第三十五幕 ここから
先週更新できなくてすみません。
いつだろうか。
自由気ままに世界を渡っていた私が剣を振り続ける彼を見るようになったのは。
初めは気紛れだった。それっぽい器があったから収まってみただけ。ひと時の暇潰しに過ぎなかった。
けど私は何時しか夢中になっていた。その姿に、振るう剣の美しさに、誰よりも剣を想うその心に、妹を守るその背中に、私は心を奪われた。
この子は素晴らしい剣士になる。
私は確信していた。
これもいつだろうか。
彼の心に陰りが見えたのだ。
私は聞き耳を立てたり色々調べてみた。
どうやら魔法力が無いことに気がついたみたい。
けどだからなんだというのだろう。
だって剣を振るのに魔力なんて関係ないんだもの。
彼の妹がどれだけ凄い魔導士になろうとも彼はそれを超える剣士になればいい。それだけの話。そんなの簡単に見えた。だって私の好きな彼は凄いのだから。
けど私は勘違いをしてた。
魔法は凄いのだ。
そして彼の妹はホントに凄い。
彼が夜に一人剣を振りながら泣いてたのを私だけは知ってる。
私は彼を哀れんだ。これ以上彼が泣くのを見たくなかった。
けど彼はボロボロの心を自分で叩き直した。
諦めることは簡単だ。ただ剣を置くだけ。
けれど彼は剣を振るう。覚悟を乗せたその剣は何よりも尊いものに見えた。
だから私が見届けよう。例えどんな結末になるとしても。
幸い彼、魔法力が低いから誰も興味が湧かないみたいだし?私だけの特等席!
「誰にも譲らない。彼の隣は私のものだもん。」
...ってさっきまでは思ってたんだけどね?
なんか気がついたらとんでもない悪精が彼に憑いてたの!!!
認識阻害魔法?ってのでほんとに気が付かなかった...
しかもその悪精が私を差し置いて彼と契約!? そんなのダメ!許せない!
...けどあの悪精強そうなんだよね.....。
あれよあれよとしてる間に彼と悪精が契約しちゃった。
あれこれ考えてたけど結局私は見てるだけしかできなかった。
自信が無かったから。彼は力を欲してる。
そんな彼の力になれる自信も...彼に手を差し伸べる勇気も私には無かった。
けど
声が聞こえた。 背を押された気がした。
思い出したんだ、私は欲張りでわがままだってことを。溢れる思いが言葉を紡ぐ。
気がつけば私は飛び出していた。
正直に言おう。俺は困惑している。
そりゃそうだろ、だってアルカディアから少女が出てきたんだぞ?今だって目の前の光景が信じられない。
飛び出してきた少女は上目遣いでただこちらを見てくる。
その目には少しばかり涙が滲んでいるのが目につく。
俺はいたたまれなくなってそっと唯一状況を理解してそうなティナーシャの方を見たのだった。
「ん。この子はずっとレギを見てた。ルクスよりもずっと。必要なのはほんの少しの勇気。」
ティナーシャは語りかけるように俺に、そして少女にそう告げる。小柄なティナーシャが大きく見えた気がした。
少女はティナーシャの声に頷く。
そして再び俺に向き合い
「レギ!私と契約しなさい!いや、契約するの!しないとダメなの!」
可愛い。なんだろう、これが庇護欲?
って守られるのは俺の方だろうに...
そこで初めて自分が見蕩れていることに気がついた。
けど今はそんなことを考えてる場合では無いのだ、聞きたいことが山ほどあるから。
「契約するのは構わない。俺は断れる立場じゃないしな。けどその前に君の話を聞かせて欲しい。それに...」
俺は精霊契約についてのルールを思い出していた。
※複数の精霊と契約を結ぶ場合
・ 精霊同士の対話又は決闘により序列を決定しなければならない。
・ 契約者の魔力不足による退界順序は序列により決定される。数字が大きいものから順に退界する。
・ 契約者から得られる魔力供給割合も序列によって変化する。
まあ俺の場合逆に精霊から力を借りることになるだろうからあまり意味は無いと思うのだが。
「そんなことはないさ。ボクたちにとって序列は大きな意味を持つからね。」
俺の思考を読み取ったのかルクスが顕現する。
少女はルクスをみてビクンと跳ねる。
「で、出たわね悪精!あ、アンタには負けないんだから!!!」
「おや、宣戦布告かな?そうは見えないけどね。」
少女はティナーシャの影に隠れてチラチラこちらを伺いながら先程の発言をしたのだ。言葉と行動のギャップが凄い。ジーッとルクスを睨みつけているので精一杯らしい。
「ルクス、さっきみたいに喰うのは無しだぞ?本当はさっきのも止めたかったんだけどな...。」
今にも手を伸ばしそうなルクスを制しておく。
「おっと。せっかくの機会だから味わってみたかったのだけどね。なんたって世にも珍しい物魂霊だからね。」
聞き慣れない単語が耳に入る。
「物魂霊?」
思わず聞き返してしまった。そしてその返答は違う方向から返ってくる。
「物魂霊は大切に使われた武器や物に宿る精霊だよ。つまり、君が生まれてから共に歩んできたアルカディアに宿ったのが彼女だ。東洋の国では付喪神とも言われる存在だね。」
アルフェニスがそう説明する。
その言葉に少女はコクコクと頷く。
「君がこれまで諦めずに剣を振り続けきた事を彼女は誰よりも知っていると思うよ。だからこそ手を差し伸べた、そうだろうティナ?」
「ん。アル様正解。」
「それとティナ、リオナ君は少し体調が優れないみたいで医務室にいるから帰りはよろしく頼むよ。」
「ん。なら私はリオナ連れて帰る。アル様、後はよろしく。」
そう言うとティナーシャはくるりと背を向ける。
「え!ま、待ってぇ...。」
その背に隠れていた少女はそんな声をあげるが
「大丈夫。あなたは自分の意思でここに居る。自信持てばいい。」
彼女にそれだけを言い残し去っていくティナーシャ。
「ティナーシャ先輩、ありがとうございました。この恩はいつか必ず。」
俺は頭を下げていた。偶然、ただの気紛れ、理由は分からない。ただそれでも彼女が手を貸してくれたこと、それが嬉しかった。
ティナーシャは応じるように手を振り俺の視界からいなくなる。
「さて、どうやら積もる話がありそうだし場所を替えようか。」
アルフェニスが指を鳴らすと景色が塗り変わる。
見慣れた執務室に帰ってきた。
「さあ、存分に語り合うといい。」
俺とルクス、向かいにアルフェニスと少女が座る。
えーっと。ピンチです。私ピーンチ!
優しそうティナーシャちゃんはすぐいなくなっちゃったし目の前の悪精さっきなんて言ったと思う?私を食べたいって言ったんだよ!?怖い...怖いよぉ。
あとビックリしたんだけどいつの間にか私物魂霊になってたんだって!全然気づいてなかった。てかそうなったからどうなの?って感じ!
色々考えたけどここで逃げちゃダメだもんね。
だから私は口を開いた。
レギが子供の頃からアルカディアに宿っていたこと。それからずっとレギを見てきたこと。ルクスの存在には全く気がついていなかったこと。
そして
「私はずっとレギを見ていたい。これから先、レギがどう歩んでいこうとも、その隣にいたい。その夢の果てを見たい。私が見つけたんだもん、世界で一番最初に。だから私が一番じゃなきゃイヤ!」
あー暑い、ホントは暑さなんて感じないんだけど暑い。絶対顔真っ赤になってる...けどこれだけは譲れないからね!
「ボクを差し置いてレギの一番になると。キミはそう言ったんだね。」
うっ...ほらきた!絶対そう言うと思った。なんでかって?そんなの簡単。だってそこの悪精と私は似てるもん。ぜえっっったい独占欲が強くってわがまま。
「そうよ!そう言ったの!何よ、文句ある?」
頑張った。私頑張った。精一杯の虚勢張ってやったわ!ま、まあ戦ったらボッコボコにされちゃうんだけどね...。
「へぇ。 ...一回、死んどく?」
ルクスは先程リオナに放った数倍の殺気を少女にぶつける。
少女の話を聞いて色々考えていた俺はその気配を感じて思わず身構えてしまった。
予期したようにアルフェニスがそっと魔法を放ち俺に防壁を貼った気がした。
だがその防壁越しにも伝わってくる信じられない程の殺気。常人なら精神に異常をきたしてもおかしくないレベルである。だがそんな殺気を受けても少女は.....
あ、死ぬ。これは無理。てか何よこのバケモン!こんな理不尽が何でレギに付いてんのよ!ん?そんぐらいレギが凄いって証明ではあるわね。やっぱ私のレギってば凄い!ってそんなこと言ってる場合じゃないっての!あーもうこうならヤケよ!どうにでもなれっ!!!
「何よ!殺気なんてぶつけられたって怖くないんだから!譲らないわ!此処(レギの隣)は私のものなの!!!」
本人は強かっているがその瞳から零れる涙が虚勢なことを物語っている。けれどもその瞳には何よりも強い光が宿っているのだ。そう、レギと同じ。
圧倒的な殺気をも跳ね除ける強靭な意思、覚悟。それはこの世界において最も尊ばれるものの一つである。特に精神生命体である精霊は意志の強さこそ真なる強さと言い換えることが出来るかもしれない。
そしてそれを誰よりも知る悪精は笑う。
「だ、そうだよレギ。彼女は一番じゃないとダメなんだってさ。ボクは二番目でも構わないよ。」
「「え?」」
思わず声が重なる。
ルクスはついさっきまで放っていた圧倒的な殺気が見る影も無く机の上のカップを手に取り紅茶を飲んでいる。
「これは美味だね。ボクの好みだ。」
「それはよかった。私のお気に入りだよ。」
平然と会話を続ける2人に思わず力が抜けてしまう。
「はははっ。」
思わず笑ってしまう。目頭が熱くなる。泣きそうだ。
「俺を見つけてくれてありがとう。俺と契約を結んで欲しい。」
するりと口から言葉が零れていた。
俺の心は温かいなにかで埋め尽くされていた。俺を見てくれていた。その存在がいるだけで救われたのだ。聞きたいことがより沢山できたけどそんなことはこの際どうだっていい。俺の為に泣いてくれる。俺を信じてくれるその声に応えたい。それだけだった。
「うん。これまでも、そしてこれからも私はレギを見てる。そして私が力になってあげる!」
嬉しい!!!なぁにこれ嬉しすぎて死んじゃう。
あーもう好き!一緒傍にいるんだから。もう離してあげない。悪い虫がつきそうになったら私が払ってあげなきゃね!
レギの伸ばした手を少女が握る。すると劇的な変化が起きる。アルカディアが輝き始めたのだ。
カチャっとアルカディアが鳴る。
抜かずの剣、時が来るまで抜けない剣。
今までどれ程力を込めようとも抜けなかったアルカディアがするりと抜ける。
俺は生まれて初めて誰よりも長く時を過ごした友の姿をみた。
アルカディアの刃こぼれ一つ無い白銀の刀身が現れる。そこに彫られた魔法陣が輝く。
何が起きてるか分からない。けど何故か身体は理解する。
私も何が起きてるのかさっぱり!けど身体は分かってるみたい。
2人の手が重なる。そして魔法陣にそっと触れる。
「ねえレギ。私に名前を頂戴。とびっきり可愛いのを!」
「...元からの名前は無いのか?」
咄嗟の問に俺は固まるがなんとか言葉を絞り出す。ルクスがすんなり自分の名前を決めたせいで何にも考えて無かったからだ。
「無い...ことも無いけどもういらない。レギに名付けて欲しいの。」
握られる手に力が入るのが分かる。
すると一つだけ思い浮かぶ。ありきたりだがそれでもいいだろう。
「じゃあお前の名前はニアだ。俺の隣で、俺を見続けてくれ。俺が折れそうな時は支えてくれ。その代わりに俺が成す事全て特等席で見せてやる。いいな?」
少女...ニアが頷く。
アルカディアの輝きがニアを包む。
周囲のマナが祝福の光を放つ。
またひとつ世に奇跡が生まれる。
光が収まるとアルカディアの鞘と同じ模様が施された黒の服を纏ったニアが立っていた。
「私はニア。後の英雄たる主と契約を交わせし誇り高き剣霊!よろしくね!レギ!」
そう言うとニアは飛びついてきた。
避けるはずもなく俺はニアを抱きとめる。
「レギの隣にはボクもいるんだけどね。まあよろしく頼むよセンパイ。」
「先輩...いい響き。いい心がけね後輩!仕方ないからレギに力を貸すのを認めてあげるわ!私とあんたでレギを最強にするわよ!!!」
「ボクは先人を敬うタイプだからね。生憎ボクは力を失ってる状態だけどやれるだけやってみるさ。」
先程までのビビりようが嘘のように先輩風を吹かすニア。そして何故か乗り気なルクス。
騒がしくも頼もしい(?)相棒が2人も出来たことに安堵する。
けれとも険しい道のりである事には変わりないのだ。今以上に修行と鍛錬に力を入れなければならないなとそっと心に誓う。
「ちょうどいいわ!今からレギ成長作戦考えるわよ!座りなさいルクス。」
「それは興味があるね。是非ボクの知恵を貸そう。」
そう言って2人が座った瞬間に姿が掻き消える。
初めはルクス、そしてその後にニア。
頭の中に声が響く。
「ちょっとレギ!やっぱあんた魔法力少なすぎだわ!ルクスだけじゃなくて私すら退界させられるなんて聞いてないわ!もっとお話したかったのに...。」
魔力が足りずに退界したようだ。やはり前途は多難らしい...。部屋に戻ったら色々話してみようと思った。
そこに扉が開きアイリスとサテラが帰ってくる。
「はぁ〜〜〜疲れたのじゃ!久々にこんなに魔力を使ったのじゃ。」
「ん〜〜〜〜〜いい運動だったわぁ。また何時でも遊んであ・げ・る。」
「我自慢の戦闘人形を3つも壊しておいて運動とは流石の神域様じゃのう...。」
少しばかり衣服を乱した2人はソファーにドサッと腰を落とす。
「ふむ。して、おもしろいことになっておるではないか。流石はジェラの見込んだ玩具じゃ。」
そう言いながら俺の右目と剣を交互に見るサテラ。
「サテラ先輩にも感謝を。契約出来たのも先輩のおかげです。」
「礼など要らぬ。その代わりに強くなるのじゃ。貴様の代でディアボロスが弱くなっておったらその時はどうなるか心しておくがよい。なに、メルとアシュレイにしっかり叩き込んでもらえば大抵の事はなんとかなる。後は貴様次第じゃ。」
サテラはソファーで寝っ転がりながらぶっきらぼうにそう言い放つ。
俺はその言葉をしっかり心に刻み込む。
「もしダメなら私が可愛がってあげるわぁ。だから安心なさい。」
それだけ言うとアイリスは姿を消す。
背中にゾクリと悪寒がしたのは気の所為ということにした。
「召喚で魔力を使い過ぎてる。だから今日は寮に戻るといい。しばらくは魔力消費の感覚に慣れる事だ。焦る必要は無いよ、レギ。」
全てを見透かしたようにアルフェニスが口を開く。
だがそれも全部俺を思ってのこと。それが何よりも伝わってくるからこそ俺はこの人に剣を捧げるのだ。
「ありがとうございます、マスター。今日はありがとうございました!失礼します。」
執務室を出るとノーチェと出会った。経緯を説明して元気の出る魔法を掛けてもらいその場は別れる。
「いい顔になりましたね、彼。」
「そうだね。けれどまだ一歩目を踏み出したに過ぎない、これからだよ。」
アルフェニスは子の成長を喜ぶように微笑む。
「けれどまさか死精とはね。巡り合わせと言えば正しいかな?」
古い本を開きそう呟くアルフェニス。全てを見透かす彼の思考を読み取れる者は誰もいない。
「ね!レギの剣は凄いの!力強くってそれでいて綺麗なの!」
「そうだね。その若さであれ程洗練された剣を振るう事は驚愕に値することだ。」
頭の中ではニアによる俺の自慢大会が繰り広げられている。ルクスはルクスで聞き上手且つ全肯定マンになっているのでニアがどんどんエスカレートしていっている状況だ。
だが俺としては凄く恥ずかしい。いや、勿論嬉しいのだがここまで純粋な気持ちをぶつけられると恥ずかしくなってしまうのが人の常ではないだろうか。
そんなやりとりを聴きながらテレジアやシンたちにどう紹介しようか考える。
間違いなくテレジアとニアはぶつかるだろうと考えると少しだけ頭が痛くなった。
そしてアルカディアは再び抜けなくなった。
どういう剣なのかニアに聞いてみたがニアもあまり分からないそうだ。けど本当に必要な時には抜けるから心配しなくていいとだけ言っていた。
今はそれを信じるしかないだろう。
リオナも体調を崩したらしいし今度あったら礼と詫びをいれないとな。まあ文句言われそうだけど...。
様々な事を考えて帰路につく。
俺の学院生活はここから始まるのだ。




