似顔絵(2)
森の入口でヤヌアールと分かれて、シュトラントは自宅へと帰るべく見慣れた街並みの中を歩いていた。近所の人達に挨拶しながら、やっと家に到着する。
玄関の扉を開けた瞬間、シュトラントは歓喜のあまり叫んでしまった。
「よぉぉぉおっっっしゃぁぁぁぁあああ!!!!!!」
「うるさいよ馬鹿息子。近所迷惑だろうが」
冷静に、それでいて呆れたような母の声。
キッチンに立ち、夕飯の準備を進めている母・エーデ。彼女はさも見なれた風景だ、と特に動じる事もなく野菜を切っている。
そんな母の塩対応もシュトラントにとったは当たり前のものなので、気にせずに事の顛末を語り始めた。
「聞いてくれよ母さん。たまたま訓練帰りに森のとこに行ってヤヌアールが好きそうな花があるな摘んで帰ってやろうかな、なんて考えてたら目の前にヤヌアールがいてよ」
「そうかい」
「滅茶苦茶集中して俺にも気付かないで一心不乱に絵描いててさ、しかもすっげぇふわふわしてて可愛かったんだよ」
「それは絵がか? ヤヌアールちゃんがか?」
「全て」
「幸せそうだなお前は」
「そんでダメもとで俺の似顔絵描いてつったらオッケーしてくれてよ。十年振りに俺の似顔絵描いてくれたんだよ」
「良かったな」
「それがコレ!!」
バーンッ、と皺を作らないように丁重に持って帰ってきた自身の似顔絵を、自慢気にエーデに見せる。
野菜を切る手を止めて、エーデは怪訝そうに眉を顰めた。
「お前は黒焦げになったパスタ……いや、パンなのか?」
「男前だろ?」
「私はお前を黒焦げのパンに産んだ覚えはないんだが」
「俺も始めは相変わらず人物画下手くそだな俺黒焦げのパンじゃんって思ったけどさ? よく考えてみろよ母さん。ヤヌアールが俺の事見つめて一生懸命書いてくれたんだぜ? もう俺にしか見えない。俺超イケメンだわ」
「そうかい。じゃあこれからアンタの事は黒焦げパンと呼ぶ事にするよ」
「取り敢えずまぁ部屋に飾ってくるわ!!」
「元気なのはいいがもう少し静かにしろ黒焦げパン」
「はい!!」
颯爽と自室へと走り去って行く我が子の背を見つめて、エーデはただ一言、
「…………人生楽しそうだなぁ……我が息子は」
と、呟いたのだった。