楽しみは増えるもの
「いらっしゃいませ、こんにちは〜」
「ひゅ〜お姉さん超可愛いじゃん! ちょっと俺とお茶しない?」
「いらっしゃいませ、こんにちは〜」
「ここで働いてんの? 休憩時間貰ってどこか行こうよ〜」
「いらっしゃいませ、こんにちは〜」
「ねぇ」
「いらっしゃいませ、こんにちは〜」
「あの」
「いらっしゃいませ、こんにちは〜」
「ちょっと」
「いらっしゃいませ、こんにちは〜」
「お姉さん!?!?」
何やら表の方が騒がしい。店の奥で片付けをしていたヤヌアールは、不審に思って表の方へ向かう。
「え、え、どうしたの!? そんな壊れた機械人形みたいに同じ言葉繰り返さないで!?」
「いらっしゃいませ、こんにちは〜。本日はどのようなお花をお探しですか?」
店の入口で接客をしている、淡い青色の髪の女性。まるで少女のように細く、可愛らしい体躯だが、彼女はれっきとした成人済み女性だ。そして、人妻であり母である。
「母さん、どうしたんだ?」
「あら、ヤヌアじゃない。お片付けはもう済んだ?」
「えぇっ、お母さん……!?」
またナンパか、とヤヌアールは溜息をつきながら一歩前に出る。しかしその瞬間、母に声を掛けてきたらしい男の背後に、一人の男性の姿が現れた。身長百九十程もある、がっしりした体型の強面の男性が。
「ヒョッ……!?!?」
「……………………」
その無言の圧には、どこか殺気が篭っているようにも見受けられる。小型の魔獣程度であれば、眼力だけで殺せそうな威力を持っていた。
「………………い──」
「すみませんでしたー!!!!」
男性が口を開きかけた瞬間、母に声を掛けてきたらしい男は猛スピードでその場を去って行った。大方彼の威圧に耐えられなかったのだろう。
しかしヤヌアールと母は動じる所か、むしろ顔を輝かせた。
「父さん! おかえり!」
「………………ん。」
「あら、アイ君も帰ってきたのね。お疲れ様。おかえりなさい」
「………………ん。」
元医務官であり、現在は花屋『イェナー』の店長を務める母・イェナー。店名はそのまま彼女の名前であるが、理由として「私の事もお店の事も覚えてもらえるから」だそう。
そして現役の軍人であり、シュトラントの母エーデの元同期でもある父・アインヤール。あだ名は『アイ君』だそうだが、そう呼んでいるのは母以外に見た事がない。
小柄で少女のようなイェナーと、巨漢で強面なアインヤール。その身長差も実に四十センチとかなりのものである。
そんな真逆の二人の夫婦仲は至って良好で、娘であるヤヌアールも思わず微笑んでしまう程だ。
「…………いらっしゃいませ……言えなかった……」
「あらまぁ……次は言えるといいわね」
そして、見ているこちらが和むやりとりをしてくれる。アインヤールは週に一、二度しか帰ってこないので、イェナーも嬉しいのだろう。
店前で立ち話するのも邪魔だろう、とアインヤールは一足先に家の中へと入っていった。
店仕舞いを済ませた後、ヤヌアールはイェナーと共に夕飯の準備へと取り掛かる。
そして夕飯の時に、その話は聞かされた。
「えっ、父さん軍を辞めたのか!?」
「………………正確には……訓練兵の教官になる事に、なりました…………。給料が上がります……」
軍に所属して二十年程経つと聞いているが、まさか突然そんな話になっているとは思わなかった。訓練兵の教官、という事はシュトラントに剣技を教えたりするのだろうか。
そんなヤヌアールの疑問を察ししたらしいアインヤールは、ぽそりぽそりと説明する。
「……シュウ君とは……沢山会うかも。……口下手なので、教えられるかは不安だけど…………頑張ります…………」
「もっと早く教えてよ〜。アイ君の昇進お祝いしたかったんだから」
「そんな……大層な事でも……、無いかな、と。」
「大層な事だろ……。そういえば父さん、おじさん……フェストラントさんも帰ってきてるそうなんだ。もう会ったか?」
彼等にも伝えたらどうだ? と言うと、父は照れ臭そうに頬をかく。
「………………ん。」
「それじゃあ、アイ君の昇進と、フェス君の帰還とにパーティーを開きましょ!」
「良いな! 久々じゃないか?」
「そうねぇ前にフェス君が帰ってきてたのが……何時だったかしら。でも本当久し振りね」
ニコニコ、と楽しみそうに頬を緩ませる母を見て、ヤヌアールも思わず目を細めたのだった。