第百十二幕 Overseer
お待たせいたしました。
「そうか...それがエイルの夢。凄すぎて完全には理解できなかったが流れは読めた。勿論協力させてくれ。俺に出来ることならなんだってしよう。」
レギくんのド直球過ぎる言葉に少しだけ早くやる鼓動を隠しながら私たちは並んで魔晶板に映る死海での記録を視ていました。
『それにしてもやってしまいました.....いやほんとに。』
そう、あろうことか私はついうっかり口を滑らせまだ打ち明けるつもりの無かった自分の夢を語ってしまったのです。
「ありがとうございますレギくん。けれどこれはある意味今の魔法界を揺るがすかもしれない研究です。どんな事態になるか...レギくんを巻き込む形になってしまうかもしれません。」
『まさかの展開にはなってしまいましたがレギくんの協力を取り付けられたのは素直に嬉しいことです。』
起こってしまったことは仕方がないと前向きになりつつある私にレギくんは更にとんでもない発言をしてくるのですから困ったものです。ほんとに...もうほんとうに...。
「大丈夫。俺がエイルを守るよ。これからの戦いに、そして何より戦いの後の世界に...君は必要だ。誰より未来を見ている君がね。
それに何回も言ってるしな、俺は夢を叶えるためならなんだってするって。だからエイルが負い目を感じる必要は無い。俺は俺のために君に尽くそう。騎士として、何より友として。」
その言葉に含みなんて一切無い。心から言っているのだからタチが悪い。
けれど...だからこそ、彼の言葉は皆を動かすのでしょう。
そんな彼の言葉に私は思わず笑ってしまっていた。そして
「ふふっ。お願いします、私の英雄。」
不吉な夢?だからなんだと言うのでしょう。
彼が私を守ると言った。ならばもういいのです。
"死"を従え、"剣"を振るう..."英雄"ならざる力をもって"英雄"になろうとする彼の道が普通な訳がないじゃないですか。
その道の先が夢の景色だとしても...私は彼と歩みます。私の役割を果たすべく。
世界が彼を認めずとも私はもう知っているのですから。いつだって私の胸を高鳴らせる彼の在り様を、 その歩みを。
だから誰がなんと言おうとレギくんはもう私にとっての"英雄"なのです。
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「はははっ!実に良い子を見つけたじゃないかレギ。その瞳とその智慧をもって既にボクと同じ"景色"を見据えてながらもキミを心から信じている。なんと美しい...相も変わらずこれだからヒトは堪らない。」
共にレギに魅入った者としてルクスはエイルを歓迎する。
「アンタが相変わらず何言ってるのかよく分からないけどエイルは良い子なのは同意ね!私も守ってあげるわ!」
ルクスの肩に後ろからもたれ掛かり共に様子を眺めていたニアもそう告げる。
「耳元でうるさいよニア。というか最近キミ距離が近くないかい?前はボクを怖がってたくせに(笑)」
「ん?だって私がレギと先に契約した"姉"で後のルクスは"弟"みたいなものって最近気が付いたのよね!それに姉に弟は逆らっちゃいけないってレギが最近読んでた"まんが"...?ってやつに書いてあったし?何よりレギとテレジアがこんな感じだから私もやりたくなったの!」
するりと肩から移動しいつの間にか己の膝に頭を置くニア。彼女が告げる言葉にルクスは微笑みながらも呆れた様子を見せていた。
だがそんな様子とは裏腹にあまりその関係を嫌がっていない自分がいることにも"死精"は気が付いていた。
それは彼女の成長の証でもあったから。
「まぁそういう"演技"だと思えば悪くないか。なにより今ならレギの気持ちがよく分かるしね...。」
テレジアに絡まれるレギを思い出しルクスはしみじみと告げる。
気が付けばその手で主と同じ黒髪を梳いていた。
『本当に強くなった...。エイルの言う通りレギも、その友たちも。渡航前に比べれば皆目を見張る成長だ。
けどその誰でも無い、この夏で一番強くなったのは他ならないキミだよ"ニア"。主と共に成長するはずの"物魂霊"が"レギを想う"それだけで主を超える成長を見せるなんてね。』
覚醒を経て、今ようやくその力に精神が追いつくに至る。
その成長を主より近くで見続けたその視線はまるで妹を思いやる兄の如きものであったのは誰にも知られない事実だった。
「負けてられないだろう、レギ。」
主と同じ景色を見据える死精は今その瞳に映る現実に微笑みながらそう告げていた。
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平静を装う。磨きに磨いてきた精神力がまさかこんなところで活かされるなんて思いもしていなかった。
そう、それだけ俺はエイルの話に衝撃を受けている。
魔法を自分の扱いやすいように組み直す。
誰もが行っているものだと思っていた。
だがそれは違ったらしい。
『俺だけだったのか。』 と心にどこか穴が空いたような気さえしていた。
もう何度目か分からない当たり前だと思っていたことが覆される。
皆の当たり前が俺にとってはそうでないように
その逆もまた然り。
『"痛い"な...。』
そう、これこそが俺にとっての"痛み"だ。
心を抉るが如き現実。こんなものに比べれば身体が受ける痛みなど些事に過ぎない。
あんなものは慣れれば耐えれるのだから。
だがこれはそうもいかない。何度でも、突き付けられるその度に果てしない鈍痛が全身を駆け巡る。
『何度目だろう...。だがまあ今日もまた立つだけなんだろうな。』
絶望するのにはとっくに慣れた。その立ち上がり方も息をするのと変わらない。
そうだ。答えは同時にエイルが教えてくれた。それは皆と違い劣っているという事実、けれどそれは俺だけの"強み"にもなりうるという事実。
『だから、どうするか。』
弱さを認め、次へと歩み出す。そう、今までと同じだ。
『考えて示せ。それしか道は無いだろ。』
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『嗚呼...その顔ですよレギくん。それは正しく不条理に"抗うヒトの顔"。そうです考えて下さい。アナタが持ちうる"才能"の使い方を。』
そう心で告げる私の眼に映るのはかの"剣霊"が覚醒する場面。
確かに"剣霊"は凄い。けど私の瞳を奪ったのはそこじゃない。なんてたってレギくんはこの時に魔眼を完全解放している。
私もこの眼に魔眼を宿してるから分かるのです。...それがどれだけ無茶なことなのかを。
魔眼はヒトならざるものをその眼に宿す魔法。
視神経や魔力回路が馴染み、定着するのはかなりの時間がかかる。どれだけ魔眼と相性が良くとも3〜5年は必要なのです。
それを馴染む前に...あろうことか手に入れて数ヶ月での完全解放。想像を絶する痛みが訪れたはずです。"普通"ならば眼も開けられない程に。
けれどレギくんは戦いのさなかでそれをやる。
いや〜全く有り得ないですよ...。けれどそれ故に、私は彼の一挙手一投足をこの眼に焼き付けなければなりません。
彼の歩む軌跡こそ新たな魔法の歴史に他ならないと...私は信じているのですから。
そう、信じています。だからこそ私も持ちうる才能を投じて彼を助けるのです。
決意と共に私は彼に一つの"道"を示すべく言葉を綴る。
「やりましょうレギくん!挑むべきです...高等魔法以上の簡略化に。」
我ながらとんでもないことを口にしてしまった自信がある。それは絵柄の無いジグソーパズルを組むのに等しい。先人たちが積み重ねてきたものを崩し...0から始めるという愚行。
『随分と毒されちゃってますねほんと。お爺様に怒られそうです。けど言ってやりました。心のままに...私自身がそうすべきだと思ったのです。』
「...まああれこれ考えてみたけどそれしか無いだろうな。」
けれど返ってきたレギくんの反応は確かな決意を含みながらも少しばかり歯切れの悪いものでした。そしてそれは私の望むべくものでは断じて無かった...が故に、思わず立場を放り投げて本音がこぼれ落ちてしまったのも仕方がないことでしょう。
「大丈夫です。レギくんなら成し遂げることが出来ます。その為に...私がいます!」
私自身びっくりしています。こんなに大きな声が出せたことに。
「確かにレギくん一人ではきっと難しいでしょう。そして私一人でも辿り着くことは出来ないのでしょう。
けれど二人ならば...。」
そんなことを口走りながら気が付けば彼の手をとっていた。
「己は認めずとも歴史上最も新たな魔法を生み出した魔導士。そして【魔導全書】の原典を有し、その全てを識らんとする魔導士。それがレギくんと私です。なればこそ、この二人で解き明かせない魔法なんてありません。ある筈がないじゃないですか。」
かつてないほどに、真意を宿した声でそう告げる。
それは彼が目を見開くほどに。
欲望、策謀、ここに至るまで様々と巡らせてきた。けどこればかりは違った。
"私"を形造るマナからの叫びに他ならない。
不完全だからこそ手を差し伸べるに値する。
完璧な、不都合の起きない物語の何が面白いというのだろうか。
波乱万丈、山あり谷あってこその英雄譚でしょうが!
だから私は完璧ではなく彼を選んだのだから。
「ははっ!...響いたよエイル。そうだな...俺は俺を信じれない。けどエイルのことは信じれる。
だからさ...エイルの信じる"俺"を少しは信じてみるよ。」
満面の笑みでそれを告げるレギくんは先程の歯切れの悪さなど何処へやら。
なればこそ...彼女は書を開き、とある見開きの魔法を指し示す。
「見て欲しいものがあります。観測上たったの一度だけ記録された魔法...【深夜】。恐らくこの魔法こそ、我々の目指す果て。」
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この眼に映る、奇跡を焼き付ける。
そうか...それでもいいのか。
理屈は分かる。理論も分かる。
けど出来るのか...違う。やるしかないだろ。
俺に出来る限界の魔法を繋げ合わせて限界のその先へ。
そう、異なる属性じゃない。
同属性を掛け合わせる其れは複合魔法としてはとても非効率で不格好。だがそれがどうした。辿り着く"解"が同じなら過程などどうでもいい。例え其れが複雑難解だろうと関係無い。
俺が発動出来るならば、後のことは些事に過ぎない。
だから思考を止めるな。試行を止めるな。
空に描き、世界に現出してみせろ。
右手に宵闇を
左手に常闇を
それは同じ闇にあって異なるもの。
されど調和に至り、融けて交わらん
其は"夜"の闇。
安寧を謳い、終焉を称ふ
表裏の闇。
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其れが顕現したのは瞬きの刹那に過ぎない。
けれど...それでも確かに其れは示された。
『嗚呼...彼こそ"天才"。
私にとって"天才"とは"己と向き合い、恐れを抱かず歩き出すことの出来る者"。ヒトにとってこれがどうにもこうにも難しいのです。けれど私が"視てきた"天才たちは躊躇わない。凡人たちが足踏みや不安を抱いている中で躊躇なく歩を進めてみせる。そしてレギくんはその最たるヒト。
今日もまた一つ...アナタを識る。それがたまらなく嬉しいのです。』
私は視ました。確かに記録しました。
其れは紛れもない"夜"。
本来であれば彼の手が届くはずのない
闇の高等魔法が一...【夜】。
あはは!ほんとに有り得ない。
たった一度ですよ。たった一度見せただけ。
ただでさえ中等魔法に比べたら複雑な高等魔法!その魔法式を魔力消費を抑えるのと魔力回路の規模縮小のみに重きを置き、己が規格に合わせて再構築!そしてあろうことか更にそれを自分が発動し、結果を再現する為に魔法の分割、発動後の固定化、そして再結合とかいう超越魔法もびっくりのとんでもプロセスの魔法式を作り上げるなんて!
しかもそれをですよ!世が世なら神が起こす奇跡に等しい其れを一発でギリギリとはいえ成立させる胆力と技術。
これですよこれ。この偉業を経て誰が彼を末席と笑えましょう。
不格好で結構!不合理上等!
歪だからこそ正しさに染まりきった現代魔法に映えるのです。これこそが最新鋭の魔法。古代の超魔法にも劣らない至高の芸術!
ふふっ!絶対にあげませんよラグナ様。彼は私とアル様のものです。
魔法学を極めんとするものとして彼の隣を譲るなんてありえません。
その眼が何を視ているのか知りたい。
その頭で何を考えているのか知りたい。
誰も辿り着くことない境地に居る貴方を理解するのが私でありたい。そう願わずにはいられない。私が"今"求める知識欲の涯てに、貴方が居るのです。
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彼女は昂る激情を全て吐き出した。けれどその独白を魂の叫びを耳にした者はいない。
そう隣に居たはずの英雄は、限界を超えた末に意識を失い彼女の膝の上で寝息を立てているからだ。
そして全てを吐き出し賢者モードへと突入した彼女もまた落ち着きと己の"役割"を取り戻し水晶へと語り掛けていた。
「はい。万事滞り無く。ご安心ください..."おじい様"。」
相手は他ならぬ彼女に"役割"を与えし者。
「些か過干渉が過ぎる...?何を言ってるのですかおじい様!!! 私は彼の可能性を広げる一助でしかありません。それに私如きの干渉で揺らぐほど彼はひ弱ではありません!あ〜もうおじいちゃん!!! これ以上口出しるならもう口聞いてあげないから!!! じゃあまたね!
.......やっちゃいました。ああもう私の馬鹿。けど流石におじい様が悪いと思います。
そうは思いませんか?レギくん。」
沸騰からの即冷却。あまりに見事な急転直下をみせた彼女はその眼をもって彼に意識が無いのを捉えつつ髪を撫でながらそう告げていた。
その心にその智慧をもって...本当に様々なものを抱えながら。
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レギくんは確かに魔法の才能は無いかもしれません。神の領域に足を踏み入れながらも瞬きの魔法を意識を手放しながら放つのがやっとなのですから。
けれど...これが表に出てしまえば彼を無能だと罵る者はもういないでしょう。
ちゃんと乗り越えてくれてよかったです。
与えられる絶望が大きければ大きいほどレギくんはそれを乗り越えて強くなってくれます。
ふふっ...まぁ今回は私のうっかりで五分五分ぐらいだったのは内緒なのですがまあいいでしょう。
今日も私の"眼"に狂いは無い。
どこまでも...アナタの可能性を見続けさせていただきます。
私は"知識の娘"を拝命せし"監視者(Overseer)"が一人。
英雄が生きた証を記す者なのですから。
...って初めはそう思っていたんですけどね。
実はもう"役割"なんて半分どうだっていいんです。私は私にしかできないやり方で...私は貴方の隣に在り続けます。
それは友として。歴史を記す者として。
そして...貴方を愛してしまった者として。
「いけませんね。このまま時が止まってしまえば...なんて思うなんて。
けどこれも全部レギくんが悪いんですよ?私に格好良いところを見せ過ぎです。特に今日...今日のレギくんはテレジアさんやヨルハさん流に言うなら"ヤバい"です。」
「エイ...ル、ありが...とう。」
いやもう心臓が飛び出ました。それはもう危うく魔眼を最大解放しそうになるぐらいには...。
「ビックリしすぎて身体を動かせなかったのが不幸中の幸いでしたね...。全く寝言でヒトが死ぬところでしたよ本当に...。」
心の底から安らぎを感じていたその瞬間に命の危機を感じたからでしょうか..."驚き"とは違うものが私の心臓を叩いています。
心臓が高鳴る度に理性が溶けていくのが分かるのです。
「ねぇレギくん。私弁えれる女の子ですから。"立場"も"役割"もどうだっていいのです。貴方の傍にさえ居られるのなら。
けど...同じくらいに私、欲深いヒトみたいなんです。自分の知識欲の為に貴方に全て捧げるくらいには。
だからこそ...刻みたいのです。」
熱に浮かされていたのでしょう。その場の空気に蕩けてしまったのでしょう。
けどそれでもいいのです。だって...誰にも知られないのですから。
瞬間、示し合わせたかのように水晶が輝きを放つ。そう映していた世界が晴れ渡ったのだ。
そして時を同じくして死海を晴らす群青に照らされる中...二人の影は静かに重なった。
「ふふっ、初めてのキスは何の味もしないのですね。また一つ、学びを得ました。」
そう、私だけが知っていれば...それでいいのです。その味を、感触を、その温もりを。
そんな永遠とも感じれる時を堪能し、心の奥深くにしまい込む。
眼を閉じ、目を開ける。そして私は"役割"を纏い、告げていた。
「ほら、起きて下さい。レギくん。」
ノリと勢いです。こうなるつもりは無かったです。けどこうなりました。