第九十五幕 死海後始末 part1
お待たせしましたm(_ _)m
絶望を夢に視た
放たれる災厄 貫くは魔の一閃
己の手が握り締めていたはずの白銀は宙を舞い
地に堕ちて更なる絶望の音色を奏でる
身体にはしるは喪失感と絶痛
そして褪せた視界の先...其れは君臨する
血に染る海を統べ "絶望"を告げる
其は"魔海"の王なり
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私には誰にも言ってない秘密がある。
それは私の世界が聞くに耐えない音で溢れていること。
耳を閉じていても、目を閉じていても...全てを閉ざしてみても関係なかった。
神から与えられた"呪い"が私に平穏を許さなかったから...。
その音は他ならぬ"ヒト"から発せられているのだから...。
だから私は己の才能を盾に独り気ままに生きてきた。
表では輝かしい"十二宮"。
裏では耳を塞ぎ、蹲る独りの少女として。
けど彼に出会ってしまった。
彼は何より醜い魔力を持ちながら何より穢れなき魂を宿していた。
そして彼の魔法が織り成す調和に...
私は心を奪われてしまった。
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「どういうことですか姉上!?」
「そうよ!アンタくっつくって言ったじゃない!!!」
シンと共に声を荒らげるのはニアだった。
それもそのはず。レギの目覚めと共に慌てて飛び出してみれば治ると言われてた左腕が離れたままなのだから。
「まあ落ち着きなよセンパイ。」
だがそんな声と共にあろう事かレギの左腕の断面図から飛び出してくるのはルクス。
「落ち着ける訳ないでしょ!頭おかしいんじゃないの!?殺すわよ!?」
平静を保つルクスに向けてぶちギレ寸前の怒号を浴びせるニア。いや、既にキレてるかもしれない。
「やれやれ...強気な物言いになったものだね全く。まあいい、結果から話そうじゃないか。
レギの腕はくっつける事は出来る、けど治りはしない。そうだね、ラグナ。」
ルクスはたった今、己が視て、得た情報を元に告げる。
それは端的で、余りに残酷な事実。
「物分りが良くて助かるぞ死精。お前の言う通り見た目だけなら治すことは簡単だ。だが魔力回路や神経系を完璧に治すのは今の私では難しい、すまないな。」
「なに、謝ることじゃないさ。キミの【万療水】は素晴らしいものだ。ボクの当初の見立てなら治ると思ったんだけどね。全く厄介だよ..."渦の権能"は。」
ラグナは謝罪を口にする。彼女自身も、ルクスもラグナの魔法を疑ってなどいなかった。だからこそルクスはその謝罪をすんなりと受け入れる。
だがこの場で状況を理解している二人だけで話が進んでいく現状に部外者となっている者たちはもう我慢の限界だった。
「だからっ!その理由を説明しなさいって言ってるでしょ!!!!!」
「姉上、ルクス。詳しく...説明をお願いします。」
「お前たちが急くのも分かる。だが優先されるべきはお前たちじゃない。」
慌てる二人を制し、ラグナは優先されるべき者へ向き直る。
「レギ。聞けるか?」
目覚めた直後以来沈黙を保ってきたレギに向け、ラグナは覚悟を問う。
周りの者はただ口をつぐむ。彼らに許されたのはラグナの問いに含まれた意味を咀嚼し、頬を歪めることのみ...。
だがそんな空気が流れる中。
当の本人、レギの心は...不思議な程に落ち着いていた。だからこそ...
「大丈夫です。二人よりは落ち着いていますよ。」
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それは俺自身も不思議に思っていた。
知識があった訳でもない。誰から聞いていた訳でもない。...にも関わらず俺は左腕が治らない事に疑問を持てないでいた。
そんな疑問に持てないことにこそ疑問を持っていた。
頭では無く、心でも無く、他ならぬ魂がその事実を受け入れている。認識が無くとも、治らない事が当たり前だという事実を。
考えても答えは出ない、出るはずか無かった。
だから「大丈夫。」と...そう答えるしか無かったのだ。
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「ならいい。結論から言おう。
お前の左腕は"今すぐ"に治す事は出来ない。
【災渦】によって捩じ切られた傷口の修復に時間を要するからだ。」
ラグナの言葉の意味を理解し、最悪を想定していた空気は少しの和らぎを見せる。
「"今すぐ"? ということは治るんですね姉上?」
俺よりも先に言葉を発するのはシン。
シンは腕が落ちた後の俺を写している。
故に俺の現状を誰より理解してくれている...だからこそ、他人事には思えないのだろう。
「ありがとな、シン。教えてください、ラグナさん。俺は...どうなるんですか?」
そんなシンの姿を視て、不思議に落ち着いていた心に自制を加える。
"迷い"は要らない。迷うくらいなら、飲み込んで前へ進めと。
落ち着いたレギを見てルクス、そしてラグナは話を進めていく。
「"渦の権能"は正しく破壊の力だよ。レギにラグナが施していた最高密度の【水盾】が意図も容易く破られる程にね。原理としてはラグナの【雨照】と似ているかな。治すには極小の渦によってズタズタに裂かれた魔力回路と神経系を一つ一つ解して繋げなければならない。」
「ルクスの言う通りだ。
そしてレギ、お前には幾つか選択肢がある。
一つ目は形と重要な神経系だけを繋げてまず手を動かせるようにすること。学園生活や軽い魔法を使う分にはすぐ出来るようになるだろう。だが前のように剣を振るうには長い時間を掛けたリハビリが必要になる。
二つ目は最初から時間を掛けて傷口を解析、解きほぐして全て繋げてから完全に治癒する方法。こちらはその治療の間は身体の自由が効かないが完治までは一つ目より確実に早いと言えるはずだ。但し費用がバカにはならんがまあアルフェニスがなんとかするだろう。
さて、ここまでが"正規"の選択だ。
そしてまぁ...聞くまでもないだろうが一応この先の選択を聞く気はあるか?」
ラグナは嫌という感情を表に出しながらもどこか諦めた様子で最後の問いを口にする。
そしてそれに対する俺の答えなど初めから決まっていた。
「お願いします。」
「はぁ...そうだろうな、お前はそういうやつだ。
第三の選択肢...それはある条件さえ満たせば時間も金も必要無い。それどころか傷を負う前より善くなる可能性すらある。」
「俄には信じられないね。ボクとしても凄く興味が湧いてきたよ。」
ルクスが俺の肩に座りそう告げる。それもそのはずだった。ラグナの告げる話はこの現状から見るに余りに出来すぎている。
だからこそ...
「そのある"条件"とは?俺は何を差し出せばいいんですか?」
代償なら幾らでも支払う覚悟は出来ている。この道が違うことはもう無いのだから。
「その条件とは...次の"英雄試練"で私と同じ神域。
その"第九冠位" に座する
シャルル・アン・ヘルメシアに気に入られること。
ただそれだけだ。」
ほんの少しの躊躇いを乗せ、ラグナが告げた...その瞬間。
「ダメよ!そんなの絶対ダメ!何言ってるか分かってるのラグナ!?」
場の空気を切り裂くように声を荒らげるのここまで沈黙を保っていたリラだった。
「分かっている。だが選ぶのはレギ自身だ。」
「確かにかの御方なら。けど幾らレギと言えどそれは...。」
その名を俺は知らない。けれど皆の反応からなんとなく推し量ることは出来る。
だがそれでも...俺にとってはただの選択肢の一つに過ぎなかった。
「俺はそのヒトのことを知りません...だから教えて下さい。」
今更覚悟なんて必要無い。当たり前にその道を行く為に。
「お前が知らないのも無理はない。奴に関する情報は我々王家に近しい者や一定の地位以下には規制されているからな。
その功績と魔法...そして犯した罪が故に与えられた二つ名は"死刑執行医"。
世界最高の治癒魔導士にして大罪人。
それが"第九冠位" シャルル・アン・ヘルメシアだ。」
「違法薬物や人体実験...とにかくいい噂は聞かぬな。だがそれでも一つ言えるのは...」
「「腕は確か」」
ラグナが問いに答えエラが続き、二人の言葉は重なる。
「けど!それでもダメ...私は反対。あのヒトの音はヒトのものじゃない。死精なんかよりずっと...。」
リラは過去の記憶と向き合い、震えながら言葉を綴る。
過去に何があったかは分からい。けど聞くまでもない。
リラが思い出しただけで震えている。その意味を理解出来ない程俺は馬鹿じゃない。
けど今の話を受けて、俺の胸の内に溢れる想いは...
「ありがとうリラさん。心配してくれるのは分かってます。
けど俺は...そのヒトに会ってみたい。ルクス以上の"闇"があるなら触れてみたい。
...俺は自分の気持ちに嘘は付けないです。」
ありのままをぶつける。思ったままを全て。
俺はルクスと出会った日から、ニアの手を取ったあの日から決めている。
最短で駆け上がることを。その上で無駄と切り捨てられるもの全てを拾い上げると。血を流すことさえも、痛みさえも受け入れて進み続けると。
でなければ、そうしなければ前を歩く友たちに追い付けるはずが無いのだから。
何より...遥か天上を行き、そのうえで尚走り続ける妹に追いつく為に。
善も悪も、清濁も全て併せ呑むことを誓ったのだから。
「はぁ...こうなったらもう無理だよリラさん。レギは絶対に自分の意思を曲げない。」
「ふふっ。キミの言う通りだよシン。
けどボクもレギと同じさ。是非ともお目にかかりたい。」
「ふははっ!相も変わらず貴様は楽しませてくれるなレギよ。
お前はヒトと違う道を往く...我らが選べぬ道へ躊躇なく踏み込んでいく。俺は見届けると誓おう。貴様の歩む先の景色をな。」
シン、ルクス、エラは笑いながらそれぞれの想いを口にする。
共に過ごした時間に差はあれど皆レギのことを理解している。
「リラさん。俺は何も持っていなかった。独りじゃ強くなんてなれなかった。俺は沢山のヒトから学んで今日、ここに居る。
数多の"出会い"が俺を形作っているんです。
この国に来て、リラさんに、エラに、ケトゥスさんたち色んなヒトに出会えた。だから俺はまた一歩前に進めました。
そして次。 新しい道が示されたのなら、俺は立ち止まる訳にはいかない...それだけです。」
【輪廻】を抱きしめ俯くリラに向け、優しく、けれど力強く、想いを告げる。
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真っ直ぐなその音は見事に私の胸を撃ち抜いていく。隠し続けた心の檻をこれでもかと揺さぶってくる。
【輪廻】と共に自在に音色を換え、ヒトに合わせるだけの人生だった私が...こうもヒトに揺さぶられるなんて思いもしなかった。
それは出会った時からずっと。
そして...
あの死海でレギが叫んだ言葉。その立ち振る舞い。そしてその身に癒えぬ傷を負って尚、煌々と輝くその魂の音色。
その全てに、見蕩れて、聴き惚れた。
さっき私は私の為に、神の座に着くと言った。
けどほんとのほんとはそうじゃない。
私は英雄譚が好き。物語の英雄たちが織り成す物語が好き。語り継がれる唄が好き。
そして断言出来る。レギは間違いなく英雄になる。だって彼はもう、私にとっての英雄なんだから。
英雄は語り継がれなければならない。紡がれなければならない。唄われなければならない。
なればこそ、それを為すのは私でなければならない。私は今日...私が生きる意味を知った。
私が貰った"呪い"は"祝福"なのだと理解した。
結末を聴き届ける為に、私は想いを伝えなきゃいけない。
彼がかつて私が耳を背けた"不協和音"へと向かうならば...調律せてみせなきゃいけない。
「レギの馬鹿...。けど分かった...レギは好きにすれば良いしもう止めない。
だから私も好きにするし今の想い、全部伝えてあげる。
私はレギの奏でる音が好き。貴方に傷ついて欲しくないし死んで欲しくない。貴方の音が誰かのせいで変わるのも潰えてしまうのも許せない
だからレギが無茶をするって言うなら私は勝手にレギを守る。その上で...貴方より先に神の座に着いてみせる。文句は言わせないわよ!」
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突然の独白ならぬ告白だった。急展開に次ぐ急展開過ぎてあまり理解が追い付いていない。だがそれでも一つだけ分かる事があった。
俺が示したように...彼女もまた己の意を決しただけだということ。
「ふははは!これは一本取られたなレギよ。なに、リラはその実お前と似た者同士というわけだ。こうなったリラはお前が歩みを止めないようにもう何を言っても止まらぬよ。
だからこそこの歳で"十二宮"の座に居るのだからな。」
彼女の歩みを見届けてきた男は告げる。
エラはリラがその道を選んだ意味を分かっていた。彼女の事情も察していたから。
直接確かめたことは無い。だがそうかもしれないと彼は父から、そしてリラの母から聞かされていたから。
『俺が照らさずとも、己が道を見つけたのだ。その道はどこまでも明るく澄み渡っているのだろう。』
「だがリラ。お前は私と違い正式に"十二宮"を預かる身だ。軽々しく国を離れれる身ではあるまい...と思ったがなるほど。そういう事か。」
冷静沈着なラグナが当然の質問をぶつけようとしたが横から伸びた手によってその言葉を飲み込む事になる。
その手の持ち主は...エラだった。
「ラグナ殿、ここからは俺が。
いや..."余"としての言葉を伝えるとしよう。
"解変" 【ヴェールス】」
輝きを纏い...匿されし獅子は其の姿を現す。
「リラ・アマルフィ・ヴァネッサ。
"音神"を冠せし我が国の秘宝。そして...我が友よ。
余は第一皇子 "エルドラード・リヴァイア"
その名の元に...汝に嵌められた枷を解き放とう。」
ウィストリアのアニメやよう実の新刊に影響されまくり書きたいことが増え続けてます...。
そのせいで矛盾点などが生まれてそうで怖いです←把握しとけっていう話。
part100を目前にして未熟さを思い知るばかりです頑張ります。