第二十七幕 選択
寒いですね。皆様もご自愛ください。
少し短めです。
大小様々な本棚、そして乱雑に仕舞われた魔導書の数々。魔法陣が描かれた紙が床に散らばる。机の上には何が入ってるか分からないフラスコから煙が出ている。
そんなとても人が生活できるとは思えない部屋の住人は唯一の生活空間たるベッドの上で仕事をこなす。
「はぁ、全くよくもまあこんなめんどくさい子達が集まったわねぇ。まあ素材はピカイチなのは間違いないのだけれど...。教えるこっちが大変なの分かって無いわね上の人たちは。」
部屋の住人、ベティことエリザベート・メルクリウスは寝転がりながら生徒から提出された課題とプロフィールを読んでいた。まあ読んでいるとは言葉だけである。
"快楽の魔女" エリザベート・メルクリウス
彼女の本質 それは魔眼使い。魔眼とは希少とまではいかないが数は少ない貴重魔法に分類される。
だがベティは賢者の森で魔眼の情報について調べ、魔導学院を卒業後若くして世界を巡り、歴史を紐解き、見つけた魔眼を解析した。そして上等、高等、そして超越に属する魔眼を習得した魔眼の第一人者である。
だがそんなに素晴らしい功績を持ちながら彼女は魔導士の中で悪い意味で名を広めている。
何故か、彼女は魔眼を用いて己の快楽を満たす為に各地で様々な事件や出来事を巻き起こしたのだ。
ある国の国王の人には言えないような趣味を暴露し崩御させたり、またある国では大臣が数十年掛けたクーデター計画をわざわざ国民の前で公開し国をふたつに割る戦争の火種を作り、ギルドマスターに化け有名ギルドを解散させたりなど挙げればキリがない。そして付けられた2つ名が"快楽の魔女"。そしてそれを見兼ねたシリウス、ティア、そしてエイルの祖父にしてベティの師でもあるハイルによって捕らえられその償いとして母校で教鞭を振るっているのだ。なお学院でも好き勝手やっているのだがそれとギリギリ見合う功績を挙げている故に許されているのが現状だ。
そんな彼女の日常は魔眼と共にある。
彼女は文字を'読む'必要が無い。数ある魔眼の一つ、【見解の魔眼】は効果の一部に文字を'見る'だけで情報として取り込む力を持つ。だからベティは生徒によっては長々しく書いてきた課題を読まずに見るだけで内容を得ることができるのだ。
加えて【逆行の魔眼】により残った魔力痕から生徒たちの心情も読み取る。彼女は必ず受け持った生徒たちに最初の授業でこの課題をぶつける。
魔導学院は魔法を志す若者を受け入れる場である。皆が皆、何かしら魔法に思うところを持ちこの場に来ているのだ。それを見抜くのにこの課題は最適だとベティは分析している。
だがそんな彼女は全ての課題に目を通し終えた時初めてこの課題を作ったことに後悔していた。
「重い!!! 重いわっ!なんなのこの子たち、ほんとに15歳?私が15歳の時なんてどうやったら彼氏が出来るかしか考えてなかったのにねぇ...。
特に成績上位者たちはまあみんな変な事情を抱えているわねぇ。普通な子もそりゃいるけどそれにしたって多いわ...。ただ強くなりたいって書いてきたバカのリンドールに癒されるとは思わなかったわね。
けどまあ...強く、良き魔導士になるのでしょうね。例え歪んでいたとしても。」
覚悟や強い思いは意志の強さに直結する。
これはベティの自論なのだが魔導士として大成するのに必要なのは魔法力や魔法操作技術ではなく魔法を支える意志の強さであると思っている。
だからこそ強くなるのだろう。とベティはそう感じていた。
だがそれと同時にこの子らをどう導くか。
彼女の頭脳をもってしても答えは出ないまま夜は更けてくのであった。
「ま、面白い子達なのは間違いないわね。ただまあ私の授業を受けようなんて考えてるモノ好きがいるか分からないけどねぇ......。」
その言葉は虚空に消えていく。
--翌日
ベティはアドミラル、そしてシリウスと共に学院長室へ呼ばれていた。
「なぜ私まで...。」
「あら、シリウスが学院長に進言したのでしょう。こんな面倒なことをしてくれてほんとにもう。ねぇアドミラル先生?」
「巻き込まれたのは私の方なのですがね...。
まあシリウス殿も生徒のことを慮ってのことでしょう。私もメルクリウス殿、貴女の授業を評価こそすれ肯定はしていないですからね。」
「あらお厳しい。なら私は面倒なので全てお任せしてもよろしくてよ?」
「勘違いなさるな。私は貴女の授業は必要なものだとは思っています。けれど貴女は鋭すぎるが故に零れ落ちる者が居るのも事実。ならば私がその者たちの受け皿にならんとするだけですよ。」
「現実を教えてあげるのも私たちの役目だと思いますけど。」
「それは否定しません、諦めに嘆く者はこの魔導学院には必要ありませんから。ただ力、才能だけが全てでは無いのですよ。普通の子、普通の魔導士たちによって我々の生活は支えられているのもまた事実。上を目指す、大いに結構。ただ自らの才能と向き合い、その上で平凡で在ろうとし、その為に努力を惜しまぬ者を私は切り捨てない、それだけです。」
「相容れない、けれどどちらも間違いではない。そういう事だベティ。だからお前は今まで通りやればいい。選ぶのは彼らだ。選んだ以上何をされようと彼らは文句を言うまい。」
「好き勝手やってもいい。そう言ってるように聞こえるけど?」
「私としては頭が痛いのだがそう言っている。だがそれもお前が実績を上げているからこそだ。何度でも言うぞ、自分の居場所は自分で作れ。」
「私は早くこんなとこ出ていきたいのだけどねぇ。けどまあもう暫く縛られてあげる。あの子たち、面白そうだもの。」
そんな会話を交わしながら3人は学院長室前に着く。
「ティア様、失礼します。」
シリウスが扉を開ける。
「ご苦労さま。待ってたわ、これがあなた達が請け負う生徒たちよ。」
ティアは椅子に座り机の上に書類を広げて待っていた。
ベティとアドミラルは同時に書類に目を通す。
「これはこれは、面白い結果ですな。それに突拍子もないことを考えつくものだ。」
「貴方も生徒たちの課題に目を通したのでしょう?アドミラル先生。今まで子達とは一味違うわよ。」
魔法学α (単位取得難度 A)
担当教師 エリザベート・メルクリウス
希望生徒 テレジア、カレン、リンドール、エイル、グラン、レギ以下略...計34名
魔法学β (単位取得難度 C)
担当教師 アドミラル・ネフティス
希望生徒 リオナ、シン、ケイ、ヨルハ
以下略...計67名
「けどこれには貴女もびっくりなんじゃない?ねぇシリウス。」
「そうだな...。変われとはアドバイスしたがこれは流石に予想してなかった。」
「いやはや、王女殿下にエルフィウス家のご子息が来るとは。緩く軽く教えるつもりがこれは少々見直さないと行けませんね。」
「そう身構えなくてもいいわ。その2人からは直接相談を受けたから。確固たる意思の元でアドミラル先生の授業を選択している、大丈夫よ。」
「へぇ〜。シリウスの妹ちゃんは弄りがいがあったのだけれど仕方ないわね。まあジェラの玩具で我慢するわ。」
「授業内容は2人に委ねます。今後こちらから口出しすることはありません。貴女たちを選んだこの子らを良き魔導士へ導きなさい。」
「ティア様の許可も出たし自由にやらせてもらうわね。ただその結果悪い魔導士になっても責任は持てないけど。」
ベティは悪女の如き笑みを浮かべて言い放つ。
「さて、それはどうかしら。存外振り回されるのは貴女かもしれないわよ?」
「ふっ。それは言えてるな。特にテレジアは何をやらかすか分からないからな。せいぜい気をつけることだ。」
「あら、シリウスの手を煩わせるなんて私好みじゃないの。どんな子にしちゃおうかしら。」
「お前に変えられるような奴ではないさ。
それとアドミラル先生、私情なお願いではありますが妹をよろしくお願いします。」
「これはつまらない授業は出来ないですね。彼女に飽きられないよう頑張るとしましょう。」
様々な言葉が飛び交う。
皆が皆それぞれの思いを抱え生徒たちを思っているのだ。
それはベティとて例外ではない。
「じゃ、私は一足先に失礼するわ。悪巧みしなきゃいけないしね。」
ひらひら手を振りながらベティは部屋を出る。
その瞳に紫の光を煌めかせながら。
「目を輝かせおって...また良くないことが起きそうだ。」
「新しい玩具を見つけた子供のようね。まあ彼女には彼女なりの考えがあるのでしょう。放っておきなさい。」
「ティア様は相変わらずメルクリウス殿に甘いですな。」
「素行に目を瞑れば人類最高の魔導士の1人よ。そんな彼女をみすみす手放すつもりは無いわ。」
「悪い顔が出てますよ。ティア様。」
「あら、これは失礼、うふふ。」
豪華な装飾で彩られた廊下をベティは歩く。
そんな彼女を待ち受ける影が一つ。
「久々ね〜エリザ。元気にしてた?」
私をエリザと呼ぶのはこの世でただ一人。
「これはこれは女主人、お久しぶりです。フォーリア以来ですか?」
人類最高の魔導士の一人たるエリザが恭しく接する数少ない人物。
"神域" アイリス・ディア・ペルシウスである。
「エリザがここに捕まってから割と退屈だったわぁ。けどアナタ、思ってたより楽しそうじゃない。」
「あらそう?私は変わったつもりは無いですわ。舞台が変わっただけ。私はあの時と変わらない心のままに行動する"快楽の魔女"なのだから。」
「ここ数年大人しくしてるだけでアナタの悪事を知っている人達は驚くでしょうに...。
まあいいわぁ、今日は別件。アナタが教える子達に興味があってね。」
「...何が望みかしら?女主人。」
ニヤリと笑うアイリスに魔眼を輝かせるのはベティ。
だが超越クラスの魔眼をもってしてもアイリスには効果がない。それ程までに二人の間には差があるということだ。
「そう魔力を荒らげないでいいわぁ。今すぐどうこうしようとは思ってないから。ただ私の邪魔はしないで欲しいわぁ。」
「はぁ...相変わらずですね。女主人の邪魔など出来るはずが無いでしょうに。自由になさってくださいな。」
「ありがとエリザ。ただまるで私が暴君みたいじゃないの、心外だわぁ〜。」
可愛い顔でウインクを決めながらアイリスは文句を放つ。
「こんなとこで自由気ままに歩いてる神域の魔導士が何を言ってるのかしらね。」
「ふふっ。じゃあね、エリザ。」
瞬間アイリスの姿が虚空に消える。
「勝手な人。まああの人も才能に目がないし欲しい子でもいたのかしらね。」
この時はまたあんな事態になるとはベティの魔眼をもってしても見抜くことは出来なかった。
無職転生アニメ良かったですね〜。




