第百十四幕 Blue Blood
お待たせいたしました。
夏が終わる。
人生の中で、最も濃い時間を過ごした夏が。
遠ざかっていく美しい都を眺め、肌に触れる海風を堪能する。そんな風を浴びながら思い出と言ってしまうにはあまりに充実と波乱に満ちた夏を振り返っていた。
そう、本当に色んな事があった。得たもの、失ったもの。様々な出会いと、別れ。
そして何より...剣を捧げる主を得た。共に歩むと誓った親友を得た。そんな思考は投げかけられた声によって遮られた。
「こんなところにいたんだね。君の"お姫様"が呼んでるよ、レギ。帰ったらまた"忙しく"なる。その話だろう。」
「随分と忙しい日々を過ごした気がするんだけど...。ゆっくり療養する時間すらなさそうだな。」
「ははっ、君がこの国で成したことを考えれば当然さ。なに、そう心配しなくていい。僕とカレンが君とリオナの補佐に就くからね。立場上小さい頃から散々公務はこなしてきた、先輩として手ほどきしてあげるよ。」
「程々に頼む、相棒。」
拳を突合せ、俺とシンは船内へと歩を進める。
剣を交え、腹を分かち、親友となった友と共に。
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アトランティア出立前日
「どうか何も聞かず、僕と戦って欲しい。僕が勝ったら...聞いて欲しいことがある。」
共にいつも通りの日課となる素振りをこなしていたさなか、なんの前触れもなくそう告げられた。
だが躊躇うことも、疑問に思うこともなく、アルカディアが抜き放たれた。
必要ないからだ。その瞳が...真っ直ぐ俺を視ていたのだから。
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「ぐ...はっ...。ははっ...俺の負けだ。シン。」
どれだけ戦っていただろうか。それほどまでに互いに死力を尽くし戦い、気が付けばレギは大の字に倒れていた。
「勝ったのか...僕が...君に。」
髪を乱し、その顔を泥に汚し、息も絶え絶えながらもシンは立っていた。その姿は優雅を信条とする彼からはかけ離れていたけれど...泥にまみれてなお、その姿は美しかった。
「見事な戦いぶりに御座いますお二人方。」
その言葉と共に満身創痍だったはずの身体が光に包まれ、全快する。それは正しく光の祝福。
「ありがとうございます、ハイドラさん。回復だけじゃなくて結界まで張っていただいて。」
「ヒヒッ、礼には及びませぬ。私はあくまで主に従った迄。」
「そーそー!喧嘩なら止めようかと思ったのに二人とも笑ってるし?なんかよく分かんないから結界張っといたの!けど結界張ったら張ったで二人とも本気出し始めるしも〜やりすぎ!」
ゆらりと空間が揺らぎ現れたのはハイドラとテレジア。
「男と男の勝負ってやつだ。悪いなテレジア。」
「ごめんねテレジア。けど思いっきりやれたよありがとう。」
心配していたはずのテレジアだったがどこか清々しい表情を二人に毒気を抜かれてしまう。
「なーんか二人で勝手に満足してない?暴れるだけ暴れておいてずるいんですけど!!!」
「ヒヒッ..."始祖"を宿せし者よ、どうやら答えは見つかったのですね。」
「はい。道は定まりました...後はもう進むだけです。」
「よろしい。あと二回ほど【ダチュラ】に浸そうかとも思いましたがもう必要ないでしょう。邁進しなさい、師とその身に流れる血を胸に。」
嗜虐的な笑みを浮かべたかと思えば弟子の門出を見守る師の如き柔らかな表情を浮かべていたハイドラ。
「おっと、もうこんな時間ですか。ヒヒッ...お嬢、そろそろティータイムのお時間でございます。国の隅々から特産品を取り寄せておりますゆえ急ぐとしましょう。」
「えっ!ハイドラってば気が利くじゃ〜〜ん!んじゃ!また後でね!お兄ちゃん!!!」
二人は目配せと共にそれだけを告げて僕の隣を歩いていく。そのすれ違い様...
「やっと"その気"になったんだねシンくん。あはっ...戦えるの楽しみだなぁ。」
それは中間試験の前夜に出会った彼女だった。
正しくその瞳に狂気を宿し、魔を統べる王。
『やれやれ、とんでもない道を選んでしまったようだね。けどまぁ、そんなことは百も承知だよ。』
「僕もだよ。"今"の君と戦うのが楽しみだ。」
それだけ告げると満足したようにテレジアは手を振りながら去っていく。
その姿を見届けて、僕は向き直る。妹には見透かされた覚悟を...兄へと伝える為に。
「お前が勝ったんだ。そんな顔しなくても愚痴でも何でも聞いてやるよ。」
その声にハッとする。僅かに下を向いていた顔を上げればせっかくだと言わんばかりに抜かれたアルカディアを磨きながらそう告げたレギの姿が目に映る。
信頼されている。言葉にせずともそう思わせてくれる...自然体の姿。
そうだ...レギは最初から変わらない。何も言わず、何も聞かず、彼は僕を信頼してくれている。【淵海】の構成を僕に見せてくれた時もそうだった。何故かは分からないけれど...レギは僕に無条件の信頼を向けてくれている。
だからこそ...僕の覚悟を、師に告げた恥ずかしい程の想いを伝えなければならない。
「レギ、聞いて欲しい事は愚痴なんかじゃない。僕自身の"想い"だ。」
「...聞かせてくれ。」
一つ、深呼吸をする。不思議と、この胸は高鳴っていた。
「僕は...君と共に行きたい。リオナとテレジアじゃない。僕と君で..."魔導の頂"へ上り詰めたいんだ。
らしくないことを言っている自信がある。けど自分でも驚いたよ。僕は思っている以上に君に感化されていたみたいでね。
それにまだこの話はまだ終わらない。最初はあまり興味はなかったんだ。僕は君の横に立てればいい...そう思ってた。けど案外僕も魔導士の才能があったらしい。
確かに共に魔導の頂に立つ...けど君の隣にじゃない。"僕"の隣に君が立つんだ。君に負けたくない。僕は君に勝ちたい。親友として、好敵手として。」
告げる。それは屍海討伐後にラグナから告げられた時に初めて芽吹いた決意。けれどレギと出会ってから育み続けていた確かな蕾。
"君の隣で立ち続けるのが僕でありたい"という独善にも等しい想い。
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冷静に、それでも尚滾る熱。
そうか...これがラグナ様が言っていた。
"己が為のシン"
そして告げられたシンの想い、それに対する答えなんて初めから決まっている。
「何を今更...望むところだ、シン。いや、違うな。宜しく頼む、相棒。」
微笑みながら拳を突き出し、それを告げる。
そう、出会った時から、決まっている。
お前だけなんだよシン。初めからテレジアの兄としてじゃなく...俺を視ていたのは。
たとえそれにどんな裏が、理由があろうと構わなかった。それだけで俺は救われていたんだよ。
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そんなことを思い出しながら、俺は隣を歩くシンを視る。今のシンは強い。たった二日、されど二日。俺に勝ち、確固たる意志を示した事で心と身体の歯車が噛み合っていた。
『高め合う一方で負けたくは無い。...難儀なものだな、俺たち魔導士ってやつは。』
心の中でそう呟いていると気が付けば俺たちを呼び出した"主"の部屋に着いていた。
「遅くなっ
扉を開けた瞬間、待っていたのは絶対の零度。まぁ俺が悪かった訳だが...
何故か、簡単な話だ。リオナがカレンの手を借りてドレスを着ている最中であったからである。そしてもう一つ、こちらが決め手となったのだ。つまりそう...ノックするのを忘れていた。
シンとカレンが笑いながら氷を溶かした後に当然のように開口一番の謝罪と共に見事な土下座を披露することになっていた。
「百歩譲って鍵を掛けておらんかった妾も悪いとしよう。じゃが乙女の部屋に来訪しておいてノックの一つもせぬとはどういう了見じゃ我が騎士よ。これが他国の王族にでもやってみよ、場合によっては国際問題にすらなるのじゃぞ?」
未だ顔の赤みが残りつつも毅然とした態度をもって叱責するリオナ。
ぐうの音も出ない程のリオナの言い分に俺はただただ頭が痛くなる一方だった。
「ふふっ、すまなかったなレギ。話してあった詳しい日程が決まってな。思わぬ成長もあったせいでドレスを調整していたんだよ。」
「な!?カレン! 余計なことを言うでない!まるで妾が太ったようではないか!!!」
「ふっ、ある意味太ったと言っても過言では無いだろう? 」
「カレン貴様...!」
若干張り詰めていた空気がカレンの一言によって弛緩する。ようやく顔を上げることが出来た俺は耳から得た情報を眼で補完しようとしてまた口を滑らすことになったらしい。
「あまり変わっていないように見えるが一体どこが太ったんだ?」
俺が告げた言葉にカレンは吹き出しシンはやれやれと頭を搔く。そして最後の一人の様子を見て、俺はまた何かをしでかしてしまったことを確信した。
「じろじろ見るでない!!! この馬鹿が!!!」
迫り来るビンタを俺はスローモーションで眺めていた。避けない方が良さそうだと、内心で後悔しながら...。
「はははっ!相変わらずだねレギは。それが君の愛しい部分ではあるけども流石に少しは学ばないといつかやらかしそうだね...笑。
それにしてももう決まったのか。相変わらず早いね、陛下は。」
再び土下座をかます俺を尻目にそう告げるシンは盛大に笑っていた。どうやら俺がノックを忘れているのを分かってて先に行かせたらしい...悪い男だよほんと。
だが益々頭痛は酷くなる一方だった。それはまさにここに来る前にシンが告げた"忙しく"なるという話そのものだからだ。
「うむ。即断即決じゃからのう父上は。まあ今回は"英雄試練"の件もあった故いつにも増してせいておる。じゃがこやつのことを思えば妾にとっては悩みの種でしか無いのじゃ...。叙勲式に関してはよい、この馬鹿はこと騎士に於いての礼儀作法においては何故か完璧じゃ。呆れるほどにな。」
氷点下の如き冷たいジト目でこちらを見下ろすリオナ。『そりゃ出来たらカッコイイからに決まってるだろ...』 と思いながらも口には出さない。俺は学べる男だからだ。
「ま、そうだね。それは僕も認めよう。剣を捧げた時の所作、立ち振る舞いは僕ですら心が震えたものさ。」
「問題はその前...国民に披露する前の四大貴族以下の議会、及び元老院、そして何より..."英雄試練を控えた"神域"方を交えた前夜舞踏会という訳だなリオナ。」
"神域"。俺は一人、会わなければならない方がいる。未だに鳴り止まぬ幻痛がいつだってそれを知らせてくれている。
「そうじゃ。ただでさえ実力はあれど魔法力の低い末席。それに加えて爵位はおろか家名すら持たぬこやつを任ずるのだ。表立って反するものはおらぬじゃろうが簡単に受け入れられることとも思っておらぬ。」
「つつがなく進行する為にもなるべく隙は晒したくない...という訳だね。けどまぁ、当の本人がご覧の有様と。」
ぐさりとシンの言葉が俺に刺さる。
『仕方ないだろ...お前らと違って去年まで野山を駆け回ってたんだぞ?貴族の礼儀作法なんて知らなくて当然だ。』
まあそんな言い訳をしようものならまた氷漬けになるだけだから言わないけども...俺は学べる男なので。
「貴様に一任しておったのに一向に進まぬではないか...。じゃがまあこやつはよい。ここから最悪一睡もさせずに叩き込めばものになるじゃろう。」
その言葉に俺は顔を上げる。
ため息をつきながらかつ遠回しではあるがリオナは俺なら出来ると言ってくれた。
...我ながら単純だとは思うがそれだけで不思議とやる気が出てくる。言われなくても間に合わせる気ではいたと補足しておこう。
とまあ色々言ったが言い訳を並べるのはもうやめよう。
皆が俺を認めてくれている。俺ですらそれを認めれるくらいに...。
叱責され、正座させられている身ではあるがその事実が正直堪らなく嬉しい。
だからこそ...期待には答えなければならない。
足りないことだらけの俺を選んでくれたリオナの為に。
共にリオナを支えると誓ったカレンの為に。
俺を親友と呼び、誰より認めてくれているシンの為に。
こんな俺を仲間と呼んでくれる友たちの為に。
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「じゃがのう...問題は
「そうだね、問題は...
「ふむ、となると...
だがそんなレギを他所に示し合わせた訳でもなく三人の言葉が重なる。そう、何よりも彼女らを悩ませるのはレギではない。レギも彼女らからすれば大概ではあるのだがそれを上回るのが一人。
そんな噂をすれば...
「あはっ!呼ばれて飛び出てなんとやら!テレジアちゃん参上!!!」
この兄にしてこの妹あり。ノンデリ兄妹の紅一点。そして49期生が誇る...今後の魔法界に語り継がれる稀代のトラブルメーカー、テレジアそのヒトである。
「「「テレジア」」」「じゃ。」「だね。「だろうな。」
「およよ?三人揃って私の名前を呼んでどうしたの〜!? ってお兄ちゃん正座させられてるじゃ〜ん!何やらかしたの〜?笑」
入ってくるなりの騒々しさに、やれやれと言った感じに口を揃える皆。そして正座している兄を見てはケラケラと笑うテレジア。
正に彼らが心配している通りの状況を再現してみせていた。
そんなテレジアを前にリオナが口を開く。
「テレジア...妾たちの前ではそれでよい。鬱陶しい他ないがそれが貴様の愛いところじゃからな。」
そう告げながらリオナはテレジアの頭を撫でる。まるで実の妹のように。
「なぁにぃリオナちゃん!えへへ〜もっと褒めてくれてもいいんだよ!」
日輪のような笑顔を見せるテレジア。だがリオナは真摯な顔付きで真っ直ぐ彼女を見据えながら言葉を続ける。
「じゃが公の場では慎め。貴様の素直さは美徳ではあるが狡猾老獪蠢く貴族共の場では隙になりかねん。あやつらは優秀じゃが文字通り国の為ならばなんだってする。貴様を手中に収めようとあらゆることをしてくるじゃろう。」
リオナが冷徹にそう言い放つ。同意するようにカレン、シンが頷く。彼ら彼女らは幼少期より王族貴族として政界に身を置かざるをえなかった身。そこが単なる力だけでは抗えない魔境であることを既に知っていた。
頷く二人を見て、リオナは再び覚悟を決めたように口を開く。
「朗らかさを冷たさで隠せ、本音を建前で偽れ。確かに貴様はあるがままが最強じゃ。妾が、皆がそれを知っておる。だからこそじゃ...貴様はそのままでよい。そのままで良いからこそ...己を偽ってみせよ。権力争い、政争なんぞに貴様は関わらなくてよい。その為の鎧を身に付けるじゃ。他ならぬ貴様自身の為に、そして茨を進む兄の為に。」
大いなる力には大いなる責任が伴う。
遅かれ早かれテレジアはこの世界に巻き込まれていく。かつて同じように世界に巻き込まれ、世界を愛してしまったが故に、そのための犠牲となった者をリオナは誰より知っている。
もう次はいない。その言葉の意味を誰より魂に刻み込んでいるのはリオナなのだ。
誰が為ではなく、己が為に世界を救える者でなければ、真に世界の救済は成されない。
だからこその本音。友として好敵手として、リオナが選んだ選択。
その言葉は何より兄妹の胸を打った。
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"愛されている"。"大事にされている。"その事に気が付かないほど私は馬鹿じゃ無い。まぁちょっと見当違いだけど...笑
『仕方ないなぁ...理解ったよリオナちゃん。
私の命はひとつじゃない...もう皆の中にも私はいるんだね。
けどさぁ〜何もしないのは面白くないじゃんね〜ってそうだ!いいこと思いついちゃった〜〜〜!!!』
思わず笑っちゃった!だって答えはすぐ近くにあったんだもん笑
「あはっ!任せてよリオナちゃん。そんなの簡単。つまりさ..."悪い子"になっちゃえばいいんでしょ?」
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ニヤリと笑い...彼女は仮面を被る。そしてヒトが変わったかのように...再び嗤う。
「ごきげんよう、皆様。49期生がNo.2、テレジア・アルカディア。以後お見知り置きを。」
くるりと回ったかと思えばハイドラが指を鳴らし一瞬にして美しい赤のドレスを纏い、優雅に一礼を決めるテレジア。
その姿と立ち振る舞いは正しく物語から飛び出してきた淑女そのものだった。
レギを除いた三人が思わず見惚れてしまうくらいには...。
「あはっ!どう!?イケてない!?凄いでしょ〜〜〜!」
「...やはり貴様は口さえ開かねば完璧じゃのう。」
上げてから落ちるまでのあまりの落差に思わず悪態をつくリオナ。
「あは〜お喋り大好きテレジアちゃんなのでそれは無理かな〜!けどま、大丈夫だよ。皆が心配するような事にはならないから。」
またもとてつもない落差でおちゃらけた様子から真剣な眼差しに変わるテレジア。だが彼女が言い切って見せた。その意味をこの場にいる他の四人は知っている。そして兄は誰よりも理解していた。
「お前がそこまで言うなら大丈夫だな。それに...テレジアに代わって感謝を。ありがとう...リオナ、シン、カレン。テレジアを...こんな俺を想ってくれて。」
レギは立ち上がり頭を下げる。今の自分に出来ることはこれくらいだと言わんばかりに。
「ははっ!実に君らしい。だがその行動はイマイチ正解とは言えないな。」
「そうだね...分かってるようで相変わらずちょっとズレてるねレギは。」
「今更礼なぞいらぬわ馬鹿者。貴様は既に我が剣。剣は主と共に行き、主は剣と歩むのだ。卑屈は要らぬ、誇りを灯せ。為すべきことを為すのじゃ。」
カレンとシンが再び笑い、リオナがあの日と同じ顔でそれを告げる。
「あはっ!そうだよお兄ちゃ〜ん!それに安心して!私にとっておきがあるんだから!!!」
そう言いテレジアは主の意を汲み取りハイドラから手渡されたそれをばーんっと掲げてみせた。
「じゃじゃ〜〜ん!"奸佞邪知と清廉潔白 ―貴族と王子の二つの貌―"だよ〜〜!!!」
「.....なんて?」
「だっかっら〜〜! "奸佞邪知と清廉潔白 ―貴族と王子の二つの貌―"だよ〜〜!!!」
満面の笑みで同じ言葉を綴るテレジア。
レギは頭痛が再発した頭を軽く抑えながらその後ろに控えるヒトに声を掛ける。
「えっと...ハイドラさん、これは一体...?」
「ヒヒッ...そう畏まらずとも宜しいですよ兄君様。ハイドラとお呼びください。
そちらは我が国で一大ブームを巻き起こしている著:アラドルエ による娯楽小説の一つでございます。先日何か面白いものをと主様が申されましたので買ってまいりました。」
「なるほど...小説。それが一体なんの役に?」
レギはリオナたちにこの小説はね〜!と熱弁するテレジアを遠い目で見ながらハイドラに問い掛ける。
「ヒヒッ...物は試しと言います。先ずは騙されたと思ってお読み下さい。」
ハイドラは問いには答えず嗤いながら本をレギに手渡すのだった。
「ヒヒッ...宜しければ皆様にも。」
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俺は仕方なく渡された本を手に取る。
表紙には銀髪と金髪の男が描かれている。タイトルから読み取るならばこれが主人公だろう。
ハイドラに目を向けると彼女はただ頷くだけだった。
俺は促されるままにページをめくる。
だが不思議と一ページ、また一ページと...気が付けば読み進める手が止まらなくなっていた。其れは周りの皆も同じく。テレジアがふんす!と聴こえてくるぐらいのドヤ顔をキメているのが見えるのは気にしないでおこう...。
俺たちがいた部屋にはいつしかページをめくる音だけが静かに流れるようになっていた。
あくまで想像でしか無い...想像でしかないのだがこの物語は異様に駆け引きや場面場面での心理描写がまるで俺たちが物語に入り込んだかのように描かれている。まるでその眼で視て、体験したことを.....。そこまで考え、俺はハッとする。
ようやく気付く、気付かされた。
そんな俺に気が付いたハイドラが遠くを見つめ、微笑みながら告げる。
「ヒヒッ..."贔屓目"に見ても本当によく描かれていますよ。」
なるほど...その言葉で全てを理解する。このヒトは"本当"に全てを分かっていたのだ。魔法の世界で力を持つ...その意味を。こうなることも、恐らくこれからどうなるかも。
テレジアにこれを読ませれば熱中し、嬉々として自己投影するであろう事も、そしてこうして俺に勧めてくることも。 それもテレジアには気付かれずに。そして俺にはわざと気付かせた...俺にはそうした方が効率が良いと分かっているからだ。
ならもう、俺がすべきことは一つ。導かれるままに...ただ真っ直ぐ進むのみ。
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「まさかこうなるとはな。助かったよテレジア。確かに俺にとってこれはとっておきだ。なぁシン。」
「はははっ!本当にその通りだ。僕が水鏡を開くよレギ。これなら着くまでに間に合いそうだ。リオナ、カレン、楽しみにしているといいよ。きっと君たちの望むものがすぐ観られるようになるはずさ。」
それだけ言い残し、シンとレギは部屋を飛び出していく。そんな急展開に残されたリオナとカレン、そして分かってるようで何も分かってないテレジアは困惑していた。
「つまりどういうことだ?確かにこの本が参考になるのは読んでて間違いないとは思うが...。」
「参考になるどころではない。名前や単語を所々置き換えておるせいでほぼ気付かれることはないじゃろうがこれは実際にこの世界で起こったことを描いておる。それこそ妾のように好き好んで王家の資料を読み耽っておるような者、若しくはこの出来事の当事者でなければ分からぬようなことがな。」
語られたリオナの推測を聞き、満足したように頷く者が一人。それは全てを知る者。
「ヒヒッ...素晴らしきご明察にございますリオナ王女殿下。どのみちいつかはバレることでしょうからお伝えさせていただきます。この本の著者はかのエルドラード殿下でございます。」
「なるほど...!かの"黄金卿"が...。」
「なるほどのう...確かのかの御仁であれば納得じゃ。だが肝心なことが抜けておる。この事実だけではレギたちの反応には納得できぬぞ。」
「ヒヒッ...やはり【三身一体】は完璧な魔法でございますね。簡単な話です。あなた方は既にエルドラード殿下に出会っております。兄君の友、"金獅子"エラこそエルドラード殿下ご本人ですので。」
「えっ...? えええええええ!?!?!?エラ君がエルドラード様!? しかもこの本を書いた!?!?」
「おや、お嬢様お気付きでは無かったのですか?ヒヒッ...これはこれは...。」
真っ先に見せた主の反応に思わずニヤリと笑うハイドラ。
『ヒヒッ...どうやら殿下の魔法は"魔"の王にも届きうるようですよ。実に素晴らしい。』
「うむ...これならばレギのやつも貴様も何とかなるであろうな。じゃがまぁここまでは前座に過ぎぬぞ?最も重要なのは...
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「ふははは!一日も経たずに連絡を寄越したかと思えばなんだそういう事か。にしても小遣い稼ぎに出した小説がよもやそんなことになっていようとはな!我の才能には感服するばかりだな!」
「教えてくれ、エラ。今回俺は分かっていても渦中に飛び込まなきゃならない理由があるからな。」
「そうであったな...。それならば容易いことよ。我の...いや、"余"の全て叩き込んでやるとしよう。だがレギよ、貴様肝心なことを忘れておる。心構えや駆け引きはあくまで前座に過ぎん。最も重要なのは...
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「「舞踏じゃ(だ)」」
お待たせしすぎたかもしれません。
いよいよ来月ですねダンまちの新刊。
今から震えています...本当に。