第百九幕 ドキドキ夏休み〜水着下に隠されたもの〜
お待たせしました。
「あは〜!冷た〜い!ねね!ヨルハちゃん沖まで泳ぐの勝負しよ!勝ったらテレジアちゃん特別権限でお兄ちゃんとデート!負けたら洗濯と掃除当番1ヶ月〜〜!」
「なんか妙にリアルな罰ゲームやめろよな...。けどまぁ勝ちゃいいんだろ?当然やるぜ!!!!!」
太陽の元、少女たちの元気な声が響く中
彼は一人パラソルの下で読書に勤しんでいた。
「元気なのはいいが俺を勝手に景品にするのは頂けないぞ妹よ。」
海に映えるブルーソーダを飲みながらビーチチェアに寝転がるレギは聞こえてくる妹たちの言葉に笑みを浮かべていた。
「はははっ!気が抜けすぎてどこかの偉い人みたいな口調になってるよレギ。」
そんなレギの様子に思わず横でストレッチに勤しんでいたシンがツッコミを入れる。
なんてことのない平和な日常そのものであった。
「そりゃ気も抜けるさ。体力にも精神力にも自信があるけど流石に疲れたからな。」
「そうだね、本当にその通りだ。...今はそれでいい。君には休みが必要だからね。
僕にいい案がある、簡単な話さ。僕が乱入して君をかっさらってあげよう。君はそこで僕の勇姿でも眺めてるといいさ。」
ひとしきりストレッチを終えたシンはそれだけ言い残し浜辺へと歩き始める。
「...あいつ多分俺を言い訳にして泳ぎたいだけだな。」
レギは旅路を共にしたサルドメリクの面々から散々聞かされた水の魔導士が海好きだという話を思い出していた。
そして同席していた友もここを離れたことでレギは再び一人読書へと身を投じることになる。
彼には必要だった。
失ったものを憂い、重くなった身体を癒す平穏が。
そんな彼を見詰める視線に気が付くこともなく...時間だけが過ぎていく。
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「...気になるなら声を掛ければいいだろう。」
「!?!?」
カレンにそう告げられたリオナは身体をビクッと跳ねさせ声にもならない声をあげる。
「何故バレたみたいな顔してるがあれだけ見詰めていればいくら私とて分かるぞ。」
視線は雄弁と言わんばかりのカレンにリオナは顔を赤くする。
「まあよい...気になってないかと言われれば嘘になるのじゃ。
...のうカレン。妾は思い違いをしておったのかもしれん。」
指摘されてなお、彼女は視線を外すことなくそう友に告げる。
「お前の言わんとしてることは分かる。それにお前だけじゃない、私だってそうだ。」
そう、二人は視てしまったからだ。彼の涙を。
誰よりも強い心を持ち、己が道を進んでいる______
...そう思っていた"レギ"の涙を。
「少なくとも妾よりも遥かに強い心を持っておるのじゃろう。けどそれは不屈たれど不倒では無かった...なればこそ、その時は誰かが支えてやらねばならぬ。」
「ならその役を担うのはお前だろうリオナ。剣を振るうのは他の誰でもない、王なのだから。」
「そんなことは分かっておる。
だが妾ではダメなのじゃ。妾はレギが傷を積み重ね強くなることを理解してしまっておる...自信はないが確信はあるのじゃ。
故に...妾はあの日と同じくあやつの為に強い言葉を吐くことを厭わぬのじゃろう。妾は結局剣を研ぐことは出来ても鞘になることは出来ぬのじゃ。」
えも言われぬ表情を浮かべリオナは己の想いを吐露する。
「難儀なものだ...お前も、レギも。
けどまあなんだ、それでも一つだけ確かなことがある。辛い時、苦しい時は誰かがそばに居てくれるだけで嬉しいものだ。
それに"騎士"を労るのは"姫"の責務だろう?変な意地を張るな、傷付けてしまうのが怖いならいっそ黙ってそばに居てやれ。...空気の読めないお前でもそれくらいなら出来るだろ(笑)」
リオナという少女が不器用で口下手なのをカレンは誰より理解している。そんな彼女が変わろうとしていることも。
「...仕方ないのう。」
そう告げる彼女が彼を見詰める瞳の色が前と変わったことも。
その全てがリオナの成長に他ならない。だからこそ、親友としてカレンはその背中を押す。
それにカレンは言葉には出さないが元より何一つとして心配などしていないのだ。
何せ相手はあの空より高く海より深く大地よりも広い心を持つレギなのだから。
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「泳がぬのか?」
だがカレンの予想に反してなんだかんだ右往左往しておきながらあれから数十分経過し、ようやくリオナが絞り出したのはその一言だけだった。
「...それはこっちのセリフだな。さっきからずっと行ったり来たりしてただろ。」
リオナに100ダメージ。
「.....読書に勤しむフリをして観察とは悪趣味じゃな。」
彼女はなんとか悪態を返すがその額に伝う汗から焦りを隠せていなかった。
「あのなぁ...そんな"姿"で彷徨かれれば気になるに決まってるだろ。」
ここでようやくリオナは気が付く。レギが僅かに目線を伏せ、顔を仄かに赤らめていることに。
そう、忘れてはいけないのはここはビーチである。そしてリオナが身に付けているのは露出こそ控えているものの"論争"の元となったスタイルを際立たせる水着なのだ。
その意味に気が付いてしまえば、平常心などどこかへ飛んでいってしまった。
「.....この変態め。」
「なっ!見せ付けてきたのはお前だろ!」
「誰が見せ付けるじゃ馬鹿め!所詮貴様も低俗な男じゃな!」
「当たり前だろうが男なめんなよ?似合ってんだから余計気になるだろうが!」
ポロッと、ヒートアップしたが故に本音がこぼれ落ちる。そしてそれは見事なカウンターパンチとしてリオナにクリーンヒットした。
「に、に、似合っておるじゃと!適当に言えば誤魔化されると思うなよ!」
レギよりも更に顔を赤らめ言葉を返す。
「あーもうこの際だから言ってやるよ!着こなし、スタイル、綺麗なデザイン全部が完璧なんだよ!極めつけはその髪型だ、ポニーテールは男の夢なんだよ!」
「そ、そこまで言えとは言っておらん!こ、この馬鹿!変態め!!!!!」
だが吹っ切れたレギによる突然の褒め殺しにリオナは語彙力を失ってしまう。
そんな二人を遠巻きに眺めていたカレンが笑いながら仲裁に入るのも無理はなかった。
「よしそこまでだ二人とも(笑)。それ以上は互いの名誉の為にやめておくといい。だが話が分かるなレギ。ふふっ、私が仕立てたリオナは素晴らしいだろう。特にここが...etc」
そして乱入してきたカレンによるイチオシポイント解説が当のリオナ本人を使い行われたことで事態は収拾へと向かうこととなった。
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「して...何故貴様は泳がぬのじゃ?主に隠し事は無しじゃ。」
鎮火に随分と時間を有したリオナは原点回帰に至っていた。
「職権乱用な気がするけど...まあいいか。
今回ばかりは少々無理をしたからな色々しんどいんだよ。」
その言葉で、彼女らは思い出す。
彼の扱う魔法を、その代償を...。
そして瞬間、リオナは何かを察し、躊躇うことなくレギの手を取り問い掛ける。
「貴様...その水着の下、一体どうなっておる。」
レギが身に付けていたのは何の変哲もない全身を覆う水着。だがリオナにとってそれはまるで何かを隠すかのように見えて仕方がなかった。故の問い掛けである。
「別に隠している訳じゃない。ただ人の目に映らないようにしているだけだ。.....とてもヒトに見せられるものじゃないからな。」
その声はレギらしくもないどこか弱々しく、哀愁を含んだものだった。思わずリオナとカレンがたじろぐぐらいには。
「...妾が見せろと命じればどうするつもりじゃ?」
だがそれでも、リオナは止まれなかった。或いは、止まらなかったのかもしれない。
「俺はお前に仕えてる身だ。仰せのままにと答えるだろう。だが面倒事にはしたくない、人目は避けて貰えると助かるな。」
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ヒトは誰しも触れて欲しくないものを持っているのだろう。それは妾とて同じこと。レギの"それ"はその最たるものかもしれぬ。だがそれでも...妾は止まる選択など持ち得なかった。
何故かは妾自身でも分からぬ。だが妾は信じることにしたのじゃ。
「今ここで手を伸ばさねば...後悔する。」
直感が囁くその言葉を。
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だがその想いも、覚悟も、まるで塵のように瓦解することになる。
それ程までに...その瞳に飛び込んできたものは
"凄惨"と言えるものだったのだから。
"それ"は夥しい傷だった。
数多の代償を支払い、幾重にも重ね続けた傷はレギの身体に痛々しいほどの痕を刻んでいた。
言葉を失うリオナとカレンを前に...
「...だから言っただろ。とてもヒトに見せれるものじゃない。決して消えない...俺の弱さの証明なんだよ。」
寂しそうに、レギはそれだけを吐き捨てる。
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また一つ、積み重ねる。
己の甘さに反吐が出る。だがそんなものを後悔する時間などない。
初めて手にしたこの気持ちから目を逸らさず、全て受け止めねばならぬからじゃ。
そう、妾が間違え、カレンが正しかった。
だから今一度誓おう...妾はもう剣を握る手を決して離さぬと。
剣は充分過ぎるほど研がれていた。
必要なのは鞘だった。
けれど妾は鞘にはなれぬかもしれない。
だがもうそれでもよいのじゃ。
鞘にはなれずとも優しく握ってやればよい。丹精をもって磨き、決してその剣が折れぬよう...振るうこの手を高めよう。
貴様が皆を守る、そして妾が貴様を護ればよいのじゃ。
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「つまらぬことをさせた、すまぬなレギよ。」
それを告げるリオナの声音には優しさが宿る。
「...別にいい。今見た事は忘れてくれ。」
だが今のレギにその優しさは響かない...
「決して忘れぬよ。...のうレギ。同じなのじゃ、妾と貴様は。」
はずだった。
「...どういうことだ?」
聞き捨てならない言葉にレギも思わず反応を見せる。
「妾も...戒めの"傷"を抱えて生きておる。貴様と同じように...かつての妾が抱えた弱さの証じゃ。」
想いを込め、覚悟を決め、リオナは身体に刻まれた"傷"をレギに見せる。親友以外には見せたこともない...己の罪を。
「それは....火傷の痕か?」
胸の下から腹にかけて刻まれた深い焼き傷。彼女が露出を抑えていたのもその"傷"を隠すために他ならない。奇しくも同じだったのだ。レギと、リオナは。
「昔リオナの魔法が暴走してな。それを止めようと私の炎で互いを焼いたのだ。...二人とも死にかけたよ。」
カレンによる本来ならば懺悔に等しい告白。だがそれを告げるカレンはどこか穏やかだった。
「ふっ懐かしいのう。あれ程泣き喚くカレンを見たのはあれが最後じゃったな。」
そしてリオナもまた、笑ってみせる。
だがそれを聴くレギだけは混乱のさなかにあった。それもそのはず...
「どうして...どうしてお前たちは"それ"を笑えるんだ。俺には...それが分からない。」
リオナは間違いなく戒めといった。だからこそ、レギには理解が出来ていなかった。
「妾たちは他ならぬ"貴様のおかげ"で、この"傷"を乗り越えたからじゃ。今やこの"傷"は戒めであり、妾たちの"誇り"になった。それだけじゃ。」
表情を綻ばせ、リオナはレギの傷に触れながら告げる。
「貴様はこれを"弱さ"だと言った。だが妾にとっては違う。これは貴様が"生きた"証じゃ。傷を抱え、血を流しながらも今此処に居る"強さ"の証なのじゃ。」
レギはその生まれ持ったものが故に歪んでいる。培ってきたものへの自信はあるが自己肯定感は低い。
『そうじゃ...だからこそ、誰かが支えてやらねば、認めてやらねばならぬ。』
「隠したければ隠すがよい。だがそれでも、その"傷"は誇り高いものだと信じてみよ。」
改めて左手で自分の傷を、右手でレギの傷に触れながら...リオナは微笑む。
それは王の言葉にして一人のヒトとしての言葉だった。
「仰せのままに...我が王。そしてありがとう...リオナ。」
騎士として、一人の魔導士として、その言葉を胸に刻む。告げられた言葉を痂として、傷を覆うのだ。
「はっはっは!何はともあれ一件落着だな!
文字通り腹の傷を見せ合ったのだ、より一層絆が深まったというわけだな。」
カレンの笑い声はどこまでも高らかに晴天に響き渡っていく。
それは当然...いつからか眺めていたかの太陽の元にも。
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分かっていた。お兄ちゃんが私だけのものじゃなくなることくらい。
みんなに認められて、少しずつ皆がお兄ちゃんを知っていく。
誇らしいと思う反面、寂しい嫌だと嫉妬する私がいる。
理屈じゃないんだよねこういうのはさ。
『あは〜リオナちゃんも馬鹿じゃないからさ。さすがにそろそろ気が付くと思うんだよね。自分の気持ちに。
アハッ!アハハハハハッ!渡さないよ。リオナちゃんだろうと...お兄ちゃんは誰にもあげない。』
けどま、今日くらいは遊んであげてもいいかなって!だから怖い話はな〜し!
っていうことでね!
「お兄ちゃ〜〜〜〜〜ん!泳がないならビーチバレーでもしよ〜〜〜〜〜〜!」
察してあげれるデキる妹を全力で遂行しちゃお!
お待たせしました!月間プレビューが最高更新出来そうなので更新するぞ!って意気込んでたのにギリギリになってしまいました。
あと"メダリスト"に出会ってしまいました。漫画もアニメも最高でした...。