第六十八幕 天恵
がんがん更新
その戦場を見守る者は数少ない。
それもそのはずだ、なにせ戦ってるのは精鋭、曲者揃いの十傑。その中でも"最優"と称される"虹姫"。そしてその相手はまだ入学したての49期生、その中でも末席と言うのだから勝敗は火を見るより明らかだろう。
そして大方の予想通り戦場は散々な展開となっていた。
「えいっ。それっ。」
身に纏う魔力に見合わないなんとも間の抜けた声で相手に魔法を放つのはティナーシャ。
だがそのほのぼのと言うべき様子から行われているのは一方的な蹂躙。狩りが如く、獲物を追い立てる。
彼女が操る魔法は宝石魔法。ありふれた魔法、誰でも使おうと思えば簡単に行使できる汎用魔法。
だがどんな魔法も使い手次第。精霊を愛し、精霊に愛される彼女は身に纏う七色の宝石一つ一つに精霊を宿す。その出力は従来の宝石魔法の威力を遥かに上回り加えて宝石を依代とすることで精霊の同列顕現を可能にしている。
つまりティナーシャ・ゼル・クロスタリアと相対する場合は付き従う七人の精霊、そしてその王たるティナーシャの八人を同時に相手にしなければならないのだ。
それはレギも例外では無い。
都合七つの輝きはレギの身体を刻一刻と蝕んでいく。
散りばめられる七色の輝き。
洗練され、完璧とも言える調和の元に舞い踊るマナ達。それはそれは美しい光景だった。
本来なら俺もその光景に目を輝かせ、賞賛の言葉を零すところだろう。
素晴らしい魔法に触れ、感極まり祝詞と共に賛辞を贈るところだろう。
だがその美しい魔法も自らがが標的であるとすれば眺めてる余裕などありはしない。
そして俺の先を歩く二人がそうさせてくれない。
「レギぃ!考え事なんてしてないで!さっさと走りなさい!!!」
「あーはいはい静かにニア。ほらレギ、15時の方向から三つ。来るよ。」
最上の信頼を置く二人の声を信じその言葉のままに迫り来る宝石を避ける。
...が青、黄、緑と輝く宝石は地面に触れる寸前で爆ぜる。そうして形成された魔力波は寸分の狂いも無く俺の身体を叩き、揺らす。
そんな魔力波を受けても意識は決して途切れない。こればかりは身体を鍛えていて良かったと言えるだろう。まだ動くこの身体に感謝を告げる。
俺がここまで生き延びているのはひとえに逃げ回っていたからだ。回避なんて口が裂けても言えない、全力の逃走である。
ニアとルクスの視界も借りて身体能力に任せた逃走劇。
初めのうちは反撃も考えていた。だがまず間合いに入ることが出来ない。
圧倒的な魔法力、完璧な精霊との同調、連携。それら全てが行く手を阻む、前へと進もうとする足を後退させる。
それは戦いにすらなっていない。文字通りの一方的な蹂躙。
今の俺たちの【蝕】で同時に喰らうことの出来る属性は二属性まで。
ここに至るまでの攻防でそれを見破られてからは必ず三属性の魔法が時に色を変え、同時に飛んでくる。根幹たる無垢なるマナのみを残し、残る六の色を組み合わせを変えながら放つ。
...ほんとに全く容赦が無い。しかもその威力はどの属性も変わらず直撃すれば命を脅かす威力を秘めていた。
だからこそなんとか直撃だけは避け続ける。
避けて、傷を負い、避けて、傷を負う。
積み重なる傷と疲労。
それは終わりの無い物語、無限にすら感じるその時間はレギの精神を摩耗させていく。
何も成していないのにその身体から力は抜けていく。
虹の輝きの前に、凡人はただ平伏すのみ。
「これが天恵賜りし"虹姫" 。名は体を表す、その通りだな。」
見上げながらレギは告げる。
その視線の先、虹は煌虹と輝き精霊と共に悠然と天に立つ。
それに対しレギはその身を汚しながら地に片膝を付く。
近付くことすらままならないその距離の差はまるで二人の実力差を表したかのようだった。
いや...目に見える距離以上の差を彼は感じていた。
『レギ...。悔しいよ。』
焦燥と諦観は友にも伝わりその模様に波紋を広げる。
『そうだな...ティナ先輩は強い、強すぎる。それでも、一矢ぐらい報いたい。』
浮かぶ雑念をなんとか一蹴し、ただその一心で再び走り出す。心に灯る僅かな意志だけを握り締めて。
走って、走って、走り続けて、走り続けて、輝きに影が落ちるのを待った。
けれど彼は知らなかった。かの虹が陰ることなどありえない事を。たった2年で十傑に昇りつめた彼女の輝きは、今こうしている間にもその光を増しているということを。
「ん。もう覚えた。行ってアルク。【カーネリア】」
詰めの最後の一手、紅玉が瞬いた。
爆ぜる紅の宝石はその魔力を変移させる。
その操り手たる炎を宿す精霊の奏でるままに、しなやかな炎となってレギを捕縛する。
逃走劇の果て、ついぞその足は止まる。
「遠い...。初めから分かっていても手を伸ばすことすら叶わないのは...存外辛いな。」
身動き取れず荒い呼吸を整える間、我ながら情けないと思いながらもその言葉は零れ落ちる。
「何言ってんのよ。ティナからこれだけ逃げれたら大したものよ。まあアンタは良くやってるわ。卑下するのはやめなさいな。」
そんな俺の胸中を知ってか知らずかロザリィはぶっきらぼうに告げる。
「ん。レギしぶとい、そこはすごい。
それに気にしなくていい。私が強いだけ。レギもまだ弱いだけ...まだ...きっと。うん。」
ロザリィに続き抑揚の無い声で淡々と王は告げる。
「そこは最後まで言い切って欲しかったですよ...。」
無機質に叩きつけられる現実が俺の心を疲弊させる。
勝ち目の無い戦いはここまで嫌というほど繰り返してきた。けど今回は違う。勇気ではなく無謀、そう分かってしまう。
それこそ1ヶ月前の俺なら何も考えず剣を振るっていただろう。
"悔しさ"はある。だが騎士団に散々と叩き込まれた鋼の理性がそれを否定する。諦めという言葉が俺の心をよぎってしまう。
だがその時。
ゾクリっと。寒気がした。
「それでいいのかい?」
響く声が一つ。
告げるのは狂気。
其れはただ、ただ優しく告げる。
何故レギに宿ったのか、その意味を問いただす。
「諦めるのか?なら何故、剣を握るキミの手は力を失わない。何故アルカディアはかくも輝く。」
漆黒の翼をはためかせ狂気は妖しく囁く。
君の目にかの姿はどう映るだろうか。
悪魔か天使か、齎すのは福音か凶報か。
伝承にある悪精。死精は確かに此処に顕現する。
その言葉と同調するように鼓動は熱く、ただ強く心の臓を打つ。理性の鎖を、その言葉は解いていく。
「確かに己を律する心は必要だ。けどそれは今じゃない。理性を隠れ蓑にするなよ。
だってキミはそうじゃないだろ?その魂はなんと叫ぶのか。言ってみなよ、レギ。」
「...俺は。」
それでもなお、逡巡を見せる俺の手を温もりが包む。朱と黒の瞳と目と目が合う。
「ねえレギ。私はレギにほんとは辛い思いをして欲しくない。傷ついて欲しくない。ルクスがいっつも言う"無茶"なんて大っ嫌い!」
主の手のひらを握り締め、剣に宿りし魂は叫ぶ。
「けど...ね。私はレギに後悔はして欲しくない。あの時やっておけばよかったって、そう思って欲しくない!
だから行くの!前へ!立ち塞がる壁なんて私とアルカディアが全部斬っちゃうんだから!ルクスの馬鹿に騙されてもいい!けど自分の心に嘘は付いちゃ駄目!」
心から叫ぶからこそ涙は落ちる。
どこぞの悪精とは違う、透き通る魂が流す涙はかくも美しい。
無茶をしろだのするなだのころころとその心中を変える物魂霊にやれやれと笑いが込み上げてくる。
『違うな。そうさせてるのは俺のせいか...。情けない主だよ全く。』
そこまで言わせて引き下がれるわけも無い。俺はそっと理性の仮面を引き剥がす。
「そうだな。もう少しばかり足掻いてみようか。一歩でも貴女の元へ、歩を進めてみますよ。ティナ先輩。」
何が為に剣を振るう。
見据えた頂き、その虹は遥か遠く、この身は未だ矮小なれど...
剣が宿した、この想いだけは届かせてみせよう。
「だからお前も応えてくれ、アルカディア。」
その言葉を待っていたかのように、応じるように、白銀の刀身は鼓動のように光を放つ。
「"祝福の光"...。良かったわねティナ、珍しいものが見えるわよ。」
「ん。とても綺麗。」
光は輝きを増し、レギの身体を包み込む。
其れは魂に刻まれる、天の恵み。天からの祝福。
《全進全励》
才獲
生まれ持った才能とは別に弛まぬ自己鍛錬、自己改造。類まれなる意志の元に魂に刻まれる後天的な才能、天の恵み。
誰よりも才能に恋焦がれた。
誰よりも才能を追い続けた。
そんな彼だからこそ辿り着いた、掴み取った頂点への挑戦状。
それは紛いなりにもレギの歩みが世界に認められた証明だった。
それを誰よりも知る"剣霊"は歓喜と共に祝福の涙を流す。
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「やっと掴んだか、私の教えを歪曲した馬鹿め。帰ったら骨の髄までしごいてやる。」
身の丈に合わぬ太刀を担いだ彼女はそれだけ告げ鏡から目線を切る。
「もういいのかい?これからが本番だとは思うけど。」
闇は振り返らず去ろうとする彼女に問い掛ける。
「見え透いた結果に興味は無い。邪魔したな。」
「レギのことをよろしく頼むよ。」
「あんたもな。」
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対十傑編中々終わりません。
ダンまち盛り上がってて創作意欲が刺激されてます。温かい目で見守ってください。




