日常的非日常怪奇譚 短編01『オチテキタモノ』
晴れた日にポタリっと降ってきて「あれ?雨かな?」って見上げても何もないってことないですか?
アレ、何なんでしょう?
ある日、3年くらい連絡の無かった友人からSNSでメッセージが届いた。
『お前、雲とか全くない日にナニか降ってきたこととかないか?』
藪から棒に何だろうと思いながら「雨みたいなやつ?」と返した。
直ぐに既読が付いた。どうも相手は画面を開いたままらしい。
『そうそう、そんな感じの。あれ?雨かな?みたいなやつ』
返事は直ぐに来た。
『俺、アレ何か分かっちゃったんだよ。』
『説明面倒だから電話するね』
矢継ぎ早に連投。そしてこちらの返事を待たずに着信。
どれだけ急いでいるのだろうか。ふとホームの時刻表を見る。
電車が来るまであと2分。出るだけ出て後で掛け直すと言えばいいか。
そう判断して私は受信ボタンを押した。
『もしもし○○?久しぶり!!それでなんだけどさ』
―電車が間もなく到着します。黄色い線の内側にー
場内アナウンスが流れる。もうすぐ目的の電車が来る。すぐに電話を切らないと。
「久しぶりだけどごめんね、もうすぐ乗らなきゃいけない電車が来るから」
『で捕まえてみたのよ。そしたら―――が―――で―――あれ?聞こ――る?』
構内が騒がしくなりこちらの話が聞こえずらいのか相手は喋り続ける。
「いや、だから悪いんだけど駅に降りたらすぐ掛けるから」
相手の声もよく聞こえない。弱った。
『だから----になって――た――ら――――――ごめんね』
「は?」
雑音の中その言葉だけハッキリ聞こえた。『ごめんね』。何に対しての謝罪だ。
突然の人の悲鳴、電車のブレーキ音、何かが破裂したような音、固いものがこすれ合う音、それらが電話の向こうとこちらからほぼ同時に聞こえる。
「え?なに人身事故?ってかお前ひょっとしてここにいる?」
電話からはツーツーという電子音。友人は通話を切ってしまったようだ。何となく嫌な予感がして掛けなおすが繋がらない。どこか別のところへ電話をしているのかもしれない。
ホームがかなり慌ただしくなりその場にとどまるわけにも行かず移動する。現場はかなり壮絶だったらしく、電車は当分動きそうにない。遅延か最悪運転見合わせか、いずれにしても会社へ連絡しなければならない。友人のことは気になるが後でメッセージを入れておくことにした。
その後友人から返信が来ることは無かった。
彼の葬儀で、警察は事故による転落であると判断したらしいことが分かった。直前まで楽しそうに電話をしているところを何人かが目撃していたらしい。相手は私だ。当然私もいくつか警察から質問された。直前のやりとりやSNSのメッセージも見せた。彼の携帯はまだ見つかっていないらしい。私の携帯に残された他愛のない話。最後の『ごめんね』については黙っておくことにした。下手に自殺にされては遺族の方も大変だろうと思ったからだ。ちょっと後ろめたいところもないわけではないが、最後の方が聞き取りづらかったのは紛れもない事実である。
「しかしアイツも気の毒だな」
「気の毒なのは遺族の方だろ。損害賠償かなりの額なんだろ?」
「頭が見つかっただけましとか」
「やめろよこええだろ」
久しぶりに会う友人たちとの会話中も私は別の事を考えていた。
家に帰ってから直前のメッセージを読み返す。
『お前、雲とか全くない日にナニか降ってきたこととかないか?』
結局ソレがなんだったのか分からないまま終わってしまった。もしかしたらソレが…とも思ったがすぐにそんなわけがないと思いなおした。
あれから数日。日常は無情にもいつもと同じサイクルを繰り返す。
月末だったこともあり残業が長く疲れ切った私はふと数日前の出来事を思い出していた。
「空から降ってくるモノ、なぁ…」
空を見上げる。雲一つない空。月はもうすぐ半月といったところか。街には明かりが多いせいか星らしいものは殆ど見えない。暗闇なのにほんのりボケているようにさえ見える。と、
降ってきた。
「え?」
反射的に捕まえる。それは指先ほどのナニかで、手の中でもぞもぞと動いている。
「虫か?」
このサイズだとカナブンだろうか。正直気持ち悪い。今すぐ中身を投げ捨てたいが、この間の話がよぎる。ひょっとしたらあいつが見たというナニかが入っているのではないか?と考え始めた途端にさっきまでの疲労感が消えてゆくのを感じる。
「まさか…な」
確率は低い、しかし私には妙な確信があった。この中に入っているのはソレなんじゃないかという直観的な確信が。手の中のソレが徐々に湿り気を帯び柔らかくなり始めている。まずい崩れ始めている。早くしないと。すぐそばに街灯を見つけその下まで走りつく。
逸る気持ちを抑えゆっくり手を開くと
それは
『ソレ』は
「あ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
遠くで獣に似た悲鳴が聞こえる。身体が揺れる、車のブレーキ音がする、振動、固いものにぶつかった衝撃。覚えているのはそれだけだった。
―日常的非日常怪奇譚 短編01『オチテキタモノ』―
*↓↓後日談です。必ず本編を読んでから見てください。読んでも読まなくても支障ありません。↓↓
次に見たのは白い天井だった。
どうも自分は事故にあって入院したらしい。
警察の話だと、叫びながら高速で走る車に突っ込んで行ったらしい。正直そのあたりの事はよく覚えていない。どうやら叫んでいたのは自分らしいが、原因が全く思い出せない。直前に『ナニか』を見たらしい事だけは覚えているのだが。
友人がなくなったばかりということもあり精神的にまいっていったのではないかと医者には言われた。車にぶつかった際に全身打撲さらに地面に手をついたせいで右腕の骨折。酷いものであるが、幸い頭は無事だったらしい。
両親も実家から駆けつけてきており母親には心配されるわ泣かれるわ、いつもは余り喋らない父でさえお前は普段ぼーっとしているからだのそそっかしいだのしまいには今の職場はブラックなんじゃないかと転職まで勧められた。
他の友人たちも仕事の合間を縫って駆けつけてきてくれ次第に申し訳なくさえ思えた。しかし『後追い自殺か?』とからかわれるのだけは流石に腹が立った。
時間はかかったが無事に退院することが出来、明日には元の職場に復帰することになった。暫く右手は不便だがそれよりも気になるのが、右手の中に残る違和感。
豆粒ほどの柔らかい物体が手の中にあるという気持ちの悪い残留感が消えるのは腕の骨折が治ってからさらに数日かかった。
結局アレが何だったのか思い出せないし、思い出したくないし、私は二度と『ソレ』を掴むまいと心に誓った。
―日常的非日常怪奇譚 短編01『オチテキタモノ』後語り―完―
ここまで読んでいただきありがとうございます。
彼の災難はもう少し続きます。
最後に、執筆にあたり協力してくださった玄ノブさんに感謝を。
そしてここまで読んでいただいた読者様にスライディングありがとうございます。
黒縞斑