第百三幕 "魔導士"
あけましておめでとうございます!
"騎士"
其れは英雄譚において最も馴染みのある言葉の一つかもしれない。
曰く姫を護る者。曰く姫を救う者...etc
様々な姿はあれど、やはり剣を振るい、魔法を駆る。
その姿こそ、正しく"憧れ"の象徴。
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そして彼もまた...
英雄譚に語られる騎士に"憧憬"を抱く者。
故に施されたその言葉は、重かった。
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「それは...本当なのか?」
告げられた言葉を受け止め、真っ直ぐにその眼を見つめ返し...問い掛ける。
「戯言を寄越すために貴様を呼び出すほど妾は暇では無い。正式な書簡もある。魔水晶での言葉付きでな。」
白銀の髪を揺らし、碧の瞳を煌々と輝かせながら...彼女はハッキリと言い放つ。
「これ以上の詮索は必要あるまい。
答えよレギ。貴様は首を縦か横、どちらに振るのかをな。」
そんなものは言われるまでもない。
聞かれずとも決まってる。
けれど...敢えて言おう。
言葉にすることで、己の魂へと...刻む為に。
主の意を汲み、鞘を鳴らすアルカディアを抜きながら。
「我が身、一振りの剣なれど、この身が錆び付き折れるその日まで...汝を護り、仇なす全てを斬り伏せると、日輪へと誓わん。
この身、この剣を汝へと捧げよう。」
片膝を着き、剣を掲げ、決意を紡ぐ。
「...よい。貴様の意、しかと聞き遂げた。そう..."貴様"の意はな。」
瞬間、白銀が揺れ、氷華は咲き乱れる。
それは掲げた剣ごと、彼の腕を凍てつかせる。
「そうか.....それがお前の"答え"か、リオナ。」
だがその腕が完全に凍り付く寸前、魔力をはしらせ、レギは更に強く...剣を握り締める。
「はっ!その魔力、貴様つらつらと言葉を並べた割に予期しておったな?
そうじゃ!妾はそんなものは認めぬ。
どうせこの会話も戦いも全て筒抜けであるが故に!ここで貴様を叩き潰し、その勅命を白紙に戻してやろう!」
瞬間、迷宮に有るまじき鳥の音が響いた気がした。けれどそれは更に言葉を続けるリオナによって掻き消されることになる。
「或いはその座が欲しくば勝ち取ってみせよ!その剣はなんと叫ぶ!貴様の手で証明してみせるがいい!」
絶氷を纏い、その顔に満面の笑みを浮かべながら"鋼鉄の氷姫"は再びレギの前に降臨する。
「そうだよな。お前はそういう奴だ。
ならば俺も、あの日刻んだ敗北を雪ぎ、夢の一歩を拾うとしよう。」
だが笑みを浮かべたのはレギも同じだった。
"あの日の再戦"を、誰より渇望していたのだから。
弾けるように距離を取る二人。
そして示し合わせた訳でもなく...言葉は重なる。
「「いざ尋常に...勝負」」
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数ヶ月
それは短く、時には瞬きの間に過ぎてしまうだろう。
数ヶ月
されど過ごしたそれは何よりも濃く、何より得難い日々だった。
時には力を取り戻し、時には失いながらも変わらぬ事実...二人は確かな力を得た。
この二人もまた、この先幾度でも刃を、魔法を交えるのだろう。
だがそれでも...二人は後に語る。
生涯この日を忘れることは無かったと。
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「「【ゲート】!!!」」
それは取り戻した力。それは新たに得た力。
奇しくも二人は同じ"精霊魔導士"だった。
「来い!アイシス!!!」
「来い。ニア、ルクス。」
片や白を纏いし氷と盾の精霊。
片や黒を纏いし死と剣の精霊。
互いに精霊を呼び、二人と三人が相対する戦いの火蓋は今ここに切って落とされた。
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『さて、レギ。啖呵切ったはいいもののどうやって勝つ気だい?』
最早流れるような洗練さをもってレギの右眼にルクスが宿る。
「持久戦に持ち込みたいところ...だがリオナの氷魔法の真髄は散った氷片があいつの領域になることだ。最高最速の一撃を当てるしか無い。頼むぞ二人とも。」
鞘を投げ捨て、右眼で捉えたマナから限りなく情報を引き出し、瞬時に整理する。
「言われなくても任せなさいっ!ルクス!しっかり守んなさいよ!さ、纏うわよ!レギ!!!」
「キミこそね、センパイ。さあ、氷の女王を討つとしよう。」
「"堕とし 侵し 虫喰み 狂い朔け" 【纏蝕(ヴェスティア】」
唱えられる魔法。ルクスの【蝕】をアルカディアへ。そして更に、その美しい【剣羽】を広げたニアを...羽織るが如く、その背に纏い堕とす。
死を右眼に携え、白き刀身に黒を纏い、黒き衣に白の羽を宿す。
その矛盾を孕んだ姿こそ、今のレギの全て。
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「どうしてこうなっちゃうのかしらねぇ。けどま、やるなら付き合ってあげるわよリオナ。」
召喚された氷精はヒトと見紛う仕草でため息を付きながらも主が為に氷翼を広げる。
「うるさいのうアイシス。余所事を考えるでない。目前に立つ敵を見据えよ、"アレ"は我らの全霊をぶつけるに足る相手じゃ。」
「そんなもの見なくても分かるわ。貴女が既に魔力を練り上げてるんだもの。」
リオナは迷宮での修行により己が才能、その本質を知った。まあ当の本人は否定していたが...。
彼女は今相対するレギとは真逆。
"感覚派"魔導士、その極みに居るといっても過言では無かったのだ。
「往くぞアイシス。駄作を紡ぐとしよう。開幕から終劇じゃ!
"罪華抱き 全てを閉ざせ 終末の星"
【絶対零度・氷の女王】」
そう、"感覚派"の魔導士は詠唱の省略を得意とする。そしてあろう事かリオナは長文詠唱と称される魔法でそれをやる。それも魔法の威力を落とさずに。
零度を纏い、数多の氷盾を従えながら。
絶対の女王は君臨する。
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だが蓋を開けてみれば...否、初めから分かっていたことだった。
追う者と追われる者。見極めんとする者と示さんとする者。
両者の彼我の差は残念ながら明らかなのだから。
戦力差はそのまま戦況に現れていた。
「ふはははっ!なんじゃ末席!逃げてばかりではないか!!!」
女王が手により降り頻る氷雨。その全ては試者へと注がれる。
「隙を与えないのはお前だろうに。それにお前の盾硬すぎるんだよ!」
避けて、駆けて、更には翔けては詠唱を紡ぐ。
分かっていたことではあるがこのままでは削り負けるだけだからだ。
「ニア!少し防御任せるぞ。
"天命を灯せ 燈を翳せ"
っと、今だな。【風域】"解放" 【アルビオン】
"零なる器に燈を零せ"
【心闘滅却】
行くぞルクス、冷たいだろうが我慢しろよ!」
『ハハッ!誰にものを言ってるんだい?ボクにとってはこの世全てがご馳走だよ!』
片やレギ。詠唱を中断し別の魔法を唱えたかと思えば再開する。こちらも随一と称される魔力操作を存分に披露していた。
そして身体強化魔法と複合魔法により更に上乗せされた膂力と速度をもってして女王に牙を剥く。
「良い気力じゃ。ならば倍の数を食らわせてやろう!【氷双雨】」
だがレギは再び襲い来る氷雨を今度は...避けず。
その凄まじい剣速をもって喰らい抜ける。
『ご馳走様。さぁてレギ、ここからメインディッシュといきたいところだけどあの盾はどうする気だい?』
「問題無い、《全身全励》を使う。
端から全て削り斬るぞ、ニア、全力だ。」
『キタキタキタぁ!ルクス!【蝕珠】沢山寄越しなさい!』
氷雨を退け、あろう事か身体能力にその身を委ねることで、砕いた氷片を踏み渡りながらレギはリオナへと迫る。
「はっ!相変わらずの筋肉馬鹿め!
来るぞアイシス!生成を怠るなよ! 」
そんなレギの魔導士らしからぬ蛮行に声を荒らげるリオナ。だがその顔には確かな美しい笑顔が浮かんでいたと後にアイシスは語っていた。
だが襲い来るのは無限回の連撃、連撃、連撃。
当然盾の制御を一任されているアイシスにとってはたまったものではない。
「ちょ、ちょっとリオナ! あんまり長くは持たないわよ!?早くなんとかしなさいな!」
アイシスが盾を生成するより早く、レギの斬撃はそれを削り取っていく。
「今魔力を練っておるのじゃ!妾の眷属ならそれぐらい防いでみせい!」
「あーもう!なら動けなくなるまでやってあげるんだから後はなんとかしなさいよ!」
主の言葉を受け、アイシスは広げていた氷翼を閉ざす。先のレギの言葉にある通り、リオナの氷魔法は氷片により支配領域を広げていく。
だがアイシスはレギの剣戟に対応する為に、散っていた氷片を集束させたのだ。
そしてアイシスは創り出す。その手の届く範囲ではあるが...絶対の防衛圏を。
「其れは積もる雪が如く。"廻る氷永の円環" 【グランニル】」
魔法は、確かに唱えられた。
だが目に見えて何かが変わった訳ではない。
だがその盾と相対するレギとニアだけが...その変化に気が付いていた。
「なんか盾がどんどん硬くなってくるんですけど!?」
変わらない。盾が砕けた側から創られている。
だが眼に見えて創られる盾は硬く、その次はより硬くなっていった。
『なるほど...これでは悪手だね。レギ、循環と濃縮だよ。』
「これは...。流石だなアイシス。」
雪は重なれば重なる程に硬くなる。
レギの眼が捉えたのは砕かれた氷片を基に、散らばっていた氷片を更に織り込む絶技。
アイシスはそれを本来広範囲に及ぶリオナの領域を狭めることで成し遂げていた。
結果として砕けば砕く程に、氷片は更に織り込まれ、まるで嘲笑うかのように盾は強固になるのだ。
ここでレギは二者択一を迫られることになる。既に発動している《全身全励》を中断すべきか否か。
「はっ!迷ったな!」
研ぎ澄まされた戦場の中、二者択一を迫られた時点で...それは隙になる。
その隙を見逃すリオナでは無い。遅延魔法と遠隔魔法陣を併用。そしてアイシスが集めた氷片たちに魔力を流し、レギを囲む陣を創り出す。
「"氷解" 【ルナ・オルガリア】」
無数の氷鎖が巻き付き、パキンっと小気味よい音ともにレギの身体を氷塊に包む。
「畳み掛けるぞアイシス!【六芒氷陣】じゃ!あの妹は出てきたからのう。これで身体の芯まで凍結させてくれよう!」
一、二、三と氷柱がレギの周りを囲んでいく。
そして四、五と続き、六と柱立し物語は終劇を.....
「迎えるはずが無いだろう。そんな駄作はボクが認めない。」
純黒を纏い、死を侍らせ、大いなる死精はここに君臨す。
「貴様...どうやって。」
至極当然の疑問。リオナはその目で眼に宿るルクスを見たのだから。そして当のレギは未だ氷の中。
「ボクは死と"闇"の精霊だよリオナ。力を喪っているといえど繋がりさえあれば"空間"を繋ぐ程度造作もない。まあレギを呼び出せたら楽だったんだけどね(笑)」
諭すように、嘲笑うように、ルクスはほんの少しだけ目線を後ろにやり、告げる。
「っつ!鞘か!!! 」
「御明答。それにしてもいい魔法だ。結界魔法の対外合理性を逆転させたんだね。外側を簡単な鍵で留め、防ぐのでは無く閉じ込めることに注力されている。嗚呼、実に素晴らしい。」
その言葉に、リオナは動けないでいた。
額から汗が滴り、封じたはずの嫌な記憶。
それを思い出す...否、思い出させられていた。
そう、目の前に居るのは確かなる"悪精"にしてヒトに死を給う"死精"なのだと。
「確かに決まれば必殺に等しいだろう。だがボクはこうして今外にいる。ならば...今のボクでも破るのは苦じゃないのさ。」
ルクスは手をかざし、外側の鍵となる均一での圧力を結界に施す。
「さあ終幕を続けよう、なあに案じずとも終劇の時は間も無く訪れる。ボクが仕えし王はそれはもう燃費が悪いからね(笑)そうだろ?レギ。」
「【断蝕】」
ルクスの問い掛けに応えるかのように、鈍い音と共に、黒の断光は結界を咀嚼する。
「流石だなルクス。...良いタイミングだ。」
「なに余裕かましてんのよ!凍りかけて剣羽剥がされた癖に!」
「センパイ...この世界には正直に言わなくていいこともあるんだよ。」
だが鮮やかな脱出劇と見せ掛けて実は結構ギリギリであったのは内緒の話。
そして虚勢を張り強がるレギ。バカ正直に全てを口にする剣霊。それを諌める死精。
「くはっ!...貴様らを見てると妾が愚かに見えるのう。実にヒトらしくなったではないか、死精よ。」
目の前で繰り広げられた光景に、リオナがこの戦場に似つかない笑い声をあげる。
それはかつて彼女が不要としたもの、切り捨てすらしたもの。
けれど今の彼女はそれを得難く、かけがえのないものだと理解している。
『それは貴女もよ、リオナ。そんな風に笑うようになるなんてね。』
『聴こえておるぞ、アイシス。』
『あらヤダ。』
そんな茶番を心内で繰り広げながら... だからこそ、彼女は三度笑った。
「魅せてくれたな、末席。宣言通り褒美じゃ。見せてやろう、妾が辿り着いた極致を。」
けれどリオナが言葉を告げ、魔力が高まるその瞬間...剣閃が舞った。
彼は言葉よりも先に剣が、身体が勝手に動いたという。
「是非ともこの眼に収めたいところだが...生憎それを拝む訳にはいかないな。」
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「レギ。対魔導士戦で最も有効な戦法は何か分かるか?」
「.....力勝負なら負けないはずです。」
「脳まで筋肉と剣に侵された馬鹿め。」
「そこまで言わなくても.....出来るか出来ないかはおいといて思い付くのは詠唱を止めることぐらいですかね。」
「ほう。我が団には珍しく頭の良い筋肉だったか。
そうだ、俊敏をもって詠唱を潰せ。そして処理能力に負荷を与え続けろ。魔法は脳で扱うからな。意識を持ってかれるだけで意味は有る。」
「なんだってしますよ...勝つためなら。」
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「あっぶない!何とか防いだ...けど。」
アイシスが叫び、甲高い音を響かせながら、氷盾の一つはその役目を終える。
「レギ。」 「ああ、視えてる。あの硬い盾は創れないはずだ。ならもう、詠唱はさせない」
先の氷鎖と陣により、リオナは氷片を消費し切っている。そしてレギの右眼はその事実を余すことなく捉えていた。
結果。再び、剣戟が加速する。いくら強固と言えどもう還ることは無い。ならばもう、彼は迷わない、止まらない。《全身全励》を燃やし、その盾を撃ち砕くまで斬撃を打ち込むのみ。
一枚、また一枚と撃ち砕く間隔を短くさせながらリオナの防御を文字通り削り取っていく。
リオナの氷盾はアイシスによる手動も可能だがその本質はやはりリオナの超感覚による自動防御である。
そしてレギはリオナの感覚を狂わし、気を逸らし続ける為にほんの少しのフェイントやあえて四方八方から襲いかかることで詠唱を封じていた。
そしてついに...加速する戦いの中で、生成を剣戟が凌駕する。勢いを増すレギと追い詰められるリオナ。傍から見てもその情勢は明らかに見えた...
だがレギは視てしまった。
最後の氷盾を斬るその刹那...
人知れず彼女の手に堕ちる一冊の本を。
「"解封" 【絶冰六秘法・後篇】」
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自惚れていた。俺はそれだけの事を成したのだから。
けれど簡単な事だった。
俺がヒトならざる奇跡を手にした。
けどリオナは...御伽噺の英雄。その力の一端に手を掛けていた。ただ、それだけの話だ。
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リオナが唱えたのは【絶冰六秘法】の強制解放魔法。だが禁書に分類されるそれら二冊には後付けの安全装置が施されていた。
特に"呪いの書"とも称される後篇には...資格無き者を隔離する結界魔法が。
そして干渉を検知した安全装置は、正しく結界魔法を展開する。
そう...有資格者を素通りし、無資格者を弾く隔離結界を。
「魔法は何を使うかでは無く、誰が使う...か。」
剣戟を弾かれ《全身全励》までも剥がされたレギは汗を拭いながら呟く。それは眼で視たままに...己の身に何が起きたのかを把握したが故に、零れた言葉だった。
「やるではないか末席。テレジアに使う策の一つであったのだがな...。
まあよい、貴様も気が付いておるじゃろう。この結界は不可侵だが長くは持たぬ。
存分に詠うがよい。貴様の全力を下さねば意味は無いからのう。」
微笑みと共に告げられるそれは驕りか、或いは矜恃か。それとも...
「いや、それ以上は不粋だな。お前が真っ直ぐ俺を視てくれるならそれでいい。お前の全てを喰らい、認めさせてみせるよ。
"枷は既に放たれた 刹那のひととき
その自由を謳歌せよ 人の輝きよ
螺旋巡りて祈り重ねよ ゼクスディアの名の元に"
【限界突破・二重奏】」
レギはアルカディアを正眼に構えながら詠う。そしてその様子を見届け、リオナもまるで倣うかのようにミーティアを抜き放ち...詠唱を紡いでいく。
「"白染めの華 氷天の六花
銀凛の乙女は零度の涙を墜す"
零れ落ちる雫 其の果てなき清きにて
我が血は雪がれん"」
氷輪が六華をなぞり、終末を描いてゆく。
その中心にて冰姫は現代に君臨す。
「"天命を灯せ 燈を翳せ
零なる器に 燈を零せ
二柱成りし時 道を刻もう 魂叫ぶ その先へ"
【心闘滅却・双凛】」
死精より託された二重の螺旋を紐解き、抱く"憧憬"と同じ白銀の光輝をその身に宿し...誰より騎士を望む者は更に強く剣を握り締める。
「"我が懺悔 祈り どうか聞き届けて欲しい
我は再び門を開く 贖罪の時は今
三度顕現せよ 絶雹の庭園"」
冰姫が二節を詠い終えると同時に、結界に罅がはしる。まるで彼女の放つ激情に等しい魔力の奔流に耐え切れず、悲鳴をあげるかのように。
「想い出せ、喰らったものを。反芻し、己に溶け込んだ其れを。
"蝕罪をここに
我は魔を抱きし者 死に染まり 死に魅入る
その身を昏きに堕とし 掌に奈落宿さん"」
魔法はイメージの世界。其れが想起したものであったとしても、確立さえしてしまえば其れは奇跡として産まれ落ちる。
異なる奔流を受け、結界にはしる罅はその大きさを増していく。開戦の狼煙は今か今かとその時を待ちわびていた。
「"澱み穢れ 闇より深き黒をもって
其は罪と知りながら 遥か遠き"陽光"へ と手を伸ばす"」
「"終焉の鐘 彼方まで鳴り響き
吹雪く三度の厳冬 其は全てを閉ざすもの"」
互いに終節を紡ぎ終えたその時
示し合わせたわけでも無く...結界は弾け、開戦の狼煙は高らかに終劇を宣言する。
そして...互いにその魔法名は告げられた。
【蝕手】
その"手"は喪ってなお...光へと手を伸ばさんが為に。
【終冰】
終の冰はただ静かな終末を示すが故に。
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第四の法、それは氷の超位付与魔法。
継承された冰姫の名の元に、あらゆる防護魔法を凍結、解体する"厳冬"がミーティアに付与される。
そして弱き騎士など不要。そう断ずるかのように、終わりを宿した剣は上段から振り下ろされた。
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其れは妹によって天啓がもたらされる以前、レギが考案していた魔法。
イメージはその眼に焼き付いて離れなかった"屍海"が操る数多の"手"。
その掌にて全てを喰らい、吐き出す手。
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「はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
絶哮と共に放たれる冰撃。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」
魂の叫びと共に迫る冰撃を喰らうべく...
右に剣、そして奈落宿す左"手"を伸ばす。
魔法がぶつかり合う瞬間。
「アイシス!!!」 「ニア!!!」
「「ありったけ寄越せ!!!」」
二人は互いに精霊の名を呼ぶ。
アイシスは水、火、風のマナを統制しその全てを主に捧げ、ニアは【蝕料庫】の【蝕珠】を喰い尽くし、拡げられた主の器を溢れること無く満たしていく。
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拮抗。
全ての防護魔法を凍てつかせるはずの【終冰】をあろう事か受け止める【蝕手】。
けれどそれは当然の話なのだ。レギは正しく【終冰】を喰らっている。その代償として、今なおその身を凍てつかせる痛みと戦い続けていた。
そんな魔法(代物)を防護魔法と呼べるはずが無いのだから...。
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「けどまあ、このままじゃ負ける。
だからこそ決闘に水を差そう。さあレギ...今だ。」
ヒトを愛するが故に、彼は期を逃さない。望むままに物語を書き換えたくて仕方が無いのだ。
主が望むままに、友の望むままに。詠唱は重なる。
「そうだ。俺だけじゃお前には勝てない。けどこの剣が纏うのは【終冰】だ。」
「喰らうのはレギ、吐き出すのはボクの務め。さあ次は君が喰らう番だ、リオナ。」
「「"装填"【アルカディア・冰剣】」」
「いっけぇぇぇぇぇえ!レギぃぃぃぃぃい!!!」
頼もしい剣霊の声援を受け、騎士を志す少年は握り締めた白銀を振るう。
______________
その剣を見苦しいと思ったことは無かった。
不撓と不屈の象徴たるその剣を...
妾は尊いと想っていた。
けど...だからこそ、敗北を捧ごう。
剣は鍛錬を重ねれば重ねるほど、強くなるからのう。
______________
雪崩の如き冰撃を斬り払い、叛逆者は騎士へと至る為に冰姫へと謁見を果たす。
そのはずだった.....
「《百死不撓》 発動。
"イアールンの森 月の冰狼 宿り来れ 第四の獣"
【マナガルム】」
紡がれた詠唱と共に、物語の筆は再び冰姫へと渡る。
レギの眼をして辛うじて捉える程の速度で世界を駆ける。
其れは"精霊"に付与され、第四を修めし者のみに侍る獣精。
「【終冰】は三度の厳冬をもって、敵を屠る。
【剣の冬】、【狼の冬】、そして...【風の冬】。」
マナガルムの背に跨るリオナが握るのは美しき白銀の弓。それは星造武具が一振り。"ミーティア"が持つ七の形態変化が一。第一星 【氷星弓】
主が獲物を定めたのなら、侍る狼は責を果たす。マナガルムが放つ息吹はレギを捉え、その場に縫い付ける。
そして役目を終え、月狼はこうべを垂れる。
冰姫が告げる宣告を傾聴する為に。
「"冬番え 敵を凍る 穿て"【永久凍弩】」
音も、衝撃すらも...全てを凍てつかせる終末の風が吹く。
吹雪が去った後に残るは騎士ならざる氷像のみ。
飛び立つ鳥の囀りはどこまでも静寂に響いていく。
「これがキミの描く物語かい?随分と厳しいじゃないか。」
全てが閉ざされた氷原にて何故か終末を逃れた死精は冰姫に問い掛ける。
「現実はいつだって残酷じゃ。どれだけ強くなろうとも...その剣が妾に届く事は無い。」
残心を解き、リオナは背を向きながら告げる。
だがその背に向けて三度...鳥は鳴く。まるで呼び止めるように。
リオナが鬱陶しいそうに振り返る.....その視線の先。
響く筈のない音が鳴り響いた。
ピシッっっっっと。
碧白の氷が産声をあげるように、ひび割れていく。
その時間はリオナにとって一瞬とも...永遠ともとれる時間だったのかもしれない。
彼女は誰よりその光景を...望んでいたかもしれなかったから。
氷像はが崩れさり、反射する白銀がその姿を照らし出す。
剣は未だ握られ、虚無で形創られた手は確かにこちらに伸ばす...レギの姿を。
「.....ハハッ!、どうだい?悪くない加筆だっただろう。けど悪足掻きはここまでだ。ボクらの負けだよ、リオナ。」
やれやれと首を振り、ルクスはレギの肩へと降り立つ。
「意識を手放して尚、剣を握り、手を伸ばす...か。
ふっ...ふははははっ!良い。
貴様のその醜態、敗残、しかと妾が見届けたぞ!」
リオナは歩み寄り...その手をレギの頬に触れながら、嘲笑と共に吐き捨てる。
「死精よ。妾が更に加筆してやろう。我は王道を往く...それ故に。」
だが次に紡がれた言葉。そこに込められた意を汲み取り、死精は眼を見開く。
「まさか...。なるほどね、ボクとしたことがハハッ!」
そんな死精を鼻で笑い、リオナはその務めを果たすべく宣誓を告げる。
「ここに誓約は成った! エルフィニア第二王女
リオナ・ノア・エルフィニアが命ずる!
誇れ。そなたは強い。
レギ、貴様を我が近衛騎士に任命する!!!
その剣、妾が為に...皆の先導に立ち、振るってみせよ!」
その全てを見届けて、鳥は満足気に祝福を唄う。
「皆に伝えよ!文句のひとつでも叫ぶ輩は妾の元に来るが良いとな!」
______________
「全く...目覚めて早々また倒れるところだったぞ。だがまあ...良いものが観れた。」
「あら、随分と苦労してるみたいねぇ。あの子の従者は大変?」
「それはもう...。なんせ親友に自らを焼かせるような奴ですからね。今でも夢に見ますよ...。」
「...その割には随分と楽しそうに語るじゃない。
ま、いいわ。シルもこれには納得してるでしょうし、彼と一緒にあの子を支えてあげてね。」
「はい、アーニャ様。此度の我が国の申し出、快く受けて下さり四大貴族が代理として心からの感謝を。」
「あ〜はいはい、そういう堅苦しいのはいいわ。
ほら、早く行ってあげなさい。貴女の"火"の出番よ。」
「それでも感謝を。では、失礼いたします。」
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「ふっ、どうやら妾の筋書きは貴様でも見通せなかったようじゃな。どうじゃ?良い物語であろう?」
「はははっ!ボクを一目視ただけで震えていた子がよくもまあここまで...。
ああ、実に素晴らしい物語だった。これほどまでに英雄譚に相応しい序章は無いだろうね。
案外ボクらは相性が良いのかもしれない。キミとはいい酒と本を酌み交わせそうだ。」
「はっ!そんな誘いはごめんじゃ。今日と変わらぬ。"また"次も、魔法で語り合うとしよう。妾たちは"魔導士"なのじゃからな。」
改めてあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
新年一発目の投稿ですが長ったらしい文となっております。好きな展開を存分に織り交ぜた結果着地点が中々見付からず間延びしてしまいました。
来週のオラトリアでも"三度の厳冬"が吹雪いてくれることを楽しみにしています。