第四十八幕 王国魔導騎士団 part1
夏は忙しくなるので今のうちに週2更新頑張ります
--騎士団本部 道場
俺とエヴァは着替えを済ませ道場へと足を運ぶ。
中では騎士団員達があらゆる武器を用いて研鑽を積んでいた。だがやはり使用者が多いのは剣である。
武器のぶつかり合う音、飛び交う怒号や掛け声。
夢のような場所だった。俺にとっては。
だが一歩道場に踏み入れるとどこからとも、誰からかも分からないが全身を切り裂くような殺気を含んだ剣気が襲いかかってきた。俺は思わず後ずさり腰に帯びた剣に手をかける。
「ああ、言ってなかったわね。ここはそういう場所。当たり前だから忘れてたわ。」
エヴァは躊躇なくその剣気の中に踏み込みそう告げる。
「はぁ...はぁ.....。ふぅ...はっ!!!」
一筋の汗を流しながらもこちらも剣気を纏い襲い来る剣気を中和する。そして心を締め直し臨戦態勢に入る。俺の考えは甘かった。ここは強さを求めた者がしのぎを削る場所。軽い気持ちで足を踏み入れていい場所では無いのだ。
気が付くと打ち合っていた皆がこちらを見ている。
緊迫した空気が道場を支配した。
「まあいいだろう。合格だ、新入り。試して悪かったな、お前は軟弱な魔導士とは違う。剣士だ。」
凛とした声が響く。その声の主は道場の奥、周りに倒れた団員達の山を築き上げる黒髪の女傑。東洋風の装衣を身に纏い女性の身にそぐわぬ太刀を片手で持ち上げこちらを値踏みするような視線を向けてくる。
周りで転がっている団員達が真剣なのに対しその太刀は鞘に納められたままであることから実力の高さが見受けられた。
「珍しいね、シズク姉がいるなんて。遠征お疲れ様。」
「おうエヴァ。思ったより敵が弱くてな。滾った身体を鎮めておったわ。だが正直足りん、相手しろ。」
エヴァに太刀を向けそう宣言するシズク。
そして山になってた団員達が道場の端に蹴飛ばされる。
不憫過ぎるだろ...。なんか嬉しそうなやつがいた気がするが見なかったことにしておこう。
「私が相手をしてもいいけど...ちょうどいい。レギ、シズク姉の相手をしなさい。」
「え?」
「ほう。」
ギロリと標的がこちらに移る。
「安心しろ、お前の事は"黒剣"から聞いている。太刀だけで相手をしてやろう。それに本気でいいぞ。この道場はエレノア様によって死なない結界が貼ってあるからな。」
シズクは獰猛に笑う。
あ、これは逃げられない。メルヴィ先輩でこの顔見た事のある...。まあ逃げる気なんて元々無いのだが。
「申し出、お受けします。」
俺もまた笑う。俺にとってこの道場は楽園だ。一振の剣として熾烈な研鑽にこの身を投じよう。
そしてまあいつものように抜ける気配の無いアルカディアをエヴァに預ける。
『ニア、ルクス。道場では俺に力を貸さなくていい。見守っててくれ。』
『むぅ...仕方ないわね!レギがどうしてもって言うならそうしてあげる。』
『必要になった時に声を掛けてくれればいいよ。ボクはキミの剣を見ているのも好きだからね。』
「場所を空けな!巻き込まれたくなかったらね。」
シズクの号令で団員達が手を止め場所を場所を空ける。
俺はその対面に立ち新たな剣を抜く。
不便なアルカディアを嘆かれて団長であるデュナミスから入団祝いに与えられた二振りめの剣。
銘はミストルテイン
エヴァの持つ双剣、レーヴァとテインの姉妹剣であり不朽が付与された直剣。レーヴァとテインに性能では劣るがれっきとした業物である。ちなみにエヴァとの戦いで使っていたロングソードは持っていかれた。
「ほう、良いものを貰ったな。デュナミスめ、私らには使い古した物しか渡さないくせに...。」
そう愚痴りながらシズクも太刀を鞘から抜き放つ。
武器は持ち主の実力を写し出す鏡。
銀の輝きを放つ刀身は水に濡れたように磨き抜かれておりそれを霞に構えるその姿は神々しさすら感じさせるものだった。
水を打ったように静まり返る空間。
そっとミストルテインを正眼に構える。
「"カーサス"そして王国魔導騎士団末席、レギ。」
一人の剣士として、騎士として宣言する。
「第二部隊 刀衆 隊長
シズク・シチジョウだ。妹が世話になった。」
「え!?」
突然告げられた事実に思わず聞き返すが返ってきたのは返事では無く高速の袈裟斬りだった。
「ほう、不意を付いたつもりだったのだがな。」
袈裟斬りを完璧に防ぎ切って見せる。初撃を防ぐ。師匠の教えは例え虚を突かれても身体を突き動かす。
「まさかヨルハの姉君とは...。」
「私の知る妹とは別人であったがな。それも貴様のおかげと耳にした。礼として稽古を付けてやろうというわけだ。」
そう言い再び斬りかかってくるシズク。
一度だけみたヨルハの剣技に姿が重なる。
だがその速度、練度は比べ物にならない。
その斬撃は早く、重い。熾烈な斬撃である。
剛剣 そう称されるのに相応しかった。
片手で振るわれる太刀に対して両手で受けているこっちのガードが吹き飛ばされる。
細身に見えるその身体のどこにそんな力があるかと言わんばかりの猛攻に防戦一方に俺は防戦一方に陥っていた。不朽を付与されたミストルテインでなければ剣が砕かれるか刃こぼれしてたことは必須だろう。
痺れる腕、焦る心を切り離して思考を落ち着ける。
防ぎ続ける中で相手の斬撃を見極めるべく神経を集中させる。
太刀はリーチこそ長いが小回りは利きにくく、隙が大きい。まあ当然の事ながらシズクは超絶技巧でその隙を補っている。
だがそれでも師匠やエヴァの双剣に比べれば隙はある。
その一瞬を見極めるのだ。
太刀を気持ちよく振るわせないように、振り抜かせないように、立ち回り、防ぐ。
勢いを削らせた斬撃ならば吹き飛ばされる事が少なくなってきた。
「はっ!やるではないか。魔力を切っているとはいえ多くはないぞ、私の太刀を受けれるやつはなぁ!」
シズクが吠え、さらに斬撃が加速する。
熾烈な斬撃はさらに苛烈さを帯びる。
けれど俺もまたシズクに呼応して加速する。
三日前、創劍とデュナミスの魔法によって高められた有り得ざる自分。自分では無いレギ。あの時の自分に決してなれはしない。だがその感覚、己ではない自分が振るった斬撃をこの身体は覚えている。
決してなれはしない。だが追いかけることは、憧れることはできる。
理想の俺に手を伸ばすことは、今の俺にもできる。
感覚に身を委ね剣を振るう。研ぎ澄まされた感覚は今の限界を引き出すのだ。
少しずつ、ほんの少しずつだけ俺が剣を振るう回数が増え始める。シズクの斬撃を弾き、俺が攻め立てる回数が。
「あの子...シズク様と打ち合えてる。」
「認めるしかないだろう。こと剣術において俺たちは新入りに劣っているということを。」
「また鍛えがいのある奴がきたな。俺たちも負けてはいられまい。」
周りで観ている団員達、シズクに負けて転がっていた団員達がそれぞれ口にする。
そして誰かが合図したわけでもなくシズクとレギ以外にも再び甲高い音が響き始めた。
自然と始まる剣戟。あらゆる武具のぶつかる音。プライドを賭けた喧騒。
だがそんな剣戟の音も喧騒もシズクとレギには耳に入ることは無い。
シズクの太刀が振り抜かれる。
それをレギが剣の腹で受け止めその勢いを利用し刃の上滑らせてシズクに迫る。だがその途中でシズクが片手で握っていた太刀を両手で握りレギごと振り抜き吹き飛ばす。
いつの間にかレギはシズクと打ち合えるまでになっていた。高度な駆け引きを繰り返すまでに。
エヴァは繰り広げられる剣戟の美しさに目を奪われていた。そして思ってしまった。
「ああ、本当にこの子は...。魔法の無い世界なら願い望む英雄になれたのに。世界は残酷。」
心からの本音だった。だがそれは言ってはいけなかった。聴かれてはいけなかった。
エヴァが手に持っていたアルカディアが震える。そして拒絶するようにバチッと魔力が迸りアルカディアがエヴァの手から離れる。そして現れた影によって抱きかかえられた。
「「ねえそれ、レギに言ったら私が貴女を殺す。」」
周りに気取られることなく、ただ静かに押し潰されそうな敵意、そして殺意がルクス、ニアから放たれエヴァを襲う。
主が弱い(笑)せいで今は力を持たないのだが
死精、そして剣霊は本来高位精霊である。
ルクスは隠している本性を、ニアは怒りによって無意識の力を発揮していた。
「ボクとニアはレギの想いによってかの元に集った。それを否定はさせないよ。取り消してもらおうか。」
凄まじい圧を感じながらもエヴァの心に湧き上がる思いは反対に穏やかなものだった。
「ふふ。愛されてるね、レギは。」
「........ふぇ!?」
唐突な一言に変な声と共にボンッと湯気を立てながらニアがオーバーヒートした。顔を真っ赤にして目を回している。
「そうね。私の失言、けどあなたたちのレギなら私の予想を超えてくれるでしょ?その可能性を視たからこそ私は彼を弟子にとったんだもの。」
けらけらと笑いながらそう告げるエヴァに思わずルクスも笑ってしまう。
「あははっ。キミの言う通りだよエヴァ。ボクとした事がカッとなってしまったね。そうだね、思っていたよりボクらはレギの事を好きみたいだ。」
「そ、そうよ!好きよ!大好きよ!何が悪い!?」
なんとか持ち直した?ニアは相変わらず顔を真っ赤にさせてそう宣言する。
「ルクス、ニア。レギが強くなるにはあなた達の力が必要。手を貸してね。特にこの後。」
これは剣霊になるわけだと。ニアを見ながらエヴァは思う。これほどまでに愛されるレギのことを少しだけ知りたい、けれどまだその名を知らないエヴァの心は奥底で芽生えた感情にはてなマークを浮かべるのであった。
誰にも気が付かれていないはずの騒動ではあったが実は一人レギだけは何故か急に減った魔法力によって気がついていた。
いや、正確にはレギの身体だけが。
レギの意識は目の前のシズクに全て向けられているからだ。
もう少し、もう少しでこの状況を打破できる。
その予感...確信があった。
そこから幾度だろうか、刀と剣をぶつけ合いながらも俺の右眼は見逃さなかった。
シズクの身体にほんの少しだけ走る淀んだマナが写し出す黒の線を。先程までは届く気配が無かった。だが今なら。
そうして踏み出した俺の目の前に迫る死の線。
それがどうした。俺は躊躇無くそれを踏み越えてエヴァの太刀を受けるのでは無く身体を回転させ無理やり避ける。完全には避けきれずに太刀を受け血が流れる。それでも前へ、ただ前へ。
"捉えた" そう確信した。
だが.....次の瞬間視線がブレた。
視えていたはずの死線が掻き消える。
景色の暗転、そして突如として世界に色が戻る。
コントロールを失った魔眼が解かれたのだ。
「甘いな。最大の好機こそ致命的な窮地であると心得ておけ。」
腹に襲い来る衝撃と共にシズクの言葉が脳裏に響く。
シズクは空振りした太刀を敢えて振り抜きその勢いを利用して俺の腹に回し蹴りを仕掛けたのだ。
「俺の動きを読んで敢えて隙を...?」
途切れそうになる意識を繋ぎ止めて問い掛ける。
「お前が私の動きを読み切る間に何故自分の動きが読まれないと思ったのだ。お前を殺せる機会は何度かあったぞ。まあ思っていたよりお前が打ち合えたのでな、興が乗ってしまったわ。」
ガハハと笑いながらシズクは太刀を納める。
それは...そうだ。剣戟と相手の動きを読むことに集中しすぎて思考が回っていなかった。相手は格上だ、俺の動きが読まれるのも当たり前ではないか。
だけど...
「凄いねキミ。...本来避けられるものではないはずだけど?」
氷解しない疑問をルクスが代弁する。
そう、俺はシズクの死線を斬りにいったのだ。そしてその斬撃を可能にするために己の死線も踏み越えた。躱せないはずの一撃なはずだった。けれど避けられた。そこに何か理由があるはず俺はそれが知りたかった。
「ほう、そうかお前が死精か。なぁに簡単なことよ。お前たちには絶死の境が視えているのだろう?」
「ああ、そうだね。ボクらはそれを死線と読んでいる。」
シズクが俺とルクスを見て問い掛ける。
ルクスが応え俺は頷く。
「簡単な話だ。私はその境を操る技を持っているだけだ。視えてはいない、が己の感覚のみでな。
東洋では魔法が見つかる以前、剣を用いた一対一での決闘が戦の常だったと聞く。真剣による命の取り合い、隙を見せた方が死にゆく運命。だから私たちの祖先は絶死の隙を境に変え操る術を得た。
奇しくもそれがお前たちの技と似たようなものだったというわけだ。」
学びを得る。死線すら操る強者がこの世界にはいる。脳がクリアになっていく。
そういう者もいるということを加味してこれから戦わなければならない。それに集中すると状況把握も出来なくなることも分かった。
知識を得て、経験に変えて、己へと還元させる。
こうして一歩一歩積み重ねていくしかない。
思考の海に身を投げようとして...
「...ギ、レギ。考えるのはいい事。けど今は治療が先。」
エヴァにそう言われてようやく気がつく。
鼻血と斬られた所から血がめちゃくちゃ出てた。それはもう、道着を赤く染めるくらいには。
「ヴァン、レギを医務室へ連れてって。」
「任された。立てるか?レギ。」
眺めていた騎士の一人にエヴァが声を掛け、騎士がそれに応える。
「立つのはなんとか...。」
「よし!先輩として肩を貸してやろう。」
エヴァの視線から意を汲んでヴァンはレギを引連れそそくさと出ていく。
そしてレギが出ていくのを見届けてからエヴァは虚空に話しかけた。
「皆、どう思った?」
すると景色がズレる。
隠密結界が張られると共に高等世界系魔法に属する
【透明】が解除された。
「ふう。これはまた凄いの連れてきたなお嬢。」
「そうねぇ、アレは矯正に苦労すると思うわよエヴァ。」
密かに行われていたのは新入団員恒例の隊長たちによる品定め。
新入団員の誰もが通る道(知られてはいない)でありこの結果で育成方針が決められる。
歴戦の猛者たちが手の空く限り導き、育てあげる。魔物と戦う最も過酷な現場でありながら死亡率は低く、撃破スコアは総じて高い。
こうした育成により魔導騎士団は他国に名だたる騎士たちを排出するのだ。
そして自ら相手をしたシズクは少しだけ悩む素振りを見せて口を開く。
「さて、結論から言うぞエヴァ。あれは重症だ。欠落しているとは聞いていたがあれは最早異常の類だ。」
シズクの一言によりレギの未来を左右する...かもしれない会議が始められるのであった。
ダンまちシリーズが一気に動き始めてモチベ上がります。




