第二十四幕 魔法とは part3
遅れました。
魔法はこの世を便利にした。
だからこそ私たちは不便さを愛すのだ。
エイル・クラーレ
〜エイルの場合
エイルは部屋に戻る。
「は〜〜...。 疲れたなぁ。」
本がそこら中に散らかった部屋にエイルの言葉が響く。
返答はない。いるはずの同居人はいない。
何故か、49期生は特別に101人いるわけだ。
つまり1人余るのである。
そしてエイル・クラーレは自他共に認める極度のあがり症である。それ故なのか他の理由があるのかはエイルには知る由もないが49期生で唯一1人部屋が割り振られている。
「それにしても...レギ君は凄いなぁ...独学で学んで筆記試験あれだもん...」
ベッドの上に無造作に寝転がりながらエイルはクラス分け発表の後に相談という名の雑談をした同期の事を思い出しながら言葉を零す。
エイル・クラーレは知りたがりである。何事も一度気になってしまったら調べずにはいられない性格であると自分自身も自覚している。
だから私は調べた。入学試験で目にした双子について。
エイルは入学試験の事を思い出していた。
--入学試験
複雑に編み込まれ美しさすら感じる複合魔法を行使する兄、溢れんばかりの魔力をもって輝かしい上等魔法に匹敵する規模の中等魔法を放つ妹。
すごい双子だと私は思った。周りで見ていた中等学校の同期たちもみんな驚いていた。
そりゃそうだ。突然田舎から来た双子が紛いなりなも王都の中等学校で学んできた自分たちの手の届かない魔法を使っているのだ。驚くなという方が無理だ。
けれどその後の試験で評価は一変する。
兄は魔法力が低かったのだ。誰よりも。
妹は魔法力が高かったのだ。我らが鋼鉄の氷姫に並ぶほどに。
みんなが手のひらを返すのは簡単だった。自分たちより凄いと思っていたやつが最下位だったから。これは私の自論なのだけれど人は比べる生き物なのだ。人は誰しも他人より優れていたいのだ。だから長所より短所の方が目に付くのである。それがより劣っているのであればなおさら...。だからこそどれだけ魔力操作に優れていようと魔法力が低い兄の方をみんなは蔑んだ。逆に妹の方は歓迎されていた。色々質問攻めにあっていたが嬉しそうに答えていた。太陽のような少女だ。けど私は兄...レギが使う魔法に興味があった。 まあ話しかける勇気など無かったのだが.....。
その後の戦闘試験でレギを蔑んでた同期たちをレギが薙ぎ倒して行くのをみて私は笑ってしまった。 ああ、この人はちゃんとした魔導士なのだと。 祖父の言葉を思い出していた。
「エイル、凄い魔法を使える魔導士はこの世界にごまんとおる。けれど己を正しく理解し、正しく魔法を行使出来る魔導士は意外と少ないのじゃ。」
レギは自分の魔法力が低いことを理解し、それ故に複合魔法を使っているのだと分かった。
打ちのめされた同期たちが逆恨みにレギの評価を下げる中私はどんどん惹かれていった...。
私の研究にとても有用だと思ったから。
エイルは枕元のノートを見る。
"研究対象"と表紙に書かれたノートである。
そして半ば程にあるページを開く。
レギ ←要研究対象
深緑草が採れる辺境の地 ハテ村出身。
両親は不明、老夫婦によって育てられる。
双子の妹、テレジアがいる。
魔法力に乏しく少ない魔法力で発動出来る複合魔法を作り出す。 ←実験適正○
風と闇の初等魔法を習得済
剣に重きを置いており魔法はあくまで剣の補助として使用していると推測される。
性格
基本的には誰にでも優しく友好には友好を返す。 けれどこれは拒絶されたくない、認められたいという深層心理に基づく可能性有。
表には出さないが妹に対する劣等感有。
魔法力の低さに対する自己嫌悪、及び諦め有
(備考 最近何かが起きたのだろうか僅かに変化有)
鋼鉄の氷姫、リオナ様の容姿に強い興味有
身長体重血液型etc...
英雄願望 有
テレジア
レギの妹
兄、レギとは違い膨大な魔法力、そしてマナを見るという特異な能力を所持。
天才。
全属性の初等魔法を習得済。水と光は中等魔法の域に達する。これは推測だが時間かけて魔力を練ることで上等魔法はおろか高等魔法すら行使できる可能性有。
性格
天真爛漫。 純新無垢。
全て偽り
だらしない風体を装いながらその実完璧主義者。 兄に歪んだ感情を抱き、兄の手を煩わせるす為に自らを演じる。微塵も感じさせないが嗜虐的な思考の持ち主。
「ふふっ 英雄になりたいだなんて...レギ君は思ったより子供なのかな.....笑」
お世辞にも綺麗とは言えない癖のある字で書き綴られたノートの内容に目を走らせる。
とても人には見せられない内容である。
エイルの両眼に特殊な紋様が浮かぶ。
【見識の魔眼】
対象を認識しそのものの深奥にあるマナを読み取りある程度の情報を1ヶ月にわたり映し出す魔眼。対象数は両の目で2つまで。現在はレギとテレジア。
エイルの技量では一度使用すると数ヶ月から1年のインターバルを要する所謂上位魔眼。
祖父曰く先祖返りだと言われている。
今まで興味を持ったものをこの魔眼とエイルが金にものを言わせて調べあげ、あらゆる情報が書かれたのがこのノートである。
Q. ストーカーですか? A.ストーカーです。 と言われても仕方ない有様である。
「けどまあ...妹ちゃんの方はびっくりしたよね...こんなこと誰にも言えないし.....もし本人なんかに知られたら....」
ノートのテレジアの部分に目をやりながら身体を震わすエイル。
先日レギに初めて話しかけた時もテレジアが視界に入った瞬間に会話を切って逃げてしまった。少しだけ怖いのだ。あれだけ明るい少女を演じあげるテレジアがその実私たちを見下しているのではないかと考えるだけで。
そんなわけないのだがこちらの考えてることも見透かされてるのではないかと、そう思えるほどに。
そしてエイルはテレジアの情報が書かれたページをさっと読み、そして破り捨てた。魔眼の対象からもテレジアを外す。
「そ、そんなことより...今日はレギ君といっぱい話せたな...!いつか研究の事も話さなきゃ...いつか...そのうち.....」
テレジアの事を忘れるようにぶんぶん頭を振りながらエイルはノートに一文を追加する。
試作被験者 決定。 決行日........未定⤵︎⤵︎⤵︎
「はぁ...課題しなくちゃ...けど私の意見...言っちゃったし....どうしよう...。」
エイルは思考を巡らせる。 だが両隣りの部屋が騒がしい、どうやら他の生徒を連れ込んでこの魔法学の課題について考えているらしい。
議論が白熱しているのはいいがもう少し声量を下げて欲しいものだと気にかけてしまう。
「はぁ...仕方ないかな...」
"起・承・転・結 繋がる円環 作り出すは無音の園
全てを包み 全てを鎮めよ " 【静】
エイルは詠唱しながら部屋の四隅に触媒替わりの本を置く。
4つの本を結ぶように魔力の線が伸び、それらが繋がり月の光のような薄い膜がそっと部屋を覆う。 すると全ての音が消える。 己の吐息、心臓の音までも。 その空間内に真なる静寂を齎す結界魔法。
本当の意味で全ての音を消すため、その使い勝手の悪さから代々魔法を研究するクラーレ家の書斎にしか存在が記されていなかった魔法。
かつてこの魔法を作り出した魔導士すら忌避したこの不便とも呼べる魔法をエイルは気に入っている。
音が完全に消えた世界。視覚と触覚のみから得られる情報はエイルの頭をクリアにする。
無音の世界でエイルはルンルンで愛読書である"魔導全書"を読む。エイルはこの時間か何より好きなのだ。
--学園長室
「はぁ...またあの子はなんの躊躇も無くよくもまあ...。それの価値が分からない訳じゃないだろうに...。全く貴女たちの"娘"は一体どういう教育がされているのかしら?」
「ふふっ そう怒らないでくださいな学園長。
あの娘は知識欲が形を成したとまで言われてるのよ?私たちが何を言おうと無駄無駄。
それにあの娘が来た時には私はもう森を出てたから責任を追求される言われは無いわね。」
「そんな責任逃れが通用する代物では無いでしょうに...。まあ貴女の魔眼と私の魔法で保護監視してるとはいえ何かあれば我々の身柄危ないわよ?」
「どうせ何重にも変な迎撃魔法仕込まれてるだろうしあの本を狙おうものならあの変態たちの実験材料にされるだけよ。そんな物好きは流石にいないでしょうに。」
「まあ...それはそうなのだけれど...。」
魔眼によって部屋に映し出された映像を見ながら頭が痛くなるティアとどこか投げやりにそれを見つめるベティ。
2人の視線はエイルの読む一つの魔導書に吸い寄せられていた。
"魔導全書"
現在進行形で新たな魔法が世界に散る観測者たちによって発見、観測され次第自動手記魔法によって書き足される世界に数冊しかまだ存在しておらず、国が建つと言われるほどの価値を持つ。世界中の名だたる魔導士たちが入手を熱望する魔導書である。
その根幹となる自動手記魔法を作り上げたのはエイルの祖父、ハイル・クラーレとその仲間たち。
遠隔同期魔法というとんでもない偉業を達成した魔導学者たちなのだがその技術や人材の流失を恐れた評議会の決定でその存在は秘匿されている。
賢者と呼ばれる彼らは王都の地下にある研究施設、"賢者の森" 通称ワイズフォレストに住み、存在を秘匿されるのを条件に多大な援助の元日々様々な魔法の研究、新魔法、魔導具の開発を行っている。
そして幼き頃から賢者たちに囲まれながらあらゆる知識を吸収し偉大な祖父から世界が熱望する"魔導全書"を与えられた"知識の娘" (メーティス)と呼ばれる存在こそエイルである。
なお当人のエイルは自分がそんな2つ名を付けられていることも愛読書がそんな大層な物であるとは教えられてもいない。
なんでも知ってる知識の娘はその実何も知らないのである。
ティアたちの心配はいざ知らずエイルは本を読み耽り新たな知識を取り込み続ける。
エイルはこの本の5分の1を暗記している。
森の賢者たちもびっくりとはこの事。世界の魔法の2割をこの少女は頭の中に把握しているのだ。そしてこの少女が行っている研究は世界の常識を変える可能性すらある。
49期生の同期も、そもそも本人すらもそれを理解してはいないのだが.....。
「あっ もうこんな時間...。やばい...楽しくて何も課題進んでない...。」
気がつけば消灯時間も過ぎており結界などなくても静寂が広がっていた。
「簡単だけど難しいよね...ベティ先生も意地の悪い課題を出すなぁ...。」
知識欲は無限大だが知識を駆使するにはまだエイルは若すぎるのか考えるのは若干苦手なのだ。
しばらく頭を捻りエイルは考えを出した。
「私は魔法を絵に例える。 世界というキャンパスにマナという絵の具を使い描きあげるのが魔法。人の手で同じ絵を二度と描けないように魔法もまた同じものでも一つ一つに僅かな違いが生まれる。そのほんの僅かな違いから新しい魔法が生まれることもある。
人が思考を止めない限り魔法は無限である。
我々が魔法を追い求める限り魔法もまた無限に広がっていくのだ。私もいつか、私だけの魔法を描きたいと思います。」
そうサッと綴りエイルは重くなってきた瞼を閉じる。
そして知識の娘はまた得た情報を反芻し新たな知識として刻み込むのだ。
いつかその知識が世界を変えるその日まで。
頭のいい子は1人は欲しいよね




