第百十一幕 知識の娘(メーティス)の夢
お待たせいたしました。
楽しかった.....けど疲れましたぁ...。
まさかあの後日が暮れるまでお話する事になるなんて思いもよりませんでしたよ...。
けれど...疲れたぶん得るものは沢山ありました。
理論を説明する為の再言語化、それによる更なる理解。それにレギくん自身の視点から説明を貰えたのは非常に助かるところでした。
.....まさか"次"の約束まですることになるとは思いませんでしたが。
「勉強になるよエイル。次は死海のアーカイブも観るんだろう?よければまた談義させて欲しい。時間が勿体ないなら一緒に観たっていいぞ?」
そんなことを平然と言っちゃうレギくんは恐ろしいですよほんと...。
その場の流れではいとしか言えなかった私も私ですが...。途中から合流したテレジアさんが凄い顔でこっち見てたのは気のせいってことにします。
けどそんなことは今は置いといていいのです。
私も一つ、答えを得たのですから。
私はこの半年、ずっとレギくんを視てきました。
初めはただの興味からくる観察対象。けど少しずつ話していくうちに気が付いたら友達に。
そしていつの間にか同じディアボロスの一員に。
誰にも話したことは無いけど...私が三つのギルドからディアボロスを選んだ理由のひとつはレギくんがいたから。多分マスターにはバレてるけど...。
同期として、友達として、仲間として...彼を見続けてきた。
そうして今日、改めて芽生えた思い。
一人の魔導士とて...彼の力になりたい。彼の夢を叶えてあげたい。
"私の夢の先"にこそ...彼の夢があるのだから。
そのための手段も...方法も、理論も、全ては彼が提示してくれた。魅せてくれた。
それを形にするのは果てしない挑戦になるかもしれない。けどだからなんだと言うのだ、レギくんは英雄になる。そして彼という英雄は仲間と共に世界を救う。
そんな49期生を支えるのが私、私じゃなきゃいけない。
だから...やる。やらなきゃ...いけない。
私も負けてはいられない...なんて反骨心とは少し違います。
誰かに勝った負けたでは無いのです。
私だって、その一人。そう...私たち"皆"で世界を救うのですから。
______________
そんな昨夜のことを思い出しながら、私は貸し付けられている研究室のドアをノックする。
だが予想に反して部屋の中から返事は帰ってこない。
「もしかして...。失礼します。」
嫌な予感がしつつも私はそっと扉を開ける。
「.....やっぱり。」
そう告げる私の前には資料の山を枕に茶髪の女性がスヤスヤとそれは気持ちよさそうに寝ていた。
「リブラさん起きてください。また風邪引いてしまいますよ。」
「ん〜〜〜?あ〜?なんでエイルちゃんが私のお布団に〜?まさか夜這い〜?エイルちゃんってばだいた〜ん...zzzzz」
エイルの声に反応を見せたかと思えば意味のわからない言葉を並べ続けるのは元"十二宮"にして現在はアトランティア魔導開発部門の室長を務めるリブラ=ライブラである。
「適当なことを言っても無駄ですよ...。貴方のおかげで洗練された私の"眼"は誤魔化されません。」
眼鏡をくいっと持ち上げながら己が眼を信じて視たままを伝える。
「.....な〜んだつまんないの〜。ま、茶番は終わりにしておはよ!今日も頑張ろっかエイルちゃん。」
「はい!今日こそ【魔導紙】の試作型を完成させてみせます。」
______________
私が挑むのは魔法の"保存"。
魔法を【魔導紙】に封じ、魔力を流すことで任意で発動させる。
それは容易に聞こえて非常に難解なもの。
けれど得てしまったのだから、視てしまったのだから、挑まずにはいられない。
そう、アルフェニス様から開示された情報と観測結果、そしてリブラさん共に過ごした日々の中で拡張された私の【見識の魔眼】による解析。
そうして辿り着いた答え。
レギくんは魔法の術式を単純化ではなく複雑化させることで消費魔力を抑えているということ。
そしてそれはほんの少しの綻びですら崩壊してしまう脆弱性を併せ持っていること。
だが裏を返せばそれはヒトの持つ回路より遥かに脆い【魔導紙】でも再現可能であるという事実を示していた。
けれどそれは果てのない偉業。
誰も視ることの叶わない神秘の箱たるヒトの魔力回路をキャンバスの上に書き表さなければならないのだから。
出口の無い迷路を進むのに等しいものでしょう。
それでも...手を止める理由にはなり得ない。
何故か。
魔法は平等であるべきだから。
私が望むのは魔法の"普及と理解"。
それは英雄を助け、レギくんになれなかった力無き誰かを救う為のもの。
そう信じているから。
______________
けど...たった一つだけ、私の足を竦ませるものがあるのです。それは答えを得た夜に視た夢。
"魔法"とはヒトが創り上げた歴史の中で最も偉大なもの。そして同時に...最もヒトの手でヒトを死に至らしめたもの。
そう...【魔導紙】の完成。それは同時にヒトを簡単に殺せるものを作るということ。
実現してしまえば無限の可能性を秘めている。
それはきっと世界を救うのでしょう。けれど同時に世界を破滅へと導いてしまうかもしれない。
大いなる力には大いなる責任が伴う。
私にそれが背負えるでしょうか.....
私の"夢"の果てに訪れるかもしれない"死"の光景。それが私は堪らなく怖いのです。
それは遥か彼方の幻想に過ぎないのでしょう。
けれど私はどうしてもその光景を鮮明に覚えているのです。
血溜まりの中で涙を枯らした私。
そしてそんな私を背に...剣を振るうレギくんが。
世が世ならそれは神の忠告なのかもしれません。
けれどそれを聞き入れた上で進む私は"ユダ"なのかもしれませんね...ふふっ。
新しい職場に移ったので忙しくしててすみません。土下座