第五十六幕 中間試験part3
ちょい早めの
この身を支配するのは怒りか悔恨か。
誰かが呼び止める声が聴こえた気がした。
けど俺はそれを無視する。
賞賛も、慰めも、嘲笑も今は到底受け入れられない。それを聴いて己の口が何を発するかが怖かった。
己の無力を指摘されるのが怖かった。
だから考えるより先に身体を動かす。
何もかも顧みずに
そして気が付けばこの学院で最も落ち着ける場所に辿り着いていた。
衝動のままに剣を振るう
胸から溢れ出す想いを乗せて
師曰く剣は己を写す鏡だと言う
ならば今の俺が振るう剣はそれはそれは醜いものだろう
だがそれでいい
今の俺には醜い剣がお似合いだろう
どれだけ時間が流れただろうか
それすら分からない
だが心の燻りは未だ収まるところを知らない
そんなレギを見守る影が1つ。
そして居るはずのない剣気を感じ近付く足音もまた1つ。
「何をしているんだあいつは、今日は休む手筈だろうに。 メルヴィ...いつからああしている。」
「かれこれ1時間、まあ奇しくも我らが予想した通りになったという訳だ。」
しばしの沈黙が2人を支配する。
そして再び口を開いたのはメルヴィだった。
「レギならば、と思っていたがあれではそう割り切れるものでは無い。お前も見たのだろうアシュレイ。」
「忠告はしていたはずだ。だがそうだな、あの問には少しだけ同情を禁じ得ない。
まあだからといってこの蛮行を見過ごす訳にはいかん、停めさせてもらうぞ。」
「まあ待てアシュレイ。ここはアレに任せておくのだ。」
メルヴィがレギの向こう側に視線をやる。
その視線の先に居たのは我らがマスター
アルフェニス・ジェラキールだった。
壁に背をもたれてただ静かにレギを見守る。
影を司るシェイドを見破るアシュレイすら気が付かないほどの隠形。思わず目を細めるアシュレイだった。
その剣を私は敢えて舞と呼ぼう。
素晴らしい剣士は剣に己の心を写す、だからこそ目の前で繰り広げられるたった独りの剣舞はこの者の魂の叫びなのだ。
愛し子の叫びはいつまでも聴いていられる。この私の好奇心を、虚ろなる心を満たしてくれる。
『ああ、激情を纏う君はそれでも美しいよレギ。未熟な君を導けることがこんなにも愛おしい。何度でも迷うといい、その度に私が手を差し伸べよう。』
おっと、心の声が少し漏れかけてしまったよ。いけないね、レギはいけない子だ。
それにそろそろ観賞はやめないとアシュレイ達に怒られそうだし動くとしようか。
そっと隠形を解除しレギの前に姿を現す。
そして前触れもなくメルヴィ達の声なき声を背に受けながらレギの剣戟の前に躍り出た。
この眼がそれを捉えた時にはもう遅い、俺はこの手を止める術を知らなかった。
だが振り抜くはずの剣は何者も傷つけることはなかった、剣の主以外は。
「それ以上はいけないよ、レギ。」
払われるはずの凶刃は受け止められていた。
他ならぬアルフェニスの手によって。
それも手のひらと親指で挟むように、素手によって受け止められた。その事実がレギに衝撃を与える。それ故に続くアルフェニスの言葉がレギの心に木霊する。
「怒りや迷い、悔恨を剣に乗せるのは決して悪いことでは無い。けれど迷っちゃダメだよ、迷いは剣を鈍らせる。だからレギの剣はこんなにも軽い。」
空虚な心に諭すように語りかけるアルフェニスの言葉が沁みていく。
そんな事は分かってる だからなんだ
変わったと思っていた 変われたと
そう思っていた。けれど俺自身は何も変わってなかった。何も出来ない、俺のまま
いや、違うな。俺はやらなかっただけだ。
目の前の事すら見えてなかった。一歩一歩進むはずの一歩目を俺は間違えていたのだろう。
言葉が浮かんでは消えていく。反論をしようとして口を動かすが言葉が形を成すことは無かった。
そんな俺をマスターは優しい笑顔で見守るだけだった。
そして欲しいタイミングで問いかけを口にしてくれる。
「現実は受け入れ難いかい?」
「...はい。」
認めたく無い。
けれどこの問答に実は意味など無かった。俺はもう答えに辿り着いているから、いくら拒絶しようとも初めから受け入れるしかないと理解している。
だからこそ剣は迷いを写した。
マスターは全てを理解していたのだろう。
「質問を変えようか、君の覚悟はそんなもので揺らぐものなのかい? 現実を改めて知ってそれで君の足は止まるのかい?」
何よりも優しい声音だった。だからこそその真実はレギの心を抉る。
けれど同時に宿る、静かな決意。
カランとレギの手からミストルテインが落ちる。
「忠告も受け、覚悟もあったのに取り乱しました。俺もまだまだですね。」
ようやく想いを言葉にすることが出来た。
力が抜けどっと疲れが押し寄せてくる。
だが同時にこの胸中にはまだ様々な想いが渦巻いているのを感じていた。
それを見て頷きアルフェニスは人差し指をレギの額に当て静かに口を開く。
「そっとだ、その怒りを、激情を、ゆっくりと心の内に秘めなさい。決して消してはいけないよ。心の奥底に沈めるんだ。そして静かに理性で蓋をしよう。表に出さないように、何者にも悟られないように。君ならそれが出来るはずだ。
その嗔恚の炎はいつか燈となり君を動かし続ける原動力となるだろう。
努努忘れないで欲しい。」
その言葉を頭で理解し、身体に教え、レギという己に刻み込む。
そして深く、深く深呼吸を1つ行う。
そしてこの時にこそ、それは産まれた。
主の心の奥底、それこそ誰にも見通せぬ深淵にそれは灯る。
「いい感じだね、流石私のレギだ。」
優しく頭を撫でられる。俺は不思議とそれが嬉しかった。信頼には応えたい、そう思わせてくれるその温かさが心地よかった。
「流石はジェラだな!やはり任せて正解だったぞ!」
わっはっはと笑いながらメルヴィが近付き俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。
その口ぶりを見るに相当前から見ていたのだろう。迷惑を掛けたという自覚が急にレギの肩身を狭くする。
「そう気にするなレギ、こーはいは先輩に迷惑をかけるものだ!そして後輩の面倒を見るのも先輩の役目だからな!」
「そうそう、レギは我がギルドの末っ子だからね。私たちを振り回すぐらいが丁度いいさ。」
思わず目頭が熱くなる。
「だがその分の働きは見せてもらうぞ愚弟。
先程までの醜態を次見せてみろ、その時は許されると思うなよ。」
だがこの声で涙はどこかに引っ込んでいった。次の修行が心配である。
けどアシュレイが紛いなりにも弟(笑)と呼んでくれた事に思わず笑顔になってしまった。怖いお兄ちゃんだよ全く。
一方少しばかり時は遡り
「その不機嫌で不満そうな顔だ、お前も目にしたのだろう。」
「.....。」
「顔に答えが出てるよ君は。」
「せっかくお兄ちゃんに褒めてもらおうと思ったのに〜〜〜」
「ひぇっ...私...この場にいていいのかなぁ...」
一堂に会するのは49期生が誇る良くも悪くも癖の強い面々
「.....んで?うちは馬鹿だからイマイチ状況が掴めてないんだが...」
そして目の前で繰り広げられるちぐはぐな状況にヨルハはついツッコミを入れる。
「これだよヨルハ。君も見るといい。」
シンはそう言うと筆記試験の順位表を開く。
そしておもむろにレギの解答を選択する。
そこに表示されたレギの解答に目を見張る。
ウチの目から見てもおかしいと分かるものだった。
たった3つの空白、されど空白。
しかも解答者はあのレギだ、ウチの知るレギならば空白で解答するなど有り得ない。
だがその問を見て気が付いてしまった。何故レギが答えられなかったのかを。
〈問49. 基本六属性、その各初等魔法6種の発動プロセスの説明せよ〉
備考 これは諸君らの感性を問うものである、なおこの解答時間の間に限り結界内での魔法の行使を許可する。
制限時間は各10分、配点は各属性につき10点とする。
レギに師事し、誰よりもレギに敬意と賞賛を向けるヨルハは失念していた。
レギは未だに初等魔法を風と闇以外は使えないという事実を。
49期生が学院に入学してはや1ヶ月と半、この間で生徒の殆どが初等魔法は全属性修めている。それこそNo.100のうちですら初等魔法は指導の賜物により全属性使えるになっていた。
当たり前なのだ。そしてこの問題はその当たり前の感覚を言語化するというもの。
言語化するということは多少難しいものの正解率は70%と高い数値を叩き出している。
まあうちは普通に間違えたけど...
けどそこじゃない。そもそもこの課題はレギには答えられないものなのだ。
うちらが息を吐くように行使する魔法をレギは使えない。使えもしないのだからその感覚など分かるはずもないのだ。机上の知識など意味を成さない、他2種の感覚を参考にして答えたところで正解とは程遠いものだろう。
そして聡いレギはそんな事など分かり切っていたはずだ。だからこその空白、痛々しいまでの空白だった。
「つまり、だ。レギはこの4問が正解なら姫サマやエイルと同じ満点だったってワケだ。
けどそれだけじゃないんだろ?
確かにレギには同情するけどよ、それは結局アイツの問題であってお前らがそう頭を唸らせるものじゃないだろ。」
ヨルハのその疑問にここまで沈黙を保っていた不機嫌そうなリオナが口を開いた。
「末席の解答をゆっくり読むのじゃ、さすれば頭の足りない貴様でも理解できよう。」
リオナの告げる言葉は答えと言えるものでは無かったが続くカレンの言葉で補完される。
「あれには流石の私も感服せざるを得ない。
記述と論文においてレギの右に出るものなどいない。お前の回答が100点ならレギのそれは120点と言えるものだった、そうだろリオナ?」
カレンはどこか嬉しそうに、けれど複雑そうに語る。
「全て答えを言いおって...ふん、だがカレンの言う通りじゃ。
勝ち誇った己を恥じる。試合に勝って勝負に負けた、まさにその言葉通りであろう。」
リオナはため息と共にそう宣言する。
「あいつは...レギは魔法が使えない"だけ"
魔法への造詣は誰にも負けるものでは無い。薄々感じてはいたが私は改めてそれを理解したよ。
だがそのたった一つの事実がレギを末席たらしめている。」
「そうだねカレン。けれど僕らは魔導士だ。レギもそれを志す以上イバラの道だと言うことは分かっていたはず。いや、その上でこちらに来ているだろう。今回の問題は同情こそすれど憐憫を送ることは許されないものだ。」
議論は加速する。
「け...けど私はレギ君こそ評価されるべき魔導士であると思います...! 魔法が当たり前の世界にあって彼の持つ観点は我々が持ち得ないものです...。」
「エイル、お主の言うことも理解はしよう。だがそこの下僕の言う通りじゃ。結局魔法が使えぬ魔導士に意味は無い、それこそ奴の目指す英雄に手が届くことなど有り得ぬじゃろう。違うかテレジア?」
リオナは問い掛ける。
恐らく正解など無いであろうこの議論に現状唯一終止符を打つことができる者に。
その人物を誰よりも理解し、全てを知る正反対の妹に。
「そうだね、違わないよリオナちゃん。
それはリオナちゃんが正しい。
確かにお兄ちゃんは凄いよ、けど私やリオナちゃんのが凄い、私はそう言い切る。
私たちの方が魔導士として優れているってね。」
冷酷とも残酷とも言える真実。
テレジアがそう告げることに僅かながらその場にいる者に衝撃が走る。
だがテレジアの目は輝きを灯していた。誰よりも兄を信じる希望の燈を。
「けどお兄ちゃんは必ず私たちと同じところまで追いついてくるよ。どんな手を使ってもね、だって世界一の魔導士になる私のお兄ちゃんだもん!」
「妾はもうそれを笑わぬ。だが1つ訂正があるぞテレジア。世界一になるのは妾じゃ。」
リオナがそう締め、束の間の議論は収束を迎える事となった。
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「へっくしゅん」
「おやおや、汗をかきすぎたかい?それとも何処かで君の噂が流れているかもしれないね。」
「後者だといいのですけどね。」
早く帰って身体を休めないとな。
明日からの実技試験はともかく明後日の戦闘試験。そこが俺の主戦場になるだろう。
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「とんだ茶番ね。」
そこまで視て傍観者は左右別々の景色を映していた両の眼を閉じる。
そしてずらりと並べられた解答達を閉じられた視界の中で魔眼を用いて速読しながら魔導紙に成績、所感を書き込んで行く。
そんな作業をしながらポツリと
心からの本音を零す。
「いつかその揺り籠から飛び立ってみせなさい。その為に私の識る全てを叩き込んであげるわぁ。」
両の眼が開かれる、そしてその視界はある一文を捉えていた。
第49期生 中間試験 筆記
問49 出題者
"アルフェニス・ジェラキール"
杖と剣のウィストリアが最高ですと
アストレア・レコードももうすぐなので楽しみです。




