第百十幕 ドキドキ夏休み 〜身近な伏兵〜
お待たせいたしました。
「あは〜今度は負けないよシンくん!
...その"腕"吹っ飛ばしてあげるんだから。」
「冗談に聞こえないから怖いところだね。どうかお手柔らかに頼むよ...。」
ギラついた狩人のような目線で手に持つボールとシンを見詰めるのはテレジア。
どこか私怨(笑)を感じる言葉と共に戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
そして俺は呼ばれたかと思えば気が付けば現在進行形で水泳バトルのリベンジマッチに巻き込まれている。
そんな二人が行っているのはいわゆるアトランティア"海兵隊"式ビーチバレーだ。
「せっかくの読書が...と言いたいところですが指名されたからには公平と誠実をもって審判を務めさせていただきます。」
メガネをクイッと持ち上げいつの間にか並び立っていたのはエイル。
彼女も俺と同じく晴天の中読書に励んでいたのだがどうやらヨルハによって審判として連れてこられたらしい。
「それではヨルハさん、レギ君の二人も所定の位置へどうぞ。それではテレジアさんからのサーブでスタートです。」
エイルの宣言と共にテレジアが渾身の力と魔力を込めてボールを撃ち込む。そして放たれたボールは内側と外側に異なる回転を纏うという有り得ない事象を伴い、相対するシンの腕を弾き飛ばした。
そう、これはビーチバレーとは名ばかりのれっきとした競技兼訓練である。
自らボールを受けて、補助員の味方にボールを上げてもらいまた自ら相手コートに返す。
コートは狭く作られており基本的にはボールを受けれず落とすか補助員の元に返せなかった場合相手の得点になるシンプルなものだ。
だが問題なのは使われるボールである。
これまたアトランティアの魔法技術がこれでもかと詰め込まれた"魔力感応球"が使われているからだ。
その球は魔力の流し方によってあらゆる変化を生み出すことが出来る。
特定の属性によって性質を変化させ、僅かな強弱によって曲がり方、回転、スピードが変化するよう作られている。
故にこの競技に過度な力は要らない。代わりに落下地点を予測する眼、移動する為の足、ボールを打ち込む掌、そしてボールを受ける腕、その全てに精密な魔力操作が要求されるのだ。
娯楽もまた修行。
それがアトランティアにおけるビーチバレーである。
だがまあ休息に来たはずなのに何故この競技が行われているのか...それにはシンプルな理由がある。
かくいう俺も"死海"へと向かう道中で指南を受けてその理由を実感した。
単純にめちゃくちゃ面白い。それだけなのだ。
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「あはっ!中々やるじゃんシンくん!ボールは曲がるし滑るし取りにくいったらありゃしない!」
「君に褒められるのは嬉しいが負けてる身としては中々複雑だね。だがまあコツは掴んだからね、次は負けないさ。」
僅か二点差の激戦を繰り広げた二人は互いに満身創痍な様子で砂浜に寝転がっていた。
「素晴らしい戦いでしたね。テレジアちゃんは苛烈な攻めの中に元来の強さだけじゃなく柔軟さが垣間見え、シンくんは流麗たる受けの中に確固たる意思の元、何だってやるという執念を感じました!」
最早解説そっちのけでエイルが興奮気味に実況するぐらいには二人の成長を感じられる戦いだった。それは観ていた者たちにも火がつく程に...。
「はっ!休息には程よい運動が必要じゃろう。付き合うが良い我が騎士よ。」
白銀を靡かせコートに足を踏み入れたリオナは挑発めいた言葉と共に視線をぶつけてくる。
正直他の誘いなら断っていた...がこのビーチバレーなら話は別だ。
「病み上がりなんでね、お手柔らかに頼むよお姫様。」
俺は笑顔でリオナの誘いを受け、軽やかにコートに降り立つ。
「レギ君大丈夫でしょうか。あまり体調が優れないようですが...。」
「ふぅ...それなら問題無いよエイル。眼を離さない方がいい。面白いものが見れるはずさ。」
それを告げるシンは知っていた。
この競技の本質は魔力を"受ける"ことにあることを。そして...親友の魔法がその極致
にあるということを。
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それ故に...
「ま、こんなもんだろ。悪いが負ける気はしないな。」
砂浜に転がるのは49期生が誇るはずの魔導士たち。たかが競技、されど魔法を使った競技。
初めに挑んだリオナ、そして続々と洗われる挑戦者をなぎ倒し、最後には最凶の妹でさえも...彼には敵わなかった。
彼の戦いっぷりの中で特筆すべきはシンが告げたようにボールを受け止める際の魔力の受け流しである。
"魔力を受ける"="魔法防御"という言葉は今の魔導界においては相手の放つ魔法を、より大きな魔力を持って受け止め弾く能力の事を指す。
シンプルが故に強力な手段であるが魔力差が大きい場合の対処が困難な弱点を持つ。
だが本来の"魔力を受ける"とは相手の魔法に対し同系統の魔力を合わせ相殺する、または相手の魔法の流れを読み、己の魔力を流し瓦解させる能力である。
こちらは修得さえ出来れば消費魔力が少ないかつ魔力差を覆す可能性を秘めている...のだが修得難易度の高さに加えて近代の魔法戦が先手必勝や搦手を用いた一撃必殺等の短期戦が主流となっている為、この技術よりも詠唱破棄や並列詠唱の修得が優先となっているのだ。
だがここまではあくまで"普通"の魔導士の話だ。
そう、何度でも言おう。レギは普通に非ず..."異端"の魔導士である。そしてシンがその目で視たように...レギを異端たらしめる魔法、【蝕】は魔法を喰らい、飲み込む。そして何より彼はその【蝕】の副作用により"痛み"として魔法を直接"その身"で受け止め続けてきた。
それ故に..."痛み"により培った感覚と【死告眼】を合わせることでレギは魔力の流れを完全に読み取り、加えて元来の魔力操作をもってレギは己独自の"魔力を受ける"を実現させていたという訳だ。
だからこそ今、レギはこの競技において末席たる肩書きを返上し、随一の魔力操作をもって皆を圧倒するに至る。
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たった一人、"見"に徹していた彼女を除いて。
「本当に...素晴らしいものを見ました。なのでレギ君...よろしければお相手をお願い出来ますか?」
その瞳に宿るは熱。そして確かな確信。
この競技に力は不要。
「そうか...確かにそうだろうな。いいよエイル。戦ろうか。」
必要なのは魔法の操作技術...そして付け加えるならば、"魔法への理解"、そして"知識"。
なればこそ..."知識の娘"はその卓越した観察眼をもって己が才能を描き出すのは当然のことだったのかもしれない。レギは笑うエイルを視てそれを理解する。
「ふふっ...レギ君は少々お手本を披露し過ぎました。"これなら"私でもやれそうです。」
ただ純粋に、裏付けされた知識と己と向き合うことで...彼女は無邪気に可否だけを告げる。
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レギが放つとんでも回転のボールをエイルは目を輝かせて受け止める。
そして負けず劣らずのとんでも変化球を放つのだから堪らない。
二人が繰り広げる攻防は見る者の目を奪っていた。
「まさかエイルちゃんが...ふ〜ん、へぇ〜なるほどねぇ...やるじゃん。」
テレジアはポツリとそれだけを零し、繰り広げられる戦いに目を向ける。それは他の者も同様に...。
皆エイル・クラーレが優秀であること心の底から理解している。だが今...後方支援に回る彼女に負けるはずが無いと線引きしていた自分たちがいた事実を叩き付けられていた。
「にしてもよぉ、レギの魔力操作はともかくさすがにエイルのやつ凄すぎやしねえか?視ただけでここまでやれるなんてよ。」
当然ながら率直な質問をぶつけるヨルハ。実戦派の権化みたいな彼女にとってエイルが見せる芸当は理解出来るものでは無かったのだ。
「違うよヨルハ。ただ今"視た"だけじゃない。エイルは迷宮での僕らをずっと"観てきた"。そして彼女はそれをずっと分析、解析し、理論化し続けてきたんだ。」
「シンくんの言う通り。土俵が違うだけでエイルもまた自分の戦場で努力したってこと。
まあ辿った過程は違うけど結果エイルだけが今のレギくんを理解出来てるってのはちょっと複雑だけどね。」
ユウリが冷静に告げるようにエイルは決してレギと同じ魔力操作技術や旧来の"魔力を受ける"技術を身に付けた訳では無い。
ただレギが披露した事象の"結果"から、"魔導全書"を暗記せんばかりの膨大な知識をもって"過程"を再び構築しほぼ同じ効果をボールに与え、加えて見事な"魔力を受ける"を再現していただけなのだ。
「ただ強く、ただ頭が良いというだけでは無い。今の我々には無い強さだ。だからこそ...これから彼女は何より得難い存在になるかもしれないな。」
魔法の造詣を更に深めたエイルを歓迎するようにカレンは微笑む。
「果てなき知識欲はやがて世界を変えるじゃろう。負けるつもりは毛頭ないがな!
だがそれでも...友として、仲間として妾達が守ってやらねばならぬのは確かじゃ。」
言ってしまえば頭が良いというだけで自分たちに匹敵しうるエイルに反骨心は燃やしつつもリオナは決意を告げる。
その瞳には以前のリオナが持ち得なかった光が宿っていた。
されど皆がリオナに同意を示すその中で...その胸中に異なるものを抱えるのが独り。
それは魔を統べんとする赤髪の少女だった。
『そんなものは"強さ"なんかじゃない。
確かにエイルちゃんは凄い、そんなのは分かってるし私だって認めてる。けど違う...なんかこう...とにかく違うの。言葉に出来ないけどこのドス黒い感情がダメなものだって否定してくる。それは理屈じゃないの...だから私は認めない。』
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"痛み"が伴わないものは"強さ"なんかじゃない。
傷も負ってない癖に...そんな笑顔でお兄ちゃんの隣に立つな。お兄ちゃんを理解した気になるな。
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言葉にも、思考にも表せない...けれどテレジアの本能は無意識下でそうエイルを拒絶していた。
「あはっ!そうだねリオナちゃん。本当に...負けられない。」
決して表には出さない。されど確かな衝動を焚べて、テレジアは己にとっての更なる"強さ"を誓う。
そうして様々な想いが交錯する中でレギとエイル、二人が繰り広げた激戦は僅差でレギの勝利によって幕を閉じることになる。
最後に甘酸っぱい茶番を披露しながら...
「流石です...レギくん、残念ながら及びませんでしたね。」
「いや、ギリギリだったよエイル。ナイスゲームだ。是非ともお前が導き出した理論を聞かせて欲しいところだ。」
「ふふっ...光栄ですね。では早速...と言いたいところですがダメですよレギくん。上司命令です、今はしっかりと休んでください。続きはギルドに帰ってからでも遅くはありませんから。」
早速と言わんばかりにそう提案するレギの額をコツンと指で弾き、微笑みと共に制止するのはエイル。
「それを言われたら何も言い返せないな...分かったよエイル。けどそうだな...ならこの後エイルが今日までこの国で何を観てきたか、ゆっくり聞かせてくれ、それくらいならいいだろ?」
「ふぇっ!?この後ゆっくり!?.....ま、まぁそのくらいなら。...けどレギくんはただ聴くだけですからね?」
だが思いもよらぬレギの提案にエイルは顔を赤らめながらもそれを受け入れる。
「分かってるよ秘書様。先に戻っててくれ、俺は飲み物を取ってくるよ。」
それだけ言い残し、離れていくレギに届かぬよう...エイルはポツリと呟く。
「...あぅ...レギくんは本当にずるいです...。」
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蚊帳の外にされ、ただ二人のやり取りを見守ることしか出来ないでいた皆の時間はそこでようやく動き出すことになる。
「...中間試験ぐらいからそうだけどさ。あの二人...すっごいなんか相性良さそうじゃない?」
「わっかりますよユウリ。互いに心を許してる?っていうんですかね、何かこう...空気が穏やかななんですよね。」
僅かに流れた甘酸っぱい雰囲気にユウリとライリは思わず率直な感想を口にする。
『おいおいもうライバルが増えるのはゴメンだぜ?最近も誰がとは言わねえけど怪しいやつも増えたしよ...。』
ヨルハは思わぬ伏兵の登場?に内心で冷や汗をかいていた。そしてそんなヨルハの様子を見抜いたテレジアも同様に...
『ぐぬぬぬぬ...分かるよヨルハちゃん!見せ付けてくれるじゃんねエイルちゃん...。お兄ちゃんもお兄ちゃんだよもう!このバカ!正直者!』
褒め言葉で罵倒するという複雑な心境に陥っていた。
「ふっ、お前に必要なのはああいうお淑やかさかもしれないなリオナ。
「なっ!?余計なお世話じゃ!...お前に言われずとも分かっておるわ。」
先程までのリオナとレギを思い出し笑うカレンと素直になれなかった自分を思い出し赤面するリオナ。
尚当の張本人であるレギはこの軽い騒ぎに気付きもしないのだからヨルハたちにとってはたまったものではない。
ほんのひとときの喧騒(笑)もありつつ、穏やかな時間は流れ、彼らは青春飛び交う束の間の平穏を満喫することになる。
そして口に出さずとも...その意は一つになる。
この時間を...この非日常と呼べる日々を、いつの日か"日常"にすべく戦うのだと。
今週のダンまちの発表が楽しみすぎて夜しか寝れません。