第九十四幕 戦いの果てに
大変お待たせいたしました。
「アイリス様の導きのままに。このラグナ、与えられた命を果たしてまいりました。」
頂きに足を掛け、美しき蒼を纏いながらも
ラグナは膝を着き、魔導王を仰ぎ見る。
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瞬間...世界は静寂に包まれる。
その瞬間が持つ意味を、この場に居合わせる者で知らぬ者などいないからだ。
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そしてそんな静寂を裂き、魔導王は魔導王たる意を示しながら...高らかに凱歌を謳うのだ。
「海は巡りて雫へ至り、産まれた雨は全てを梳き解す。梳き解れ、産まれた雫は再び海へと還り、その蒼は世界を照らさんとした。
其は正しく、神の御業。
なればこそ、其をもってして"第一冠位"が告げる。
汝に"十一"の"戴冠"を。
これより汝は"大海の魔女"にして"第十一冠位"
ラグナ・メラ・エルフィウスなり。」
杖を掲げ、アイリスは高らかに告げる。
「ラグナ、手を。」
「はい。」
互いに笑みを浮かべ、ラグナは手を、そしてアイリスは杖を向ける。
「"創造" 【神輪】」
唱えられたのは超短文詠唱による魔法。
だが瞬間、眩い光と共に世界が軋む程の絶大な魔力が迸る。それは静かに、少しづつ圧縮されていく。
そんな凄まじい魔力光が収まるとラグナの手に一つの指輪がはめ込まれていた。
それは"XI"が彫り込まれた美しい黒と白で施された指輪。
「その指輪、それのみが唯一"神域"たる証。貴方の心の臓と呼応し輝き、互いの存在を知る事が出来る。もう貴方の命は貴方だけのものじゃない。共に世界を支える一助とならん事を。
.....ってな感じてはい、堅苦しいのは終わり〜!」
パチンと指を鳴らしアイリスは"魔導王"の仮面を剥ぎ取りいつものアイリスに戻る。
「いや〜〜〜〜〜〜〜良いもの見れたっす!
"戴冠"をこの眼で見れてアタイは感激っす!ラグ姉!改めておめでとうっす!!!!!」
笑いながら、そして涙を流しながらデルフィはラグナに抱き着く。
ヴェラやイルドラードはただそれを微笑みながら見守るのみだった。
「ありがとうデル、けどそうじゃない。次は"あなた達"が私を超える番。そうでしょ?」
ラグナは想いのままを告げる。
自らが視てきた次の世代を思い出しながら...
「!!! そうっすね!!! よし!アタイも迷宮に行ってくるっす!」
「ストップだデルフィ。美しい話だけどまあ...まずはいい加減宴の開始といこうじゃないか。」
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"死海"が晴れた。
その事実は瞬く間に国中に、そして魔導界に伝わっていく。
これもまた、深く魔法に関わる者ならば成されたことの意味を知らぬ者はいない。
そして語られる詳細は...
ラグナが【雨照】を発動し、"屍海"を滅した。
当然たちまちの間に魔導界は大騒ぎに見舞われる。
「新たなる神域の誕生だ!」
「いや、あくまで彼女は発動を担っただけ。第三者の協力があったともあるぞ。」
「そんなもの関係あるか!"屍海"を討ち果たしたのだぞ...! それだけで座する意味はある。」
様々な憶測、考察が流れる。されど共通する話題は一つ。皆が新たな奇跡を刻んだラグナを讃える。確かな偉業にして神の業だと。
だがその中でもほんのひと握り。
それはラグナを良くも悪くも深く識る者たち。
「有り得ない。確かにラグナは神に最も近しい魔導士の一人。
それはライバル(自称)である私も認めるところ。けどこればっかりは有り得ない。だってあの子の魔法力じゃ足りない。事象を確立出来ないはず...。どう考えても生成する水が足りない。それもかの場所、死海なら尚更。
誰かとの共魔法?いや...【雨照】はそんな事が許される魔法じゃない。相互干渉しようものなら魔導理論が破綻してしまうはずなのに。ならばどうやって.....
いや。ある...そうだ。私はその方法を知った。それもごく最近。
けど本当にそんな事が可能なの? ...いや、この疑問に意味は無いわね。だってラグナは現に発動させているのだから。」
彼女は慌ててその記憶を頼りに"魔導全書"を開き、方法を探し出す。そして...
「あった...。
そう.....貴女は死海に大海を作らせたのね。
魔法の名は【淵海】。
珍しいわね発動者と創作者の名前が違うなんて。
いや待って...何よこれ...こんな出鱈目な魔法式は...。どういう魔導回路してたらこんなのが組上がるのよ。こんなの魔力を流すだけじゃ破綻するに決まってるのになんで式として成立してんの?あーもうイライラするわ!こんなもん図面じゃ無理、この眼で見なきゃ分からないじゃない!
はぁ...けど有り得ない...なんて事は有り得ないのが魔法の世界なのよね。覚えたわよ、創作者。」
偉業の中に記された異業。それに気が付いた者のみが、この偉業に疑問を投げ掛ける。
そして辿り着いた者は異端者に目を向け、目を奪われる事になる。彼の歩む道に。彼が為す異端に。
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それはとある国。
「やるでは無いかラグナめ。そしてふむ...こやつが夜羽の師にして雫暮の弟子とな。
噂通り中々面白そうな奴じゃな...流石のワシも興味が出てきたぞ。招聘もかかっておる事じゃ、重い腰を上げるとするかのう。」
その指に燦然と輝く"Ⅱ"を携え、七家を束ねる長は令を下す。
「おい蓮!久方ぶりの遠出じゃ!此度は皆連れていくとするぞ!ワシの娘たちを呼ぶが良い。勿論貴様も共に往くぞ!エルフィニアへな!」
「...。聞き間違えじゃなければ姫様たち全員ですか...? 俺着くまで生きてるかな......」
蓮と呼ばれた彼にとって長の無茶振りは今に始まったことでは無い。だが今回ばかりは大荒れどころか嵐の予感しかしなかったと後に語っている。
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「ラグナの"雨越"に、そしてその一助たらんとした者たちに。何より我々(ヒト)にとっての大いなる一歩に...乾杯。」
「「「「「「「「「「「乾杯」」」」」」」」」」」
イルドラードの号令と共に宴は盛大に開かれ、祝福の音はどこまでも鳴り響き、アトランティアを駆け巡る。
そんな宴の中でアイリスが更に"英雄試練"の開催を明言した事により、宴の中心である"天水宮"の盛り上がりは加速していくのであった。
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「本当にいいのぉ?」
とある別室にて並々と注がれた美酒を飲み干し、主役の一人であるアイリスは問い掛ける。
その相手は...
「はい。私が決めたことですから。」
同じく注がれた美しいブルーワインを飲み干し答える此方も主役たるラグナであった。
「ま、いいわぁ。好きになさいな。けど勿体なくなぁい?
アナタがそこまでしなくてもねぇ...そんな柄でもないでしょうにぃ。」
耐性魔法を外し、珍しく酔いを回すアイリスはいつにも増して口調が緩かった。けれどその言葉の端々には揺らがぬ意志を秘め、その瞳は真っ直ぐにラグナを捉え、問い掛ける。
「絆された...なんて言うつもりはありませんが非合理な事を言ってる自覚はあります。けどまぁ、少し...正直になっただけですよ。ただ思うがままに、なるようになる。違いますか?アイリス様。」
じとーっとした視線と共に本音をさらけ出すのはアイリス。
だがラグナはここぞと言わんばかりに微笑みながらかつての師の言葉を返す。
「それを言われちゃあねぇ...何も言えないわぁ。」
密談を終えた主役二人を再び迎え、宴はつつがなく進行していく。
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そんな宴の喧騒が響く中、またある一室では穏やかながらも、重々しい雰囲気の時間が流れていた。
「...本当に良かったのかい?宴に参加しなくて。」
「そんな元気はもう残ってないわ...なんて言うのは建前ね。私は何も成してない。護れてもいない。他に理由なんて必要?」
「立ち上がったとはいえ我らは一度折れた身。
思うことが無いと言えば嘘にはなる、手放しに結果だけを享受出来るほど歳を重ねてはいない。...そしてそれはぬしも同じであろうシン。」
「そうだねエラ...本当にそうだ。僕たちはレギにあてられただけだ。
あの場に立つ実力や資格が無かった訳じゃない。ただ一つ、想いが、覚悟だけが足りなかった。レギ、君はどうしてそこまで強くあれる。僕にも写せない君の根源は一体...。」
問い掛けるシンの言葉は虚空に溶けていく。
この場に居るのは三人と一人。
シン、リラ、エラの三人が見守る先でレギは今も【万療水】に浸かり眠ったままだった。
それは激闘を経た年少者たち。
各々が死海に輝きを放ち、役割を果たした者たち。本来ならば宴の主役に名を連ねるはずなのだが彼らはこの場に居た。他ならぬ彼ら自身の意思で。
誰よりも傷付き、左腕までも失い今なお眠り続けるレギを前にして三人はこの場に留まる事を選んだのだ。
「ただ、魔法が好き。それだけだと思う。」
どれだけの時が経っただろうかしばしの沈黙の後、口を開いたのはリラだった。
「けどそんな事に意味は無いわ。
"他人の強さに理由を求めてはならない。強さとは結果であり理由は過程に過ぎない。同じ道を辿ったとしても行き着く先は同じでは無い"
これは私の師の言葉。大事なのはレギがどうとかじゃなくてレギを視て、自分がどうするかよ! 」
とめどなく、溢れ出す。それは魂の絶叫。
「私は自分にイラついてる、あの時、瞬間まで私はレギを自分より弱いって決め付けてた。私が守ってあげなきゃいけないんだって。レギと話して、人となりを知って、認めていたつもりだった。けど心のどこかでそう侮ってた自分がいたの。けど結果はどう!?護って貰ったのは私の方だった!あの時レギが立ち上がってなければ今私はここに居ない。
今のままじゃ私は私を許せない。守るだけなのも、護って貰うのももうやめにする。
今日まで何となくで生きてきたけど決めた。私も神の座に着いてみせる。」
心の整理など付くはずも無かった。その胸に溢れる悔しさは、想いは止まらない。
ただそれを言葉にする事だけは出来た。
今までのリラを知る者からしたら目を丸くするような叫びであった。
現にここに一人...
「......ふははっ!目尻に涙を貯めていなければもう少し格好もつくというものだがな!だが良い。10年来の付き合いだがはじめて本音が聞けた気がするぞ。
お前の言う通りだリラ。レギのような男もいるこの世界にはいる、それを知れたのだ。明日からの世界はまた違って見えるのだろう。」
「うるっさいわねエラ!一番弱いくせに!」
「ふはははは!本音でも言っていいことと悪いことがあるぞこの音バカめ!」
心よりの本音を零す二人。そんな二人にあてられ、より一層深くレギを知った者は口を開く。
「負けられない...か。そうだね、二人には話した方が良さそうだ。
僕がレギを写し、何を得て、何を視たのかを。」
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「そんな事が有り得るの!?けど...うん、言われてみればそうじゃないと納得出来ない事もある。」
「それが事実ならばレギは既に...。」
「けど本人は納得しないだろうね、結局はそこだよ。」
「そうね...ふふっ。」 「ふははっ、全くだ!」
一通りの話をシンたちが終えた所で部屋の扉が鳴る。
「入るぞ、三人とも。そろそろ時間だ。」
姿を見せたのはラグナ。
「!? ちょっと待ってください姉上。」
まずシンが気が付き声をあげる。
そして少し遅れてリラ、エラも現状を把握するに至る。
「まさか.....嘘。」 「.....。」
皆に緊張が走る空気の中、ラグナだけが淡々と話を進めていく。
「落ち着け。先ずはこいつを起こしてからだ。少し離れていろ。"解水" 【万療水】」
ラグナが唱え、魔法が解かれるとそのまま元々置かれていたベッドに寝かされるレギ。
だが次の瞬間、まるで示し合わせたかのように彼はその瞳を開き、そしてただ一言、呟く。
「やっぱり...左腕、治らなかったんですね。」
祝!杖と剣のウィストリアのアニメスタート!この速さでアニメ化本当に凄い、ありがとうございますとしか言えません。大森先生青井先生に感謝しながらアニメ拝見させていただきます。
執筆の方も筆が遅いですが頑張って更新していきますので読んで下さる方は本当にありがとうございます。