第百五幕 another story
お待たせしました
時を少し遡り...レギとテレジアが兄妹の時間を過ごしていた中
そこはとある一室。
椅子に座るのは新たな神に名を連ねた"大海の魔女"、そしてその隣に侍る"幻雨"。
「ようやく定着したか。では話せ、あの日お前が写した全てを。奴という異端を。」
"大海の魔女"、ラグナは告げる。目の前に立つ弟にして【名鏡止水】の継承者たるシンに対して。
「.....はい...レギは...彼は...◼️っていま...す。」
だがシンの様子は尋常ならざるものだった。
吸う息は荒く、言葉はたどたどしい。
「彼...は、彼の使う魔法...は、ぐっ!!!痛い..!!!痛い.
イタイイタィィタィ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタィイタィイタァ
ついぞその言葉は途切れ、"何か"を思い出すかのように悶え苦しみ始めた。
「ナギア...落ち着かせろ。」
「は、はい...。シン君、気を確かに。
"鎮静の群青 静寂の幻雨 アナタを包め 凪の湖畔"
【ジールレーゲン】」
万人すら鎮める蒼の輝きがシン一人に注ぎ込まれ、彼はようやく己を取り戻す。
「だ、大丈夫......?シンくん。」
「はぁ...はぁ.....。ありがとうございます...ナギアさん。」
深く、息を吸う。イメージするのだ。その心に平穏を、水面の鏡面に凪を。
「続けれるか?」
そんな弟の様子を介さず淡々とラグナは問い掛ける。
「彼は...レギは...狂ってる。かの"傷"に加えてあの"蝕"の代償...僕が彼の"心"を写してなければ...無傷では...或いは命すら落としていたかもしれない。
それ程までの"痛み"。
けれど恐ろしいのはそれ故の異端な精神性、尋常ならざる精神力を持つ訳じゃないこと。彼は"初めから"その異常な"器"を有していた...それ故に、あの"痛み"耐えているということです。」
苦痛に顔を歪めながら己が写した全てを告げる...だがその上で、続く言葉をシンは言い切った。
「けれどそんな些事に意味はありません。」
その答えに、僅かに目を細めるラグナ。
そんな姉を他所に、先程とはうってかわり驚嘆と高揚を含ませながら言葉は加速する。
「違ったんです...! そもそもの前提が。
僕たちは彼の使う魔法...それによる付随するマナを元に、彼の器を測ってきました。
少ない魔法力、それに伴った矮小な魔力回路。されど一切の無駄を削ぎ落とした絶技の如き魔法制御によって魔法を行使する少年。
.....だがそれらは全てまやかしです。
彼の器は、僕たちが思っているよりずっと小さかった。僕らの識る【魔法】などそもそも発動すら出来ない程に。
けど...それでもレギは【魔法】を使う。
だが其れはヒトと共に紡がれてきた【魔法】ではなく.....全く同じ形を呈した【魔法】です。
言葉として形容するならば...レギは既存の魔法を己の規格...言ってしまえばオリジナルに書き換えて魔法を行使しています。
はっきり言いましょう。
レギが使う魔法は全て、彼の創出した魔法と言っても過言では無い。
レギは...我々が末席と烙印した彼こそ、齢15にして歴史上最も魔法を創り上げた魔導士です。」
その身が写した異端をもって、シンは有り得てはいけない現実を語る。
団員...それも血を分けた弟の言葉に偽りがないことをラグナは理解している。だからこその瞠目。
「やはり...か。」
「!?...知っていたのですか?姉上。」
「我々ギルドマスターにのみ、"黒薔薇"からの報告書が開示されていた。体外からと体内からで検査の結果が違い過ぎるとな。」
本来は秘匿すべき情報。だがラグナは独断により開示することを決めた。異端を知ったシンには話すべきだと、そう判断したからだ。
「我々にとっても未知の事案が故に経過観察というていで"その場"は流れた。
だが違和感を感じた私、シリウス、アルフェニスだけが...その場に残ったのだ。」
研究において他の追随を許さない"水"の長。
"慧眼"を持ちながらも異端を好む"闇"の長。
全てに精通しながら直感を信じる"光"の長。
そしてラグナは記憶に思いを馳せる。
______________
「仮定の話をしよう。もし我々が共通の認識を持っているならば...君たちはどうする?」
「選ばねばならぬだろう。認めるのか、或いは...気が付いた上で、口を噤むのか。」
「白々しい。お前が手ずから動いてまで手に入れたのだ。我々が何を選ぼうとも既に答えは決まっているのだろう。違うかアルフェニス。」
闇が問い、水が答え、光は覆す。
「"今は"まだ、その時じゃない。彼はその責を担うにはあまりに弱いからね。
だが我々が動かずとも..."その時"は訪れるよ。だって彼は強くなるからね。」
______________
私とシリウスにも先見の明はある。だが少なくとも、あの場でアルフェニス程の確信を持っていたかと言われたらそれは嘘になる。
けれど"今は"どうだ。レギは"雨越"の一助となりあまつさえ迷宮にて新たな魔法を創出した。
「与えられた責を全うし、あいつは示してみせた。最早こうなってしまえば気が付く者も増える。
なら、早い方がいいだろう。私はあいつを...レギを"英雄試練"に連れていく。その為の"座"も、今や我が手にあるのだから。」
ラグナがそう言い切った瞬間...椅子から立つ影が一つ。
「...私なぞが口を挟むべきではないかもしれませんが...本当にそれでよいのですか?
確かにレギくんは良い子です。尽くしてあげたくなる後輩力抜群の...ってまあそこは置いといて...。彼は我々の、ラグナ様の誘いを断りました。ならばこそ、"ディアボロス"のレギくんに何故ラグナ様はそこまで...。」
長年支えているナギアから見ても、ラグナはレギに執着に等しいものをみせていた。だからこその問い。
「ふっ...そうだな。私もらしくないことをしている自覚はある。確かに誘いは断られた。だがそれでも...いや、断られたからこそ、私はあいつに興味が湧いている。アイリス様の言葉を借りるならば..."理屈では無い"のだ。
それに...お前もあれこれ詮索する必要は無い。もう少し気楽に動けナギア。」
頬杖を付き、重要そうなことをさらっと告げるラグナにナギアは思わず目を細める。
「なぁんかラグナ様...気抜けてません?らしくないんですけど〜?」
余りに手放しな様子に目を細め訝しむのはナギア。
「我々の件も含め、この物語はアルフェニスの脚本の上だ。だから思うがままに。好きに動けばいい。何かあればあいつが勝手に修正するだろう。」
「あ〜〜なるほど...。色々納得しました。
にしてもやっぱりアルフェニス様は怖いですね...。
何回巻き込まれたのか分からないのに慣れないですぅ〜。」
アルフェニス・ジェラキールの名の効力は絶大であった。それはもう、ナギアが納得して座るぐらいには。
「無理もない、奴の考えていることは誰にも分からん。計略や奸計、その一点において奴はアイリス様すらも遥かに上回る。理解しようとするだけ無駄だ。
奴は我々の量りでものを見ていないのだからな。」
最早当然のやり取りと言わんばかりにラグナはため息と共に告げる。
「...ここまでの流れも全てアルフェニス様の予想通りだと...?そう仰るのですか姉上?」
だが一人話の流れから置いていかれていたシンにとってはそうもいかない。先程まで幻痛で悶え苦しんでいたことなどとうに忘れ去っていた。
それも当然だろう。シンにとってエルフィニアを出てから今日この日まで...そのひと月にも満たないその時間は己の人生を変えうる時間だった。
だがその全てが脚本の上だと、他ならぬ姉が告げる。そんなものは彼にとって到底納得出来るものではないからだ。
「だからそうだと言っているだろう。全てはレギの為に、な。
まあいい、聞きたいことがあればそいつに聞け。出てこいシェイド・イレイザー。」
「あちゃ〜、さっすがラグナ様。"ちゃんと"任された任務だったから本気で隠形してたんすけどね。」
その声はあろうことか三人のすぐ側から聴こえてくる。
彼はあたかも三人と同じようにテーブルを囲い、椅子に腰かけながらお茶を堪能していた.....ようにしか見えない。
そんな訳がないと己の感覚は告げているのに目の前に広がる光景はそうだと主張していた。
そう...彼はずっと"そこに"居たのだ。
魔導十傑 第五位 "深影"シェイド・イレイザーは。
「馬鹿を言え。私とて貴様に気が付いたのは【雨照】を発動した時だ。かの"深影"とて降り頻る雨粒を避けることは出来なかったようだからな。」
「いや〜あん時から気が付いてたのに言わないのはヒトが悪いってもんですよラグナ様〜。慎重に動いてた俺が馬鹿みたいじゃないっすか。」
「なに、隠し通せた褒美というやつだ。最後まで黙っていても良かったがそこの我が弟が聞きたいことがあるそうだからな。」
『話のレベルが違い過ぎる。』
だが当のシンは二人の会話を前に言葉を無くしていた。突如告げられたアルフェニスの真実、そして目の前に現れたシェイド。その全てがシンを混乱させていた。
そんなシンの様子を見かねたナギアが声を上げる。
「ラグナ様もそこの陰キャバカも急過ぎますよ。シンくんパンクしちゃってるじゃないですか。
はいはいシンくん、落ち着いて深呼吸して〜お姉さんが一個一個教えてあげるから。」
最早言われるがままだった。シンは深く呼吸をひとつ行い呟く。
「はい...お願いします。」
「よろしいっ!まずはそこの陰キャバカのことね。これを見なさいシンくん。」
ナギアが創り出したのは水魔法による感知水球。多人数制圧を主とする十傑六位"幻雨"が行使するそれの精度を疑う者はいない。
だがそれでも...
「反応していない...そんなことが?」
水球が写すこの部屋に存在しているヒトの数は三人。先程までとは違う。今は確かにこの目には写っているのに...水球には写らない。
「こっからは直接見た方が早そうね。ほらシェイド、やりなさい。」
「なんでお前が上からくるんだよ...。だがまあうちの後輩が世話になったしな、サービスってやつだ。」
シンは感じていた。ここ最近何度も味わってきた...常識が覆る予感を。
「俺は生まれつき俗に言う"影が薄い"奴だったんだよね。それも尋常じゃないくらいのな。
恨みもした体質だったけど生憎俺にはそれしか無かったからな。色々試してみたんだよ。」
そう語り始めながらシェイドは両手を胸の前まで上げ...
「例えばこんな風にな。」
叩いた。...瞬間、シンに訪れる違和感。
『音が聴こえなかった...気がする。』
咄嗟に己の耳に触れるシン。だが何事も無い。空気の流れる音、ヒトの息遣いに至るまで全部聴こえる。
「違和感感じたろ?ならもう、俺は捉えられない。」
だが気が付けばそこに居たはずの姿、痕跡は既に掻き消えていた。最初と同じ...初めから居なかったかのように。
「意識してしまえば、それは意識の外。
まずこれが陰キャバカの魔法、空間認識阻害、そして空間歪曲を自在に操る【影忘使】ね。シンくんも聞いてたでしょ?アルフェニス様はこの遠征に一名付けるって。それがこいつ。」
きっかけ一つであらゆる眼が蔓延る戦場から己の存在を抹消する...。
『力の末端に過ぎないのだろう。けど...これが"五位"。』
今日もまた、魔導の神秘を知る。写すまでもなく己が器の遥か上。
「ま、俺の場合それだけじゃねーけどな。調べた結果俺はミラーニューロンが他の生物より優れてるし数も多いらしくてな。生物が何を考えているか、生物からどう視えているのかが分かるんだよ。だからこそまぁ...死海に"誰にも"バレずにいける"保険"は俺しかいない。」
めちゃくちゃなことを告げるシェイドに頭が痛くなるシンだったがシェイドが最後に告げた一言で彼の頭の中でパズルのピースが収まった。
「シェイドさんに与えられた役割...それはレギだけは"死なせないこと"ですね?例え僕らが失敗し、全滅したとしても。」
シンは確信をもって問い掛ける。
何故か、簡単な話だ。彼はレギを写したのだから。
レギが常識の範囲内で生きていないことをシンはとうに知っている。例えこの遠征が盤上のものだったとしても...それを覆すとしたらレギをおいて他にいないと信じているからだ。
「ははっ!あいつのことよく分かってるじゃねえかシン。正解だ。マスターは宝物を大事にするからな。
...当然初めから幾重にも保険を用意してある。互いを導きうるリラと出会わせ、同じ境遇にあるエラを巻き込んだ。特にリラなんかは防御魔法の天才だしな。全てはマスターの掌の上さ。」
リラとエラ、二人との出会いはレギに多くのものをもたらした。迷宮最深部前にてシンが二人に告げた言葉こそがその証明に他ならない。
先が見通せると言うならば...レギと彼女らを引き合わせない意味は無いとさえ思えるほどに。
そんな思考に陥るシンを他所に、シェイドは言葉を続ける。
「だがそれでも...いや、だからこそか。あいつは無茶をする。環境が万全であればあるほどあいつは何故か死地を呼び寄せる。現にこれだけ保険掛けといても左腕飛ばされてるしな...。ま、これ以上は言わなくてもお前らが分かってるだろ。」
シンはシンは胸がザワつくのを感じていた。
そう、シェイドの言葉は皆が微かに感じながらも蓋をしていた疑問を再び浮上させていたのだ。表には出さないがラグナとナギアも例外では無い。
それは|死海(その場)に居た誰もが瞬間には抱いたもの。
『『『"屍海"が何故、レギを狙ったのか』』』
だが誰もその疑問を言葉にする事は無い。誰もが疑問に思えど...誰もその答えを知り得ないと分かっているから。
「だが"死なせない"と言ってもそう簡単な話では無いだろう。此度は"何を"用意したのだ?」
思考にかかる靄を払うが如くアルフェニスを識るが故にラグナは嗤顔でその払った"代償"を問う。
「今回使ったのは魔法を保存する【アガモスの瞳】ですよ。全く平気な顔して国宝どころか界宝を持ち出すうちのマスターはほんとに過保護ですよ...。ま、どうせ俺たちもそうされてたんで何も言えないっすけど。」
パチンとシェイドが指を鳴らすと鱗のような形をした緑の宝石がその手に現れる。
「ふっ、相変わらず無茶をする...。どうせ保存されていたのは【不殺郷】だろう。よくもまあアイリス様が許可したものだ。」
「それだけの対価を払いましたからね...ギルドの年予算の八割使っちゃうし加えて厄介な勅令命じられてるんで...。」
思い出したかのように遠い目をするシェイド。そして自分が知るギルドの予算から逆算したシンは0を数えるのをやめることになるのはご愛嬌だ。
「最後に一つ...聞かせてくださいシェイドさん。今日までの日々がアルフェニス様の手の上だったとしても...どうしてそこまでするのですか?」
ピースは確かに埋まった。だがそれでも腑に落ちない点は多い。だからこそ...
『僕はレギの覚悟を、"痛み"を知った。ならば問わなきゃいけない。』
「まぁそうだな、結局そこに行き着くよなぁ。けどその答えは俺より適任が居る。そうっすよね...ラグナ様。」
シェイドが意趣返しの如く言葉と共に視線を向けるとラグナは観念したかのように纏う雰囲気を変え、言葉を綴り始めた。
「...どのみち学院に戻れば知る話か。シン、一人の先達としてこれより告げる言葉を胸に刻め。」
姉としてではなく一人の魔導士として、ラグナはシンの目を捉える。
「はい...始祖に誓います。」
故にこちらも覚悟を返す。全身全霊をもって、語られる言葉を刻む為に。
「...そう遠くもない過去のことだ。我々は過ちを犯した。
強く、美しい一人の少女が居た。
彼女は誰もが待ち望んだ"英雄"になる筈だった。
だが審判の日は、彼女を...我々ヒトを待たなかった。期せずして、その日は来襲した。
其れはヒトに突き付けられた選択。重ねてきた罪を受け入れるか...或いは代償を支払い、醜く生き足掻くか。
迷うことなく彼女はヒトの為にその身を捧げた。代償は穢れなき魂が故に。
彼女は己が器をもってして世界を救い誰もが望まぬ..."人工の英雄"になった。否、我々が...その弱さ故にそうさせてしまった。
我々は今、彼女が紡いだか細い糸の上に立っているに過ぎない。」
ラグナから語られた過去。
それを聴くナギア、シェイドの様子を見れば含まれる意味を推し量ることが出来た。
そのままラグナは話を続ける。
「どうしてそこまでするのか? お前は問うたな。...そんなものは決まっている。
"お前たちの次はいない"
どうせエリザベートのやつは"繋げ"とでも言ったのだろう。それは間違いでは無い...だが最早正解にはなり得ない。
お前たちは分かっているようで、まだ分かっていない。
どれだけのものがお前たちに継がれているか、繋がっているのか...託されているのか。
我々はお前たちに全てを捧げている。"レギ"だけじゃない。"お前たち"にだ。」
はぐらかすことなく、ラグナはハッキリとそう告げた。
「ふふっ。この際だから言っちゃいますけど〜君も"護られてた"のよ?それはもう"サルドメリク"の全力をもってしてね。
だからまあ青春はこの際しっかりと謳歌して強くなってね。お姉さんとの約束よ?」
今度はナギアによって明かされる事実。
だがもう、シンは揺れない。
揺れてる場合では、迷ってる場合ではないと知ってしまったから。
そう、自分だけが遅れている。
リラも、エラも...そしてレギも歩を進めている。
そしてシンは話を聴く中で一つの確信を得ていた。
『歴史が繰り返されるように...レギはこの先も死地を呼び寄せる。そして僕は...その隣に立つと誓ったじゃないか。』
なればこそ、何を今更と自嘲する己を叩き伏せ、歩き始めるしかない。
だが彼に後悔はあれど焦りは無い。
簡単な話だ。彼はその身に始祖を宿しているのだから。多少の遅れなど彼には関係は無い。
その瞳に蒼の輝きを宿し、シンは告げる。
「姉上。会いたい方がいます。」
『レギは僕を使い、神域の後押しを獲た。当然の結果だ。それはもういい。なら僕はどうするか...なりふり構っている暇はもうない。持ちうる全てを使って、僕は君の隣に立つよ。』
筆を取ろう。文字を綴ろう。
誰かの物語じゃない。描かれた脚本の上なんかじゃない。僕だけの...もう一つの物語を。
マーベルライバルズとモンハンにハマりましたすみません土下座。
いやーそれにしても観ましたかダンまち5期。リューさん最高過ぎて気絶しました普通に。オラリオ市民の目線でアストレアファミリアだぁってなってましたよほんとに。
大森先生ありがとうございます。