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後に伝説となる英雄たち  作者: 航柊
第2章 学院生活編
37/123

第三十六幕 精霊後始末part1

お待たせしました。



おぞましいものをみた。

身体の奥底が凍てつく。

震えが止まらないのだ。


だがまだだ。


まだ倒れる訳にはいかない。


妾があの瞳を曇らせる訳にはいかない。


気丈に振舞え、尊大な口を叩いてみせろ。


心の中で自らを奮い立たせる。


アイシスの焦燥を感じる。妾の身体を案じているのだろう。

それでもアイシスは何も言わない。

彼女も理解しているからだ。


そして無事に契約が終わったのを見届けて意識が闇に落ちる。




〜時は少々遡る。



「まずいね。けれど...。」



アルフェニスは一人呟く。

現れた悪精(イヴィル)の放つ漆黒の殺意は彼女を貫いていた。

我々にすら予兆を感じさせることなく放たれた一撃を彼女が防げるはずも無くその心を侵食されている事だろう。


アイリスならば防げたのではないかという脳裏に浮かんだ疑問を咄嗟に破棄する。

今を見るべきだと判断し彼女の精神状態を分析する。


そこで表に出すことはなくとも私は驚愕する。

ドス黒い殺意に覆われながら彼女の心は純白の輝きを放っていたのだ。そしてそこにある彼女の意志を見たからだ。




これは余談であり機密事項なのだがアルフェニスは学院を包む結界「小さな世界」(アナザーコスモス)によって学院内の事象を把握している。ここまでが一般に公開されている情報であり普段は執務室にてその事象の観測を任じられている。


そう、普段は。

アルフェニスは「小さな世界」に自らの魔法力の半分、5割を使用しさらに1〜5段階結界レベルを設定している。レベルは魔力使用の割合に応じて変動する。

そのレベルに応じて外部からの情報遮断や認識阻害、対魔法防御などの効力が決定される。


アルフェニスは普段の結界レベルを3としている。3割の魔力で本来の結界としての役割を与え、そして残りの2割の魔力を結界内の把握に使用しているというのが正しい情報なのだ。


結界に対魔法防御や阻害、情報把握の効力が備わっているのではなくアルフェニスが状況によって効力を使い分けているのである。


そして結界レベルを下げ、把握に魔力を割くことによりアルフェニスは結界内の特定人物の思考すら読み取ることが可能となる。


これが全てを見通す者、アルフェニス・ジェラキールの真実。

この魔法により友好国以外からの密命を帯びた教員や生徒達を把握し、対処している。

更には魔法による不慮の事故や遅効性魔法の効果、怪我の度合いなどの状況把握も完璧に行うことが出来るためアルフェニスがこの魔法を完成させて以来一人の死者も出していないのだ。


こうして国外秘である知識や門外不出の魔法技術等を守り、学院を維持している。

この事実は学院長、そしてシリウスしか知らぬ事である。

問題はアルフェニスがこの隠された機能を自分の為に勝手に使っているということである。本来ティアやシリウスに報告義務があるのだがまあこの男がそんなことする訳もなく...。まあ深層心理までは完璧に把握出来る訳では無いしアイリス等の超象の存在たちにはあまり効果は無いのだが。

だからこそアルフェニスにとってアイリスの存在は頭痛の種であるのだ。




私はこの魔法により彼女の心内を知る。

そしてそれを補助すべく行動を開始する。

とは言っても表立って何かをする訳でもなく

静かに、そしてリオナ本人にすら気取られずにプロテクト魔法を掛けるぐらいではあるが。



彼女にここで倒れさせる訳にはいかないからね。超えるべき壁としてまだまだ頑張ってもらうよ。



アルフェニスは胸の内で思いを零す。

打算で結構。私の愛しの子、レギを強くする為なら王女であろうと利用させてもらうとしよう。


そう思考をまとめあげ気丈に振る舞う少女に目を向ける。


とはいえティナにすら気付かれないその精神力は見事と言っていいだろう。

本当は立っているのも辛いだろうに...。

最近の子は抱え込みすぎるのが良くない所だね。

王女としての立場がそうさせるのか、あるいは彼女の矜恃がそうさせるのか。

いや、その両方なのだろう。

人の本質は簡単には変えられない。

だからこそ本当は私たちが手を差し伸べてやらねばならない。

どれだけ力を、才能を持っていようともまだ彼女は15歳の子供なのだから。

まあそれは彼女のマスターであり肉親でもある優秀な同僚に任せるとしよう。


無事レギの契約も終わりリオナに救いの手を差し伸べようとした私は続く光景に目を奪われた。物魂霊(アニマテリア)がレギの剣から飛び出してきたのだ。こればっかりは驚かない方が無理というもの、この私をもってしてもその存在は見通せなかったからだ。


気にはなるがもう既にリオナの方が限界にきていた。意識を失い倒れるリオナを誰にも気が付かれる事無く受け止め静かに医務室へ飛ぶ。そして既に念話にて呼び出しておいたディアボロス最高の治癒魔導士に声を掛ける。


「ノーチェ、よろしく頼むよ。症状は殺意の波動による心の侵食だね。」


「もう、私が外に出ていたらどうしていたおつもりですか...。」


自由奔放なギルドマスターに有能ではあるが神出鬼没の副マスターのせいで多忙な身であるノーチェは愚痴とため息の混ざった呟きを零す。


本来ならば医務室には別の治癒魔導士が待機しているのだが彼女等は外的損傷を癒す治癒(ヒーリング)系統は使えるが心を癒す浄化(カタルシス)系統は使えないのだ。人の心に触れる精神系魔法は身体操作系に魔法に比べて修得何度が跳ね上がる為、現在ディアボロスで浄化系統魔法を使用出来る人物は一人しかいない。


「心配はないよ。例え君が世界の裏側に居たとしたもこうしてここで治療を行っていただろうからね。」


それ以上の問答は意味をなさないと察したノーチェはリオナの治療に向き合う。


「全く...こうなることは見えてたのでしょうに。他人を巻き込むやり方は好みません。」


理解はしつつも納得はしていないという意志が込められた言葉を甘んじて受け止めるアルフェニス。


「そうだね。見えてはいなかったけれど予想はできた事態だ。リオナ君には悪いことをしたと思っているよ。」


「はぁ...その顔は私の前だけにしてくださいね。あらぬ誤解を生みますから。」


謝りながらもアルフェニスの表情は微笑んでいた。ノーチェは誰よりアルフェニスを理解する故にその笑みに込められた意味を知っている。


「知りながら協力してる私も同罪ね。ごめんなさいねリオナちゃん。ちゃんと治してあげるから。」


意識は失われているのに苦しげに表情を歪めるリオナの手をそっと握るノーチェ。そして詠唱は紡がれる。


"巣食う悪を喰らえ 穢れなき白"


無垢薔薇(ホワイトローズ)


詠唱は重なる。


"救世の女神に希う 闇を打ち払う光 其の御業を我が手に 癒し手はここに在りて全てを祓う者 輝け"


浄化聖光(カタルシス・ブライト)



純粋無垢な白き薔薇は浄化の光を吸い花開く。


そしてノーチェはそっとその薔薇をリオナの心臓直上にそっと刺す。

するとどうだ。みるみるうちにその白い薔薇が黒く染っていく。


「凄まじい殺意ね。よく折れなかったわ偉いわよリオナちゃん。」



先程までの苦しげな表情が和らいだリオナをそっとノーチェが撫でる。



「ありがとうノーチェ。君がいてくれて助かった。私はまだやることがあるからね、戻るとしよう。」


「ちゃんとティナに伝えといて下さいね。忘れたら給料減らしますよ。あとレギ君の事もしっかり責任を持ってください。」


「おっと、それは困るね、肝に銘じておくよ。あと2人が帰ったら執務室に来て欲しい。」


それだけ言うと再びアルフェニスは転移していく。


死精(バン・シー)に物魂霊なんてね...。レギ君も苦労しそうね。」


ノーチェは才能と戦う後輩の事を思い自然と呟いていた。





しばらくして彼女は目の前で眠る少女に目を落とす。リオナに指していた薔薇は完全に黒く染っていた。そっとそれを手に取り何処からか現れた黒薔薇のみで作られた花束に加える。


「もし悪精が暴走した時は私も戦うのかしら。」


彼女は"傷"を操る魔導士。人々を癒し、傷を吸い花開く薔薇を自らの糧とする。だがしかし彼女が戦う姿を見た者は殆どいない。

ただ治癒魔導士としての"黒薔薇(ネグロズ)"の2つ名だけが広まっていくのみである。



「ノーチェが戦うなら私とも戦って欲しい。」


「あらあら、一番聞かれたくない子に聞かれちゃったわねぇ。」


「ん。ノーチェ強いのに戦わない。不思議。」


「ティナにそう言われるのは光栄だけれど生憎私は戦いたくないし戦う必要もないと思ってるわ。うちの戦士たちは強いもの。」


アルフェニスに言われやってきたティナは少しだけムスッとするがノーチェの人となりを知っているためそれ以上は何も言わない。

ノーチェもまた意識を逸らすように話題を変える。


「それでティナはどう思う?あの悪精。」


「死精なのは驚いた。けど大丈夫だと思う。ジェットもそう言ってる。」


そう言うとティナのが身につける黒い宝石が淡く輝く。


「ティナの契約してる悪精の子ね。まさか悪精を従える魔導士がティナ以外に生まれるなんてね。」


「皆怖がるばかりで歩み寄ろうしない、それがよくない。けど悪精も悪い子が多い...。難しい。」


「そうねぇ。悪精を生み出しているのは私たちヒトだというのに。」


そんな超越魔導士の会話に聴き耳を立てる者が一人。


「死精について、詳しく聞かせて欲しいのじゃ。」


リオナはまだ身体を起こすのがやっとだがいても経ってもいられなかった。


「侵食は治したけど無理しちゃダメよ?まだ寝てなきゃ。」


「ん。リオナ、私にも隠してた。そーいうの、よくない。けどごめん。結界貼っておけばよかった。」


「あそこで妾が倒れればあの馬鹿は間違いなく悪精と契約を結んでおらん。あやつはそういう奴じゃ。

それにティナ姉が謝る必要は無い。防げなかったのは妾の実力が足りなかっただけの事、それだけじゃ。」


リオナの目に後悔の色はない。

己の意思に従ったまでだからだ。

だがその瞳は少しばかり陰りをみせていた。

それよりも知りたかった。アレが一体何者なのか。


「妾の事など今はどうでもよい。それよりもティナ姉たちはアレが、死精とは何なのかを知っておるのか?」


「「...。」」


ノーチェとティナーシャは顔を見合わせるが何も言わない。


「沈黙は肯定と捉えるのじゃ。...この学院のシステムは多少姉上から聞き及んでおる。話せる範囲で構わぬ、教えて欲しい。」


リオナは頭を下げる。付き合いもそれなりに長く感情の起伏が少ないティナーシャですら目を見開く。その反応を見てノーチェもまた理解する。


「はぁ、それはずるいわよリオナちゃん。ティナ、結界張れる?」


「ん。分かった。後同じギルドの副マスターとして私が教える。ノーチェに責任はとらせない。」


「そうね、分かったわ。けどティナだけの責任では無いわ。これは私の判断でもあるって事を覚えておいて頂戴。」


「むう。ノーチェは優しい。」


「そうよ、私は優しいの。」


そう言うとノーチェはリオナに向き直る。


「リオナちゃん、頭をあげなさい。これからティナが話すことはまだ貴女たちには公開のされない情報、機密の一つ。他言は駄目、貴女の心に刻みなさい。」


空気が変わる。ティナーシャが結界を張ったのだ。

ノーチェがティナーシャをみて頷く。


「ん。あまり多くは教えられないから簡単なことだけ。死精は悪精の中でも特別。それは危険度という意味でも利用価値という意味でも。死精は私たちヒトに死を運ぶ精霊。マナがヒトの欲望や悲哀の感情を喰らい世に生まれ落ちる自我を持たず生者の魂を無差別に狙う危険度Aの災害。本来は。」


リオナは聡い少女である、いやこの場合はリオナでなくとも気がつくとは思うがティナーシャは自我を持たずと言ったのだ。だがリオナの知っている死精は完全に自我を持っている。自我どころか名前までも。


「では自我を持つアレは...」


リオナの問いを遮るようにティナーシャは続ける。


「稀にヒトの魂を喰らい続け、いつしか自我を持つ死精が生まれる。それは危険度Sの天災にも私たちに繁栄を齎す福音にもなり得る、その身に宿る意思によって。ヒトを憐れむ死精は世界に仇なす天災に、ヒトを慈しむ死精は我々の良き友となり師となる。言えるのはここまで。これ以上の詮索はリオナの階級が上がったら。」


淡々と告げるティナーシャの言葉にリオナは戦慄し身震いする。リオナの想定を超えていたからだ。


あの黒き殺意を受けた自分だからこそ心に宿る思いに偽りは無い。アレはヒトの世に仇なす天災ではないのかという疑問。そして自らの行いが天災をこの世界に繋ぐ楔を生み出してしまったのではないかという悔恨。

だからこそ問わずにはいられなかった。


「ティナ姉は聞いていたはずじゃな...妾はアレを良きものとは思えぬ。ティナ姉は、超越たる魔導士たちはアレをどうするつもりじゃ?」


「難しい。死精、ルクスには敵意を一切感じない、それに保有する魔力も僅かだった。これはアイリス様にも確認したから隠しているとかは無い。けどリオナが受けた殺意は気紛れに放ったものだとしても危ないもの。放置は出来ない。」


「そうね。あれはリオナちゃんみたいに心が強いからこそ無事にいられたようなもの。あれが無辜の民に向けられれば死者が出てもおかしくないわ。けど...」


ノーチェは言葉を詰まらせる。

代わりにティナーシャが再び口を開く。


「ルクスはレギと契約を結んだ。それも主従を。レギは気がついてないけど名前を呼ばせた時にルクス側から下につくよう仕向けてた。」


「つまりあの馬鹿が命じなければアレは何も出来ないと?」


「完全にはそうじゃない。けどそう思っていい。ルクスの興味はレギだけに注がれてるから。」


「死精は自らレギ君に縛られた、その真意は量れないけれど。死精が天災となるか福音となるかはレギ君次第って事ね。」


「ん。そういうこと。それにレギにはルクスが必要。なんとなくだけど、私の目がそう言ってる。」


ティナーシャの目の事をリオナは良く知っている。

だからこそそれが憶測の領域に収まらない事を理解するのだ。


けれどもう一つ聞かねばならない。

自らの知識を元に頭に浮かべた可能性について。


「...もし、アレが暴走した時は...。」


リオナは重々しく口を開く。

その様子を見ながら2人は真剣な表情で告げる。


「リオナの考えてる通り。」

「想像してる通りよ。」


「レギを殺すしかない。」

「レギ君を殺すわ。」



分かってはいた。だがそれでも実際に耳にするとその言葉はリオナの心を揺さぶる。


だが2人は真剣な雰囲気を一瞬で霧散させる。


「とまあそれは建前ね。実際にはそうはならないと思うわ。それこそうちのマスターがそんなことさせないはず。」


「ん。だからしょんぼりしないで。」


リオナは動揺を隠しきれなかったことを後悔する。嵌められたのだ。


「な!?あやつがどうなろうと知ったことではないがアレが暴走するのは困るだけじゃ!」


顔を赤らめながらそう叫ぶリオナ。

ティナーシャはそんなリオナにとことこと近づき頭を撫でる。その顔は幼き容姿に似合わない慈愛に満ちたものだった。


「ん。リオナは優しい子。責任を感じる必要は無い。」


「そうよ〜、それこそうちのマスターが悪いんだから。どうせあの人今回の顛末予想してたわよ?きっとこれもあの人の掌の上。少なくとも今のリオナちゃんがどうこう出来た問題じゃないしね。」


ノーチェの言葉はリオナの心に突き刺さる。

単純な実力不足、そう言われた気がしたからだ。だがそんなことはリオナが一番分かっている。ならば彼女がやることはひとつしかない。


「強くなるしかないなじゃろうな。」


リオナの瞳に再び光が灯る。


「そうそう。リオナちゃん達は先の心配なんてしなくていいわ。それは私たち先輩達に任せなさいな。貴女達は来るかもしれない未来より今と向き合うことが大事、お姉さんからのアドバイス。」


ノーチェはなんだかんだ言いながらもレギを心配するリオナに微笑ましいものを見るように笑みを向ける。


「その優しさをもっと皆に向けられたらお友達が増えるかもよ?」


「ん?リオナ、お友達いない?」


ニヤニヤしながら小言を言ってくるノーチェとぽかーんとした顔でこちらを見つめるティナーシャにリオナは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


「それが出来たら苦労は...いや、妾が今まで交友関係を無視してきた結果じゃろうな...。」


先程の頭を下げた事といい心が弱っているからなのかしおらしさを見せるリオナに2人は驚き顔を見合わせる。


「やだしおらしいリオナちゃん可愛すぎ...庇護欲すごい...。」


「ん。リオナはいい子。それは皆分かってる。」


ティナーシャは左手で身に纏うローズクォーツに触れ右手に淡く魔力を纏いリオナの頭を撫でる。



リオナは流れ込んでくる魔力に心を委ねる。



温かい魔力が冷えきっていた妾の心を満たしていく。

あったかい...。

思考がクリアになっていく。

今なら思い出せる。

死に触れたあの感覚を。




何故忘れていたのだろう。

妾はあの感覚を知っていた。

死に触れるのは2度目だったのだ。

手が腹の傷に触れる。

妾と親友に深く刻まれた傷。

死の淵に立ち傷を得て帰還した1度目。



今思えばあの時意識を失ってた中で散々とアイシスと言葉を交わした、お陰で妾にとってアイシスは信を置ける存在になった。

簡単なことなのだ、腹を割って話せばヒトであろうと精霊であろうと互いを知ることが出来る。


そして覚悟を決める。封じてきた傷開くのだ。

そっと心の中でアイシスに問いかける。


「のうアイシス。あの時妾は本当に器が足りなかったのか?今なら分かるのじゃ。あの時...お前は妾を守ってくれたのではないか?」


「...。」


応えは無い。けれど無意識の葛藤が妾の心を占める。


「咎める気は無いのじゃ。ただ妾は真実が知りたい。」


「はぁ...。そう、流石リオナね。」


心の中に生み出された白い空間にアイシスが顕現する。


「リオナ...いえ、我が主リオナ様。ここに謝罪を。3年前のあの日私は確かに主の意に反しました。それは紛れもない事実でございます。」


アイシスは謝罪の言葉を述べ平伏する。


「よい、頭を上げよ。平伏など許さぬ。訳があるのじゃろう?妾が聞きたいのはそこじゃ。」


「はい...。リオナ様の魔法。【絶対零度(アブソリュート・ゼロ) (プレシャス)女王(レジーナ)】は全てにおいて完成されておりました。完璧に発動し過ぎたのです...。

あの時リオナ様は無意識のうちに死線の奥地に足を踏み入れておりました。死という湖の上で薄氷に立っておられたのです。一歩踏み外せばたちまち死の底に落ちていたことでしょう。もしかしたら落ちなかったかもしれません...。けれど私は耐えられませんでした...リオナ様を失うかもしれないという事実に。だから私は死の湖を氷で覆う為に魔力を溢れさせました。仮にそれで主を...主の友を傷つけることになろうとも。」



涙と共にアイシスから抱えてた罪が零れ落ちていく。

救済の罪、大いなる矛盾を孕んだ涙が落ちる。


結果だけ見るならば妾は生死をさまよったが助かった。

だが妾の身体に傷は残り、かけがえのない友は心に傷を負った。

だが何もしなければ妾が魔法を完璧にコントロールし何も起きなかったかもしれない。


それがアイシスの心を苦しめたのだ。


だがその涙をみて妾の心に去来したのは強い信愛。


「アイシス。」


「はい。」


「お前の全てを妾は許そう。従者が主の身を慮るのは当然のこと。それを許さずして何が主じゃ。」


その言葉を放ちながら妾は確信を得た。

ならば後は成すだけなのだ。


真っ直ぐにアイシスの目を見つめる。

アイシスもまた妾の目を見つめ返す。

真なる主従に言葉は要らない。


「妾の意を理解したな?妾にはお前が必要じゃ。ゆくぞ相棒。」


「ええ、分かったわ。リオナ。」



涙を流していたか弱き乙女の精霊の姿は掻き消えていた。

そこにいるのは魔導を極めんとする鋼鉄の氷姫に付き慕う氷麗の魔女。


後に伝説となる英雄の姿だった。


「あやつがどんな力を得ようとも妾がそれを超えればいいだけの事。」


リオナは目を開ける。


「感謝を、ティナ姉。お陰で妾が成すべきことを思い出したのじゃ。そなたにも感謝を、黒薔薇よ。」


「ふふっ。礼なんて要らないわ。治癒魔導士として当然のことをしたまでよ。それにいい顔になったわ、もう心配いらないわね。」


「ん。見違えた。リオナ、かっこいい。」


ティナーシャの言葉に少しむず痒くなるリオナだった。


「先程までの妾は妾では無かった。忘れて欲しいのじゃ。ティナ姉、姉上に頼んで演習室を空けておいて欲しい。妾は友を呼びに行かねばならぬ。」


「ん。おっけー。」



「レギ君の事は心配いらないわ。リオナちゃんは自分の信じる道を行きなさい。遠くない将来、私が相手をしてあげる。」


笑みを浮かべながらそう言い放つノーチェからリオナはまるで薔薇の棘で全身を刺されるようなプレッシャーを感じる。


「はっ!それが貴様の本性か。妾はそっちのが好みじゃぞ。」


「あらやだ、私はか弱い乙女よ?じゃあまたね。」


それだけいい手を振りながらノーチェは背を向け医務室を後にしていった。


「ん。気に入られたねリオナ。」


ティナーシャもまた転移にて姿が掻き消える。



「さて、愛しい我が親友の元へ参ろうではないか。」





〜執務室


「どうやらあちらも無事に終わったようだね。ふぅ、やはり探知には神経を使うね疲れたよ。」


「ふん。この覗き魔め、いつか暴露してやろうかのう...。」


「それはやめて欲しいねサテラ。私といえども生きては帰れなさそうだ。」



リオナの精霊の名前がごちゃごちゃになってたので修正しました。

大変申し訳ありません。

あと勢いで書いたのでミスが見つかり次第訂正します。

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