第九十七幕 part3 【新・迷宮攻略記】
「ふはははっ!温い!温すぎるぞ!!! こんなもので我らを止められると思うな!
そら行くぞリラ、シン、レギ!俺の背に続けぇぇえ!」
高らかな号令と共に先頭を駆けるのは金色を纏いし偉丈夫。
通称は"エラ"
真名を"エルドラード・エラ・リヴァイア"
新たな出会いを経て、与えられた役目を終えし若獅子は生まれた空席に座するべく新たに"金獅子"を冠し
"十二宮"が一席、"獅子座"を拝命するに至ったのだ。
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「馬鹿エラ!前出過ぎって言ってるでしょ!援護する私の身にもなれっての!」
そんな彼に向かって激しい文句をぶつけるのは戦場に似合わない琴を抱える少女。
名をリラ。
全てを音に換える【絶対音換】。
全てを音で奏でる【輪廻】
神から授かりし二つの祝福を抱く彼女こそアトランティアの至宝。
そして彼女こそ今、新たな出会いを経て己を照らした夜の灯りを導に、母なる海から世界に響かんとする"音姫"
それこそがリラ・アマルフィ・ヴァネッサである。
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「まあまあ。何はともあれ順調には変わりない。エラもリラを信頼してるからこそ臆せずに前に進めているはずさ。」
告げるのは金獅子が撃ち漏らした敵を流水の如き舞いをもって斬り伏せる麗しき蒼髪の少年。
名をシン。
互いの背中を預けし無二の友を写し、大いなる"雨越"の中核を為した少年は戦いの中、改めて友を識った。その覚悟を、強かさを、彼が抱く...痛みを。
全てを識った上で、少年は憧憬を新たにし歩みを始める。
始祖を宿し、大いなる"海"を超えんとするその名は
シン・アルバ・エルフィウス。
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「三人とも、集中しろ。この先の十字路は全方位から来るぞ。一点突破の後通路に引き込んで全て撃破、各自陣形は崩さないように。それだけ守って後は自由...好きに暴れて来い。」
「応っ!」「うん。」「まっかせなさいっ!」
彼の言葉にふたつ返事で三人は頷く。
聴くものが聴けばその声に信頼が含まれていることに気がつくのだろう。
戦いを経て、皆は彼の背に"英雄"を視た。
その場で"誰よりも弱い"者の背に。
故に皆は全幅の信頼を寄せるのだ。
彼の名はレギ。
英雄ならざる力を抱き、あらゆる代償を背負いながらも英雄を志す少年。
友の手を借り"死海"に"大海"を創り上げ
彼は大いなる"雨越"の中核を成した。
片腕を失い、命の危機に瀕しようとも彼の歩みは止まらない。
今日もまた...彼は駆ける。
死闘を経て無二となった友を統べ、戦いの場を海から地下へと移しいざゆかん。
"迷宮探索"へ。
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時は少し遡り...
"地下迷宮"の監視室にて
「さて...本当にいいのかい?レギ君。」
「はい。リラもいますしね。それも加味した上で俺たちの度合いを測るには丁度良いはずです。」
「...分かった。君の言う通りにやってみようじゃないか。それにしても君の発想には毎度驚かされるよ。」
「ありがとうございます。では俺はもう行きます。出て来れたらまた美味しいご飯でもお願いしますね。」
「ふふ、勿論、更に豪勢な食事を約束しよう。」
頭を下げてから友の元へと向かうレギの背中を、イルドラードは見えなくなるまで見詰めていた。
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そうして時は今に舞い戻る。
前後左右の挟撃...予期していたものとはいえいざ火蓋が落とされれば訪れていたのは混乱だった。
「エラ!少し下がれ!陣形を伸ばしすぎるな分断され...いや違うな。エラ!お前はそのままでいい!」
「ふはははっ!承った!!!」
絶え間なく全方位から襲い来る敵は戦場の情報処理に多大な負荷を与える。戦闘が長引くに連れてその負荷は更に重なっていく。
故に戦場で常に求められるのは即断と即修正である。
「仕方ないな。シン、リラ!"あれ"をやる。後ろも任せるぞ!」
「ああ!」 「おーけー、シン!合わせてあげるから自由にやりなさい!」
僅かながらに揺らいだレギの指示。だがそれでも、三人は揺らがない。その盲目なまでの信頼こそ、彼を強くすると知っているから。
「【捷音・二重奏】 ほら!二人分働きなさいシン!」
「君こそ、そんなに早くして大丈夫かなっ!」
リラがシンに支援魔法を掛けシンはそれか当たり前かのように立ち回る。正に阿吽の呼吸とはこの事だろう。
そんな二人の連携を確認するまでもなく、指揮者たる彼は一人詠唱に入っていた。
「"第一階悌 領域設定 第二悌開 承認展開" 」
戦いを経て、レギは更に深く【蝕】を識った。それは【死告眼・真】を行使したが故の偶然の産物に過ぎない。
だがそれでも...レギは魔法の解釈を拡げるに至ったのだ。
かつて友の記憶に観た、先代の背に追い縋るが如く。
「二人とも...そこから動くな。」
その声が響いた瞬間、二人はその足を止める。
たとえその目前に...敵の牙が迫っていたとしても。
その牙が届くことは断じて無いと、彼女らはとうに知っているから。
「"始蝕" 【断蝕】」
そう、例えるならくしゃっと...一口何かを噛んだような音が響き...エラが抑えている以外の三方向が虚無に消える。
『嗚呼...ほんとに綺麗。断末魔も、衝撃も...凡てを等しく呑む酷く静かな葬送歌。』
特等席で聴き入るリラが感嘆に打ち震える程の、洗練された魔法。
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【闇魔法】に【蝕】を付与する。
「死海でやった【纏蝕】とはまた違う。ボクを介さずにレギは己が魔法に【蝕】を堕としてみせた。ボクやアルカディアのような媒体を必要とせずとも。ふふっ...今やキミのその手の中に、【蝕】はある。素晴らしいよレギ。」
『うーん...よくわかんないんだけど、直接使った方が簡単なんじゃないの?』
そんなルクスの独り言に割り込んで来る者が一人。こちらもまた覚醒へと至った剣霊。
彼女は"自由"を体現するその身に違わぬ奔放さで当たり前のようにルクスの精神空間に割り込んできていた。
「何故センパイがここに居るかは後で問い詰めるとしていい質問だね。
ボクたち精霊の魔法はヒトの使う魔法とは似て非なるものなんだ。大抵の場合主から魔力を借り入れて精霊ら側が魔法を放つ、或いは逆の場合でも主導権は基本ボクら側にある事が殆どだ。それは天才でさえ変わらない。あ、但し虹姫、彼女は特別だよ。彼女こそ今のレギの遥か先に座する標と言っても過言じゃない。
逆に考えると分かるかもしれないね。キミはレギの魔法を使えないだろ?ニア。」
「っ! 言われてみればそうね!確かにあんな意味わかんないの使えないわ!つまり使えるレギは凄いってことね!」
「そうだね。レギは凄いよ。」
『エレノア...キミの危惧した通りに、そしてボクの望むままに、レギは育っている。まぁ他ならぬ彼自身がそれを望んでいるのが大きいのだけどね。
レギ...ボクはキミの行く果てが楽しみで仕方がない。いったいどんな物語を紡ぎ、どんな結末を迎えるのだろうね。楽しみだよ...嗚呼...本当に楽しみだ。』
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「ふぅ...一帯に敵性反応は見えないからしばらく"咀嚼"に入る。二人はエラの援護を。」
「相変わらずちっちゃい胃袋ね。
まぁいいわ、いいもの聴けたし後は任せなさい!」
「君が食べちゃったせいで僕は少し暴れ足りないからね、遠慮なくそうさせてもらうよ。」
いつものと言わんばかりに言葉を残し二人はエラの元へ駆け出していく。
「良い感じだねレギ。独りで使うにはちょっと燃費が悪過ぎるけど...ほら、【蝕珠】だよ。」
「仕方ないだろ。俺の器は何もしなきゃこんなもんなんだから。」
但し、この魔法にはシンプルな欠点があった。
レギにだけ許された魔法でありながらレギだけが抱える欠点。消費する魔法力が多いのだ...そう、"レギにとって"は。
この魔法を行使する度にレギは喰らった敵や魔法を"咀嚼"し【蝕珠】にて補給しなければならない。
それは独りで戦場に赴くこともある魔導士にとって致命的な欠点だった。
だがそんなことはレギも分かっている。だがそれでも...レギにとって"出来る"ことは朗報でしかない。
「当然違う方法も考えている...がこっちはまだ理論でしかないからな。先ずは出来る方を確実にしていくのが優先だな。幸いにも試す機会はいくらでもある。」
「ふはははっ!全くだなレギよ!貴様の言う通りだ。相も変わらず迷宮は忙しない場所だ。」
そこに戦闘を終えた三人が帰ってくる。レギの魔法でかなり短縮したとはいえ皆疲労の影は隠せないでいた。
「ほんとよ!全く毎回毎回嫌なタイミングで襲われるし罠は最悪なところにあるし...これ今回イル様たちがけしかけてるんでしょ?ホントにタチが悪い...。」
「けどまあこれ以上に実戦に近い経験を積めるのは他に無い。僕たちに足りないものを余すことなく享受出来る。」
「迷宮の話を聞いた時からずっと来たかった。間違いなく強くなれる場所だからな。けど今は少しだけ違う。」
「何か違う目的でも出来たのかい?」
「いやまあ大きく変わってはいないよ。ただ...この四人でどこまで行けるか試したかった。それだけだ。」
三人がレギに絶大な信頼を寄せるのと同じく彼もまた三人を信頼している。
「言うじゃないレギ。まあ元十二宮からみてもこのパーティー完成度高いと思うわよ。けど今回はイル様たちが相手だしね、油断は禁物よ!」
「当たり前だ。最高難度でお願いしたのは俺だしな。話は終わり...といきたいが今日はここで休息にしよう、各自支度を。」
迷宮には夜がある。それは正に全てを包み静寂を齎す安寧の夜。
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十と数時間戦い続けた彼らを見届けて漸く監視室にも安堵と疲労の影が落ちる。
「やっと休息に入ってくれたか...全く元気なものだ。にしても環境、敵の配置、誘導罠に必殺罠。自在に設定出来るとはいえよくもまあここまで考え付くものだ。そうは思わないかい?アーニャ。」
【操作水球】を片手に隣に座るアナスタシアに声を掛けるのはイルドラード。
「別に難しいことじゃないわ。観察、分析、思案。誰にだって出来る当たり前のことだから。けどまあ、それもここまでになると最早魔法と何ら変わらないわね。繰り返し続けた研鑽と思考の賜物かしら。」
イルドラードとは逆の手でもう一つの【操作水球】を握りながらアナスタシアも答えを返す。
「そうだね。誰にだって出来るが誰にだってやれるわけじゃない。
現に私たちですら思い付かなかった。
まさか己の手で組み上げた迷宮を記憶を消して攻略に潜るなんていう手はね。」
「マナだけじゃなく死線を捉える彼の【眼】、そして持たざるが故に磨き続けた観察眼。何処をどうすれば彼らに負荷が掛かるか、どの道を往けば己が困難に陥るか、彼には視えている。
故に彼ら...否、自分にとって最も難しい迷宮を創りあげることが出来る。
思考の段階からして私たちとは別物よ。」
「ヒトならざる精神性がなせるもの...か。それに何よりも凄いのは彼は意識してか無意識かは分からないが周りを巻き込むことに躊躇が無いところだと私は思うよ。
言い方が少し難しいね...こう言うべきかな。彼は周りへと施すこと全てに己へのリターンを考えているのではないか。誰が為じゃない。彼は他ならぬ自分自身の為に己を英雄たらしめている。
だからこそ彼はヒトに尽くすことが出来るのだろう。あらゆる代償を背負い彼自身を犠牲にする事が出来るんじゃないかってね。
まあ全ては推測に過ぎない...けど私は間違ってはいないと思うよ。どうかなアイリス?」
微笑みながら自分の考えを吐露するイルドラードは最後にアイリスに問い掛ける。
彼らが迷宮に入ってから一言も発していない"魔導王"に。
「.....誰が何を言おうとあの子は変われないわぁ。レギには選ぶ権利があって己の手で苦難を往くと決めた。ならもうあの子は止まらないし私たちは止めれない。
歯車はもう回り始めたもの...⬛︎⬛︎との約束は守らないとねぇ。」
「"燈火を絶やすな"...か。大丈夫だよアイリス。
燈は煌々と継がれている。君が導く子らは紛れもない輝きを放っているよ。そうだろアーニャ?太陽と氷華は特に...ね。」
「無論よ。私とハイドラが叩き込んでるんだもの。最下層で最後に四人の相手をしてもらうわ。貴女がこの国に来た意味はそこで果たされる、まぁ観てなさいアイリス。」
「ふふ...楽しみだわぁ...。ホントに...楽しみねぇ。」
王たちはただ先だけを見据える。未来を。
お待たせしましたー。
大森先生がダンまちの新刊原稿進めてるのを知って気合いで仕上げました。やる気って凄い。