第百十三話 双子座(Gemini)
お待たせいたしました。
アトランティアにはかつて獅子がいました。
星々を束ね、麗しき黄金を身に纏い、銀の剣を掲げ、戦場を翔ける英雄が。
だが彼はもうこの世にはいません。己を捧げ、世界を救ったが故に。
けれど希望は確かに綴られた。
星は巡る。
獅子の魂を分つ者がいる限り。
黄金の輝きは今日も群青を照らすのです。
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その後目を覚ましたレギくんにはしっかりとお叱りタイムとさせて頂きました。
『無茶はして欲しいと思いつつ無理をしてはいけないですからね。』
何事にも節度というものがあるというものです。
とまああれこれと論じつつも最終的には今はしっかり身体を休めて国に戻ってから続きをしましょうという結論に至った訳で...否、そうする他なかったという訳で...
何故か...ですか?
.......言える訳ないじゃないですか。
『貴方の顔を直視できません。』だなんて...。
私自己評価ではもっと冷静で弁えれる女の子だったのですが残念ながら...非常に残念ながら訂正しないといけないかもしれません。
「テレジア様とだけはなんとか顔を合わせないようにしなければ...。」
そんな未だ高鳴る胸の鼓動に想いを馳せながらも起こりうるべき最悪を想定することで昂る衝動を理性をもって押さえ付ける。
知識欲に溺れがちな私がよくやる手段なんですがまさかこんな事で使うことになるとは思いませんでしたよ...。
そんな彼女がレギの顔を直視出来るようになるのに数日かかったのは誰にもバレていない秘密である。
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長い宴、長い夏が終わりに向かうそれは静かな夜。
国を照らす灯りも鎮まり安寧の闇が世界を包む頃。
闇夜にこそ映える日輪は麗しの蛇を侍らせ歩を進める。
そうして付き添う蛇に導かれるまま
美しい緋色を靡かせ...彼女は王の前に立っていた。
「ふむ、こんな夜更けに一切の警備をすり抜けて王の間に侵入とは随分と物騒なことだ。そうは思わないかい?ハイドラ。」
この王宮が建って以降初めてとなる王室への侵入者。されど本来双方にはしるべき緊張は無く、穏やかな海風だけが静寂に吹いていた。
「ヒヒッ...私は"主"の命に従ったまで。それにしても些か不用心ではあったとは思いますが。」
「君に言われると少々くるものがあるのだけれど貴重な意見には感謝しよう。」
「ヒヒッ...それは何よりでございます。けれど私共の戯れなど些事に過ぎません。貴方様にお目通り願いたいのは私では無く主であるが故に。」
それだけを言い残し...蛇は夜の闇に溶けていく。
残されたのはその瞳に確かな瞋恚を宿すテレジアただ一人だった。
「ねぇ、イル様。聞きたいことがあるんだけど。」
普段見せる明るさは見る影もなく、ただ淡々と言葉を綴るその姿は処断を降す執行者のようであった。
「ふふっ、そんな顔も出来たんだねテレジア。それとも...そちらの方が君の本性かな?」
対する王は微笑み、超然とした様相を崩さずに問いを返す。
「あははっ!全部知ってるくせにとぼけちゃってさぁ...けどまあそんなことはいいよ。質問するのはこっちだから。イル様は答えるだけでいいの。」
王を前にしてなお...彼女はそう言葉を続ける。
「そんなに脅さなくとも逃げも隠れもしないよ。可能な限り答えてあげようじゃないか。」
「あはっ、そうこなくっちゃ。けどその"可能な限り"を決めるのは私だから。」
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この国に来てから...嫌、違う。
この国に来て更に...その"視線"は強くなった。
いつか視線は雄弁だってユウリちゃんにも言った事がある。
そう...その"視線"は私と...お兄ちゃんに向けられてた。まるで遠い何かを見るみたいに...。
最初はまあ私って"天才"だし?...雑音が口にする"可哀想"なお兄ちゃんに視線が集まるのは仕方がないのかなって思ってたりもした。
けど違った。
それにホントの意味でおかしいって気が付いたのは最近。
私が【魔導値】を捉えれるようになってから。
その"視線"をぶつけてくるのはいつだって【魔導値】を纏ってるヒトだけだったから...。
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「ねぇイル様...。イル様たちは"私"と"お兄ちゃん"に一体"誰"を重ねてるの?皆私たちを視て、その上で"誰か"を視てる。まるで代わりを視るみたいに。」
正直予想も付く。今まで考えなかった訳じゃない。けど不思議と私もお兄ちゃんも深く捉えてなかった。まるで意識が逸れるみたいに。
私はお兄ちゃんみたいに賢くない。けど馬鹿な私だって分かることはある。
それに何より許せないのは"私"を視る目じゃない。誰もがお兄ちゃんに"憐憫"を向けてる。
それは有象無象が向ける才ある妹と持たざる兄に対するものじゃない!確かな後悔と憐憫がある。だからこそこんなにも私の心を掻き毟る。
「教えてよ..."兄妹"は一体"何者"なの!?」
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それは少女の叫びだった。日輪を冠する彼女でも、次代をゆく魔導の姫ですらない。
ただのゆく宛のない...迷子の少女の叫びだった。
迷いヒトを導くのはいつだって王の役目。そう物語なら相場は決まっている。
だがそれでも...現実は物語の世界では無いのだ。
「君の言う通りだよテレジア。確かに我々は君とレギの向こう側に"誰か"を視ている。
だがここまでだ。例え君が"答え"を得ていたとしても...我々はその先を教えることは出来ない。
どれだけ君が望もうとも、私はそれを拒絶しよう。そう...ハイドラと同じように。」
それはヒトを導く温かな王の言葉に非ず。盤面を見定め、冷血に命を下す執政者のそれであった。
そう、初めから分かってたこと。
ハイドラが教えてくれなかったその時点である程度覚悟はしていた。だがそれでも...僅かな希望を持っていた。けれど現実は残酷だった。
予想だにしてなかったその深海の水が如く冷え切ったイルドラードの言葉にテレジアは思わず瞠目してしまう。
「ど...どうして?な、なんでなの!?」
差し伸べたはずの手が改めて振り払われたことで迷い子は混乱に陥っていた。
「この世界を救う為だよ。」
そう小さく告げた"王"の言葉に気が付かないほどに...。
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『聡い子だ。認識阻害を自ら打ち破るなんでね。
それに君は何も間違っていないよテレジア。我々が抱える"それ"は君の、君たちの出生に関わるものだからだらね。』
だけどそれを君に話すことは出来ない。出来るはずがないんだよ。
何故かって?理由なんて簡単さ。この世界は今、君を失う訳にはいかないんだよテレジア。世界に産み落とされた最後の希望をね。
どれだけの奇跡が今の君を形創っているか。我々はそれを理解していて、君は知らない。けどそれでいいんだ。
君がそれを知ってしまえば...きっとその奇跡全てを投げ出してしまうから。
だからまだ、早い。その時じゃあない。
だってそうだろう。
「最も大切なものを手放せるか?」
この言葉を、今の君は受け止めきれない。
これは■■によって定められた運命であり、我々が■■と交わした誓約なんだよ。
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夜風が吹き抜ける中、暫しの沈黙が流れていた。
「はは...はは、もう...いい。欲しいものは自分で手に入れるから。口を割らないって言うなら割らせるだけ。そうだよね...お兄ちゃん。」
何度でも言おう。彼女は愛されている。
故に例えそれが駄々を捏ねる幼子のようだとしても...王を討たんとする、女王の元にマナは集う。
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だが、それ故に。
そうだよテレジア。今の君はこんなにも煌めいている。故に明かすことは出来ない。
だから受け止めてあげよう。その激情を、苛立ちを。
「全ては世界の為に。」
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「教えるつもりは無い。けれど君に納得してもらうつもりも無い。君は間違っていないのだから。
だから今はただ、全身全霊をもって受け止めるとしよう。」
王の意のままに、水は陣を描く。
それは報せだった。この世界でたった二人にだけ伝わる紋様。
そして示し合わせるまでもなく、その二人は即座に行動に移っていた。
「まあこうなるわよね。ま、妹の駄々を宥めるのも兄弟子の役割ってこと。」
「ヒヒッ...でしたら私も間を預かる"姉"として"妹(主人)"の元へ馳せ参じてもよろしいのでは?」
「はいはい、お節介はいいから集中しなさい。起きたら国の王宮ありませんでした〜になるわよ?」
王が最も信を置く二人...(尚その一人は相対する女王に鞍替えしたばかり)は見るヒトが見ればひっくり返るような高等魔法を雑談しながらも組み上げていく。
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これはとある者の証言を記録したものである。
魔導戦争において勝利を収めた同盟国側に多大な貢献を果たした後の第五冠位。
"界護" アルス・レメト・ガルディアスはこう言葉を残している。
「はっ!私の魔法がどうやって編み出されたかって?ンなもん簡単さ。アイツらから護る為だ。」
「ん?ああ!わりいわりいアイツらってのは私の親友たちのことだよ。アイツら揃いも揃っててめえらの魔法が出す影響なんてそっちのけで好き勝手撃ちやがってよぉ。私が居なかったら勝っても住む世界が無くなってたかもしれねぇな。ギャハハ!」
「誰の魔法が一番大変だったか?あーそりゃ難しい質問だな。う〜んまぁそうか...そうだな〜。
まぁどいつもこいつも滅茶苦茶だがアイツがやっぱ規模や影響でいったら頭一つ抜けてると思うぜ。なんせほっといたら地図を書き換えないといけなくなるからな!」
「なんだピンと来てねぇのか?アイツだよ、イルドラードのやつさ。」
「何キョトンとしてやがるんだ?は?あの優しげなヒトがそんな魔法を撃つなんて想像も出来ない?ギャハハッ!なるほどな!まぁそうか、アンタらは"直接"視たことねぇもんな。そりゃそうだ!アイツの往く戦場には"何も"残らないからな。」
「どんな感じだって?はっ!ンなもん簡単だな。
想像してみろよ。地平の隅まで何も見えねぇ海原に一人取り残されるのをよぉ。しかもその癖波はまるで生きてるみたいにてめえらを殺そうとしてくんだぜ?分かりやすいだろ?そんな事をアイツは当たり前にやる。そこが陸地であろうと関係ねぇから困ったもんだろ?私様が結界張ってなきゃ今頃ここは"海"だったかもな!」
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「ヒヒッ...座標補足、固定完了。いつでもどうぞアーニャ様。」
「よろしい。ならさっさと空間転移いくわよ。」
「「"四柱転結 拓け ケイオスの門"
【ラウム・エスパシア】」」
魔力の光が包むように二人を飲み込み、瞬きの間に世界は暗転する。
光が収まるのと同時に彼女の頬に飛沫が触れる。
転移魔法により飛ばされた場所。そこは周囲100km四方に何も無い...文字通りの絶海の孤島。遠い昔には処刑場として使われていた場所だった。
だがテレジアがその地を踏むことは無かった。
女王は既に世界を統べにかかっていたのだから。
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「...アナタが教えたの?」
アナスタシアは"今"のテレジアが何を行っているのかを理解した上で問い掛けていた。
「ヒヒッ...答えはノーです。お嬢様は正しく"今"辿り着いたのですよ。」
『心が歪み、果てには暴走すら厭わぬ程の兄君への"愛"。ヒヒッ...なんと美しいことでしょう。』
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「まさかまだ無意識下とはいえ【魔導律】の本質に辿り着くとはね。君には驚かされてばかりだよ。」
かつての記憶と確かな"今"が重なる。
奇跡が軌跡を辿る其れは酷く美しいものだった。
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魔導全書 禁章第八頁
【魔導律(マギア・ケルディア】
"世界干渉魔法"
それは周囲のマナを統べ、己が望むままに世界を組み換える魔法。
主が望むのであれば、マナは自らを足場と換え主を空へと導く。
使用者の技量、器により範囲、効果が変動。
修得者 テレジア、◼️◼️(改竄済 再編纂不可)
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テレジアに侍るが如く、或いは跪く為に...マナは己が存在を確立する。世界に齎された色とりどりの輪。其れは都合六の光輪。
その光景は居合わせる三者に遠い過去を思い起こさせていた。
其れは戦いに明け暮れた日々の記憶。酷く痛ましく...されど色褪せることの無い輝かしい日々。
「ヒヒッ...実に美しい。これでは目から汗が流れるのも仕方のないものでしょう。」
「.....そうね。仕方ないわ。」
見守る二人は己が意図せずとも雫を零していた。そしてその絶海に映える雫こそ、テレジアが此処にいる意味を現している。その事実を相対する王は誰より理解していた。
「素晴らしい魔法だ。その歩みが進む先には無限の道が拓けているのだろうね。けれど君が輝けば輝くほど...君は真実からは遠のいていく。
だがそれでも君が上を向いて、前を向いて歩いてくれるように。
私は今日も、君を深く沈めるとしよう。」
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"一を極めよ。其は千の魔法と同義に至る"
イルドラード・リヴァイアはその輝かしい功績、魔導戦争における様々な逸話をもって魔導士ならば知らぬ者はいないほどの存在である。
だがその輝かしい威光のさなかにあって、聞こえてくる魔法はただの"一つ"のみである。
曰く彼はたった"一つ"の魔法を極め、最高へと至った。
この言葉はある意味正しい。だが他ならぬ彼はこの言葉を鼻で笑い、一蹴する。
「もっと至ってシンプルな話さ。別にたった一つだった訳じゃない。他の魔法を沢山覚えることだって出来たんだ。けどまぁ、非効率だっただけさ。言ってしまえばこの"魔法"だけで十分なんだ。」
「何言ってんのよ、様々拡張しすぎて他の魔法使う余裕が無
「この話はここまでにしよう。ま、次は私が一人の時に来るといい。」
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無限の可能性を宿す次代の神を前にしても、彼が使う魔法は今日も一つ。
「ハイドラを知り、アーニャを経て、君は強くなった。夏ももう終わりだからね。最後にとっておきの宿題を出してあげよう。
焼き付けて、ゆっくりと寝るといい。
"星の涙 涯ての雫 渇きを憂う 其は始源が一
大洋呑み干し その身に流るるは生命の血潮
星雫宿し 大海喰らう 其は母なる水瀧
一天四海 凪払え" 【水龍王】」
静寂に染まっていた大海がうねりをあげる。
降り始めた麗しき雨は全てを濯ぎ流す。
荒れ狂い、猛り狂う海。それでも尚、其れは悠然と泳いでいた。
遠い昔、其は神話と畏れられた。
されど今、其は確かに此処に顕現する。
「さて...久々の完全解放だ。手綱はしっかりと握らないとね。」
大いなる龍は王に侍り、ただ鎮かに号令を待っていた。
「とはいえ先手は譲るよ。想いも、激情も、全てを受け止めてあげよう。存分にぶつけるといい。」
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凄すぎてさ、また逆に落ち着いちゃったじゃん?最近こんなんばっか。私も大人になっちゃったかなぁ。もっとシンプルなのがいいのに。
まあけどこれはいい感じに頭冷えたかな。
今にも沸騰しそうなんだけど理性で薄く抑えられてるっていうか?
それに目に映るこの景色.....今なら...
あの"魔法"使えるかも。
「ラウ、やろっか。」
「御意。」
ただ一言告げ、友であり従者はそれに従う。
雷精は主の肩に立ち、序章を詠う。
「ホニィ、手を貸せ。"黒雲招雷 来れ 戟鉄の王"」
光輪が戦慄き、火花の如く小さな雷光が二人の周りを奔り、そしてラウの詠唱と共に、荒れ狂う海上より一条の炎雷が天へと翔昇る。
主の意を借り、【魔導律】を纏い放たれた炎雷は天を総べらんとする。水を晴らし、風を乱し、マナはその力を乱反射させる。
そして精霊より紡がれた唄を女王は継ぐ。目に焼き付けた、伝承を再び現界させんとする為に。
「"担い手は此処に一人 天雷招来 我が掌に宿れ 規を嗤い 和を乱す 天に背きし我が名はユダ 天覆にして神叛の旗手"」
天を穿ち、稲光が迸る。其れはマナが導くままに女王の掌へと宿る。
「"黒を描き 主を画く 贋作の神は此処に
幻想を総べ 現想を騙る 醜き世界を壊す為に"」
それはテレジアが思い描いた伝説の回想。嘗て読んだ物語を自ら解釈して落とし込んだもの。
兄を模して。否、兄に憧れて。故の必然だと言えるだろう。世界を書き換え、その雷が黒く染るのは。
「"誇りを棄て 驕りを抱き
背神の時は今 其は神を撃ち堕とす者"
"穿て" 【失烙園】」
いざゆかん、神殺し。
「あははっ!やってみるもんじゃん!ほら、いっくよ〜!」
女王は手にした其れをありったけの殺意、そして想いを込めて投げ付ける。天を割り、大地を砕く黒雷の槍を。
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其れは凄まじい魔法だった。
だがそれを彼女はあまり分かっていない。
彼女が作り出したのは黒雷。
火と雷、そして"闇"を合わせた複合魔法。
他と交わることを是とせず希少な闇と基本四属性を併せる。数ある複合魔法の中でも特異かつ難易度の高いものなのだ。
この海国にて、彼女の才能は極まりつつある。次代の王は確かな道を行き、魔導の未来を切り拓いていく。
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乾坤一擲。持てる全てを込めて放たれた魔法は凄まじい"熱"をもって海を削り取りながらイルドラードへと向かう。大いなる龍を侍らす、王を討つ.......。
はずだった。
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「は?」
だが次の瞬間。テレジアはそう声を上げることしか出来なかった。
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ぱくり。と。
食べたのだ。【水龍王】が、其れを。
凄まじい熱を孕み、迸る黒雷をもって総てを枯らすはずだった其れを。何の余波も無く、後に残るは静かな静寂のみ...物の見事に平らげていた。
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私の眼は全てを映す。
なのに...いや、だからこそ...今起きた事が信じられなかった。
我ながら良い魔法だった。【Xia Void】にだって負けはしない渾身の一撃...のはずだった。
なのに...防がれた訳でもない。食べられた。
そう...傍から見ればただ食べられたように見えるんだろう。
けどそれは正しいけど、正解じゃない。
私の【失烙園】はただ触れただけで掻き消されちゃったの。イル様も【水龍王】も何もしてない。
ただぶつかっただけ。私の魔法が、勝手に【水龍王】にぶつかって...なんの影響も無く掻き消されて...呑まれちゃった。
意味が分からない。この眼で全部捉えているからこそ、理解が出来なかった。
相対する王が、優しく言葉を掛けるまでは。
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「ふふっ、実に分かりやすかっただろう?
これが私と君の差であり...君に真実を渡せない理由だよ。」
諭すように...王は告げる。
「君は強い。類稀な才能を有し、この国に来て様々な出会い、戦いを経て覚醒へと至った。近い将来神の座に名を連ねるのは間違いないだろう。だがそれは"今日"じゃない。まだ、まだ早い。"才能"だけでは届かない場所がある。"想い"だけじゃ視れない景色がある。
何より...君が思う以上に、"第三冠位"は強いよ。」
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イル様の言葉はすんなりとこの耳に、頭の中に入ってきた。それが正しいんだって、身体が...本能が理解していた。
だからこそ、自然と言葉は溢れる。
「見せて。私が超えなきゃいけないものを。」
抱いていた疑問も、胸を焦がしていた怒りも。
全てが洗い流されていた。それはマナを統べる女王ではなく...兄を愛し、兄が愛した"魔法"が大好きな一人の少女としての言葉。
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「それでいい。それに初めからそのつもりさ。ちゃんと見せてあげるよ...我々が紡いできた歴史の極致が一つを。
"四方の海 宿れ 四の権能"
【肆海文書】 第三頁 【漣淼】」
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何度でも言おう。私の眼はマナを捉える。
だからこそ、その光景がハッキリと見えた。
その魔法が発動した瞬間、荒れ狂っていたはずのマナの奔流が凪ぐが如く静まり返った。
そして揺らぎない水面とかした世界に施される一雫。それが波紋を広げ.....世界を壊していったの。私の想いに応え、私が望むままだったはずの世界を。
空間が軋み、悲鳴があがる。
そんな波紋に触れた瞬間、私の身体に耐え難い激痛がはしり、超律を経て、高まりつつあった私のマナが瓦解していく。
視界が揺らぐ...立っていることすらままならない。
「嗚呼..."痛い"。けど...凄い。何...これ...。」
辛うじて声をあげるのが精一杯だった。
ホニィたちが必死に結界を張ってくれているのが分かる。けどそれが何の意味も無いこともすぐに分かった。
『ははっ......遠いなぁ。』
霞む視界、薄まる意識が最後に映した景色は悠然と立つ王の姿。そしてその隣で静かに侍り、此方を見据える大いなる龍の姿だった。
『龍に睨まれるヒトって感じ?あは...今なら蛙の気持ちが分かるかも......』
くだらないことだと自分でも思いながら...私は意識を手放し始めていた。
そう...初めから戦いにすらならなかった。
私が一人で癇癪を起こしてただ泣き喚いていただけだった。
『ごめんね。お兄ちゃん。』
言葉にならない言葉を遺し、彼女の意識は潰えた。
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目を覚ましたそこはいつもと同じ貸し与えられていた自室のベッドの上だった。
違ったのは少し固く、寝づらい枕とは違う感触と...頬に触れる確かな温もりだった。
「ヒヒッ...お目覚めですか?お嬢。」
私の頭を膝に乗せ、優しく頬を撫でるハイドラが穏やかに問い掛ける。
私は嫌な夢でも視ていたのだろうか。
「ねぇハイドラ。私、変な夢で
「夢ではございませんよ、お嬢。」
私を見透かし、真実を告げるハイドラ。
「お嬢様の問いを、私が拒絶し貴女様はその足でかの"王"の元へ参られました。そして貴女は負け、敗北し此処に居るのです。」
突き付けられる事実に、私は気が付けばとめどなく涙が溢れていた。
「...私はただ、知りたかった。それだけなのに。」
弱音を吐き、涙を流す。太陽は陰り、後に残るは唯の少女が一人。
けれどその涙は、堅牢なる蛇の殻に確かな罅を刻んでいた。
「確かに私はお嬢様の問いに答えることは出来ません。けれど一つ...昔話をお伝えしましょう。聞き流していただいても構いません。唯の、ありふれた御伽噺ですから。」
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かつてこの国には獅子が居ました。
一騎当千、獅子奮迅と称されるほどの男が。
ヒトは彼を"英雄"と呼び、冠するその名をもって獅子の座を彼に与え、讃えました。
けれど彼は、世界を巻き込む戦乱の業火に身を投じ、この世界から去ることになってしまいます。
この国に帰ってきたのはたった一枚の手紙でした。
獅子はもういない。けれど希望は紡がれた。
宙を見上げよ、レグルスは堕ちようともカストルとポルックスは其方等と共にある。
その言葉は受け取った王によって語り継がれ、今に至るのです。
そう...王は今でもその言葉を信じています。
いつの日か、アトランティアを照らす【双子座】が現れることを。
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その意味が分からないほど、私はバカじゃなかった。
「ほんとに...いいの?そんな話をして。」
「良いのです。これは私が零した独り言。貴女様はゆっくりと寝られていたのですから。」
確かな忠誠と献身。
それを感じながら私は急に遠のく意識に縋ることなく...静かに眠りについた。
そんな主の頬を再び撫でながら、ハイドラは三度独り言を綴る。
「私を殺しますか?それも良いでしょう。
私はこうあるべきと信じて行動しました。真実を与えられた一人として、かの約定を識る者として。」
それを語る彼女の目は窓辺に置かれた水瓶に揺れる華に向けられていた。
けれどその華はハイドラの問いをまるで否定するかのようにその身を散らしていった。
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「全く...ずるいことをする。私に君を殺せるはずがないだろうに。」
王は困ったように笑い、真実から目を背けることにした。
「ま、なるようになるのだろう。そうだろう?◼️◼️。」
お待たせしすぎたかもしれません。
次回でアトランティア編が終わる予定です...予定。