「「「深呼吸。」」」」」」」」
そう告げられたことで時は動き出す。
ビクッッッと身体が跳ねる。
そこで初めて自分達が呼吸すら出来ていなかった事を自覚した。
「かっぴらいて見な。」「目に焼き付けなさい。」「教えてやるよ。」「魂に刻め。」
「心に蹄鉄を。」「導を。」
「絶望を記す。」
「ヒトの歩み、ヒトの軌跡。一撃をもって示してあげる。」
ただそれだけ。
そうしてその腕は振るわれる。
施されるのはたった一撃
マナと魔力が弾けるほんの一瞬
瞬きの間、その刹那のひととき
遥か天上から下界へ齎される
慈悲 或いは 粛清 絶望 またの名を 天啓
それを識ってしまえばその輝きの前に絶望し立ち止まる。
若しくは...進み続けることしか許されない。
見せられる 魅せられる 虜にさせられる
もう夢中にさせられる 依存させられる
理解することが出来なければ折れるだけ。
けれどそれを理解してしまえばもう誰もが手を伸ばさずには居られない。
例え遥か手の届かない高みだとしても、頂点に幾度打ちのめされようとも、止められないのだ。
折れてしまった方が、絶望してしまった方が幾分楽だと先達は口を揃えて告げるだろう。
魔導の深淵 魔導の頂き
其れは麻薬にも似た何かなのだ。
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「まぁだからこそこれを視る事ができるのはて選ばれた一部ってわけぇ。
これは麻薬で、万能薬で、劇薬なのよ。分かる?ね、アナタ達?」
エリザベートの横でその戦いを観ていたのは10名の生徒。49期生魔法技巧その上位10名。
だがその問いかけに答える者はいない。
皆一様に水晶に映し出される光景を観て苦悶にも似た表情を浮かべるのみ。
たった1人の例外を除いて。
彼女は俯瞰するように皆から一歩下がり八つ戦場を視ていた。
捉える光によって脈動を続ける本を抱き、その丸眼鏡の奥、秘めた魔眼は誰よりも強い知識欲を携えて煌々と輝く。
その様子を垣間見たエリザベートは嘆息と共に呟く。
「...そう。やはり貴女はこちら側ね、エイル。」
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「震えてるのかい?おいで、ノーチェ。」
「ノーチェ先輩...やっぱりまだ...。」
震えを誤魔化すように自らその身を抱くのはノーチェ。凛々しい秘書の姿は見る影も無い。
「ダメね...心構えは出来てるつもりだったのに、身体は言うこと聞かないみたい。」
彼女も魔導を志す者、そしてその資格を
有する者。
けれど其れを傷としてしまった者。
目にしただけでも震えが止まらない、それ程の心傷を抱えてもなお其れは彼女を縛り付けていた。
「...呪いねまさしく。けれど其れに向かうレギ君達を応援する私がいる。自己嫌悪だわ。」
「けどそれでも我々は望んでる。
蠱毒を生き延びたまさしく頂点たる魔導士をね。」
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「そうだ。其れを視たからにはもう後に引けない。」
「選べ。 そこで終わるか 其れを抱えて生き続けるか。」
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始まりと同じ、8つのゲートが開かれる。
ぼてっと満身創痍の8人が投げ捨てられるようにゲートからその身を投じる。
「はっ.... ボロボロではないか...末席め。」
「お前が...言うな、大して変わらないだろ...。」
「強いね。そして遠い、遥か彼方だ、頂点は。」
「"負け" という言葉すら生温い。一方的な蹂躙。」
「なすすべが無いとはこの事。ただ、ただ高い。」
「だりぃ、ねみぃ、割に合ってねぇ。」
「だが遥か彼方と言えど天を視た。それだけで意味はあったと言うものだ。」
7人は輪になって倒れ口以外一歩も動かすことが叶わない。
その輪からほんの少しだけ離れて少女は想う。
『メルちゃん.....なるほどね。確かにあれなら...。ああ、アル先輩は全部見越してたんだ。やるじゃん。.....まあいいや。』
「待ってなよ。すぐに私もそこに行くから。」
右手を掲げて独り呟く。
その時バァンと部屋の扉が開かれる。
「よぉ〜お前ら思ってたより元気じゃねえか。安心したぜ、全員目が死んじゃいないことによ。」
現れたのは装いを新たに白衣にマントを纏ったケイとニーナ先生。
「ケイ...その服。」
ケイと最も親しい男、グランは問いかける。
それに答えたのは隣のニーナだった。
「凄いでしょ〜!この子飛び級で上等治癒魔導士になったのよ〜。こんな才能を隠していたなんてね〜。」
マントをはためかせドヤ顔を決めるのはケイ。
「一足先に行ってるぜ。まあお前らならすぐに追い付いてくんだろ。」
そう告げ治癒魔法を展開する。温かな光を宿すその魔法陣は傷ついた者を癒し、治す楽園を醸し出す。
それは普段なぜか治癒魔法を見る機会が多いレギが驚くほどの精度だった。まさしくケイは上級治癒魔導士なのだと、魔法が告げる。
そしていつものおちゃらけた様子を消し、優しく、真摯に語りかける。
「お前らが傷付いたらさ、俺が幾らでも治してやる。だから存分に傷ついて存分に強くなれ。お前らの戦いを観てたらな、そうしてやりたいって思ったんだよ。
たまにちょいっと治癒魔法の実験体になってもらうかもしれないけどな!姉貴を治すついでにお前ら専属治癒魔導士になってやるよ。」
笑いながら話すケイの言葉は何より温かくその場を包む。
「はいはーい!しつもーん!」
その流れの中で声を上げるのはテレジアだった。
「ケイ君のお姉さんってどんなヒト?この学院にいるのー?」
「あ〜そっか、そいえばグラン以外は知らなかったな。」
「いいのか?ケイ。」
「いいさ。いずれバレる事だしな。俺の姉貴はニーア、ニーア・イザークだ。あ、シーラもいたな。」
ニーアという名に反応したのはレギとテレジアのみ。イザークと言う言葉に反応したのが残りの全員だった。
「没落した貴族...か。一時期頭角を現しつつあったがいつの間にか鳴りを潜めていった、そう記憶しているよ。」
「それで合ってるぜ。勝手に姉貴を祭り上げて姉貴を失って勝手に凋落した貴族。棄てた忌み名だ、忘れてくれ。」
強い口調...では無いが強い意思が込められた言葉だった。
だからこそ皆追及はしなかった。
テレジアが気まずそうに汗をかいているのは置いておこう。
「そう気にするなよテレジア。今の俺はしがないグランの家の小姓で49期生、ただのケイだ。これまで通り頼むぜ。」
「皆秘密の1つや2つ抱えておるものじゃろう。しがらみなり立場であったりな。
じゃがここは魔導学院、魔法の前には皆等しく平等じゃ。それに見たであろう、頂点を。ならばそんなものを気にしてる余裕など無い、違うか?」
それはまさしく王の言葉だと、俺は思ってしまった。こいつの言葉は妙に心の収まりがいいのだ。高圧的な言い方にも関わらずすっと入ってくる。
「あはっ、リオナちゃんってば良いこと言うじゃ〜ん!
.....凄かったよね。もっともっと魔法を知りたいって思った。魔導大祭、私またあのヒトと戦いたい。次は...勝ちたい。」
「テレジア...。そうだな...得たものは大きい。だが今のままでは頂点に手を掛ける事すら許されない。
強くなろう、知恵を身につけよう、私達はもっと高みへ行けるはずだ。」
テレジア、そしてカレンもその胸の内を吐露する。それは皆が抱えた本音の1つであった。
「過去の我らは文字通り死んだ。明日からの世界は見違えて映るのだろう。」
「そうだね。けど今のボクらに必要なのは休息、そうだろケイ?」
レドガーが実直に言い放ちシンがもう疲れたとばかりに零す。
其れが何を齎したのか多くを語る必要は無い。皆様々な想いも願いも抱えている事だろう。
だがもうそんな事は些細なことでしかない。俺は手を伸ばさなければならない、ただ其れだけを見据えて進まなければならない。
釣り糸は垂らされた。
導は確かに示された。
飛びつき、喰らいつけ。
覚悟を書き換え執念へと至る。
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その想い、そのずっとずっと内側。
すやすやと眠る剣霊の頭を撫でながら
死精は確かな笑みを浮かべていた。
「願いや道導なんて言えば聞こえはいい。
誰もが持つ醜い欲望、その言い換えに過ぎないと言うのに。
欲望は良い。美しくて甘美だ。欲とはヒトが持つ最も澄んだものであり根幹を担うものだからね。
耐え難い欲望を前にすればヒトは醜い獣にすら堕ちる。其れだけを求める、欲望の奴隷に。
だがそれこそがヒトの本質だ。
おめでとうレギ、そしてその仲間達。
今日という日はキミたちがヒトと成った特別な日だ。死精はそれを歓迎するよ。」
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「疲れたら飯食って沢山寝る。明日からまた頑張ればいいさ。あ、レギ、お前だけは別な。左足の形だけ治しただけだから無茶すんなよ。なんか分からねえけどお前だけ治癒魔法の効きが悪ぃんだよな。だから万全になるまで大人しくしとけ。」
何とか歩けるようにまで回復した俺たちにそれだけ言ってそそくさと去って行くケイ。
「ありがとな、ケイ。」
皆がそれぞれ礼を告げるとあいつは手だけを上げてそれに応える。
「帰ろっか、お兄ちゃん。ほら、肩貸してあげる。それともお姫様抱っこがいい?」
わきわきと手を動かしニヤニヤと笑うテレジア。元気が過ぎる...。
「馬鹿な事を言うな、貴様も疲れておるじゃろうに。ほれ、これでも使うがよい末席。」
助け舟は思わぬところから来訪する。
手渡されたのは氷の松葉杖だった。触っても冷たくは無い、不思議な氷で作られていた。
「君がレギに優しくするなんてね。」
からかい気味にシンが告げる。
「ふん。優しさなどではなく情けと言うやつじゃ。それに...切り捨てるだけはもうやめにすると妾は決めた。貴様の様な異物が妾達をより引き立てることも知った。故に折れることは許さぬぞ。皆の為に、愚直な剣で在り続けるがよい。」
バチィィンと通りざまにデコピンをかまして
すたすたと歩いていく。
めちゃくちゃ痛いけど今は痛みより驚きが勝る。
「信じられないかもしれんがあいつなりの友情表現だ。認められたらしいぞ、あの偏屈にな。」
カレンがウインクしながら通訳してくれる。
リオナはほんとにカレンを大事にするべきだと思う。今でも大事にしてるつもりかもしれないけどほんとに、もっと。
俺からも酒でも本でも飯でもなんでもいいから奢ってやらないとな。
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カノープス 地下
「いてもたってもいられるかよ。
ウチと戦ってくれ、ギルセンパイ」
バァンと机を叩きヨルハ立ち上がる。
そして不器用な風となって愚直にただ頭を下げる。
「馬鹿なことを。」
だがそこは"狂風"。一瞥することなくそれを一蹴する。弱者の言い分など聞く耳を持つ必要は無いからだ。
「してあげて、ギル。」
だが次に続くその澄んだ声を"狂風"は無視することが出来ない。鋼よりも強固な身体と心に鈍痛を齎すその声を。
「これは命令。」
冷徹すら感じさせる声は背中を押されているはずのヨルハの背筋すら凍らせる。
「.....こんな所で本気を出せば死ぬのはお前たちだ。」
最もらしい言い訳をなんとか告げるギルバート。
「心配無いわ。シーラ、二人の為に結界を貼りなさい。」
ニーアはそれを意に介さず悲痛に顔を歪めながら車椅子を引いていた妹に命ずる。
「姉様それは...。」
だが姉の言葉に妹は逡巡をみせる。
ニーアは妹が自分の恋人に向ける感情の事を正しく理解している。
その上で、妹に身体すら向けること無く無感情に命令を重ねる。
「ギルは謝らないし貴女はギルを許さない。
けど私はギルを許したし貴女は私の為に動いてくれる...違う?シーラ。」
「...はい。」
ただそれだけを言い残しシーラは独り演舞場の中心へと歩を進める。ヨルハとギルバートも黙ってその後に続いていく。
「怖い女だよお前は。実の妹さえ利用するか。」
その背を見つめマスター、ジークヴァルトは呟きを零す。
「あら、私は誰の背中を見て育ったとお思いで?これぐらいしますよ?」
「お前は強かだ...その身体になってもなお
お前の魂の輝きは微塵も衰えない。お前が健在なら...。」
「それはもう終わった話。珍しく口が回るじゃないですかマスター?」
しーっと指を口に当て続く言葉を制し問い掛ける。
「...俺にとってお前は宝だった、それだけだ。」
初めて耳にするジークヴァルトの言葉にニーアは目を見張る。それは飄々としており普段はほぼ口にすることの無い本音だと、付き合いの長いニーアは理解するからだ。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないですか。
けど私はこの身体になってしまったことを後悔はしてません。こうしてヒトを導く楽しさも知りましたしね。
ほんとは私が自分で登れたら良かったのはそうですけど私は自分で選んでここにいるので...。
私の夢ももうマスターと同じですよ。
最高の魔導士を導き創りあげる。
その為なら手段は選ばない。そうでしょ?」
清々しいまでの笑顔を浮かべて優しく告げるニーア。その笑顔はかつて学院中を魅了した
"風華姫"のものだった。
懐かしくもどこか遠いものを見るようにジークヴァルトはその視線を受け止める。
その胸中にいかなる思いを抱えるのか、それは彼のみしか知りえないものだった。
「それに私は今楽しいの。だって見て、マスター。
ここに私を超える可能性が2人もいるんだもの。」
その慈愛の視線の先に立つのは新緑の風、そして愛する風。
ぶつかり合う二陣の風、それらが描き出すのは暴力的なまでの嵐。
その風すらも愛でるように、慈しむように、ニーアは満足気に頷く。
この風をどう導こうか、この風が自分をどこまで連れて行ってくれるのか。
そんな未来に思いを馳せながら。
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「ってな感じでウチもギルセンパイにボッコボコにされたってわけだぜ。」
「話聞く限り違反な気がするけど...俺は何も聴かなかった事にしておこう。」
「そうしてくれると助かるぜ。まぁなにか言われたら大人しく処罰は受けるつもりだしな。」
「ヨルハらしいな。
...けどそうか、お前もあれを視たのか。」
「ああ、価値観ひっくり返されたぜ。」
夕暮れの中で同い歳の師と弟子は談笑に花を咲かせる。 毎日剣を振り慣れた中庭、その隅で。
ドクターストップをかけられた師は剣を振るうことは無い。けれどもいつも通りにその足はここへと向かっていた。
それは弟子も同じ。疲労は蓄積し歩を進める足は重い。
けれど自然にここに来ていた。
そして示し合わせたわけでもなく二人は出会った。ただそれだけ。
そうして夜は更けていく。
辺りを照らすものが夕陽から月明かりになろうとも、二人は時間を忘れ談笑を続けていた。
『まあウチはレギに会える気がしたからここに来たんだけどな...。』
そんなことを考えながら師の横顔を眺めていると質問が飛んでくる。
「それにしても...いつの間にギルドに入ってたんだ?スカウトされるとは信じてたけどもう入っていたのは流石に驚いたよ。」
痛いところを突かれた...。けどこればっかりは仕方がない。
「マスターに口止めされてたんだよ。サプライズで発表するからってな。」
ヨルハは己の意思ではなかったと食い気味に主張する。そして僅かに顔を赤らめながら続ける。
「ウチは...真っ先にレギに言いたかったんだぜ?レギのおかげでウチは選ばれた。誰になんと言われようとも、レギが否定してもウチはそう思ってる。
ありがとな、お師匠サマ。ウチを見つけてくれて。」
人生で一番、心から笑えた気がした。とびっきりの笑顔を見せれた。.....可愛く笑えたはずだ。
「どういたしまして。
そして俺からも言わせてくれ、ありがとう。」
「...はぁーー。謙虚なのはレギのいいとこだけどよ。けどそれじゃあウチが惨めになっちまうぜ。」
だが思わぬレギの返答に少しばかりの反抗をみせてしまう。
だがそんなウチを見てレギは優しく笑い、優しく告げる。
「違うんだよヨルハ。早とちりしないでくれ。
俺は教える中でヨルハから教えられることもあった。それも感謝してるけど...。」
珍しく言葉に詰まるレギに対して真っ直ぐが信条のウチはずいっと問いかける。
「けど...?なんだ...?」
「その...なんていうか...これは少し恥ずかしいんだけど...
ヨルハが【瞬天瞬華】をテレジアとの戦いで使ってくれた時さ、綺麗だったんだ。嬉しかったんだ。
俺が0から組み上げた魔法はこんなにも美しいんだって、俺が初めて魔法を見た時と同じ気持ちになれた。進んだ道は間違ってなかったって、そう思えた。
...だからありがとう、ヨルハ。そしてこれからもよろしく頼む。」
照れ隠しのように頭を掻きながら告げるレギ。
思わず目を見張ってしまう。
そしてそんなレギの言葉が心地好くて、その純粋さに更に惹かれて、月明かりに照らされる横顔がかっこよくて、胸が苦しくなるほど愛しくて...
だからこそ、想いは止められない、溢れてしまう。己の矜恃すらも解けて見失ってしまうほどに。
「...月が綺麗だな。」
ぽつり、っと。
無意識に零れ落ちた言葉。
驚くレギの顔を見てウチはようやく気が付く。自分が何を口走ってしまったのか。
だが滝汗すら流れるんじゃないかと焦るウチの気持ちを知らずにレギは自然に告げる。
「ん? ああ、そうだな。ちょうど良い月明かりだ。剣が振れればさらに良かっただろうな。」
左足を気に掛けるレギの言葉で停止していたウチの時間は動き出す。
「そ、そうだな...! 暫くはレギの分はウチが振ってやるよ。」
『一瞬だけ声上擦ったけどバレてないよな...?
いや...違う落ち着けウチ。ここは大和じゃない。レギは"知らない"だけだ...。』
状況を過去最速で処理しその心に仄かな安堵が訪れる。
「パンパカパーン!!! やるじゃな〜い夜羽!」
...が平穏はぶち破られる。派手な声と演出と共に現れるのは薄緑の体躯に青の瞳を携えた龍、藍煉だった。
「なっ!?何勝手に出てきてんだ!」
「え?だってそうでしょ?あんなにもロマンチックな告
「わぁーーーーー!ーーーー!!!」
続きそうになった言葉を無理やり抑え込む。口元を抑えていてもニヤニヤと笑っているのが目元だけで理解出来る。
『分かっててちょっかい出しやがっててめぇ!』
『だってねぇ...あんなにも熱烈な告白しちゃったらもうね〜 あ、ちなみに朝飛もそうやって昼真に告白してたわよ?やっぱり親子ね!』
『黙りやがれぇぇぇぇぇ!!!!! ...母サマのことは後で詳しく。』
突如現れた緑の龍に少女は飛びかかる。
そしてあろうことかそのまま転げ回るという珍妙な事態に陥ってなお、彼は彼のままであった。
「ヨルハの魔力と同じ清らかな緑。
美しい... 精霊? で合ってるのか?」
藍煉と二人で目を丸くする。
『そんな言葉がこうも自然に出てくるのだからやっぱりレギは誑しの才能があると思うぜ?』
『これは確かに...物魂霊に好かれるのも納得ねぇ。』
「あはははっ!ボクですら目の前の茶番に笑いが止まらないのにキミの眼はいつだって
"魔"を捉えるんだねレギ。
まあ解説すると彼女は精霊とは少し違う。君の弟子、ヨルハの身に流れる血によって結ばれてる"霊獣"だ。」
堪らずといった様子で飛び出てくるのはルクス。ルクスは悪精らしくヨルハの痴態を笑いながら少しばかりの解説を入れるのだった。
そんなレギ、そしてルクスの様子に藍煉もヨルハをちょちょいと押しのけて再び口を開く。
「私は藍煉。七条家に仕える守護霊獣。今は夜羽の"薄緑"に宿ってるわ。
以後お見知りおきを、レギ。そして死精さん。」
ぺこりとめちゃくちゃ綺麗なお辞儀する龍の姿はどこか神秘的ですらあった。
「話を折っちゃってごめんなさいね。けどそろそろ夕餉の時間じゃなくて?」
つらつらと語る龍、藍煉は最早ヒトや精霊となんら変わらないものだった。また一つ世界の神秘に触れたと言えるだろう。
それに藍煉の言葉は正しかった。
話の流れで気が付かなかったが月が昇っているということはつい話し込んでしまったらしい。
正しい休息に正しい食事は不可欠、ということで夕食を逃す訳にはいかない。
「藍煉の言う通りだな。悪いなヨルハ、続きはまた明日だ。俺は戻るけどどうする?」
「ウチはもう少し身体を動かしていくよ。ちゃんと食堂が閉まる前には帰るぜ。」
「そうか。あまり無理をするなとだけ師として小言を言わせてもらうよ。」
恐らくもう歩けるだろうが律儀に松葉杖をついて歩いていくレギ。その背が闇に溶けるまでウチは無意識に見守っていた。
そうして見えなくなるまで見送ってようやく...
「だぁぁぁ〜〜〜〜、誓い破っちまったな。けど?まあ伝わってないし?セーフセーフ。同郷の奴に聴かれてたら悶え死するぜ全く。」
大の字に寝転がり全てを投げ出して情けない声をあげる。
思い出すだけで顔から火が出るんじゃないかってぐらいには熱を帯びていた。
「そうねぇ...聴かれてたら死んじゃうわよねぇ...。」
上から覗き込みそんなことを言いながらチラッとあらん方向に目線をやる藍煉。
ん?っと何も考えずにそちらに目を向けると.....
「なっっっっ!!!!!」
居たのだ。ヒトが、明らかに笑いを堪えてる奴が、しかも何度目を凝らしても見間違わないその姿が。
「ふふっ。随分聴いていた話とは違う、可愛い妹ですねシズク。」
「くっ...w あはははっ! はぁ〜笑いを堪えるのに必死だったぞ。これはいいネタを手に入れたな。あそこで飛び出さなくて良かったというものだ、なぁカンナ。」
「貴女が止めたのでしょう、私のせいにしないでください。」
寄りにもよって一番見られたくないの奴に見られた.....。
いや...ここは正直に言うべきだ。
「気の迷いってやつだ。ウチはちゃんとテレジアを倒すまで想いを伝える気はないぜ。だから忘れてくれ。」
しばしの沈黙。
「ふっ、落ち着けヨルハ。まさか本気で私がお前をからかいに来たかと思ったか?...まあお前なら思ってそうだが。今日は別件だ。」
続いて口を開いたのは実姉では無くおよそヨルハが唯一同郷で尊敬の念のみを捧げるヒト。
「実直で裏表は無し、性格は粗っぽいですがそれ故にここまで真っ直ぐ育ったのでしょう。そしてその才は既に開花し蛹は羽化を果たした。
認めましょう。一条家当主として一条神凪の名の元に、七条夜羽を七条家次期当主として推挙します。」
一条家の家紋が刻まれた札が焔に輝く。
「七条家筆頭、七条雫も同意する。」
札は鎌鼬の如き刀気を纏い燦然と輝く。
二つの札は重なり合い、その姿を一つにする。大和の国印が記された豪華な栞と言うべきだろうか。
もうウチには何がなんだが理解が追いつかない。ぽけーっとしてる間に話は進んでいった。
「ほら、受け取れ。これでお前が次の七条家当主だ。」
『は?ウチが当主?何言ってんだ?』
混乱するウチに札を放り投げ姉サマはさっさと立ち去ろうとする。
「っておい!説明しろ!納得いく訳ないだろ!!!」
思わず声を荒らげてしまう。衝動のままに薄緑、黒揚羽を抜き放ち斬り掛かる。
だがその剣を止めたのはシズクでは無かった。姉は一切こちらを振り向くこと無くそのまま歩み去る。
「何故止める!カンナ姉サマ!藍煉!」
薄緑は藍煉、黒揚羽はカンナによって遮られる。激情をぶつけるウチに向けて二人は諭すように言葉を綴るのだった。
「シズクはいつでもお前を気にかけていた。それは何故か...
「その先は私が。雫では私を呼び出せなかった、それだけ。理解しなさい、夜羽。」
後ずさり刀を、小太刀を落としてしまう。
天才だと畏怖していた姉、そして自らを卑下していた妹。
なのに選ばれていたのは妹だった。
誰もが認める強くてかっこいい姉では無く、出来損ないと揶揄され続けた妹。
姉が抱いた気持ちはいかほどか。想像に難く無い。けど姉は優しかった、変わらなかった。
「貴女が己自身を見失ってもシズクだけは信じていた。応える義務が、貴女にはあるでしょう。」
カンナの言葉がヨルハの心を叩く。
「バカなウチで、不器用な姉サマだな。ありがとな、カンナ姉サマ。ウチ、強くなるぜ。
姉サマに並べるように、当主として恥ずかしくないように。そして欲しいヒトを手に入れる為に。」
刀を担ぎ万遍の笑みでピースと共に宣言する。ウチは単純だからさ、こういうの言われると"燃える"んだよな。
「アンタ達もいつか追い抜いてみせるぜ。」
「望むところ。では用も済んだので私もこれにて。」
和装を翻し去るカンナ。
だが姿が見えなくなる一歩直前で立ち止まると...
「あ、そうそう。言い忘れてましたね。これで正式に貴女が七条家跡取りということが各家に通達されるでしょう。そしてこの学院にもその子息達は多くいます。可愛がって貰えると思いますよ?末っ子さん。」
うふふふふっと笑いながら闇に消えていったカンナ。
「げぇ!?それはずるいぜカンナ姉サマ...。」
頭に思い浮かぶ一癖も二癖もある同じ学び舎で育ったヒト達を思い浮かべ頭痛がする。
辺りもすっかり夜が耽ける中、同期の中で最も成長を続ける風は独り頭を悩ませるのであった。
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「ようやくスタートラインねぇ。明日からギア上げてくわよ。」
「張り切ってますね、エリザ先生。貴女のその姿が見れるだけでもあの子達を担当した甲斐があったと言うべきですかな。」
「からかうのはよしなさいなアドミラル先生。...まぁいいわ、ではお話した通り明日は全員でということでお願いするわ。」
「はい。私の方から通達しておきますのて。」
「ええ、よろしく。」
次回から新章入ります。




