第三十一幕 奇跡
先週はすみませんでした。
奇跡とは、時として必然なものである。
教室が祝福の光で包まれる。
生徒たちは皆驚き戸惑っている。
だがその中にいて俺の心は何処か落ち着いていた。
その光に見覚えがあったからだ。
「めんどくさい事には変わりないけどちょうどいいわ。注目なさい。」
ベティが手を叩き視線を引き受ける。
「...これは奇跡の光。人々の願いを汲み取りマナが引き起こす人工の奇跡。新たな魔法の誕生よ。」
ベティのその言葉にエイルの目がさらに輝き
カレンは感嘆の言葉を零し他の生徒も恐らく初めて見るであろう光景に様々な反応を見せる。
だが当の本人。
テレジアは気が気で無かった。
テレジアの前に曼荼羅の如き守護結界が貼られているからだ。隣に立つベティの手によって。恐らく目の前にいるテレジア以外気がついていない。それ程までに早い魔法の展開だった。
そしてテレジアは思う。
私はこの光を見た事がある。いや、見た事があるというのは正しくないかもしれない。
なぜなら私はこの光に囲まれて生きてきたのだから。
「さて...吉と出るか凶と出るか。アナタの運命力が試されるわねぇ。」
ベティがそんな事を呟く。
けれども私は目の前で高まる魔力とは逆に少しずつ心が落ち着いていった。
そして根拠の無い確信と共に呟く。
「大丈夫。だって私は魔法に愛されているから。」
自然と出たその言葉は私史上一番説得力があったかもしれない。そのくらい謎の自信に満ち溢れていた。
ベティはそれを聞いてある人物を思い出したがすぐにそれを忘れる。
「そうねぇ。アナタなら自力で辿り着けそう。」
「?」
ベティの言葉の意図が理解出来ずに首を傾げるテレジアだったが次の言葉で気を引きしめる。
「そろそろねぇ。」
ベティがそう言うと集まっていたマナたちが徐々にある形をとり高ぶっていた魔力は落ち着きを見せていた。
そしてぶれていた影が重なる。
影は5つ。
「ぷっはぁぁぁ。は〜大変だった〜!」
ポンっと言う少し気持ちのいい音と共に影が一気に色を帯びる。そしてその中の一人が声を上げる。
現れたのは羽根を持った小さな人。
まさしく伝承にある妖精そのものだった。
見る者を魅了するとても愛らしい姿ながらどこか神々しい力を感じさせる。
ベティがそっと前に出る。
そしてその両目を輝かせる。
そして現れた5人の妖精?もまたじっとベティを見つめ返す。
少しの間見合っていた1人と5人だったが
「はぁ、大丈夫そうね...。これが悪精だったらこの子達を巻き込まない自信は無かったから安心したわ。」
「僕たちを悪精と間違えるなんて酷いなぁ。けどまあ今回は正規じゃないし仕方ないか〜。」
「凄い。この人これだけの魔眼を揃えてる。」
「ふわふわ ぷかぷか。 これが...眠いってこと?」
「主の願いを受けて我らはこちら側へ来たのだ。この世界の理には逆らえぬ。」
「そうそう。あっちとは違うからずっと遊んではいられないよ。」
やれやれと嘆息するベティと各々が喋る5人の妖精?に状況が読めない生徒たちは石のように硬直することしか出来なかった。
そしてもちろんこの静寂を破ったのは騒動の中心人物たる...
「か、か、可愛い〜〜〜〜〜〜!!!」
そう叫びながらテレジアは小さな一人一人を食い入るように見つめる。
「全く...少しは事の重大さを理解して欲しいわねぇ。テレジア、この子達はアナタが呼び出した"精霊"よ。本来こんなに軽々しく呼び出して良いものでは無いのだけれどねぇ...。まあこれも才能かしら。」
静止していた時が動き出す。
俺の目の前からある人物が掻き消える。
その人物は飛んだのだ、精霊の目の前まで。
彼女の名はエイル。重度の魔法オタク。
まだ見ぬ新たな魔法と現象にいてもたってもいられなくなったのだ。
「凄い!凄すぎます!精霊の誕生に立ち会えるなんて!しかもこれは記されている正規の方法ではなく古く、伝承にある人の願いを受け、与えられるもの。正に奇跡と呼ぶに相応しい現象じゃないですか! ...はっ!?」
そこまで言い切ってエイルは気がついた。
「ははっ。これはこれは。それが君の本性という訳だ。」
カレンが微笑ましいものを見るような感じでそう言う。
「あの...その...これは...ですね、はい...私、新しいものには目がなくて...すみません...。」
「謝る必要などないさ。君のそれは美徳だ。それに私も今の現象には興味がある。」
「それで?その子の言う通りこれは正規の精霊召喚では無い。所謂世界からの施し。アナタたちはテレジアの願いに応えた。その目的は何かしら。」
「なになに!私に何かしてくれるの!?」
ベティの言葉にさらに目を輝かせるテレジア。
その問いに精霊の一人が答える。
「そうだね。君たちの言う正規の方法ってのは恐らく契約のことだろうけどそこは心配要らないよ。僕らはこうして自我を持つ前からテレジアに従ってる。生まれた時から彼女を見守ってきたマナ、それが僕達さ。」
そう答えた精霊はくるりと一回転すると炎を纏った。
「僕の名前はホニィ。火を司る精霊さ。」
「私はリィ。水を司る精霊よ、よろしく。」
「むにゃむにゃ...ボクはフゥ。風担当。」
「我が名は雷精ラウ。お見知り置きを、我が主。」
「私はセラス。光の精霊です。」
ホニィに続いて4人の精霊がそれぞれ名乗る。
「ホニィにリィ、フゥにラウ、そしてセラスね!覚えた!!!」
「つまりアナタたち5人はテレジアと主従契約を結ぶと?」
「まあ少し違う部分もあるけどそう認識して貰って構わないよ。僕らの主はテレジア、君だ。」
そう言われるとテレジアは少し考える素振りを見せる。
しばらく唸った後に思いついたのか頭の上にビックリマークが見えた気がした。
「ねえホニィ!」
「なんだいテレジア?」
「主従とか難しい事はよく分からないから私とお友達になって!それでいい?」
テレジアは割れんばかりの笑みでそう問いかける。
その瞬間再び魔力が弾ける。
生まれたばかりの精霊たちはテレジアの言葉によって感情を知る。
それは喜び、歓喜、ありのままのココロの叫び。
「はははっ!凄いね、君は。みんなそれでいいかい?」
「リィに異議はなし!嬉しいを実感してるわ!」
「ぽかぽか あったかい これがいい。」
「異論など始めから選択肢にあらず。」
「ラウの言う通りだ。私たちの答えなど始めから決まっているのだから。」
「ここに契約は成った。これで僕らは友達さ!よろしく頼むよ、テレジア。」
「うん!今までも、そしてこれからもよろしくね。」
それを俺は遠巻きに見ていた。
ああ、眩しい。いつになっても何歳になってもこればっかりは慣れない。誇るべきなのに、祝福するべきなのに、自分の心に積もるこの感情の名は。
そこまで考えて思考を放棄する。この問答に答えは出ないからだ。何百、何千と繰り返したから。
「凄いな。」
ただそれだけの一言にどれだけの思いが積もっているのか。それを知る者は本人以外いない。
「ホニィ、と私が呼んでいいのか分からないが一つ質問があるのだが。」
「名は大事さ、それで構わないよ。なんだい?」
「単純な疑問だ。君たちは恐らく基本六属性から生まれていると思うのだが残りの1人、闇はいないのかな?」
その言葉に皆がハッとする。
「言われてみればそうねぇ。何で気が付かなかったのかしら。」
「へぇ〜阻害を自然に弾くなんて面白い子もいるね。君のせいで他の人の阻害も取れちゃったみたいだしもう隠さなくていいかな。」
さらっと重要な事を言うホニィだが皆後に続く言葉が気になりツッコミそうになるのをそっと飲み込む。
「それは残りの1人はテレジアの元にいないからさ。闇の子はそこの彼についているよ。」
そう言いホニィが指を指す。
それが指し示す先は他の誰でもない。
「君だよ、レギ。」
その言葉を受けレギの中でカチッと何かがハマる音がする。
レギはマスターと師の言葉を思い出す。
「精霊魔法は道の一つに過ぎん。選ぶかどうかは貴様次第だ。」
修行の合間を縫って図書館で文献を漁り辿り着いた道の一つ。
けれど困難だと思っていた道。
それは精霊が自分の呼び掛けに応えてくれる自信が無かったから。理由は簡単だった、精霊は魔力を好むからである。魔法力に乏しいレギなど精霊からしたら取るに足らない存在でしかないのだ。
藁にもすがる思いだった。
「俺に、その精霊を呼び出すことは出来るのか?」
「うーん、どうだろうね。その子はシャイだから。僕らの言葉すらまともに聞いてはくれないのさ。けど君に惹かれてるのは事実だよ。後は君が器足り得るか証明するだけさ。」
「ありがとう。それだけで十分だ。元よりありはしない道だった。可能性が1でもあるなら俺はそれを掴む努力を惜しむ訳にはいかない。」
「僕らはテレジアを介して君を見てきた。
君の思いがその子に届くことを願っているよ。レギ、君に精霊の導きがあらんことを。」
俺は気がつけば立ち上がっていた。
「カレン、頼まれてくれ。シンにすまないと伝言を。」
「ふっ。貸しにしておくよ。」
「ベティ先生、すみませんが早退します。やることが出来たので。」
「はいはい、勝手になさい。残りの授業分の課題はこなしてもらうけどねぇ。」
「ありがとうございます。」
レギはアルカディアだけを手に持つ。
そんなレギの背に声が一つ。
「お兄ちゃん!私、信じて待ってるから。」
それを聞くとレギは教室を出て早足で廊下を駆ける。
向かう先は己のギルド ディアボロスである。
あっという間にレギが去ったところでコホンとホニィが一息付き
「さて、テレジア、指を出して。」
「こう?」
テレジアは右手を出す。
すると精霊たちがそれぞれ輝き出す。
その光が収まるとテレジアの手には5つの指輪が嵌められていた。
「ここに君の魔法力を込めてくれれば僕らは実体化できるんだ。まあ指輪のままでも意思疎通は出来るけどね。」
「わぁ、綺麗...。」
感動に浸っているとベティがコツンとテレジアの頭を杖で軽く叩く。
「全く今回は大事に至らなかったからよかったけど...。マナはアナタが思っているより複雑で大きな力を秘めてるわ。無闇に乱用しないこと、いいわね?」
「はぁい。先生やティア様と一緒にいる時にするね!マナが見える人なら安心でしょ?」
その言葉にベティは頭痛を覚える。
「才能があり過ぎるのも困ったものねぇ。」
そう言い再び杖を鳴らし教壇へ戻る。
「ほら、授業再開するわよ。エイル、席に戻りなさい。」
「は...はぃぃ。」
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「...あれでよかったかい?テレジア。」
「ふふっ。ありがとね。全く、お兄ちゃんは私がいなきゃ何も出来ないんだから。」
テレジアは嗤う。兄を想って。




