第六十六幕 憧れと理想
まとまった時間が今はあるので今のうちに...!
誰もが異端に目を奪われる。
だから彼は選ばれたのだ。
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「その技、やはり御しきれていないようですね。エルフィウスの名が泣きますよ。」
この場の支配者は冷徹に告げ弱者を屠る為の一撃を繰り出す。
「ぜぇ...ぜぇ...はぁ...言われなくとも...分かってますよ!」
水を纏わせ友の剣を騙る。
それをもってこの僅かな間で幾度となくこの命を脅かしてきた焔の斬撃を弾いてみせる。
だがそれでも剣が纏う焔はこの身を焼く、水を纏い軽減させてもなおこの身を侵食する炎。それに相対するシンは戦慄を隠せない。
「カレン...君の師匠は強くて怖いお方だよ。」
既に肌を晒した所に焼けてない部分は無く一部の女子から絶大な人気を誇るシンの眉目秀麗は見る影も無い。
そんなボロボロのシンが零した愚痴におや?っといった様子で反論するのはカンナである。
「おや、私が怖い。などとは聞き捨てなりません。私は優しいですよ...本来は。ですが今行われているのは教育。そして私は教育者。
そして教育者とは厳しく、そして恐怖の象徴であるべきでしょう。違いますか?
反発心や反骨心、負けん気がヒトを育てます。少なくとも私はそう育ち、そして今この場にいる。なれば私はそれを伝えるだけ。間違いなどあるはずも無いでしょう。
それにカレンには既に教育を施しました。はい、かいいえ。そのふたつで会話が成り立つのは楽で済みますから。」
つらつらと語るカンナに『このヒトほんとに怖いヒトなんじゃ...?』っと思うと同時にどこかで悪寒と共にくしゅんとくしゃみをする誰かの声が聴こえたような気がした。
そんなシンを気にもせずさらにカンナの喋りは止まらない。
「それに私もよく可愛がられたものです。他ならぬ貴方の姉君に。恨むなら姉君を...とまでは言いませんがまあ少しはストレス発散に付き合ってもらうかもしれませんね。」
クスリと笑うカンナがその笑みに底知れぬ影を感じてシンは身震いする。
そして心の底で生まれて初めて姉に対して恨み節をぶつけることになった。
「それにしてもよく喋るじゃないですか。僕はもっとお淑やかな女性を想像してましたよ。」
言われっぱなしのお返し...という訳では無いが問いかけるのはシン。
「お淑やかで在りたいとは常々思っていますよ。実際貴方にはそう見えていたのですし成功はしてそうですが。
ですが真にお淑やかに居られるほどこの地位と学院は甘いものではないということです。その意味はいずれ分かるでしょう。貴方にはその入口に立つ資格がある。」
その言葉を言い終える前に焔の華は舞う。
シンが目に捉えれる"限界の速度"且つ、耐えれる"限界の威力"でその刀は振るわれる。繰り返される光景は既に数を数えることを忘れていた。
『信じられない技量だね全く...撃ち合う度にその都度、その隙、ありとあらゆる状況で僕が目で追えてかつ耐えれる攻撃をしてくる。全てが彼女の"掌の上"である事をこれでもかと叩きつけられる。』
その思考すらも斬撃によって中断を余儀なくされる。そこから交わされる剣戟はまさしく"教育"であった。
「いくら水で覆い隠そうともその剣は借り物!剣技に振り回されるな、動きに無駄が多い!真に御せない技など児戯!それを理解しなさい。」
叱咤の言葉と共に襲い来る斬撃を返す。
刀を返しては打たれ返しては打たれる。
その中で隙を見せれば飛んでくる命を脅かす一撃、それを防ぐ為に友の剣技を使う、いや使わされる。
一度返せば二撃、二度返せば都合三度の斬撃で返される。手を抜かれていると分かっていても死の予感が決して途切れることの無い剣戟にシンの身体は疲弊し心は擦り減っていく。
そして交わされた剣戟の音が百を数えたあたりでついに打ち込まれる剣戟を受け切れずシンは弾き飛ばされる。
両者に再び距離が空く。なんとか咄嗟に体勢を立て直し剣を構えるシン。だがその脚に既に力は無く脳が出す司令とは裏腹にその身体は動きを止めていた。
そこでようやくカンナは構えを解く。
汗ひとつ無く微塵も疲労を感じさせない支配者は再び口を開き、諭すように告げるのだった。
「貴方は咄嗟の際にかの少年の剣技を使うのが癖になっています。断言しましょう、それは悪癖です。
貴方はかの少年の技を十分に扱えど十全に使うことが出来ない。それでは同等の相手や格下には誤魔化せても格上には通用しません、それを理解しなさい。
ヒトにはそのヒト個人特有の呼吸や身体能力があります。例え貴方のその魔法でいくら写そうとも決してその者が歩んだ軌跡や経験からなる蹄鉄こそが貴方の動きを鈍らせる。貴方はそれを知ってしまうが故に完璧に使いこなせない。」
その言葉はシンの顔に影を落とす。
続けてカンナは無慈悲に言い放つ。
「かの少年が幾年の年月を掛けてその剣技を磨いてきたか、貴方は分かるはずです。だからこその剣技は貴方には扱えない。他ならぬ貴方が一番分かっているのではないですか?」
その一言はシンの心を打ち、精魂枯れ果てかけた心に響き渡る。
カンナの言葉は間違っていない。何も間違っていない。だからこそタチが悪い、その言葉でさらに足が竦む。
「けど...正しさだけじゃヒトは進めない。」
ポツリと、なんとか自ら口にしたその言葉は正しくシンの心を打つ。
そしてその心に、剣を打つ炉に火を灯す。
ボロ雑巾のように追い込まれたたことで、普段は冷静沈着な水はその内に秘めた想いを吐露する。
「偽物の剣技だって?...そんなの分かってる。分かってるに決まってるだろ!でもそれでも僕が...俺がなんでレギの剣技を使ってるか、そんなの決まってる。かっこいいからだ!自分が積み重ねてきた剣技が嫌いになった訳でも捨てた訳でも無い!ただそれよりも、レギの剣技に魅せられた、美しいと思ってしまった、憧れてしまったんだよ!それだけなんだよ...。
憧れてしまえば、止まらない。初めて湧き立つこの想いを止められる訳...ないだろっ...!」
滲む視界、溢れ出す想炎、そして吐き出した言葉は槌となって心の鋼を打つ。焚き付ける、燃え上がらせる。
言霊はいつしか剣を象る。その剣は主を写す鏡なり。
カンナはただ静かに、いっそ穏やかとも言える表情でその言葉を受け止める。
「それでいい。どうか迷うことなきよう。いけ好かない"栄光"の言葉を借りるのならば、確固たる意志さえ持てば鈍は業物となり錆びた盾は金剛にも勝る、影打ちも使い手次第で真打にも負けることは無い。貴方のその魔法は誰にでもなれる力を貴方に齎すでしょう。だが揺れるな、鏡に写る誰かでは無い貴方の姿を見失うな。そうすれば貴方は姉君にすら超える魔導士になれるはずだ。」
その言葉は打たれた心の鋼を優しく包む。その者は才能は随一、器も作り上げてきた。足りなかったのは意志、魂。そしてほんの少しの一助。
「礼...を、カンナ先輩。」
よろけつつも確かな足取りで立ち上がる少年は自ら創り出した水を被る。
頬に落ちた雫を流し、熱い思惟を宿した剣に焼入れを施す。
『分かっているから...再現出来ない、超えられない。これは僕の剣じゃなくてレギの剣だと分かってしまうから。なら超えなくてもいいじゃないか。せめて隣を歩けるように剣を振るおう。憧れに並びたいと、僕は願う。』
"アロンダイト"を左手で握る。
右手を虚空へと伸ばす。
想い描く。魔法とは自由。
大いなるマナよ我が意を汲み取れり現出しろ、奇跡の輝きよ。
心の剣を写す、水魔法は知恵と自由の体現。
"始祖の名の元に来れ
其れは願いの剣 其れは全てを写す 純粋なる純水
【対蒼】
伸ばされた右手に握られるのはアルカディアを模した水の剣。シンを写す、心鏡剣。
「レギ、一振では君に追いつけないのなら両の手で剣を握ろう。この二振りを持って君に並ぶよ。」
ボロボロだった身体に力が漲る。
『不思議なものだね。ヒトってのは...心の持ちようでこうも変わるんだから。迷ってたつもりは無かったのに僕はきちんと迷子になっていたみたいだ。』
「試し斬りにこれ以上の相手はいない。お相手お願いしますよ。」
「なんと美しい...始祖"レイン"の魔法を現代に呼び戻すとは実に喜ばしい事です。貴方ならばこの先も始祖の奇跡を見せてくれるのでしょう。」
空気が、雰囲気が変わっていく。
その中心は携える刀を横一文字に置き、和装を正した後正座にて地に座す頂点が一人。
「故に。」
刀を立てて柄に手をかけると同時に魔力が迸る。仰け反るほどの凄まじい刀気がシンの身体を切り刻む。
「これより正真正銘、全身全霊をもって貴方を斬り伏せます。我々が望むは超克、成して見せなさい。」
その刀が抜かれた時、僕は立ってはいないだろう。そんな命を奪う絶対の力を目の前にして僕は見蕩れてしまっていた。
僕の鏡が写すそれはまだ知り得ぬ魔法の神秘に満ちていたから。
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その空間の様子はまた一風変わったものとなっていた。
なぜなら
二人の魔女が放つ絶雹と絶風が入り乱れ、それによって形成された吹雪がその空間を満たしていたからだ。
「"冱てろ"【氷華】!」
零度を纏いし女王が叫べばマナは千の氷華へとその姿を変え。そしてそのまま相対する女帝へと牙を剥く。
兄達の手を借り覚醒へと至ったリオナの氷は既に上等魔法を超えつつある。そんな彼女が放つ、一節のみの詠唱ながら触れるだけで凍結を齎す【氷華】は高等魔導士にすら通じる可能性を秘めていると言えるだろう。
だがそれでも遥か高みより此方を見下ろす頂点はその華を愛でる余裕すらみせる。
「【ラファエル】」
一通り避けながら魔法を眺めた後、詠唱すら省かれた魔法にて氷の華は見るも無惨に砕け散る。 そうして砕かれた氷は二人の周囲を彩る吹雪の一員となるのだ。
「研鑽の年月、強い想いを感じる良い魔法だ。お前が身に纏うその魔法共々な。」
見ない内に強くなったと、王女の過去を知る女帝はしみじみと告げる。
「はっ!涼しい顔して全て防ぎおって、嫌味にしか聴こえんのじゃ!」
そんなやり取りも交わしつつ二人は戦い続けていた。
投じられる風の刃を避けながら散々と動き回り、隙を見つけては魔法を放ち続けるリオナの額に汗が滴る...ことは無く凍り付いては霧散していく。
膨大な魔法力を誇るリオナも辺りが吹雪に染まるほどに魔法を放てば疲労も溜まるのが必定。
リオナのその足取りは既に重く、魔法を放つ腕は震えを見せていた。
なお相対する女帝は疲労はおろか汗の一滴も見せないのだから恐ろしい。
「はぁ...はぁ。妾とフィアナ姉で魔法力の差はあまり無い。にも関わらずこの差とは...魔法制御も上手くなった気でおったがまだまだ未熟なこの身を痛感するばかりじゃ。」
息を整えながら愚痴でも無いありのままの事実を零す。
辺りは吹雪、そして疲労の色を見せながらも煌びやかな氷の衣を纏い地に立つのはリオナ。
だがそれでも空を舞い、悠然と佇む女帝の姿にリオナは絶望的なまでの差を感じていた。
この極地と見紛う空間にあって吐く息は無色透明、そしてその美しい銀の髪は霜の一滴すら無く艶めいている。
吹雪すらも天を統べる彼女からすれば表情の一つに過ぎない、そう言わんばかりにフィアナは君臨する。
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この戦いを見守る権利を有する者たちはこぞって、特にこの戦いを注視していた。
そして尽くが再び思い知ることになる。
フィアナ・ソル・エンペラル という魔導士を。
学院公式記録司書曰く...
重ねること幾百の勝利、そして弟の不手際による引き分けが一つ。喫した敗北は未だ"無し"。
現在の真なる頂点、メルヴィ・キティ・ラミアとの決着は弟の手によって審判は下されないまま。
フィアナ、そしてメルヴィ、両者を識る者達はこぞって議論に忙しいと言う。
どちらが最強か。
互いが頭角を表してきた日からずっと続くその議論はフィアナの退学によって霧散したかに見えた。
だが彼女は帰ってきた。しかも何故かあの頃より力を増して。
来る数ヶ月後の魔導大祭その場で行われるであろう真の頂上決戦。
自らも参加し、そして最大の障壁になるであろう彼女を前に資格者達は観察を続けなければならない。
例えその圧倒的な絶望の前に、心を軋ませようとも。或いは諦めるには魔法を知りすぎた己を呪いながら。
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幾度目かの魔法を放とうとして腕を振り上げる。
だがリオナが詠唱を紡ぐ前にフィアナは言葉を重ねてきた。
「間違っているぞリオナ。そもそも前提を違えている。お前の扱う氷魔法は広域制圧に優れる、対して私は1対1を得意とする風。
相手が複数人や対魔物の群れ相手であればお前も優位に戦えただろう。だが魔導士は量より質だ。手練相手に無作為に魔法の規模を広げるのは好ましく無い。広げるならば意図を含ませなくては無意味だ。
魔法で戦うな、戦場で魔法はあくまで戦術の一つと理解しろ。魔法を使うだけじゃなくどう使うか考えろ。
私はお前と対峙した時からこの光景を思い描いていた。過程は仮定と多少違えど結末は想定通りだ。」
師事していた時と何も変わらない。淡々とただ事実、そして自分の過ちだけを無慈悲に告げる。
その言葉でリオナは振り上げていた力無く腕を下ろす。
「感じていた違和感の正体はそれか...相変わらず手厳しいのうフィアナ姉は。懐かしい、今も昔も怒られてばかりじゃな。」
「ほんとにそうねぇ。けどその度私達は成長してきたわ。憎たらしい程に優秀な師匠なのがムカつくわフィアナは。」
「...それを妾の後ろに隠れながらでなければ少しは頼もしく感じるのだがのう。」
ギロリとフィアナに睨み返されそそくさとリオナの後ろに隠れるアイシス。
「はぁ...まあいい。お前はまだ学院に入って年月が浅い。安心しろ、嫌でもこの先幾度と無く1対1を繰り返すことになる。戦い方はその中で学べばいい、アイシスと共にな。何かあればまた聞きに来い...こっそりとな。」
フッと笑い優しく告げるフィアナ。
『ああ、変わらない。あの頃から何も。誰より高潔で誠実、その癖優しい。
姉上とはまた違う理想の女性像。
妾が憧れるのはただ一人。じゃが憧れより前にフィアナ姉に出会っていたらと、そう思える程に妾はフィアナ姉に敬意を、敬愛を捧げよう。"理想"の魔導士は誰か、そう問われたのなら妾はフィアナの名を上げるじゃろうな。姉上は...意外とポンコツだしのう。
この学院でも同じく敬愛する姉上より先に誘われておれば風に身を寄せておったかもしれぬな...。』
有り得たかもしれない未来を想像しリオナもまた笑う。そしてお返しとばかりに口を開く。
「敵に塩を送るとは余裕じゃのう。それでよいのか?フィアナ姉のとこにも育てるべき後進がおるじゃろうに。」
リオナは無礼で礼儀の礼の字も知らぬが同期の中では現状最も成長を遂げているであろう者を思い浮かべる。
「ヨルハのことか。それならば問題無い、あの子ならば私より適任に任せている。他ならぬニーア様に、そして驚くかもしれんが弟にな。」
「「「「「「「「なっ!?」」」」」」」」
リオナは疎かこの言葉を耳にしていた者の声がそれは見事に一つに重なった。
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「戯言を。」
そう、他ならぬ本人以外は。
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目を見開きフリーズするリオナ以下数十名に向けてフィアナは続ける。
「驚くのも無理は無い。それ程の愚弟ではあったからな。勿論ニーア様に唆されてのことではある。だがそれでも奴は己の意思で首を縦に振った。お前を含め奴を知る者ならそれが何を意味するか分かるだろう。」
そこまで言われてようやくリオナ達の時は動き出す。
そして皆の代弁者たるリオナは口を開く。
「そう...か。ふふっ、ふははははっ!はぁーっ全く、この学院に来てから驚くことばかりじゃな!うむ、ヨルハの奴に"狂風"が付くならば妾もフィアナ姉から盗めるだけ盗まねば損というものじゃな。」
そんなリオナの笑い声に呼応するようにマナは白銀に煌めく。そしてそれを統べる女王の望みを叶えるためにいつだってその姿形を変えていく。イメージするのは"天帝" 空を征する女王の翼。
そうして産まれたのは氷翼。
その羽ばたきは空を凍てつかせ、主の一歩を虚空に刻む。
"鋼鉄の氷姫"はついに空へと踏み出す。己が力をただ信じることでそれを可能にしたのだ。留まることを知らないその才能は新たな奇跡をこの世界に現出させた。
「あらあら、創っちゃったわねぇ、新しい魔法。
【氷天翼】とでも名付けてあげる。」
「かっこよくはないのう...あまり妾の好みでないがまあ良いじゃろう。」
女王の意のままに翼は羽ばたき、空に氷の道を作り出す、主のみに歩を刻むことが許された路を。
女王はただ足を踏み出すだけ。それだけで天へと駆け上がる。
「単純な飛行魔法では無く空中踏破魔法とでも言うべきか。その偉業、確かに私が見届けた。一人の魔導士として敬意を示そう。」
フィアナの言葉にリオナは破顔する。
「フィアナ姉に面と向かって言われると少し恥ずかしいのじゃ。これほどに嬉しいことは中々あるまいよ。...けどだからこそ!」
「ええ、だからこそ。」
「妾達は貴方(フィアナ姉)に勝ちたい!」
氷の女王は美しき精霊を侍らせて翔ける。
白銀に輝く道を、頂点へと続くその道を。
「それでいい。その道はいつか遥か天上まで繋がることだろう。」
大気が歪む程の想像を絶する魔力を身に纏い"天帝"は微笑み告げる。それは絶対の宣告。
「だが決して今では無い。」
ソードオラトリアを楽しみにしながら自分も更新頑張っていきたいですね。




