似顔絵(1)
森の入口にある切株に腰掛け、ヤヌアールはスケッチブックに筆を走らせていた。
近々、祖母の家へと帰省するのだが、その際の手土産として得意の風景画をプレゼントしようと思い立ち、散歩がてら赴いたのだ。
絵の具を優しく紙の上にのせていき、そろそろ仕上げに取り掛かろうか、と顔を上げた瞬間。
「よっ!」
シュトラントが背後から、ヤヌアールを覗き込んでいた。
「ぎゃぁぁあっ!?!?」
「何つー驚き方してんだよ……。俺の気配に気付かない程集中してたのか?」
ヤヌアールも多少だが父から剣の稽古をつけてもらっているので、誰かが近付いてくれば気配を察知する事が出来る。
しかしシュトラントが背後に立っていた事に気付けなかった。そこまで集中していた自覚は無かったのだが、彼に気付けなかったのも事実。
「多分……そうだな」
渋々認めると、シュトラントは苦笑いを浮かべてヤヌアールの隣に腰掛けた。
「ま、何かに熱中するのはいい事さ。……ほぉー、中々上手いじゃねぇか」
「どこからの目線なんだ……。風景画は得意だからな。自分でも上手く描けたと思っている」
スケッチブックをシュトラントに手渡し、感想を要求する。
「仕上げはまだこれからなんだが……どうだ?」
「いいと思うぜ。俺には絵心がないんで詳しい事は分からんがな」
「あはは。ありがとう。その感想が聞けて嬉しいよ」
そうだ、とシュトラントは「閃いた」と言ったふうに声を弾ませた。
それに若干嫌な予感を抱きつつも、ヤヌアールは一応彼の言葉を待ってみる。
「なぁなぁ。それ描き終えたら俺描いてくれよ」
嫌な予感が、的中した。
風景画が得意なヤヌアールだが、人物画は壊滅的なのだ。お世辞にも人の形をしていないその絵は、幼い頃から成長の兆しを見せない。つい最近、父に「これは魔獣か?」と言われてしまったばかりなのだ。
「に、似顔絵は……そんなに……というか……何というか……」
やんわりと断りを入れたい。しかしシュトラントが折れる様子もなく……。
「頼むぜヤヌアールよ〜お前の描いた俺もう一回見てみたいんだよ〜」
そういえば子供の頃にも、彼の似顔絵をプレゼントした事があったような気がする。あの頃から進歩していない絵を、はたして描いてもいいものか。
ぐぬぬ、と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、ついには彼の頼みを受け入れてしまった。
「分かった……。そこまで言うなら描く……」
「よぉっし!」
勢いよく立ち上がり、拳を握って喜びを露わにするシュトラント。描く前からそんなに喜ばれては余計に不安なのだが、もう諦める事にする。
「先に描いてやるから、じっとしててくれ」
「オッケーオッケー! 超絶イケメンに描いてくれよ」
はいはい、と適当にいなして、新しい紙にペンを走らせる。じっ、と彼の顔を見つめ、出来る限り丁寧に慎重に描いていく。
ものの数分で描き上げる事は出来たのだが、出来栄えはいいものとは言えなかった。しかし描く手を止めて紙を凝視するヤヌアールを見たシュトラントが
「出来たのか?」
と手元を覗き込んできたので、描き直す事は叶わなかった。
「………………」
「………………」
暫しの沈黙の後、シュトラントは堪えきれずに吹き出してしまった。
「ぷっ、ははっ……あっははははお前っ黒塗りはヤベェ……はぁーーーっ無理、黒焦げになったパスタ? てかパンみてぇ……はははははっ!」
「なっ! 要望通り描いたじゃないか! それに、人物画は苦手だって言っただろ!?」
なおも可笑しそうにゲラゲラと腹を抱えて笑うシュトラントに怒りを顕にしつつ、ヤヌアールは描いたばかりの絵を見下ろす。
………………確かに、黒焦げになったパンかもしれない。
そう思わせられる程に、泣きたくなるような出来だった。そこまで笑われてしまっては描き直す、という気力も無いので、勿体無いが捨てようか、と紙を破るとシュトラントの手が伸びてくる。
「ん、それ。くれよ」
「は、はぁぁぁあ!?!? いらないだろうこんなの!」
「いるいるめっちゃいる。折角描いてくれたんだからさ、欲しい」
先程散々笑っていたくせに、そう喜ばせるように口にするのはずるいだろう。
解せない気持ちになりつつも、捨てるのも勿体無いので渋々シュトラントに絵を手渡した。
「サンキューな。落ち込んだ時見るからさ。絶対元気になれるわ、これ」
「どっ、どういう意味だ貴様ー!!?」
やはり馬鹿にされているのではないだろうか。
喜びも忘れてヤヌアールはシュトラントに一発入れようと、彼を追い掛けるのだった。