第九十六幕 part2 【三身一体】
光輝と共に現れるのは銀の髪にひとふさの金を宿した男。
「ふむ...何を惚けておるのかと思えば"余"として話すのは初めてだったか。
"宰相"兼"第一皇子" エルドラード・リヴァイアだ。
だが身分を明かしたとて態度を改める必要はないぞ。
余はお前たちを無二の友だと思っておるからな。」
そしてその声は正しく俺たちの知る男のものと聞こえは同じ。だがあの底抜けの明るさ豪快さは身を潜め、落ち着きとその中に強かさを感じさせるものだった。
そして発したのはたった数行の言葉に過ぎない。だがそれでも、僅かな言の葉と所作から伝わってくる。彼は正しく王の器であると。
「...へ? 待って、待ちなさい...いや、待ってください? 殿下とエラが...え?」
そして当然ながら俺よりも遥かに付き合いの長いリラはそれはもう混乱のさなかにいた。パニックといっても過言では無いかもしれない。
それもそのはずだ。
目の前に立っているのは紛れもないかの有名なアトランティア第一皇子なのだから。
世間に疎い俺やそれこそ妹ですら知っている...それほどまでに、若き身でありながらアトランティアの外交と経済を一手に担う"黄金卿" エルドラード・リヴァイアの名は世界に知れ渡っているのだ。
だがそれでも浮かぶ疑問点は一つ。
「待ってくれ。エラがその...エルドラード殿下だったのは百歩譲って分かった。
けど、どうやってリラさんの【絶対音換】を欺いたのか。俺はそれが知りたい。」
俺の"動揺"や"嘘"すら見抜く【絶対音換】を欺く程の変身?変装?。その手段がどうであれ知りたい。そして出来るならば...この手に修めたい。
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「ふむ...やはりレギは聡い。だがそこを話すとなると長くなる。それにちょっと待て、堅苦しい喋り方は疲れる。」
それだけ告げるとエルドラードは再び魔力を纏い始める...が割り込む声が一つ。
「待ちなさい。いいの?勝手にして。」
その声の主はラグナ。エルドラードの突然の暴露に唯一平静を保っていた彼女は事情を知っているのだろう。その声には釘を刺すような意を含んでいた。
「良い。命を預けあった仲だ。この三人にならば良い。"弱み"を見せねば語れぬものもあるというものだ。」
「そうか...ならいい、好きにしろ。」
「感謝をラグナ殿。"変解" 【レグリシア】」
驚きも束の間。エルドラードの言葉と共に彼は再び光に包まれる。だが先程までの違いは一目瞭然だった。
その光は弱々しく...とても褪せていたのだから。
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「やっぱりこの姿が楽だね。改めてよろしく。僕の名はエルドラード・エラ・リヴァイア。一応この国、アトランティアの第一皇子をやらせてもらっている。」
現れたのは一人の少年。いやもう訳が分からない。それは何故か...。
だってもう...背丈や体格も変わってるもん。
驚き過ぎて語尾が妹並に退化するくらいには。
「説明...してくれるんだよね?エラ。」
そんな驚き固まる俺を他所にシンが皆の思いを代弁する。まあそのシンも冷静な仮面は剥がれていたのだが...。
「まあそうだね。一言で言うなら...
"俺は余であり余は僕"
今の僕を聴けば分かるだろリラ?
この"僕"は弱い。
僕はこんな自分が嫌いだった。偉大な両親の元に生を受けて、どうしてこうなんだろうって...そんな自分を呪いさえした。
ふぅ...少し落ち着こうか、長くなる。座って話そう。」
返事は無くとも皆が腰を掛ける。
ラグナもまた少し離れた椅子に座り込む。
気にせず続けろと言わんばかりに。
「さっきも言ったように僕は弱かった。生まれつき身体は弱く、魔法力も少ない...父と母から何も受け継ぐことが出来なかった。頭だけは良かったけどただそれだけだ。
「やりたいようにやりなさい。」
そう言ってくれる両親の優しさすらも...僕には辛かった。
そして絶望のさなか...君に出会ったんだ、リラ。僕と変わらない歳で国宝を手にした君に。
...君なら僕の気持ちが分かるんじゃないか?レギ。」
エルドラードから投げ掛けられた言葉に俺は答えられないでいた。だがその答えなどはなから決まっている。
そう。同じだったのだ。俺と...エラは。
知りたい。エラが何を経て、何を犠牲にして...何を得て今ここに居るのか。
騎士としてのエラ。皇子としてのエルドラード・リヴァイア。そして今目の前にいるエルドラード・エラ・リヴァイア。
その全てを知りたい。その歩みを、歩んできた道を。
「分かってやりたい...だからこそ、"分かる"なんて軽々しく言える訳が無いだろ。」
想いを込め。言葉をぶつける。
俺の言葉を受けて、エラは小さく笑う。
「そうだね...本当に君の言う通りだ。
話を続けよう。
僕にリラは更なる絶望と...同時に尊い希望を教えてくれた。救われたんだよ。君は覚えてないかもしれないけどね。」
『ねぇあなた!静かで綺麗な音をしているのね。私あなたの音好きよ!』
遠い記憶に思いを馳せ、彼は話を続ける。
「君の演奏に僕は魔法の美しさを視た。幼いながらに心を奪われた。まあ同時にこれにはなれない...そう理解らされたんだけどね。
けど"僕だって"。そう心に火がついた。憧れは止められなかった。
その日から僕は学び始めた。ありとあらゆる知識を手に入れる為に。
...幸い時間と魔導書だけは沢山あったからね。
そして僕の道を一つだけ見つけた...まあ一つしか無かったと言った方が正しいかな。」
「外部から力を得る方法。即ち人造神器の使用者になること...。」
「正解だよレギ。君には簡単だったかな、僕の予想なら君もこの道を考えた事があるだろうからね。
けどこの道は中々険しかったよ。僕は立場もあってこの鎧...神器【トリニティ・ワン】を手にするのは簡単だった。けど僕はリラと違って神器に選ばれたわけじゃない。調伏するのに実に5年の年月を要してしまった。
苦しかった。認められないというのはね。
けど、それでも届いた。僕の何を気に入ってくれたのかは分からない。けど【トリニティ・ワン】は確かに僕の手に落ちたんだ。
そこからは早かったよ。ずっっっと考えていたから。
所有者に与えられる"権能"...【三身一体】の使い方を。」
「なるほどね。上位たる"権能"ならば神の如き"才覚"すらも欺く事が出来る。簡単な話だ。」
皆の...そして何より俺が抱いていた疑問をルクスが説明する。シンプル且つ簡潔な答えだった。そして俺では手が届かないことも理解させられる。
「【三身一体】は簡単に言えば自分を含め三つの"人格"そして"肉体"を創り、切り替える事が出来る力。正に僕が欲していた力だった。勿論制限は沢山あったけどね...だがそれでも、僕は創り上げた。
国の為、そして両親に恩を返す為の執政者たる"エルドラード・リヴァイア"を。
そして..."大切なもの"を護る為に"エラ"を。」
最後の一言をエルドラードはリラに目線をやりながら告げる。視線は雄弁だった。
「その..."大切なもの"って。」
リラは理解しつつも問い掛ける。
「"静か"だっただろう?レギに出会うまでは一番。」
「...!」
「僕、僕の両親、そして君の母は気が付いていたんだよリラ。君の孤独を、君が心を閉ざしているかもしれないってことを。
それに...僕は許せなかった。」
「許せない...?何を?」
エラが告げ、リラが答える。
空気を読む...訳じゃないが最早俺たちが割り込む猶予はない。そして皆割り込むつもりもなかった。
「簡単だ。"独りは辛い"だろう。
例え自分とは合わなくとも、ヒトは誰かが傍に居るだけで救われるものだ。」
「まさか私の為!?"そんなこと"の為に...エラを創ったの!?」
真実を知り...リラは目を見開き声を荒らげる。
その声には紛れもない怒りが込められていた。
真実がどうであれリラにとっては受け入れられるはずはない。ヒトに情けを掛けられる謂れなんてないと。
だが真にリラが怒りを覚えてるのはそこではないだろう...自分の為に、エルドラードの未来を使わせてしまった。それがやるせなく...許せないのだろう。
「"そんなこと"...か。君にとってはそうかもしれない。けど僕にとっては...君から貰った一言は半生を捧げるには十分だったんだよリラ。
許せなかったんだ。僕を救ってくれた君が孤独なんかで陰るのは...君がレギを許せないようにね。君に世界を聴かせてあげたかった。君の才は世界に触れてこそ輝くものだから。
君が"綺麗"と言ってくれた僕が隣に居ることで、少しでも和らぐならそれで良かった。
まぁバレないように調律するのは大変だったけどね...。」
「だからって!!!私なんかの為に...!」
リラの目には涙が浮かんでいた。
俺には美しいその涙がリラにとってエラがどういう存在だったのかを表しているように見えた。
「ふふっ...それは違うよリラ。これは僕の為、ひいては国の為だ。僕は君が世界一の魔導士になれると信じている。
けどまぁ...僕の役目は今日で終わりだけどね。」
涙を流すリラを微笑みながら見詰めるエラ。
「終わり...ってどういうこと?」
「君が...自分の道を見つけたからさ。
僕が"エラ"として照らす必要はもう無い。標を得た君はもう他人に絶望しないはずだから。僕という"枷"と"鎧"は今日をもって取り払おう。」
そう告げながら...エルドラードは俺を見る。
そして口を開こう...とした所でリラが口を挟む。
「...ねぇエラ。」
「なんだいリラ。」
「貴方は嘘を付いてない。」
「そうだね。君なら分かるだろう。」
「だからこそ...許せない。けど.....。」
「けど...?」
「ありがとう。 」
一瞬の静寂が世界を包み、祝福の音色が響き渡った...気がした。
「鬱陶しかったし騒がしかったけど...煩いって思った事は無かった。言われて初めて気がついた。貴方の...言う通りだった。
けどもう...大丈夫。私は今日、【絶対音換】が呪いじゃなくて祝福なんだって知れたから。
それに私、一度聴いた音は忘れないの。今の貴方の音...綺麗ね。貴方ももう、演じなくていいわ。」
「どういたしまして。君にもう一度その言葉を貰えた。なら今日まで頑張ってきた意味があるというものだ。
けど分かってないねリラ。 "纏え"【トランス】」
力強く、正に光輝と呼ぶに相応しい光に包まれ...見慣れた偉丈夫が姿を現した。
「半生を過ごしたのだ!演じずとも最早俺は俺と言っても過言では無い!!!
それに一つ貴様に言わねばならん事がある!」
もう慣れたと思っていたのにテンションの差で風邪をひきそうになる。
不思議な安心感を持つその声は大声にも関わらず不快感を感じさせない。話を聞いた今懐かしさすら感じていた。
「なっ!?いきなり煩いわよ馬鹿!それに何...文句!?でもあるなら言ってみなさいよ!」
突然のエラの登場に一瞬でいつものやり取りを繰り広げるのはリラ。
「はっ!応とも言ってやろうではないか!
貴様如きがレギを語るなど笑止千万!天才のお前にレギの何が分かると言うのだバカめ!」
おいちょっと待て、なんか流れが変わったな...主に嫌な方向に。
「はぁぁぁあ?レギの"音"も分からない癖に馬鹿とはなによ馬鹿とは!アンタこそ会ったばかりのレギの何が分かるって言うのよ!」
ほら見たことか。ついさっきまで良い感じだったのにどうしてこうなった...
頭痛がし始めた俺を他所に二人は加速していく。
「俺は分かる。レギは分かってやりたいと言葉を濁したが分かるのだ。"同じ"なのだからな。」
「アンタとレギが"同じ"なわけないでしょうが!一ミリっも似てないんだから!!!」
俺を認めてくれるのは嬉しい...のだがこれはまあ違う。俺はため息をつきながらシンへ助けてくれという視線をぶつける。
だが俺はこの選択が誤りだったとすぐ気付くことになる。
「ちょっといいかな二人とも。」
シンがどこか底冷えするような笑顔で二人に話し掛ける。
「君たちは一体..."誰"を差し置いてレギの話をしているんだい?」
「あ、あの...シン?」
「君は少し黙っていてくれレギ。」
『アッハイ...』 嗚呼...キレてる...。
「君たちがレギの事を"分かってる"なんて笑わせないでくれ。それに彼の隣に立つのは"僕"だよ?君たちは後ろで僕らの姿を見てればいい。」
流石はシン...。俺を写しただけあって説得力が違う。というか少し怖い。冷静沈着なお前はどこいった?
そんなことを考えていたら次は俺の両肩からただならぬオーラを感じ始めた。
「ちょっと!!!そういう話なら私も黙ってないわよ!レギの隣に居るのは私なんだから!!!」
「そうだねセンパイ。それに方向性の違いっていうのは良くない。この際誰がレギの理解者ハッキリさせるのも悪くないじゃないか。とりあえず座り給えよキミたち?」
剣霊と死精までもが参戦を表明しなんならルクスは俺の(勝手に)魔力を頂戴して会議用の丸テーブルを創りだし皆を座らせ始めた。
そして勝手に議論が始まるのを見届けて俺は思考を放棄したのだった。
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「だいぶ話が逸れたが貴様の選択はそれでいいのだな、レギ。」
そんな俺を見計らって静観を決め込んでいたラグナさん問い掛けてきた。
「はい。しかも"英雄試練"のおかげでエルフィニアに来てくれるなら尚更ですよ。」
そう...選べないのでは無く、選べるのに選ばない意味は無い。
そしてそんな俺の答えに応じたのはラグナではなかった。
「君ならそう言うと思ったよレギ君。それに少しだけ観させて貰ったけど面白いことになっているじゃないか。」
ラグナの掌に浮かぶ水球から言葉を返すのはイルドラード陛下だった。
「.....全部貴方の思い通りって訳ですか?陛下。」
「ふふっ、どうしてそう思うんだい?」
「マスターにとてもよく似ていますので...。」
「ははははっ!聡い子だ、やはり君は面白い。そうだね...こうなればいい。そう思った結果の一つではあるかな。けど私は国を治める者だ。幾つかの予測を立てておくのは当たり前だろう?」
「ズルいヒトですね。そう言われたら引き下がるしかないじゃないですか。」
「話が早くて助かるよ。けど別に君をからかいに来たわけじゃないさ。
一人の魔導士として、そしてこの国を総べる王として、君に感謝を言いたかった。
"死海"への進行、そして"屍海"の討伐に際し大いなる"雨越"の一助となり、あまつさえリラとエラの覚醒を引き出した。
君は与えられた役割を十分どころか十二分に果たしてくれた。
ありがとう、レギ。君を選んで良かった。」
王から告げられた言葉。
それを受けて...想いは溢れた。
そんな溢れた想いを、言葉にしよう。それだけで良いと思えたから。
「選んでくれて...ありがとうございます。」
「よし、さて!ここから大事な話をしよう。君たちへの褒賞についてだ。
レギ君、君の左腕の治療には最善を尽くすとして他になにか望むものはあるかい?可能な限り実現させてあげよう。」
パンっと手を叩き雰囲気を変えてイルドラード陛下は新たな話を切り出した。
俺はその話を受けてすぐある提案が頭に浮かぶ。その視線の先...今も議論に熱をあげる友たちを見ながら俺は俺の直感を信じることにした。
「存在を知ってからずっと考えていました。俺、シン、エラ、リラ。この四人で"迷宮"に挑ませて下さい。」
共に死線を潜り、腹を割って話した。
何処まで行けるのか試してみたい。
ウィストリアに推しの子にアーニャさん今期はアニメが豊作で助かります
ウィストリアは漫画の方も最新話で盛り上がってきてより楽しみです。
来週も更新出来るように頑張ります。