第六十九幕 進故彼在
オラトリアの新刊が良過ぎたので勢いで更新します。
「ペンダントに魔力を流してみなさい。どんなスキルを得たか分かるわ。
便利な時代よね、昔のヒト達はスキルを獲れたかどうかすら分からなかったのに。」
ロザリィに言われるがままに俺はペンダントに魔力を流し込む。
するとまるで最初から知っていたかのようにスキルの全容が頭に浮かぶ、知識としてするりと入ってくる。
《全身全励》
・任意発動後、自動作用。
・効果時間は5分
・インターバルは10時間 技量によって変動。ストックは3回分まで保有可能。
・心と身体が見据える打倒するべき敵が一致している時且つ攻撃時のみ、身体能力の上昇及び"器"の大幅上昇。
・重ねた剣戟、加速、そして想いの丈によりその効果は上昇。
当然苦楽を共にする精霊たちにもスキルの内容は伝わる。
そして一言。
「う〜ん、微妙だね(笑)。けど面白いスキルだよレギ。」
「私は好きよ!特に名前がね!」
ルクスはまあ置いといて目を腫らしながら破顔するニアの笑顔は何より美しい。
「こういうので戦術を組むのが楽しいものだろ?ありがとな、ニア。」
感謝を告げる。彼女の想いがこのスキルを獲たと言っても過言ではないから。
「ん。おめでと、レギ。ちなみに私は2つ持ってる、ぶいっ。」
地に降り立ち先程まで俺をボコボコにしてたとは思えない朗らかな笑顔でピースをキメるティナ先輩。
憎めないヒトだよほんとに。
「ん。こっち。」
ちょいちょいっとティナ先輩が手招きする。
....まあティナ先輩なら含みは無いと信じて近付いていく。
「んしょっ、レギはまだ弱い...けど頑張ってる。えらいえらい。」
ポンと背伸びをしながらティナ先輩に頭を撫でられる。
「へっ!?」 「なっ!!!」
突然の事態に思わず変な声が出てしまう。隣ではニアがキッとティナ先輩に威嚇しようとしていた。
「ん...?嫌だった? テレジアはいつも喜んでたから。」
知りたくは無かったがあいつならやってそうだと頭が痛くなる。けど優しさを向けられるのは悪い気分では無かった。
「嫌では無いですよ。流石に恥ずかしいですけどね...。」
歳は上でも自分より幼く見える女性に頭を撫でられるというのは存外に恥ずかしかった。顔に熱がこもる。
「ん。じゃあ続き、しよっか。
"歓喜の朝 祝福の光"
【ソル・レヴェンテ】
これはおまけ。全力できて、がっかりさせないでね。」
白の宝石が輝き、温かい陽の光に似た魔力が俺を包み傷、そして体力をも回復させる。
「優しすぎますよ、ティナ先輩。」
「そうよティナ。全癒魔法まで掛けちゃって、そんなにレギのことが気に入った?」
「ん。頑張ってる子は応援してあげたい。テレジアもレギも、皆頑張ってるから。」
「も〜!ほんっとにいい子なんだからティナは!」
バッとロザリィがティナーシャを抱きしめ頬擦りを行う。
そしてティナーシャはそれをグイッと押し退けて告げた。目を閉じ、纏う空気を変えて。
「来なさい、レギ。」
額に紋様を浮かべ"虹姫"、そして"精霊王"はここに顕現する。
「何度でも感謝を、ティナ先輩。この剣を届かせることを恩返しとさせて貰います。」
両者は弾かれるように距離を取る。
「レギ、まずはスキルを確かめるよ。【蝕】の統制はボクがやる。キミはスキルに集中してくれ。」
「唆されてやった分働いて貰うぞルクス。」
「ね!ね!私は何をすればいい!?」
「確かめたいことがある。ニアは魔力変換に集中して欲しい。頼んだよセンパイ。」
「まっかせなさい!後輩!」
瞬間、ティナーシャの携える宝石の一つ。漆黒が煌めく。
「主の寵愛を賜りし者よ、羨ましいから死ね!」
私怨しかない呪言を吐きながら突貫してくるのはジェットだった。
「ちょっと!何勝手に突っ込んでのよジェット!」
「こんな者主が出るまでもないだろう。この私が終わりを齎してやる!」
諭すロザリィを制止するのは他ならぬティナーシャ。
「ジェットに任せる。援護は私が。」
第一幕の開演である。
両腕を剣へと変化させるジェットの斬撃を《全身全励》を発動させアルカディアで弾く、全力をもって剣戟の嵐を捌いてみせる。
その隙間を縫って襲い来る宝石の爆撃。
「ルクス!そっちは任せた!」
「OK。ふむ...なるほどね。」
ルクスはそれを受け止め、喰らってみせた。先程まで喰らえなかった三属性を同時に。
その攻防を繰り返すこと数度、スキルの制限時間が残り僅かとなったところでルクスが口を開く。
「検証だ、レギ。少し防御に転じてみて欲しい。」
「了解。」
その言葉を受け俺はジェットの攻撃を弾くのではなく受けることに切り替える。
そうして再び襲い来る宝石をルクスは...
喰らうことが出来ずにちゃんと俺を巻き込んで直撃した。
爆発した風の直撃を受けて俺とルクスは思いっ切り吹き飛ばされる。
「ちょっとルクス!なにやってんのよあんた!」
「けほっごほっ。なるほどな...そういう事かルクス。」
なんとなく予想はしていた為受け身をとって被害を最小限に留める。
だがそれでも唇を少し切り軽く口から血が零れる。
「はははっ!このスキルは思ってたよりもじゃじゃ馬だよ。分かっただろレギ、活路は前しかない。」
爆風に姿を汚しながらも悪い笑顔を見せるのは死精。
同時に笑顔を浮かべ俺は告げる。
「ハイリスクハイリターン上等。俺らにはこれぐらいが丁度いい、やり甲斐があるってものだろ?」
俺とルクスは視線を交わし互いの思考を同調させる。剣に宿り、今も必死で役割を全うする愛すべき剣霊を信じて。
『次の5分間、兎に角魔法を喰らって限界まで器に溜め込む。だからレギ、引くな。引いたらその時点で器は割れてしまうからね。』
第二幕の開演。
その狼煙を奏でるのは剣霊の号令だった。
「いくわよ!アルカディア!」
魂を同じくする者の言葉に其れは光を纏う。
数多を喰らい穢れなき黒へと換えていく彼女から受け取った魔力を纏うのだ。
「魔剣如きに私が止められると思うな!」
ジェットは更に剣戟の速度を上げる。形は違えど互いに主を想う者同士、その恣意の刃はぶつかり合う。
そんな火花散り合う中、ルクスは暗躍する。
"未だ薄暗き血潮"【アートルム】
落ちる黒の帳はジェットとレギ、二人の姿を包み、隠す。
互いに孤立無援を作り出す、黒の棺。
「退路を断ったか。だがこれは貴様の墓場だ!」
黒曜を司る精霊は"絶狩"を纏う漆黒の斬撃を繰り出す。こんな暗闇など恐れるに足らず、と。己と闇すら払い除ける虹を信じて。
それを受け止め弾く少年は握る白銀に黒を纏わせ駆ける。
互いに魔力を帯びた斬撃はぶつかり合い火花を、暗き閃光を散らし弾ける。暗闇に舞う二人の姿を淡く写し出す。
剣技はレギが、纏う魔力はジェットが勝る。
均衡する剣戟はただ、ただ繰り返される。
たかだか2分、それど2分その時間の中で両者は加速していった。
だが加速し続けるその剣戟は徐々に天秤が傾いていく。
ジェットは知らなかった。
この魔法が統べる世界でただ剣のみを振り続けてきた存在を。
マナから産まれし精霊でありながら魔法ではなく剣に魅せられ共に在りたいと願った存在を。
ジェットは視た。
繰り広げれられる命のやり取り、その最中にて笑う彼を。自ら振るう剣は確実に彼の身体に傷を齎し血を流させる。
それでも彼は陰らない。それどころか振るう剣の鋭さと力は増していくばかり。
いつしかジェットは彼の剣を受け切れず防戦一方になっていた。自らをただ見据えるその真摯過ぎる瞳に射抜かれる。
「何故だ!どうしてそこまで!」
「剣を楽しめよ。それだけだろ、ジェット。」
その一言にジェットは言葉を失う。
「それにルクスに任せられた仕事だ、全うしないと何されるか分からないからな。」
そこで初めてジェットは気が付く。闇がまだ落ちていない事に。自らを照らすはずの虹の輝きが到来していない事に。
「何をした!死精貴様ァ!」
激情に駆られる精霊に向け言葉は響く。
「ははっ!滑稽だねキミは。その"何か"をしているのはキミだよ、ジェット。」
煽るように、詰るように神経を撫でるように悪は告げる。
レギが剣のみに集中出来るのは偏にルクスが展開する絶対防御がティナーシャの援護を尽く防いでいるからだった。
棺の中より送られてくる同系統の魔力を貰い受ける事で、それを可能にする。
「ははははっ!久しい感覚だよ。ボクの身体にこんなにも魔力が満ちるなんてさぁ。」
迫り来るティナーシャの魔法を弾き、喰らい
幾年ぶりにその身体に満ちる魔力に死精は産声をあげる。
「派手な演出は気に入って貰えたかい?ジェット。」
パチンと指を鳴らし剣を切り結ぶレギとジェットの間に火花と閃光を作り出すのはルクス。
「貴様っ...!」
そこでようやくジェットは気が付いてしまう。
先程までの剣戟は全て演出。
火花も閃光も、腕に伝わる衝撃も全て虚偽
「ご馳走様、ジェット。キミの魔力は美味しかったよ。」
ツーっとジェットは己の額に汗が伝うのを自覚する。底知れぬ死精に恐れにに何かを抱こうとしている自らを必死に否定する。
「貴様にかどわかされたのは認めよう。だが貴様も一つ見落としている。」
懸念を払い除けて告げる言葉と共にジェットはほんの少し距離を取る。
「レギを殺せば貴様も消えるだろう。」
研ぎ澄まされた殺気と共に黒曜は煌めく。絶死の一撃を放つために。
"欠片集え 黒と曜く我が元へ
見敵必殺 重ねて穿て"
【錬尽黒曜剣】
創り出された黒曜剣の一団は収束し黒き一閃となりてレギへと迫る。その命を奪う為に。
「いっくよレギ!私の全力見せてあげるんだから!」
振るう剣、それは一の型
『月蝕』
雌雄を決する。そうすべく放たれた両者の一撃が会合を迎えるその瞬間。
黒は暗転する。
「そこだ、レギ。」
「【シャッフル】」
ティナーシャの魔法を喰らうは黒髪の剣士。
ジェットの魔法を受け止め、そして喰らうのは白髪の死精。
在るべき相手が在るべき所へ。
全てはこの一瞬の為に。
「ありがとうジェット。キミは実に良い役者だったさ。」
現れた死精の言葉に玹霊の顔は歪む。
「貴様如きに...!この私が...!」
ルクスがその掌の中に創り出した歪はジェットの一撃を巻き込む。そしてあろう事かジェットを包む魔力すら侵食し、一瞬にして魔力を喰らい尽くしてみせた。
「生き急ぐことは無いさ若造。キミも少しは先輩を敬うといいよ。」
ルクスがジェットを弾き飛ばした途端、闇は晴れる。力を獲た死精は神速をもって主の元へと還る。
「ギリギリ、間に合ったね。センパイもお疲れ様。」
レギもまた重ねた剣戟による補正をもってしてティナーシャの魔法を喰らい、拡張されたその器を満たす。
「ボクのシナリオはここまでだ。後はキミが描け、レギ。その為の力を授けよう。
"其れは奇跡 天が定めし未踏の階梯
其れを踏み倒す 呪われし我が身こそ祖なる原罪 綴る我が名はゼクスディア 死の使徒 死の奴隷
生命に触れ 其の深淵に触れたいと願い 秘を暴く者 因果を捉え 手を伸ばす者
其を紐解き 此処に詩を紡ごう"
【二重螺旋】」
ルクスが施す"超位付与" 。それは生命の祖に作用する魔法。多大な魔力と引替えに因果を書き換え対象者の魔法に作用する魔法。
その代償に反して効果はシンプルなもの。
魔法の効果を2倍にする、ただそれだけ。
「行こうかレギ。可能性のその先へと、一歩踏み入れる時だ。」
奇跡を束ねる掌で主の背に触れルクスは告げる。
「もう少しだけ、俺の無茶に付き合ってくれ、二人とも。」
無謀な挑戦者が刻む軌跡を頂点はただ静かに見守る。吹けば飛ぶ蒲公英の花を愛でるように、慈しむように。
成しうる奇跡を見届ける為に。
スキルの灯火が消えようかというところで少年は歌を綴る。黒き羽の導きのままに。
"枷は既に放たれた 刹那のひととき
その自由を謳歌しろ 人の輝きよ"
すっと、スキルの灯火が消え落ちる。
瞬間許容されるべき器を失い魔力は溢れ落ちようとする。身体中を罅に似たなにかが浮かび上がりレギの身を焼く。
だがそれでも彼は手放さない。魔法の制御を失わない。まどろむ意識の中、歌は続く。
"螺旋巡りて祈り重ねよ ゼクスディアの名の元に"
【限界突破・二重奏】
彼の剣と同じ、誰かの髪の色と同じ、その白銀は何より美しく舞い踊る。
それは虹を唸らせ精霊女王が讃え黒曜が黙する魂の輝き、何処かで戦いを見詰める誰かにすら届きうる燈。
零れ落ちるはずの魔力は白銀の粒子と共に新たな器に受け止められる。
「まだだ、手網は離しちゃダメだよレギ。」
信じて、踏み入れろ 可能性のその先へ
"天命を灯せ 燈を翳せ
零なる器に燈を零せ
二柱成りし時 道を刻もう 魂叫ぶ その先へ"
【心闘滅却・双凛】
白銀は収束し彼の身に紋様を刻む。
彼はようやく成った。ほんのひとときと言えどちゃんとした魔導士に。
「ははっ!これだけやってようやく普通の魔導士程度とはね。気分はどうだい?レギ。」
目を閉じて手足に力を込めると四肢の先まで魔力が満ちているのを知覚する。
自分の身体なのに不思議を通り越して不自然すら感じる。
ようやく手に入れた"普通"を噛み締める。
「最高の気分だよ。
ようやくだ、ここが皆の見てる景色。
なんて心地良い。目を開けるだけでこんなにも選択肢が広がってる。」
今はただこの感覚に酔いしれたい。
最高のコンディションで相手には学院の頂点が一人。これ以上は無い。
「行こうかルクス、ニア。この5分に全てを捧げよう。」
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「確かにレギ君は見違える程になりました。けどそれでも中等魔導士と同程度ですよ?大丈夫なんですか?」
レギ達の結界を担当する子から質問があがる。それに対し微笑みながら答えるのはアルフェニスだった。
「ふむ、そういえば君はレギの戦いを余り見てはいなかったねシェリン。
そうだね...末席から凡人になる。それだけと言えばそれだけだ。けれど成ったのはレギならば話は違う。中等魔法すら使えなかった子が技量次第で高等魔法まで使える所まで歩を進めた。こと戦いだけなら末席の時点で驚く程に戦えた彼が、だ。
楽しみに観ようじゃないか、私たちの末っ子が織り成す奇跡を。」
「こんなに喋るマスター久々に見ましたよ...。頑張って、レギ君。」
____________
「お待たせしましたティナ先輩。待ってくれて...ほんとに...。」
「茶番に付き合ってくれて感謝してるよティナーシャ。ま、キミにも理由がありそうだけど。」
二人は揃ってここまでほぼ傍観を決め込んでくれていた虹に礼を告げる。
「ジェットには少し痛い目をして欲しかったの。この子はまだ若いから。だから気にしないでいい。」
「そーいうこと!この馬鹿は傲慢過ぎたから良い薬だわ。」
主の三歩後に立ち黙するジェットの様子が二人の言葉を裏付けていた。
「敗北は勝利でのみ雪がれる。いくよジェット。レギは思ったより強いしルクスは貴方より格上。」
ジェットは静かに深呼吸を行い主の言葉を噛み締める。
「だけど安心しなさい。貴方には私が付いてる。私と共に在れば貴方は最強だから。」
「...!? より一層の忠誠を、我が主。我が身は貴方が振るうただの黒曜の剣なれば。存分にお使い下さい。」
両者は三度距離を取る。
剣を鳴らす音で三幕目の幕が上がった。
最後の《全進全励》を発動させる。
ここが今の俺が辿り着ける到達点、全て。
「私の最後受け取って、レギ。いって!勝って...!」
ここまで無理をし続けた剣霊は力尽き眠りにつく。全ての役割を全うして。
最後の魔力を貰い受けて俺は駆け出す。
今だけ許された魔法を発動させて。
【瞬天瞬華】
正しく発動されたその魔法はレギに速度を与える。高等魔導士すら見失う速度をもってして渾身の一振り、上段切りを見舞う。
けれども頂点、その神速の前に揺らぐこと無く淡々と詠唱を済ませる。
「"風精" 【エア】」
目前まで迫ったレギの剣に対し微動だにせず己が従える精霊を信じ、任せる。信頼では無く息を吸うのと同じ、確信の元で。
「はいは〜い。」
そして当然のようにエアと呼ばれた風の精霊はレギの剣を風壁をもって受け止める。
そして
「"玹霊" 【ジェット】」
真名と共にティナーシャの手に来るは黒曜剣。
それを細腕で振るい、レギのアルカディアを弾く。
一方その表情を驚愕に染めながらもレギは攻め手を緩めない。緩めることは許されない。
スキルが発動している今、止まることは許されない。
そこから奏でられるは再びの剣戟。
スキルの効果を受けてレギの剣は更なる加速をみせる。
瞬天瞬華を纏い、速さは勿論鋭さも先程ジェットと斬り合っていた時よりもさらに上...なのだがそれでも、それなのに.....
「崩せないっ!?」
「...これほどとはね。」
その一瞬の揺らぎを、彼女は見逃さない。
「"付与"【三源色】」
火、水、雷が重なり合った斬撃を俺はいなすことも喰らうことも出来なかった。
弾かれ、壁に吹き飛ばされる。
なんとか受け身を取るが...
「スキルを剥がされた...!」
体勢を立て直す俺の視界に写ったものは
剣を払い魔力を落とすティナーシャの姿。
それは洗練された所作であった。
その様子に悠久を生きる精霊は感嘆の言葉を零す。それはまさしくこの場にいる者、そしてこの戦いを観ている者達の代弁者であった。
「七精を従え虹の魔力を有し剣の腕も見事。...キミは一体何を持ち得ないんだいティナーシャ。」
それに答えるのはティナーシャ。
「.....友達はもっと欲しい。あと料理は出来ない、しょぼん。」
覇者の雰囲気はどこへやらいつものティナーシャに戻り両手の指を合わせてポツリと零す。
ひゅ〜っとなんとも言えない風が吹く中都合3秒の沈黙。
「ってティナがしょんぼりしてるじゃない!少しだけ気にしてるのに!」
「これは事故だろうロザリィ...ボクは悪くない。」
じっと2人から視線をぶつけられるのはレギである。
「大丈夫ですよティナ先輩。俺とテレジアがいくらでも紹介しますから、優しくて凄い先輩がいるってね。」
言い訳でも言い逃れでも無くそれはするりと出た心からの本音だった。
「ん。ありがとレギ。そんなレギに良いこと教えてあげる。目を閉じて集中して、そして魔力探知を使うの。今のレギなら分かると思う。」
言われるがままに目を閉じ深く集中する。人並みになった魔力感知を鋭敏になっている感覚をもって広げていく。
そこでようやく気がつく、もうひとつの虹の輝きに。
「ん。負けられないでしょ?」
それだけで十分だった。それだけで魂はより熱く、剣を握る手にはより力が入る。
「再戦を、ティナ先輩。」
負けられない。ならば前に進まねばならない。
「ん。今日はこれで最後かな。おいで、起源の虹を見せてあげる。」
終幕、ここより開演。
残されたスキルと魔法の効果時間は大体2分。悪巧み担当と目を合わせ活性化している頭脳をフル回転させて戦術を組み立てる。
『色々考えたけど道は一つ。スキルの効果を最大まで引きあげた後の一撃。』
それを成す為に必要な魔法、それが今ならある。
「ルクス、空間制御は任せる。」
「OK相棒、任された。」
姿勢を低く、脚に力を、魔力を込めろ。
己を風と成せ、ただ早く駆けろ。
「"【風域】解放 " 【瞬華瞬廻】」
昇華させる、かつて児戯と一蹴されたレギだけの魔法を。
加速を重ね続ける、絶対領域を現出する。
「これはリオナとの戦いで使った魔法...。」
「あの時とは比べ物にならないわ。
...って、いや...普通に凄くない?これ。私見えないけど。」
「出力が全然足りてなかっただけでこれがほんとの姿。レギぐらい頑丈じゃないと使えないけど。」
漆黒の弾丸となったレギが飛び交うその領域を前にしてティナーシャは悠然と歩を進める。
一切の躊躇無く踏み込んでいく。
「皆、私を守ってね。
"七芒結んで廻る円環 剣捉えて陣と成せ"
【セプタグラム】」
七色の宝石が舞い踊る。それぞれが支点となり結成される結界。
虹に抱かれて虹の化身は歌うように、舞うように詠唱を始める。
打ち破ってみせなさいと言わんばかりに挑戦者に極上の餌を垂らす。
"集いし七星 今ひとつになりて 橋を架ける"
響き渡る歌声を前にレギも黙っている訳が無い。スキルが刻まれた魂が熱く燃え滾る。
重ねた加速を膂力へと変換し歌を終わらせる為に疾駆する。
「はぁぁぁぁ!【月蝕】」
空気を斬り裂く速度をもってして放たれたレギの斬撃は結界に確かな跡を刻んでみせる。
虹はぐにゃりと歪む、だがどうだ。その歪みを修正するように光は差し込み結界は瞬く間に修復される。
"衝撃吸収" 。受けた衝撃は虹を廻り新たな魔力を生み出す原動力となる。生半可な攻撃では堂々巡りを繰り返すだけ。ティナーシャがアシュレイを目標に創り出した対前衛用結界。
数撃の後、その結界の効力をレギは右眼でマナの流れを捉えることで見抜く。
「生半可な攻撃は無意味...。だがそこに勝機がある!」
無限に修復される結界、本来なら手を焼くものかもしれない。だがレギが結界に振るう一撃、それはスキルの対象内だったのだ。
確認は終えた。なら後は重ねるだけ。
打ち破れる威力になるまで加速を、剣戟を無限に!
"天を見よ そこに祈りはあるか
地を見よ そこに願いはあるか
案ずるな 臆すことは無い 私が導こう
奇跡を纏いて虹彩を謳う
願いを束ねて祈りを紡ぐ
先導を命じられし我が名はイリス 魔導の聖女"
そのレギの狙いを知ってか或いはこれを予期した結界か。全てを知る"虹姫"は薄く笑みを浮かべる。
今なお結界の外を舞い、一撃を加えるそのかくも美しい熱誠への敬意を表しながら歌は繋がれる。
"七色が示すはヒトの輝き 神よ 御照覧あれ"
「「ビキッ」」と
詠唱が最後の一節に入ろうかというところでその音は鳴り響く。
結界に生じるのは一筋の罅。
だがその音が鳴ったのは都合二つ。
「っ...!!」
無限に重ねられる、それは理論上の話だ。
幾ら高められようとも、魔法で枷を外していても、限界は必ず来る。
レギの左足はもう使い物にならなくなっていた。
だが激痛に苛まれようともレギは止まらない。止まってしまえばこの燈が虹へと届くことは無いからだ。
最後の跳躍。踏み締める右足に全ての力を込め、全力の突貫。
イメージはあった。イメージだけはずっと。
足りなかったのは魔法力と器。
今はそれがある。なら出来るに決まってる。
「そうさ、レギ。キミはずっと視てきただろう。かの太陽をさ。」
空を掴む左手を突き出し叫ぶ、想いを乗せて。
「【アルバレスタ】"模倣 "アルカディア"!!!」
左手に顕現するのはテレジアの魔法。それはアルカディアを模した光剣。
"いま 宙を捉えよ 虹の架け橋"
「勝負だね、レギ。」
【アルカンシエル】
【日蝕・双劍】
虹の光輝と白と黒の斬撃がぶつかり合う。
その衝撃でティナーシャの結界はガラスの如く砕かれる。
与えられたスキルの恩恵を最大で活用した文字通りレギの"全身全霊"を賭けた一撃は虹と拮抗してみせたのだ。
それは偉業。そして確かな超克の一歩。
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パチパチパチと闇は拍手を送る。
闇の眷属も皆揃って愛しい末っ子へ賞賛を口にする。
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「俺達は夢を見ているのか?」
「違うわ、これは現実。目を逸らしては駄目。」
「私たちが笑った彼がたった1ヶ月でここまで来た。ねえこのままでいいの?」
「いいわけねぇだろ。」
観る者に力を与える。
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そこに割って入る異物が一つ。
それはなにものにも染まらぬ黒。
「おいおい。違うだろ?超克への一歩?
笑わせるなよ。今、ここで超えるんだよ死精はそれを望むのさ!
ボクはここに全てを賭けるよ。
【光剣侵食・蝕】
召喚の際に喰らった悪精二人、エヴァとの戦い、エレノアの魔法、その他レギとの時間で喰らい続けた力を全て解放する。
死精は静かに触れ、その刀身をゆっくりと染めていく。
「闇に沈め。虹の女王。」
闇は虹を貪り始めた。
じんわりと、ゆっくりと。
陽が落ちるように、夜の訪れのように。
ただ静かに。
「これはっ!?流石に不味いんじゃない!?」
ティナーシャの後ろに控えながら共に魔法を放っていたロザリィは声を荒らげる。
他の宝石からも精霊達の焦燥は伝わってくる。
だがそれはいつでもその余裕を崩さない。
闇の波を、挑戦者の一撃も、精霊の言葉も全てを受け入れて虹の女王は告げる。
「大丈夫。そろそろ時間だから。
楽しかったよ、レギ、それにルクスとニア。
だから見せてあげる。
ヒトの可能性のその先、ヒトの到達点を。」
「「「「「「「「真化」」」」」」」」
その言葉は全ての戦場に等しく響き、そして傍観者は呟く。
「おめでとう天才たち。さあ、挫折の時間だ。」
其れは終わりの始まり。
来月もダンまち読んでいいんですか!?




