第百七幕 選ばれた者
お待たせしました。
風呂は良い。思考を研ぎ澄ましより良い考えを浮かばせてくれる。
「さて、問題だシン。今の君に必要なものはなんだと思う?」
その問いと共にししおどしのカッコーーーーンっという子気味音が鳴り響く。
そこはアトランティアが誇る魔力すら回復させる"名湯"。効能を増加させる湯衣を身にまとい、師と弟子は魔法談義に花を咲かせていた。
「僕の魔法は何にだってなれる。なんだって出来る。だからまぁ...レギやリオナ、テレジアみたいな突出した個には勝てない。」
進められるがままに寝湯に浸かり、天井の水滴を数えながらシンは答える。
「そこまでは分かってるみたいだね。さて、なら最初の授業といこう。丁度いい場所がある、付いておいで。」
イルドラードに連れられた先は王宮に備え付けられている温泉の最奥。
「...どうだい?地平の果てまで続く青だ。」
「綺麗ですね...貴方が守った平和だ。」
素直な言葉を零すシンに思わずイルドラードは微笑みを隠せないでいた。だが...
「...違うよシン。この海を守り、還してくれたのは"君たち"だ。」
「...わざわざそれを言うためにここに呼んだ訳じゃないでしょう。それに...僕は何もしていない。
けどそんな過去はもうどうでもいい。
僕は今、成す為にここにいる。」
自信とは虚構から生まれるものでは無い。
写し取った借り物の自信を己がものにする為に。
彼は成し遂げ、己の手で獲なければならない。
「そう、だからこそ...君にこれを視て欲しかった。」
イルドラードの言葉と共に...水が震えた。
「構想はあったんだ。私は過去に其れを直接視ていたからね。その美しき"渦"に、私は魅せられた。けれど...運命は残酷だ。私自ら...その可能性を絶ってしまったのだから。」
イルドラードは地平の先に目を向ける。
そこは死が沈む海。そして新たな英雄が生まれた海。
「もう辿り着くことは無いと思っていた。けれど幸か不幸か私は其れをもう一度視てしまった。
其れは多くの死を撒き散らした。君にとっても...災厄の象徴かもしれない。
それでも、君たちは確かに【災渦】を乗り越えた。
だからこそ...今、こうして君にこの魔法を授けることが出来る。」
リィィンと鈴の音が如く、マナが鳴く。
瞬間、海が...凪いだ。
"罪を描き 贖いを記す 其は弔いの螺旋"
【魔渦螺】
包むように手のひらを重ね合わせ、静かに呟かれた短い詠唱と共に...其れは放たれる。
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僕は其れを知っていた。
誰より近くで視ていたから。
その力も...其れが齎す"痛み"も、全部知っている。
だが湧き上がるこの黒い衝動に名を与えるなら...それは"怒り"だろう。
けどそんな黒い衝動と同じくらい...其れを美しいと思う自分がいた。
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凄まじい魔法だった。
海を分かち、地平の彼方すら穿ち抜く。
巡る螺旋によって。
「私の【廻水】とかの【災渦(ネビュラシュトロム】を重ね合わせた魔法だ。
これをシン、君に"完成"させてもらう。」
淡々と告げられる無理難題。
今なお己が描く最高を写し続けてるシンだからこそ、"不可能"という三文字が鮮明に浮かんでくるのも無理はなかった。怒りや憧れを通り越して呆れるほどには...。
だが彼はもう後には引けない。"不可能"を"可能"にしなければもう二度と友の横に並べないかもしれない。理想と現実がごちゃ混ぜになって気が狂いそうになる。だがその一心こそ...彼を動かしているのだから不思議なものだ。
そんなシンの心をまるで見透かすように...新たな師は言葉を続ける。
「可能か不可能かじゃない、"やるか"、"やらないか"。そうだろう?シン。」
それは言って欲しかった言葉。
そして最も聴きたくない言葉。
だがその言葉は、真っ直ぐにシンの胸を貫く。諦観と憧憬に揺れていた"本当"の心を。
「全くその通りだ...師よ。
出来るはずがないと、諦めるのは命を懸けてからでも遅くない。
未熟な僕よ。"まだ"何も成してないんだ..."己の命ぐらい、懸けてみせろ"。」
まだ、足りてなかった。だからこそ、それは写したものではなく己が心から零れ落ちた魂の言葉。
覚悟を紡ぎ、彼は師の横に並び立つ。
「死線を越えようじゃないか。レギ...借りるよ。
"枷は既に放たれた 刹那のひととき
その自由を謳歌せよ 人の輝きよ"
【限界突破】」
憧れを心の真ん中に据える。想い出せ、あの白銀の輝きを。なにものにも揺らぐことの無い...あの穢れなき黒を。
『分かっていた、写した時から分かっていたけど...これはしんどいな。レギは当たり前みたいに使ってるけど全身が軋む。
けど...これでいい。研ぎ澄ませ。長くはもたない。なら、この刹那に全てを賭ける。』
この眼が写した師の動き...そして自分が抱く理想の形。その二つを重ね合わせる。
けど....."今"を見失うな。僕はこの【名鏡雫水】が故に理想が高すぎるきらいがある。
過程を飛ばして結果を欲してしまう。
一歩ずつだ。地を踏み締めるように、階段をゆっくりと登るように.....
心を現せ。この掌の中に海を。
そして其れを放出するイメージを。
蓮の華が開くが如く、その掌で...螺旋を描け。
正直認めたくないけど...未熟で良い。
"今"を噛み締めろ。
「其れは友の左腕を奪ったもの。
けれど今、其れは僕の中に芽吹くもの。
"螺旋巡り 写すはなびら 其は鏡蓮華
命は廻り 渦は咲く" 【水蓮渦】」
其れは【廻水】とも、【災渦】とも...【魔渦螺】とも違っていた。
放たれたのは小さな雫。其れは種だ。
廻る螺旋を纏い、水を巻き込み、喰らう一粒の種。
それは全て...大輪を咲かせるが為に。
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「完成ではなく昇華か...。
まるでレキくんが成したことと同じだね。
それでいい。今は未熟だろうともいつか君だけの【魔渦螺】を創り上げるのだろう。
全くどの子も私の想像を軽く超えてくる...生きててよかったと、そう思わせてくれるね。」
全てを出し切り、己が腕の中で眠る新たな弟子に向け、王は微笑む。
「良かったの?あの魔法教えちゃって。」
問いと共に、現れる影が一人。それはリラとテレジアの決闘を見届けたアナスタシアであった。
「改めて視たからこそ分かる。私ではあの魔法を完成させられない。
【雨照】と同じだよ。【雨照】が私ではなくラグナを選んだように、【魔渦螺】は私ではなくシンを選んだ。
君が私に【水ノ王】を授けたようにね...それだけさ。」
シンをそっと寝湯に寝かせ、海を見詰めながらイルドラードはアナスタシアへと語りかける。
「ヒトもマナも魔法もまた巡る。この世界の大いなる流れの中で...この美しい海のように。
私たちはその流れ絶やさないようにするだけ。
聞くまでもなさそうだけど...その子にするのね?」
同じく海を見詰め、彼女は自らがここに来た真意を問う。その指に燦然と"IV'が輝かせながら。
「なんでもお見通しだね君は。その通りさ。
私はシンを選ぶ。昨日まではリラを連れていくつもりだったんだけど...彼女はもうダメだ。
折れてしまっては、もう超えられないからね。」
同じ"神域"の問いにイルドラードは淡々と答えを返す。残酷で当たり前の現実を。
だがそれを告げる王にして夫である彼の目に僅かな寂しさが写ったのを彼女は見逃さなかった。
「貴方もリラも、何も間違えて無い。自分が決めた道を進んだだけ。」
真っ直ぐにイルドラードを見詰め、迷いを正す。
そして
「だから私も...自分の心に嘘はつかないわ。
私はリオナを連れていく。それが私の役目だから。」
彼女もまた、己の覚悟を告げる。
「...結局全部アイリスの思惑通りってとこかな。」
「ん〜私の予想だとこれはアル君だと思うわよ?
けどまあ何がどう転んでも結局こうなってと思うの。あの"二人"が来ると決まった時点でね。」
イルドラードとアナスタシアは並んで海を眺める。
追憶と希望に満ちた...美しい海を。
モンハンとマーベルライバルズが楽しくて...
ダンまちアニメ10周年に期待しましょう。