閑話 私の罪
再び勢いで書きました。
お目汚しするかもしれませんが読んでくれると助かります。
私は何度も同じ夢を見る。
そんなことをしなくても私は私の罪を忘れることは無いというのに。
私は目を閉じる。
そしていつもの同じ光景が脳裏に浮かび、眠りへと落ちるのだ。
私がルクス・ゼクスディアとやつを呼んだのはルクスが母と契約していたからだった。
父と母、そしてルクスは仲良しだった。
父と母が結ばれるきっかけになったのがルクスらしい。
戦乱の時代にありながらどんな時も一緒で三人が使う魔法は美しかった。
三人は戦場で名を馳せある二人の大魔導士に誘われてとある国に身を寄せることになった。
そして魔導騎士団の一員として力を振るっていた。その国の名がエルフィニアである
母は強かった。死精の力を使いこなして魔物を狩り、敵を倒す姿はとてもかっこよかった。
そして父はそんな母を支え、癒す万能の魔導士。
まさに理想、最高の魔導士たちだった。
そして父と母を誘った二人の魔導士はもっと凄かった。
あれこそが英雄の姿だと父と母はよく語っていた。
私は憧れた。父と母に、そして英雄たちに。
そして自然と私もそんなヒトたちと肩を並べ、共に戦場に立っていた。
戦乱の世の中である事を忘れる程には皆と過ごす日々は楽しかった。剣の腕を磨き、魔法を磨き、両親、そして英雄たちに教えを乞う。輝かしい日々だ。
けど悲劇は唐突に起きる。
その日は雨の降る日だった。
本当は待機のはずだった私は何だか嫌な予感がして無理やり戦場に同行した。
その予感は的中した。
私たちは力を持ち過ぎた。
そして戦乱は長く続きすぎた。
私たちは敵をたくさん作りすぎた。
多数の魔物、敵の魔導士たちに囲まれて私たちは死の淵にいた。嵌められたのだ。
英雄たちもまた敵の策に陥り分断されていた。
ギリギリの戦線を保ちながら私たちは戦っていた。ほんの少しの糸が切れれば全てが崩れててしまう中で。
きっかけは簡単だった。
弱かった私が倒れた。
元々この場にそぐわない力しか持ち合わせていなかったのに無理を言って付いてきた私が。
そして意図も容易く戦線は崩壊した。
朦朧とする意識の中
狂乱に包まれる戦場の中で母が言った言葉が今も耳に残っている。
「いいのかい?エレン。」
「それしか方法は無い。私を、私の器を信じて、ルクス。」
「皆聞いて。私に命を預けれる?そして私が私じゃ無くなった時、殺して欲しい。」
まず父が。続けて皆が頷く。当然、その意味を全て理解して。
この場を打破することが出来るのは、ルクスの力だけだと。
そして母は死精の力を全て解放した。
「赦しはいらない。これは私の選んだ選択。命を貰うわ。」
死を纏う嵐となって敵を、魔物を屠り続ける母。
ようやく希望の光が見え始めた矢先
ピシリ...っとなにかが割れた。
そして母は暴走した。器の崩壊だ。
溢れ出した死の力はまず隣にいた母の親友の命を一瞬で奪っていった。
その親友が死に際に放った言葉。
「貴女に、背負わせてごめんなさい。」
笑顔で死んでいった彼女の言葉と、母の顔を、私は生涯忘れることは無いだろう。
父はあらん限りの力を使って結界を張った。
ほんの僅かな懺悔の時間、そして未来を作るための時間を作り出すために。
指先を黒く染め上げる母は親友を抱きながら涙を流した。
そして力の根源たるルクスを呼び出した。
「ごめんなさい、ルクス。私じゃダメだったみたい。」
母の零す言葉を聞いてルクスは悲しそうな、それでいて空虚な顔をしていた。
「ねえ、皆。私は未来へ、希望を届けたい。」
真意の込められた視線で母は仲間を、そして私を見る。
「エレノアを逃がす。その為に、私たちの命を燃やす、いい?」
「はっ。そんなの言わせんな。いつだって大人が子の為に命を賭ける。当たり前のことだろ。」
「そうよ。それにリリィも言ったでしょ。貴女にだけ背負わせないわ。」
仲間たちから賛成の声が上がる中で私は混乱の極地にいた。
「いや!いや!そんなのだめ...私だけが生き残るなんて!絶対ダメ!みんなで生き残るんだから!!!」
涙を流し、喚き散らす。
「ははっ!エレノアは良い子だな全く!この子のために死ねるのなら俺の人生無駄じゃなかったというものよ。」
「うふふ。とてもこの乱暴者の二人から産まれたとは思えないわよねぇ。」
「おいおい正しくても言っていいことと悪いことがあるだろ。はっはっは!」
「な!酷いわあなたたち!私が居なかったらとっくに死んでるくせに!」
響き合う笑い声とたくさんの笑顔。
なんで?なんで笑えるの...!
わかんない...わかんないよ!!!
「エレノア、お前は俺たちの光なんだ。光を絶やしてはいけない。お前は生きて、その光を誰かに繋がなければいけない。」
父は優しく微笑み私の頭を撫でる。
「ルクス。話は聞いてたわね?私たちの命を全部あなたに捧げるわ。だから、この子だけを護って。」
「ああ...分かったよ。ボクは約束は守るよ。死精だからね。」
「ありがと、そしてごめんね。次の子が...あなたの願いを叶えてくれることを祈っているわ。」
「いや!いや!待って...ねぇ...お母様...お父様!みんな...。独りにしないで...。」
皆が、父が私の頭を撫でて、一人一人倒れていく。
そして最後に残った母が告げる。
「ごめんねエレノア、私の光。私たちはずっとずっと貴女を見守ってるわ。愛してる。」
"命ををもって 全てを喰らえ"
【大蝕檻】
全ての命を喰らう、檻が世界を閉ざす。
恐怖に染まる戦場も、響き渡る悲鳴も
全てが色褪せて...過ぎていく。
そして終わりは訪れた。
私は立っていた。
生者のいない 静寂の園に。
ヒトは悲しみや苦しみを越えると何も感じなくなるのだ。
涙は枯れ果て 泣き叫ぶ声も涸れた。
だが私の罪はそこで終わらなかった。
グシャッとなにかが蠢く音がする。
世界は、均衡を保とうとする。
その数多の犠牲は、調和を保つべく、新たな生命を産みだそうとしていた。
そこにある死を吸い上げマナが澱んでいく。
いつしかそれは形を作り身体を成していく。
怒れる蛇 死へと立ち向かうべく、死を超越した超外の魔物。
その名はヨルムンガンド
絶望が現れていた。
この場に生者は一人。
その牙が私を捉えようとこちらを見据える。
私は諦めた。もう誰もいない、なら死んでしまえばいい。
私はその牙を受け入れるべく目をとじた。
だがその牙が私に届くことは無かった。
英雄が、現れたのだ。
「立て!前を向け!死ぬ前に後悔なんてするんじゃねえ!死んでから後悔しろ!
そして俺は、お前を死なせない。あいつらが繋いだ命は、俺が護ってみせる!!!」
その言葉が空っぽになっていた私の心に吹雪いた。
そして私は立ち上がった。
立って見届けた。英雄の戦いを。
「おいルクス!あいつ不死じゃねえか!お前の力で死を付与してくろよ!」
「生憎ボクはもう力を使い切ってしまってね。それは叶わない、封印するしかないよ。キミたちならできるだろ?」
「封印!その手があったか!」
英雄たちは蛇を激闘の果てに封じることに成功した。
そして全てを終えた英雄は私の肩を叩き
「いっぱい泣け。声を出して、無くしたものを想いながら泣き叫べ。そして泣き止んだら前に進め。そして強くなりたいのなら、俺たちの元へこい。」
それだけ言って英雄は再び戦場へ消えていった。
決壊する。溢れ出る想いは雫となって零れ落ちる。
どれだけ泣いていただろうか。
そんな時ふと
「ああ、なるほど。いいよ。けれどキミたちは...。」
声のする方を振り向くとルクスが独りで話していた。
いや、違う。よく見るとそこには六色の光が飛んでいた。
「エレノア、手を出すといい。」
言われるがままに両手を出すと。
六色の光が重なりこの世に二つとない虹の魔石が現れた。
そして気がつけば隣にあった父の杖。
創星樹から作られた聖杖がまるでその石を抱くようにその枝を広げたのだ。
そして世界最高の杖は造り出された。
「その杖の名は【大星杖イシュロン】エレンたちからキミへの最後の贈り物さ。」
「お母さん...お父さん...皆...ごめん..なさい。ああ、うわぁぁぁぁぁぁん。」
再び涙が溢れ出した。
自分が弱いせいで皆が死んだのに...ただ泣くことしか出来ない自分に腹が立った。
私は弱い自分を呪った。
弱いまま死のうとした自分を呪った。
涙は再び枯れていた。
「その杖は凄い力を秘めている。けど弱者が振るえばたちまち力に飲まれてしまう呪いの杖でもある。
キミの弱さ故に、エレンたちは死んだ。
キミはそのままでいる気か?」
ルクスの声が、私の胸を打つ。
杖を握る手に力が込められる。
「エレンたちの半分はキミの手に。そしてもう半分は封じられたかの魔物の中に囚われたままだ。」
その言葉に、黒い炎が私の中で燃え上がった気がした。
「かの魔物はいつの日か眠りから醒めるだろう。あの子たちの魂を解放したいのなら
強くなるといい、エレノア。もう失いたくないならね。」
私は立ち上がる。決意を心に秘めて。
「ルクス、アレを殺すのにあなたの力が必要なんでしょ?」
「へぇ。よく聞いてたね。その通りだよ。ボクたち死精が死の概念を付与しない限りかの魔物に終わりは訪れないだろうね。」
「なら、私と契約して。」
怒れる瞳、復讐の炎と自らの罪に蝕まれたボクの大好きな輝かしい瞳だ。
いい顔をするようになった。
けどダメなのだ。キミにはボクを扱える才能は無い。エレンでも足りなかったのだから。
新しい、主を探さなきゃな。
「残念だけどそれは叶わない。エレンは期待外れだった。キミもダメだろう。」
嘲笑と共にそう告げるルクスに私は絶句した。先程までの優しかった両親の友の姿はそこには無かった。
私は沸き上がってくる激情を偽ることなくぶつけてしまった。
「ルクス!貴様は...!母様を愛していたのではなかったのか!友として...主として...。母は間違いなく、お前を...父様と同じように想っていたはずだ!」
違う...私が見てきた三人の姿は...
「はは、あはははははっ。」
ルクスは耐えきれないと言わんばかりに笑い出す。
その笑い声は私を絶望に叩き落とすのに十分だった。
「はぁ...ほんとにヒトっていうのは面白いね。ボクはねエレノア。ボクの力を使いこなせるヒトを探してるんだ。ずっっとね。
そんな長い時の中でエレンに出会った。
彼女は凄かったよ。今まで出会った契約者の誰よりもボクを使いこなしてみせたからね。
けど彼女は命を落とした。
キミのせいだよ、エレノア。
キミなんかを護る為に彼女は死んだんだ。
彼女が生きていればボクの望みは叶ったかもしれないのに。」
ルクスはつまらなそうに、ただ当たり前のように残酷な真実を告げてくる。
「やめろ...やめろ!!!もうやめてくれ...もう何も言わないで...。」
その言葉に私の心は再び折れかけていた。
いや、もう折れていた。
けれどそれは許されなかった。
イシュロンが輝く。虹の光が私の心を包み、絶望をかき消していく。
「はははっ。そうだ。キミはもう折れる事は出来ない。その杖にエレンたちの意志は無い、けれどその杖はキミに折れる事を許さない。それが彼女たちの最後の願いだからね。
その杖はキミへの愛でありキミの罪であり呪いだよ。」
私の空虚な想いなど無視して身体は活力に満ちている。
ルクスの言葉を私は身をもって体感する。
「なあに、安心するといい。かの魔物が復活する前にはボクは誰かと契約しないといけないからね。ボクを探し出して協力させればいいさ。」
そう告げるルクスの言葉が胸の奥に落ちる。
「度し難い存在ね...あなた。だけどあなたは正しい。罪を抱えて強くなるしかもう私に残された選択肢はない。」
「バイバイ、エレノア。またどこかで会おう。」
それだけを言い残して両親が愛した精霊はあっさりと消えていった。必ず見つけ出す。死精の力は私の復讐に必要だからだ。
小さな魔導士は杖を構え立つ。
そして少女は覚悟を決める。英雄になるために。己の罪を抱えて生きることを。
英雄に師事し、少女は偉大な魔導士になる。
英雄がこの世界を去り、英雄と自らが呼ばれるようになろうとも、彼女はその胸から罪が消えることは無い。
戦が終わり、エルフィニアを守護しながら弟子を育てる。そんな平穏にあっても胸の黒い炎は消えないのだ。
これは私の贖罪の物語。
いつかもう少し詳しくしたものを書こうかなとも考えています。




