第四十四幕 師と弟子
今週もギリギリですみません
色の奔流が視界を埋め尽くす。
様々な色の糸が重なり合って、絡み合って、反発しあって、世界を作り出している。
たくさんのヒトが周りにはいた。
こっちに手を伸ばすヒトも。
その手を掴もうとした。
けど身動きが取れないほどにビッシリと、糸が張り巡らされていた。
藻掻く、藻掻く。 動くために、その手を掴むために。
糸は切れる、いとも容易く。
手を伸ばしていたヒトが倒れた。
助けなきゃ。また手を伸ばす。
まとわりつく糸が鬱陶しい。
身体に巻き付く糸を強引に引きちぎる。
七色の糸を。
数多が倒れた。
崩れ、爛れ、割れて、溶けて、千切れて
砕けて、眠るように。
まただ。
糸が邪魔で助けられない。
邪魔なら消してしまえばいい。
いつだってそうしてきたじゃないか。
糸を殆ど斬った。
これでもう邪魔するものは無い。
さあ、救おう。
けれど周りを見渡しても誰も見えない。
さっきまではあんなにたくさんいたのに。
目の前に山がある。
その上からなら見つけられるかもしれない。
そして頂上に立って気がついた。
居た。確かにそこに。
もう動かない屍となって。まるで大地のように。辺りを埋め尽くしていた。
そこで初めて気がついた。
今自分が登ってきた、踏み越えてきた山は
幾重にも重なった屍だった。
騒がしいくも愛おしい剣霊はもう口を開くことは無い。
様々な誘惑で俺を堕とそうとする死精ももうペテンを口にすることは無い。
そして自分が今立っているのは...
たった一人の家族の上。
俺は最後に残っていた糸
首に巻きついていた糸にそっと触れる。
それを斬った。
ああ これが救いなのだ。
途端
世界が軋む
世界が壊れる
『...ギ...レギ!ねえ!大丈夫!?』
俺を呼ぶ声がする。
そうだ、俺は。
バッと起き上がる。
自分の息が荒い...、身体中が汗で濡れている。
あれは夢...?だったのか?
思考が纏まらずに動けずにいたら急に身体が揺さぶられた。
「ねえ!聞いてる!?」
ニアだ。魔力の消費を感じる。
どうやら勝手に実体化したらしい。
けど今は自分に触れるその手の温もりに安心感を覚えた。
気がつけば俺は手を伸ばしていた。
ニアの美しい黒髪に触れ、頭を撫でる。
「え!?ちょっと...!?何か言いなさいよぉ.....。」
ニアはくすぐったそうに、けれども嬉しそうに俺の手を受け入れる。
掌に触れる温もりを確かめるように頭から頬に移動する。
ああ、確かにここにいる。これは...現実だ。
ニアは顔を赤く染めながらも俺の手に全てを委ねて目を閉じる。
一筋の涙が俺の頬を伝う。右眼からだけ。
「ありがとう...ニア。俺の隣にいてくれて。」
なぜだか分からないけれど自然と言葉が零れていた。
「で?ボクは一体何を見せられているのかな?」
「んもう!せっかく良いところだったじゃない!邪魔するんじゃないわよルクス!」
「生憎ボクは甘酸っぱい雰囲気は苦手でね。とても見てられなかったのさ。」
耐えきれないと言わんばかりにルクスが実体化する。流れていた空気も霧散する。
ルクスとニアが繰り広げるこのやり取りも不思議と嬉しく感じた。
あの夢は一体...夢にしては感覚がリアルすぎた。
けど夢の内容が思い出せない。ついさっきまで覚えていた気がするのに思い出そうとする度に靄がかかっていく。
けれど怖い夢だった...それだけがハッキリと頭の中に残っている。キモチガワルイ。
「起きたのね。...すごい汗、立てる?シャワーを浴びた方がいい。」
ポニーテールを解き、まだ半分濡れたベージュ色の髪を梳かしながら少女は部屋に入ってきた。
俺を倒した女騎士、エヴァだった。
鎧を脱ぎ薄着になった彼女は自分とそう歳が変わらないように見える少女だった。
その事実がまた少しだけ俺の心を締め付ける。
だがすぐに思考を切り替えた。
「待って欲しい、状況が分からない。俺の処遇はどうなったんだ?」
俺はエヴァに殺されるはずだったはず。けど今俺は生きている。しかもどうやら治療もされてベッドに寝かされていたのだ。
「君は今日から魔導騎士団に入ったの。そして私の弟子になったわ。」
「...へ?」
思わず変な声を出してしまった。
「死精の力は放置しておくことは出来ない。けど殺しちゃうのも惜しい、それ程の輝きを私は君に視た。だから監視と制御の名目で私が君の命を貰ったの。既に王命も貰ってる。撤回はされない。」
エヴァの言葉を受けてそっとルクスの方を見る。意識が落ちる前に掛けられた言葉を思い出したからだ。
「残念ながら彼女の言う通りだよ。まあ要約するとボクらは負けて彼女達の軍門に降ったということさ。」
まあこの子も何も知らない道化なんだけどね。まあ悪い大人たちの事情は黙っておこうか。
ルクスは表情にも出さずにそう告げる。
そうだ.....負けたのだ。
剣と剣を、魂と魂をぶつけ合って完膚無きまでに負けた。多少相手にはなった...はず。
まあ負けは負けだ。それに本来殺されてるはずだったし生きてるだけで儲けものだろう。
けど.....
「状況は分かりました。師匠?エヴァさん?なんと呼べばいいですか?」
「敬語は要らない。エヴァでいい。」
「なるほどな。じゃあエヴァ、俺自身はそれで納得した。だけどマスター達は納得しないと思うが...。」
そう言い手の甲にあるギルドの紋章を見つめる。
マスター達は間違いなくこれを良しとはしないはず。強くなるために死精という毒を飲むことを決意したばかりではあるがこればっかりは申し訳なさが襲い来る。
「うん。多分今戦ってると思う。私も気になるし見に行こうか。」
戦ってる。まあそうだろうな.....。
あの人俺たちの事好きすぎるし...。
いやほんとに胃がキリキリしてきた。
けど気になるのは俺も気になる。
アルフェニス・ジェラキールの戦いは。
〜魔導騎士団本部 上空
静寂が支配する空に突如二つ影が出現する。
本来なら騎士団本部を覆う結界が反応するはずなのだが超越の名を拝する二つの影は一切悟られる事無く転移を完了させていた。
「まさかここに乗り込もうと言う気か?」
「ギルドの紋章はここを示している。なら私は行くに決まっているだろう。だから君は着いてきたのだろう?シリウス。」
「ふん。今回の件は何かしらの意図を感じる。それを確かめに来たまでだ。」
アルフェニスとシリウス、二人がそんな小言を交わしていると足元が光り出し魔法陣が展開される。
未だに辺りは静寂に包まれている、結界には反応していないはずなのに検知されたようだ。
「どうやらお出迎えのようだね。安心して身を任せるといいよシリウス。私以上の空間魔導士の仕業だ。」
「その魔導士について後で詳しく教えて貰うぞ...。」
「その必要は無いさ。今から嫌でも知ることになるはずだよ、さあ行こうか。」
魔法陣が一際輝く。
光が収まった後には既に二つの影は無く、再び静寂が支配する。
時はほんの少し遡り
〜魔導騎士団本部 演舞室
魔導樹の森がすっぽり入る程の広さを誇る演舞室。
その真ん中に立つのは二人。
見る人が見れば転げ落ちる杖を持つ女魔導士とこれもまた国家予算に匹敵する価値を持つ剣を腰に帯びた老騎士。
アルフレッドとエレノアである。
二人は特注品である天井から吊るされている魔導儀に映る二つの影を見ていた。
「ほう、私が作った結界に反応しないとは少しはやれるようになったではないか。それにもう一人はあのじゃじゃ馬姫か、時の流れとは早いものだな。」
「超越の位をもって少しとは貴様は変わらぬな。儂では少々骨が折れる相手だと言うのに。姫様をそう呼べるのも今や数少ない、まあ貴様はほっといても死なぬだろうがな。」
「抜かせ、アルフレッド。しぶとさでお前の右に出る者などいないだろうに。
まあよい、呼び出すとしよう。」
エレノアが杖を掲げると魔導儀に映る二つの影の足元に魔法陣が出現する。
そして二つの影が掻き消え目の前に新たな魔法陣が出現し、免れざる客が現れる。
「久しいな、我が弟子よ。息災であったか?」
「やはり.....。お久しぶりですね、師匠。まさか帰っていたとは思いませんでしたよ。」
「魔法とは自由であれと教えただろう、馬鹿弟子め。」
出会って早々に言葉をぶつけ合うのはアルフェニスとエレノア。
一見普通のやり取りを交わしているように見えるだろうが互いに超高レベルの空間魔導士、水面下では【レギオン】による領域争いが繰り広げられていた。
そしてその勝者は7:3でエレノアだった。
「...やはり正面のぶつかり合いでは勝てませんか。」
「貴様が空間支配率で押し負けるのを初めて見たぞ。あれが貴様の師か。それに...」
ここまで静観していたシリウスが初めて口を開く。そしてアルフレッドに視線をやる。
「久しいですな姫様。直接目にすることはありませんでしたがこのアルフレッド、姫様の活躍は聞き見に及んでおります故。」
「マクスウェル卿、隠居されていると耳にしていたが...。此度の騒動の首謀者は貴殿か?例え四大貴族の当主と言えど今回の騒動見逃す訳にはいかん。なにか弁明はあるか?」
シリウスは腰に提げた剣の柄を握りながらそう問いかける。
アルフレッド・ロス・マクスウェル
それがアルフレッドの本名である、四大貴族が一角マクスウェル家の現当主であり評議員議長も務めたこの国随一の権力者であり実力者だ。
なお現在は身分を多くの団員に隠しながらエヴァの後継人且つ執事として騎士団に身を置いている。
「儂は加担したに過ぎませぬ。首謀者は横の女ですわい。」
そう言いアルフレッドは目線をエレノアにやる。
そしてシリウスもまたそれに次いで視線を向ける。
「私は国防の危機を未然に防ごうとしたまでだが?何か問題があるか、元じゃじゃ馬姫よ。」
「なっ!?貴様、何故それを...! 一体何者なのだ貴様は!」
蓋をしたはずの黒歴史を掘り返されて思わず声を荒らげるシリウス。
「師匠、からかうのは辞めてください。君も落ち着けシリウス、君らしくもない。
この方はアルバレスト・エレノアール・ジュラキール。私の師にして先代王時代の宮廷魔導士だ。私たちの生まれる前からこの国を護り続ける認めたくはないが偉大な魔導士だよ。
アイリス様とも旧知の仲だ。」
「そういう事だ第一王女。お前の事はシルフィオラの腹の中にいる時から知ってるぞ。本当はお前にも魔法を教えるつもりだったのだがお前の母親に阻止されてな。仕方なくそこの馬鹿に全て叩き込んでやったと言うわけだ。」
うんうんと昔を懐かしむように語るのはエレノア。
だがそれをアルフェニスが遮る。
「師匠、答えてください。確かに死精は危険な存在です。ですが不可侵を犯してまで強行したのは何故ですか。
..........いや、腹の探り合いはこの際不要
師匠、"レギ"をどうするつもりですか?」
アルフェニスは己が抱える情報を照らし合わせた上で最適な質問をぶつける。
「ふむ。お前は相変わらず馬鹿だが聡いな。
仕方ない、答えてやろう。
簡単な事だ、あと数年もしない内にヨルムガンドの封印が解ける事が分かったからだ。これから世界は荒れる。その為に我らには力が必要だ。今以上に、新しい力がな。」
聞いていた二人の目が見開かれる。
"その名"は超越以上の魔導士にしか知らされていない機密事項の一つだったからだ。
そしてその名が告げられた以上この騒動など些事に過ぎない。それ程の衝撃を持った事実だった。
「それにレギだけでは無い。我ら魔導騎士団は今後正式に魔導学院に門を開く。学院では不要な歪な才能も我らには必要になる場合がある。戦場でこそ輝く才能もな。」
「今回のはデモンストレーションでもあったのだ。学院からこちらに引っ張るには相応の力を示さねばこちらに靡かぬからな。エヴァが戦ってる間に繰り広げられていたギルドマスターと我らが騎士団との戦いは細工をして学院中で観れるようにしておいた。無論貴様とグレイス達の応酬もな。」
エレノア、続いてアルフレッドと事の顛末が語られる。
「アイリス様が何故あそこで魔導球を撃ったか理解したよ。まさかそちら側だったとはね。」
「伝えてはいたがアイツが動いたのは私も予期出来なかったよ。どうせいつもの気まぐれだろう。
話は理解したか?そういう事だ、今日のところは帰るがいい。」
転移の魔法陣が再び輝き客を帰そうとする。
だが...
「話は分かりました。けれどレギは私が育てますので返して貰えますか?」
客人はその魔法陣に干渉し妨害する。
そう、帰る気など無いからだ。
最初から客人の目的はただ一つ。
愛すべき弟子の奪還のみ。
「ジェラ、もう一度だけ言うぞ。帰れ。
死精の力はあの子には過ぎた力だ。あのままでは力に飲まれるぞ。私がコントロールしてやる。それが分からぬお前ではあるまい。」
「帰りませんよ。レギを取り返すまではね。
師匠、レギは貴方が思うよりずっと強い子ですよ。私はレギを初めて見た日からあの人たちを超える魔導士はあの子しかいないと確信しています。あの子が死精と契約したのは間違いなく必然の運命です。それが分からぬ師匠では無いでしょう。」
「その身を滅ぼすことになるぞ。」
「例えそうなるとしても、レギは止まりませんよ。それ程までに、あの子の力への、英雄への想いは強い。強さのためなら己の死地に笑顔で踏み込む、私の愛する歪んだ才能の持ち主です。」
「やはりお前とは相容れぬな。馬鹿弟子め。」
互いに魔力が昂る。
最早領域には収まらない。
そこに在る"世界"の奪い合いが始まろうとしていた。
話がややこしくなってきました(自分で書きながら)




